3.メッセンジャー 3-1
「ウルフ様」
昼の巡回で突然名前を呼ばれた。
見れば106番が物陰から上目遣いで俺を見ていた。
アルバン監獄は罪の確定した罪人も、裁判を待つ未決囚も一緒に収容されるところだ。
この男は置き引きをしたという罪状で禁固半年が決まっていた。
本来なら2年以下の強制労働になるところだが、盗んだ包みの中に現金がなかったこと、盗まれた男と106番が顔見知りの仲だったことなどから、罪一等が減じられたようだ。
たしか名前はラボスで、元々はワイン樽を作る職人だったはずだ。
そのせいか町にいる無頼漢(ぶらいかん)のような風貌ではなく、どこにでもいるようなオヤジの顔をしていた。
「どうした?」
「少々お願いがありまして」
「タバコなら今日は売り切れだぞ」
俺の売るタバコは他の看守より安いので人気があるのだ。
利幅は1本につき10ギールしか取っていない。
それでも多いときは一日で50本の売り上げがあるので、そこそこの小遣い稼ぎになるのだ。
囚人の中には俺から大量に買って転売しようとした奴もいたので、一人につき3本しか売らないことにしている。
俺はタバコを吸わないけど、囚人たちにとってはささやかな心の慰めになっているのだ。
囚人と言っても全員が凶悪な人間ではない。
中には飢えた我が子にご飯を食べさせるために、やむなく盗みを犯した父親もいるし、金の支払いを渋った客を刺したという、寝たきりの夫を支える可哀想な娼婦もいた。
「実は手紙を届けてもらいたいんです」
「手紙? どこまでだ?」
あまり遠いところには行きたくない。
「サンクチェ通りのアパートなんですがね……」
サンクチェ通りならアルバン監獄からもさほど離れていない。
明日の非番に行けば1時間もかからずに行って帰って来られるだろう。
「あれ? でもアンタは昨日、奥さんと面会していなかったっけ? わざわざ手紙を出すなんてどうしたんだい?」
「いやぁ、そうなんですがね……、手紙を届けてもらいたい相手はコレでして……」
そう言って、106番は小指を立てた右手を持ち上げた。
「えっ? 恋人?」
「まあ、ありていに言いますとそうなりますか。恋人というか愛人というか……」
差別するわけじゃないけど、かなり意外な事実を聞かされた気がした。
106番は悪人顔じゃないけど、だからと言ってイケメンとは言えない。
「奥さんがいるのに裏切るなんて、酷いなあ」
106番の奥さんは、小さなお子さんを連れて面会にきていた。
夫を監獄へ入れられ、女手一つで頑張っているというのに、愛人に手紙だなんてけしからんという思いがムクムクと湧いてきた。
「まあ、そんな嫌な顔をしないで、一つお願いしますよ」
106番が差し出してきたのは1000ギール銀貨だった。
1時間強の手間賃としては悪くない。
不倫の手助けをするみたいで嫌だったけど、手紙を届けるくらいなら目をつぶってもいいような気もする。
結局のところ欲に負けて、そんなふうに自分を納得させた。
「随分と奮発(ふんぱつ)するんだな」
「俺の全財産ですよ」
囚人の経済状況というのは、看守をやっていればある程度はわかるものだ。
106番が嘘をついているとは思えなかったが、そうまでして愛人と連絡を取りたいという気持ちも理解できなかった。
「内容はこちらでも確かめるよ」
相手は犯罪者なので、手紙などは怪しいところがないか検閲しなくてはならないのだ。
「もちろんでさぁ」
手回しのいいことに、106番は開いた手紙をこちらに渡してきた。
マリアンへ
監獄は寂しくていけない。顔を見せてくれ。俺とお前の仲だろう? それとも俺のことをもう忘れちまったのかい? 俺はいつだってお前のことを考えているぜ。肩時だって忘れない。面会に来るときは美味いものとタバコも一緒に持ってきてくれ。愛しているぜ。お前は俺との関係がバレるかもしれないと心配するかもしれないが、安心しろ。誰も二人の関係には気づいていないさ。今のところはな。もう一回言うぜ、愛してるからな。
ラボス
手紙に怪しいところは見当たらなかった。
詩的な修飾なんてないストレートな表現の手紙だけど、ロマンティックと言えなくもないのかな?
堂々と愛人を呼びつけるなんて、おこがましいとは思うけど、愛人の面会を禁じる法律はない。
むしろここに収容されている貴族の政治犯なんかは、愛人を軟禁部屋まで招じ入れているくらいだ。
これくらいなら可愛いものなのかもしれない。
「わかった。手紙は明日の非番に届けてこよう」
「頼みます」
短く答えてラボスが薄く笑ったが、笑顔の方が悪人顔に見えるような気がした。
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