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 アルバン監獄は二重の塀に囲まれた施設だった。

見張り用に八つもの塔が付いていて、獄舎は中央に配置されている。

職員用の施設は分厚い壁の中にあった。


 所長に面会を求めると、薄暗くて長い廊下の椅子で15分くらい待たされた。

紹介状が利いたのだろう。

なかったらもっと時間がかかったか、そもそも会ってさえもらえなかったと思う。


「お待たせいたしました。所長がお会いになります」


 随分ぴっちりとしたスーツを着た女性が案内してくれた。

鋭い目つきと大きめの口が印象的な人だった。

だが、女性の看守がいるなんて聞いたことはない。


「貴女も看守なのですか?」

「いえ、私はブラックベリー所長の秘書です。看守は男しかおりません」


 愛想笑あいそわらいの一つも見せず、秘書さんは移動を開始した。

コツコツと石壁にハイヒールの音を響かせながら肉感的にお尻を振って歩いていく。

きっと所長の私設秘書なのだろう。

つまり、絶対に手を出してはいけない相手というわけだ。




 ブラックベリー所長は大きな腹をした、大柄な紳士だった。

年齢と共に髪の毛が抜けてしまったのだろう、額から頭頂部にかけて薄い毛が縞模様しまもようを作っている。

髪の毛とは逆に蓄財ちくざいには成功したようで、仕立てのよい服を身に着けていたし、指には大きな金の指輪をしていた。


「そこにかけなさい、バートン君。ああ、名前で呼ばせてもらうよ。君の叔父さんとは30年来の親友なのだ」


 俺とフォスター男爵は親戚だけど、親しい間柄ではない。

今回のことで借りができてしまったという気はしているのだけど。


「ご親切にありがとうございます。紹介状にもあると思いますが、私は今、職を探している最中でして……」


 自分を売り込もうとする俺を手で制してブラックベリー所長は説明してくれた。


「わかっているとも。私としてもちょうど人材を探していたところだ。ただし、仕事は6等官になるぞ」


 ブリテニア王国では、役人の階級は一等官から八等官まである。

八等官はほとんど委託業務だし、七等官は下役げやくと呼ばれる下働きだ。

つまり、六等官は役人の中でも底辺に位置する身分だった。


 だからとだからといって背に腹は代えられない。

明日をも知れない俺にとって、贅沢ぜいたくは敵だった。


「構いません。誠心誠意せいしんせいい、職務にはげむ所存です《しょぞん》」

「うむ。いくつか質問をさせてもらおうか。君は口が堅い方かね?」

「私は貴族の家で生活しておりました。余計なおしゃべりはいたしません」


 不注意な会話が命取りになることはよく心得ている。


「おおいに結構だ」


 所長は深く頷いて二重顎にじゅうあごをふるわせた。


「魔法は使えるかね?」


 魔法を使える人間は人口の3パーセントほどだ。

大抵は固有魔法と呼ばれる一種類の魔法を使えるにとどまる。

中には二種類以上の魔法を使える人もいるそうだけど、そんな人は滅多にいない。

宮廷魔術師長のモリス伯爵は五種類もの魔法を使えることで有名だ。

えてして魔法使いは重要な職に就くことが多い。


「魔力はあるのですが、残念ながら使えません」


 親父殿の血を受け継いだせいで魔力は有しているのだが、どうやっても魔法は発現しなかった。


 もしも魔法を使えたのなら、俺もサリバンズ家の一員として認められたのではないか、少年時代はそんなことを考えたこともあったが、とうに諦めはついている。


「ああそうか。それは気にしなくてもいい。私も使えんよ」


 試しに聞いてみたといった程度のようだ。


「次にここが大事なところなのだが……」


 所長はそれまでになく、呼吸を止めて1秒、真剣な目で俺を見つめた。

なにか重大な秘密でも聞くような雰囲気だ。


「君は天上語が話せるかね?」

「いささかの自信はあります」


 俺はホッと息をつきたくなる気がした。

小さい頃から語学の才能があったのか天上語は得意中の得意だったからだ。


 天上語とは天界の言葉とされていて、この世界では王侯貴族、聖職者、学者などの知識階級だけが使える言葉だ。

現存する最古の聖典も天上語で書かれているそうだ。


 もっとも王侯貴族で天上語を正しく使える人は少ない。

彼らの興味は学問よりも権力や経済にある。

俺の答えにブラックベリー所長はたいそう機嫌がよくなり、表情に明るい笑顔が戻っていた。


「まさに君のような人材を求めていたところだ。明日からでもさっそく働いてもらいたい」


 こうして俺は監獄役人になった。

これで路頭に迷うことはなくなったけど、月給は2万1000ギールしかもらえないそうだ。

サリバンズ家で執事をしていた時でさえ4万9000ギールはもらえていたので、収入は半分以下になってしまう。


 その代り監獄に併設された宿舎で暮らせるし、朝晩の食事も支給される。

他にも収入の道はいろいろあるらしい。

主に賄賂わいろをとることだけど……。


 また、拷問や鞭打ち刑などの刑罰を手掛けると手当てがつくそうだ。

六等官なんて賄賂がなければ生活は立ち行かないそうだけど、うまくやっていけるのだろうか? 

罪人を鞭打つことや、棒打ちにすることを考えると目の前が暗くなる思いだった。






 先輩役人のエベントが俺の個室に案内してくれた。

ホテルの部屋よりもさらに狭く、やけにほこりっぽい。

小さな寝台とテーブル、洋服かけだけで、部屋はいっぱいだった。


「仕事は明日の朝からだ。今日は引っ越しなどに充てるといいよ」


 エベントは小狡こずるそうな男で、俺に貴族の親族がいると知るが早いか、やけに親切にしてくれた。


「わからないことも多いだろうが、明日から監獄でのやり方をいろいろと教えてやんよ」

「よろしくお願いします」

「なに、礼なんていらないさ」


 真に受けるほどお人好しじゃない。

鼻紙に包んでおいた銀貨をエベントの手に滑り込ませると、エベントは黄色い歯をむき出しにしてニンマリと笑った。


「俺に任せておけば大丈夫さ。ここでの稼ぎ方もきっちり教えてやっから安心しな」


 エベントが去って、部屋に一人残されるとわびしさが心の底から沁み出してきた。

アルバン監獄はどこも薄暗く、異臭いしゅうが漂っている。

もしかしたら自分は間違った選択をしてしまったのかもしれない、そんな考えがむくむくと湧いてきたが、他にどうすることもできなかった。


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