3-6
日が沈みかけたロンディアン市を、俺は全力で走っていた。
行き先はロンディアン警察だ。
アルバン監獄に戻った俺は、ファイルでとんでもない事実を知ってしまったのだ。
マリアンと一緒にいた男はやはり監獄にいた囚人で、名前ををベン・クランチといった。
クランチは窃盗の容疑で逮捕されたのだが、盗みに入った先というのがペイジ・ワイン樽工房という店だった。
その店こそ、ラボスの勤めていた店だったのだ。
クランチは泥棒の際に店の子どもに顔を見られていて、それが逮捕につながっている。
だが、一貫して容疑は否認し続けた。
警察もクランチの家を隅から隅まで探したが盗まれた品は見つからなかった。
証人は子どもということもあり、警察の取り調べ(拷問)でも自白しなかったクランチは結局釈放された。
ちなみに犯行時の侵入経路は裏口からだ。
普段ならしっかりと閉められているはずの裏口が、その日に限って鍵をかけ忘れていたらしい。
だが、工房の職人であるラボスが協力者であれば、裏口の鍵を開けておくくらい造作もないことではないだろうか?
クランチの人間関係も調べられたはずだが、警察はラボスとの接点を見いだせなかったようだ。
おそらく二人は、マリアンを介して知り合ったのだろう。
日はすっかり暮れていたが、クランチを逮捕したウォルター・ジャガー警部はまだ警察署内に残っていた。
三十代前半くらいの年齢で、長身の体には覇気が溢れていた。
切れ長の目は厳しさと同時に知的な印象も与えてくる。
いかにも切れ者といった感じの人だった。
「どうでしょう、警部? 自分にはこれが偶然とは思えないのです」
「ふむ。詳しくは調べてみなくてはわからないが、おそらく連中にはつながりがあるのだろう。すぐに、マリアンという女の部屋を家探ししてみましょう。まだ盗まれた品がそこにあるかもしれない」
「自分もそれがいいと思います」
「ウルフ君も一緒に来てくれないかな? 案内を頼みたいのだ」
「わかりました。ご同道しましょう」
ジャガー警部は3人の部下を連れて、すぐにマリアンの部屋へと向かった。
マリアンはまだレストランにいるらしく、部屋は無人だった。
「はじめろ」
警部が短く命令すると、捜査官たちは次々と部屋の中をひっくり返していった。俗にいうガサ入れというやつだ。
「ウルフ君、マリアンとクランチが帰ってくるかもしれない。我々はどこかに隠れて、奴らを見張るとしよう」
マリアンの顔を知っている俺も一緒にいなくてはならないようだ。
俺は警察官じゃなくて監獄役人なんだけどな……。
こんなことをしても給料は上がらないし、報奨金が出る訳でもない。
それでも乗り掛かった舟だと思って、協力することにした。
暗闇から現れた男二人に挟まれて、マリアンとクランチは腰を抜かさんばかりに驚いていた。
すでにジャガーの部下がマリアンの部屋から80万ギールという大金と金の指輪を見つけている。
指輪の内側にはペイジ工房の店主と妻のイニシャルが彫られていて、これが盗品であることは疑いようもない。
もはやクランチが窃盗犯であることは間違いなかった。
「ベン・クランチ。窃盗容疑で逮捕する」
ジャガー警部は静かだが迫力のある声でそう告げた。
「くそっ!」
クランチは腰からナイフを抜くと、あろうことか俺の方へ切りかかってきた。
なんで俺の方へ来るんだよ?
まあ、ジャガー警部より強そうには見えないか……。
「ウルフ君、殺さないでくれよ!」
抜刀した俺に警部が声をかけてきたけど、あんまり余裕はなかった。
「無茶を言わないでくださいよ……」
クランチはやけに喧嘩慣れした男だった。
おそらく裏社会で生きてきた人間なのだろう。
ナイフの遣い方も素人とは言えない身のこなしを見せている。
だけど、相手は体を鍛えていない街のゴロツキだ。
防御に徹して攻撃をさせていると、すぐに息が切れて隙を見せてきた。
大振りの攻撃で体の軸が流れたところに合わせて踏み込み、剣の柄で横面を殴ると、大人しく大地に伸びていた。
「大丈夫かい? 怪我をしているみたいだが」
逃げようとしていたマリアンを確保して、ジャガー警部が聞いてきた。
袖口が浅く切られて、血が滲んでいる。
靴下に続いてシャツまで縫う必要がでてきて、気分が一層沈んでしまった。
まだ針と糸も買っていないというのに、そっちの方がショックだよ。
「かすり傷です。それよりもシャツが台無しですよ」
「そいつは災難だったね。埋め合わせは今度するよ。それよりも急いでアルバン監獄に行かなくては」
「アルバン監獄に?」
「ああ、ラボスという男も尋問したいからね」
ジャガー警部という人は見かけ通り精力的に動く人だった。
証拠品が出てきてしまったことで諦めがついたのだろう、クランチは素直に犯行を自供した。
工房の裏口の鍵を外したのは推測通りラボスであり、盗品を預かっていたのはクランチの恋人のマリアンだった。
ちなみにラボスがマリアンの客だったのは事実で、その縁で犯行に加わったとのことだった。
俺は監房の鉄格子のところへラボスを呼び出し、直接話を聞いた。
「じゃあ、マリアンとは愛人でもなんでもなかったんだな」
「ああ、面会に来なければ俺たちの犯行のことをバラすぞ、という脅しを込めてあの手紙を書いたんだ」
刑期が大幅に延びるであろうラボスは力なく肩を落としていた。
「だが、どうしてそんな危険な真似をしたんだ? お前が捕まったのは置き引きでだろう。刑期はたった半年だ。しかし、80万ギール以上の窃盗となると下手をすれば死刑だぞ」
俺はどうしてもわからなかった疑問をラボスにぶつけてみた。
「まあ、金が必要だったんですよ。この前、うちの女房が面会に来たでしょう。あのときにガキが病気だって聞きましてね。これまで親らしいことなんて一度もしたことがなかったからねぇ……。マリアンの奴からまとまった金を引き出せれば、薬を買ってやれると思ったんですよ……」
「いくら貰おうと思っていたんだ?」
「5万ギール。それが俺の取り分だった……」
遣り切れない。
実に遣り切れない思いがした。
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