5-4

 医務室の次は備品室の道具を使って薬品を粉末にしたり、材料の重さを量ったりした。

指先を切って、顔をしかめながら自分の血を集める俺の横で、キンバリーが髪の毛をワシャワシャとかきむしっている。

まったくもってシュールな光景だ。


「キンバリー、もう少しフケをくれよ。1ロンブにはまだ足りないよ」

「フケじゃねぇ、妖精の粉だ!」


 悪態をつきながらも蜂蜜色の髪をグシャグシャやってくれるのがキンバリーのいいところだ。

紙の上に集められた妖精の粉を天秤ばかりの上にそっと載せると、皿はようやく平行になり、これで全ての材料の用意が整った。


「早く混ぜてみようぜ!」


 待ちきれないといった表情でキンバリーが俺を促す。

俺だって逸る気持ちをおさえきれなかった。

深皿とスプーンを使って慎重にすべての材料を混ぜ合わせて、特別なインクが完成した。


「なんか普通のインクだな……」


 つまらなそうな感想を漏らしたキンバリーだけど、それは仕方がないと思った。

俺だって、もっと光り輝くような不思議な反応があるかと思ったのだが、出来上がったのは茶色味がかかった普通の黒インクだった。


「大事なのはマジックスクロールが作れるかどうかだから……」

「そうだけどさ。オイラ、過程を楽しめない作業は苦手なんだよ」

「仕方ないだろう、マジックスクロールを作るためなんだから」

「なんだよ、それ。子作りのためだけにセックスする政略婚夫婦みたいなこと言ってらぁ」


 跡取りができると二度とベッドを共にしない夫婦ね。

貴族の中ではよくある話だ。

二人とも義務としてやっているから、過程を楽しむなんてことはないだろう。


「お前、妖精のクセになんでそんなことを知っているんだよ」

「ああ? お前の父ちゃんが寝所に俺を置いたままおっぱじめやがったからだよ。オイラに見られながらだと興奮すると思ったらしいぞ。実際、珍しく最後までできたって……」


 親父殿と奥様も仲が良かったとは言えなかったからな……。

だけど、父親のそんな話は聞きたくない。


「オイラが言いたいのは、もっと人生を楽しめってことさ。人間は大変だよな。生活のためにこんなところで働かなきゃならないんだから。あっ、でもマジックスクロールを売れば監獄なんていつでもオサラバできるか」


 その考えは間違っていないだろう。

初歩的な治癒魔法だって医者の出す薬よりはよっぽど効果があると思うから、金持ちがこぞって買いにくるに違いない。

だけど、俺には気にかかることがある。


「なんだよ? 金ができたらさっさとこんな仕事は辞めるんだろう?」

「まあ、そうなんだけど……」


 訝し気に俺を見つめていたキンバリーだったが、何かに思い当たったようで、急にニタリと歯を見せた。


「わかった。バートン坊やはフユさんのことを気にしているんだろう!」


 それも理由の一つではあったから言い訳はしなかった。

下手に言い繕っても醜態を晒すだけのような気がしたし、嘘を吐くのも嫌だったから、黙って自室へと歩き続けた。

いや……、本当のことをいえば、図星をつかれて動揺して、どう答えたらいいのか分からなかったってところだったんだ。

そんな俺の耳元でキンバリーはしゃべり続ける。


「いいね、いいね! それでこそわが友、バートン・ウルフだ! 囚われのフユさんを残してここを去ったんじゃぁ、男が廃(すた)るってもんだぜ。オイラには性別ないけど、バートンはつくべきものがついた男の子だもんな。惚れた女の為なら監獄の一つや二つ――」


 まるで、俺が勇者様に恋心を寄せているみたいな言われ方が嫌で、ちょっとだけ腹がたった。


「勝手なことを言うなよ。妖精と違って人間にはいろんな、しがらみってもんがあるんだ。そう簡単に辞める訳にはいかないんだよ」


 勇者様に一目惚れだということは自分でもわかっていた。

そうさ、キンバリーの言うことは間違っていない。

だけど、それを認めてしまえば、未来に広がるのは絶望だけだ。

俺と彼女の間には、どこに鍵があるかも不明な特殊監獄の壁が立ちはだかっているのだ。

だいたい勇者様が俺の想いにこたえてくれるかなんて、わからないじゃないか。


「くだらないことを言ってないで、部屋に帰るぞ」

「チェッ、何だよ。男ならフユさんを脱獄させてみろってんだ!」


 言うだけなら簡単だ。

だけど、どうやって? 


「少し落ち着けよ。俺たちはどうして勇者様がここに囚われているのかも知らないんだぜ。何か事情があるかもしれないし、ひょっとしたら勇者様の意思であそこに入っている可能性だってあるんだ」

「う~ん……」


 キンバリーは深く考え込み、それ以上は無駄口を叩かなかった。

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