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 相良布由さがらふゆはぼんやりと祖国のことを思い出していた。

西方を守るアスカ国の太守の姫として生を受けて十六年、幼い頃より自分は異世界の守り手として、いつか別の世界へ召喚されると聞かされて育てられた。

そのことに不満はなかったし、それがサムライの姫たるものの務めであり、定めであると聞かされて生きてきた。

辛くはあったが、魔物に苦しむ人々を解放することこそ武人の本懐であると、いつしか布由自身も信じていた。

だから同年の子どもと遊ぶこともなく、流行の歌一つ知らず、孤独に一人で戦いの修業に打ち込んで生きてきたのだ。

元服すれば召喚されてしまう子どもにとって、家庭は温かい場所ではなかった。

元からいない子どもとして扱われたのだ。

サムライの姫を召喚勇者として異世界へ差し出す、それが神々との約束事であり、アスカ国が神の加護を受けるための条件でもあった。

当然、恋など一度もしたことがなかった。


 微かな物音がして、布由の物思いは中断された。

勇者に与えられた能力の一つ「気配察知」は封じられていたが、長い牢獄生活が感覚を鋭くしている。

姿はまだ見えなかったが、やってくるのは二人であることはわかった。

足音から察するに、一人はブラックベリー所長だが、もう一人はいつものアボットと呼ばれる女ではないようだ。


「紹介しましょう。彼は今日から貴方の身の回りの世話をする新しい看守です」


 ブラックベリーが新任の看守を連れてきたのだが、布由は興味のないふりをして動かなかった。

ほとんどの攻撃能力は使えなくなっているが、鑑定魔法はなんとか使用できたので、バートン・ウルフと名乗った看守を調べてみた。


氏名:バートン・ウルフ

性別:男

年齢:24歳

得意武器:槍、剣

使用可能魔法:なし。

戦闘力評価:B+

特殊スキル:スクロール師。紙などに特殊なインクで魔法術式を書くことによって、様々な魔術スクロールを作製できる。

善人判定:A

信仰ランク:B-

犯罪歴:なし

備考:貴族の庶子として生を受ける。基本的に善人であるが、好奇心がやや強い。執事としての技能を身につけている。趣味は読書であり、天上語が得意。童貞。



 バートンの鑑定結果を見て、布由は心の中で安堵の溜息をついた。

今度の看守はまともそうな人間だ。

これまでの三人は鬼畜のような過去を持った人間だったし、所長のブラックベリーからして犯罪歴はなくとも、秘書を愛人代わりにしているような不埒(ふらち)な人間だった。

あのアボットと呼ばれている秘書だって、元々はとある囚人の妻だったのだが、夫の面会に来たところを所長に見初められて愛人に納まってしまったのだ。

理由は貧乏に疲れたかららしい。

人にはそれぞれ事情はあると思うが、貞淑を貴ぶ布由にとっては信じられない行いだった。


 布由を辱めようとした三人目の看守が殺害されてから十日間、彼女の世話は所長のブラックベリーと秘書のアボットが行ってきたのだが、ようやくそれも終わるようだ。

これでやっと静かな獄中生活が送れるかもしれないと布由は感じていた。


   ♢


 慌ただしく5日が過ぎ、俺も監獄役人という仕事に慣れていった。

勇者様の監視という特別任務には就いていたが、他の仕事が免除されるわけでもなく、忙しい日々が続いている。

そういった暮らしの中で賄賂の受け取り方や、監獄での立ち回り方なども覚えていった。

賄賂と言っても手紙の代筆やら、買い物の代行で200~2000ギールくらいの小遣い銭を稼ぐ程度だ。

中にはあくどく稼いで、囚人の身内からもまとまった金を引き出す看守もいるみたいだが、さすがにそこまでは落ちぶれていない。

せいぜい酒やタバコを仕入れて、相場より若干高く取引するくらいのものだ。

珍しいところでは、ドワーフの囚人に鉱石を持ってきてくれと頼まれたくらいか。

なんでも、鉱物を触っているだけで心が落ち着くらしい。

入手先に戸惑ったが、綺麗な結晶になった黄銅鉱を持っていってやったら大層と喜ばれた。

そんな取引の1回の利益はわずかなものだが、それでもひと月でみれば2万ギールくらいの儲けにはなりそうだった。

随分と自分が汚れてしまった気もするが、6等官の給料だけでは必需品を買いそろえることさえ不可能だ。

季節は秋で、監獄では一番過ごしやすい時期だが、冬は目前に迫っている。

ベッドの藁マットは支給されるが、身にかける毛布は自分で賄わなければならない。

石造りの官舎はさぞや冷えることだろう。

まともな毛布を二枚買うとなると3万ギールは必要となる。

正義ばかりを振り回していれば、肺炎になって死んでしまうことだって考えられた。

自分の境遇をみじめに感じたが、自己憐憫だってみっともない。

正義の線引きは難しかったけど、俺なりのルールで極悪人にだけはならないように気をつけた。

 そんな風にまともじゃない境遇において、いつの間にか俺はフユ・サガラに会えることを楽しみにするようになっていた。

掃き溜めのようなこの場所で、彼女だけが異質で、清廉な存在のように思えたのだ。


「おはようございます。朝食をお持ちしました」


 勇者様に声をかけてはみたが、相変わらず返事はなかった。

お世話を初めて今日で5日目になるけど、未だに声を聞いたことがない。

いつものように端然と寝台の上にひざを折って座り、正面を見つめているだけだ。

食事も俺がいる前では手をつけようとはしなかった。


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