まくら
usagi
第1話 まくら①
「おーい!ケンタ!」
玄関先からとんでもなく大きな声が聞こえてきた。
毎度のことだが、どうやら酔っぱらい父さんのお帰りらしい。
「ってことはもう11時か。」
僕は、勉強机にあったシルバーのデジタル時計を見た。
「まったく、受験を控えた息子のことなんて一切おかまいなしかよ。大声出しやがって。」
ふーっと僕はため息をついた。
「明日の塾の予習を終わらせなきゃ間に合わないのに。イライラしているタイミングに大声出して帰って来てさ。超KY!!」
僕は両手で自分の頭をモーツァルトのようにかき回した。
「もう!こんなに酔っぱらって。あなた大丈夫?体のことじゃなくて人として!」
玄関の方から、今度は母さんの金切り声が聞こえてきた。
「あなたはもう毎日毎日・・・。何が楽しくてお酒ばっかり飲んでるの?」
信じられない、というアピールなのか、お母さんはいつも両手を上下させながら不満を言う。僕にはその姿が手に取るように見えるようだった。
「それってなんの意味あるの?お金だってかかるし。大体うちは今節約しなきゃいけない時でしょ。子供の塾代だって…」
こう始まっちゃうと、もう止まらなくなる。
「あー、もうやめるか。くそー、明日の分終わらねぇ。」
勉強する気はすっかりと失せ、僕は鉛筆をトンと机の上に置き、コロコロと転がした。
「こんなにうるさくて、勉強なんてできるわけがないじゃん。」
僕のイライラはさらに募ってきた。
「両親とも『ゲームばかりしないで勉強しろ、あれやったのか、これやったのか』とうるさく言うくせに、本当のところは全く受験生の息子のことなんて考えてないんだよ。」
「あー、もう無理」
僕は、ノートをパタンと閉じてベッドに横になった。
母さんがキレまくっているというのに、父さんは相変わらずへらへらしながら言葉を返しているようだった。
父さんは、もう毎日のことで慣れっこになったのか、もうあの金切り声でさえ、何も耳に入ってこない様子だった。
しばらくすると、部屋に向かって足音がしてきた。
僕は、父さんが僕に絡みに来たのかと思って、さっと机に移動して身構えた。
「おーい、入るぞ!」
酔っぱらった父さんの声が部屋の外から聞こえてきた。
「もー!!マジでうざい!!入ってこないでよ。」
僕は大きな声で叫んだ。
しかし、その声は父親の耳に入らなかったようだ。
勢いよくドアを開けて部屋に勝手に入ってきた父さんは、ニコニコしてうれしそうだった。そして、何か大きなものを腕に抱えていた。
「おう、ケンタ。勉強終わったか。」
父さんは顔を赤くしていて、酔っぱらったせいか機嫌が良さそうだった。
「えらいぞー!そして、いつも頑張ってるケンタにこれ買ってきてやったぞ。」
と言って、そのブツを僕に向かって投げた。
「な!」
手で受け止めると、それはドサっと音を立てた。
僕が突然のことで驚いていると、父さんは勝手に話し始めた。
「今日見つけた大発見だぞ。このマクラな!」
そしてドヤ顔をキメたまま続けた。
「これはなー、スゲーやつなんだ。」
「なんだよ!」
僕は、あからさまに不機嫌な顔をしながら返事をした。
「ケンタは、勉強に行き詰まってるだろ。今。」
父さんはわかったようなことを言って、ますます機嫌が良さそうだった。
「でも、もう大丈夫さ。これがあればな。という話だ。」
「え?なんだよ。」
「これはなー、、、なんと!」
父さんは、もったいつけるようにそこで言葉を止めた。
「頭が良くなるマクラなんだよ!!スゲーだろ。」
「ばかばかしい、、、。そんなものが本当にあるのなら、みんな頭良くなってるはずだって。」
僕は父さんにわざと聞こえるようにつぶやいた。
もちろん、父さんはそんなことには気にしやしなかった。
なんでわかんないんだろ?本物のバカなんじゃないか、、、。僕は自分の父親がこんなだということに心底ガッカリした。
「あーそう。ありがとう。じゃあいただいておくから出て行って。」
僕はずっしりと重たいマクラを受け取ると、両手でお父さんを部屋から押し出してドアを閉めた。
遠くから声が聞こえた。
「ケンタ勉強終わったの!?早くお風呂入って、歯を磨きなさい!」
リビングの方から母さんの金切り声だった。
「もうこんな家いやだ、、、。」
僕はそうつぶやくと、父さんが買ってきた真っ白いマクラを頭の下に置いた。
そして、いつの間にか眠りについてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます