第2話 まくら②
その晩、僕は夢を見た。
それは僕が受験に失敗する夢だった。
「なんでこんなに頑張ったのにダメだったんだ。」と頑張りもしなかった両親が勝手に落ち込み、逆にそれを僕が冷静に見ている、という夢だった。
受験は自分のためにするものだと思っていたし、そう言われ続けてきたけど、実は親の満足のためにやっていたんじゃないか、と夢の中で僕は感じた。
そして、少々重たすぎるとはいえ、そんなに自分のことを気にかけている両親のことをいじらしく感じ、明日は起きたら両親に感謝の言葉を言いたい、なんてことも考えた。
そんなことを思うのは初めてのことだった。
思えば自分が受験をする理由なんてなかった。
学校の友達が受験するから、近所の公立中学がいまいちだから、どうせみんな高校で受験しなければいけないから、大学の附属とか中高一貫の学校に行った方が伸び伸びとやりたいことができるから、、、とか。
思えばそんな話は、全部親から刷り込まれていただけのものだった。
実際には、小学校の友人の半分近くは近所の公立に行くことになっていたし、受験する人の方がちょっとだけ多いっていうだけの話だった。
次の日から僕は受験勉強に力を入れることをやめた。
何のためにするのか、という疑問が沸いてしまったから。
がむしゃらに受験に向かう意思はなくなり、今後の知識のため、中学校からの勉強の滑り出しを良くするため、というくらいの気分で、きちんとやるべきことだけをやっていくことにした。
「最近、ケンタの成績伸びてるらしいじゃん。」
夜、父さんの声が聞こえてきた。
「そうなのよ。言わなくても自分できちんとやるようになったのね、突然。不思議なの。もしかして自分が受験生だという自覚がようやく生まれてきたのかも。」
母さんの声もうれしそうだった。
「それってさ。もしかしてあの日からじゃない?」
「えっ?」
「ほら、俺があの秘密のマクラ買ってきた日から。」
「まさか、、、。もしそうだとしたらすごいマクラね。だとしたら、あれ本物かも。」
そして二人はうれしそうに笑った。
翌年の2月、僕は中学受験に臨み、受験校すべてから合格通知をもらった。
両親は大喜びした。
僕は大してうれしくはなかったけど、「こういうのを親孝行って言うのかも。」と、悪い気分ではなかった。
「なあ、ケンタ。もちろんケンタの努力はすごかったと思う。でも父さんも一役買ったんだぜ、この受験の成功にさ。」
父さんは自分の活躍をアピールしたがるところがあるんだ。またか、と思ったけど、それも少しだけ受け入れてあげることにした。
「もしかしてあのマクラのこと言ってるの?」
「うん、ありがとう。」
本当はありがたくはなかったけど、お礼を言って欲しそうだったので言うことにした。
「いやいや、たまたま酔っぱらった時にどこで買ったのかも覚えてないんだけどさ、ははは。」
「そうなんだ。」
僕は冷たく返した。
だって、そばガラみたいなガサガサしたのが入ったマクラ、頭痛くて眠れなかったし、一回だけ寝たときには嫌な夢見ちゃったし。だから本当は全然使ってなかった。でも、父さんにはかわいそうだから、それは言わないことにした。
だから毎朝、マクラを入れ替えて、使っていたように見せかけてた。少し面倒だったけど。
まあ、それも含めて親孝行だってことかな。
よくよく考えてみれば、このダメ親のせいで、自ら考えて行動できるようになったというメリットもあったかもしれない。すべてをひっくるめて、僕は親に感謝しようという気分になった。
そしてあのマクラは僕らちの家庭からすっかり忘れられ、いつの日かごみの日に捨てられてしまったようだった。
小学生の子供を亡くした母親が、「夢の中でも良いから会いたい」、と息子の遺骨が押し込まれたマクラ。受験生の思いが残っていただけに、寝るときに使うと受験に効果があったのか、なかったのか。
なぜ僕がそれを知っていたかって?中を見たら骨が入っていたから、本当は勝手に想像しただけ。頭蓋骨のサイズを見たら、それは僕と同じくらいの大きさだった。
大分たってから僕は父さん聞いてみたことがあった。
酔っぱらっていたから、あのマクラをどこで手に入れたのか、まったく覚えていないということだった。
まくら usagi @unop7035
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