第17話 主討伐 2

魔物が確認されているという位置まで移動する間、ビードルが作戦を説明していた。


「『カイラの手』、『赤い城壁』、『瓶詰めの星』、『太陽の下へ』は2つに分かれてもらい、『手』と『城壁』が盾となり、『星』と『太陽』が魔道具による攻撃を行ってくれ。そして『猫の手も借りたい』とツフロの冒険者達で主の注意を引きつけるんだ!これら4グループで四角形になるように主を囲み、倒れるまで攻撃をつづけてくれ!『カイラの耳』は私とともに戦況の観察を行う!」


「うおおおおお!」

「了解だぜぇぇぇぇぇえええ!」


「また、主は大型の爬虫類型の魔物だとわかっている。火の湿地には火を噴くトカゲがいることから、主はそれらの上位個体だと思われる。よって、火炎には十分気をつけるように!特に口を動かし始めたらすぐに距離を取るんだ!」


「っしゃぁぁぁあぁぁあああ!」

「やってやるぞぉぉぉおおお!」




まともに戦闘などしたことの無い俺が、こんな大掛かりな討伐に参加しても良いのだろうか。まあ、自分の参加しているグループでは後ろの方に居れば大丈夫だろう。












「見えてきたぞ、アイツじゃないか?」

「あぁ、でっかいな」

「やれる、かなぁ?」


アラン達が言う通り、俺たちの前に黄色い斑点をもつ巨大なトカゲが現れた。

体長10m程、地面から頭までは3mといったところか。手足は石柱のようで、どっしりとこちらを待ち構えている。



「散開いぃぃぃぃぃ!」


ビードルの声により、討伐隊が作戦通りに動き始める。

先頭を行っていた『手』『城壁』『星』『太陽』が走り出す。


後続の自分たちは薄く広がりながら主の逃げ場を塞ぐ。


先行隊が二手に分かれ、主の注意を引く。主が右腕を振り上げる。

『手』が盾となりながら『星』がすれ違いざまに炎を放つ。右手に2発着弾。反対側から顔に水流と電撃の集中砲火。『太陽』の攻撃だ。主が左足を払うが、『城壁』達のもつ盾に受け流される。



すごい、凄い。これが魔法か。魔道具か。ゲームの中で起きていた事が今、自分の目の前で起きている。



主を中心とする三角形の包囲網が完成した。





3点で包囲攻撃を行う。1点を向くと2点からの攻撃を喰らう。


魔法による火傷、裂傷。剣や槍による創傷。それらが次第に蓄積していく。

勿論、主も黙ったままじゃない。尾を振り回しぶっとい手足で地を踏み鳴らす。その度に地震のような揺れが起こる。しかしビードルの的確な後退の指示により未だ誰も倒れていない。このまま完封するかと思われた、


その時。




コオオオォォォォォォォォォォォォォォ


主が大きく身体を膨らませ、大量の空気を吸い始めた。この動きは。


「第1陣、退がれェェェエエ!」


ビードルの怒声が響き渡る。この動きは、ファイアサラマンダーが火を噴くための前動作。

第1陣、『手』と『星』が背を向けて走り出す。彼らを向いたままの主は口を開く。



「ゴオオオオォォォォォォォォオオオ!!!」



圧倒的な熱量が放たれた。主の怒りが、巨大な火を噴きあげた。


その速度は凄まじく、既に10mは離れていた第1陣の背後に迫るのには2秒とかからない。


追いつかれると知った『手』が盾を構えて、『星』が水流を放つ。

それは2秒という僅かな時間の中で成された最善の判断と対応だったが、巨大な火炎に対しては無力であった。


盾ごと吹き飛ばされ、水流は正に焼け石に水。

火炎放射の後に残ったのは、倒れ臥す人間と散らばる装備の破片。


ピクピクと動いては居るが、彼らのリタイアは明らかだった。



これにより、状況は瓦解した。これまでは遠距離からの攻撃2点、物理的な攻撃1点による封じ込めが可能であったが、こうなってしまってはもう成り立たない。


主がまた身体を膨らませながら第2陣、『城壁』と『太陽』に向かって歩き出す。



「散れぇぇぇえええ!出来るだけ、互いに離れろおおおお!」



ビードルの指示は的確だ。盾でも魔法でも防げないのなら、逃げるしかない。だが、予想外の事は起きない訳ではない。


「ガアアアアアァァァァァァ!」


主は頭を振り、辺りを焼き払った。火炎放射器である。直線の攻撃を振り回し、散り散りになった冒険者達を焼いていく。


まずい、まずいぞ。意味を成さなかったが、量によっては対抗しうる手段をもつ第1、第2陣がやられた。次は、俺たちだ。


それを理解したのは当然俺だけじゃない。


「ひ、ひいいいいぃぃぃ!」「逃げろおおおぉぉおお!」「もう、おしまいだ!焼き尽くされる!死ぬ!」「あっち行けよおおお!固まるんじゃねええええ!」「邪魔だぞ、どけええええ!」


次は自分たちの番だと悟った冒険者達が一斉に逃げ出した。


「クソッ、お前ら、逃げるぞ、これは敵わん」

「全力で走れよ、俺たちは後ろだからもしかしたら逃げ切れるかも知れない」

「ダンは右、ピーターは真っ直ぐ走るんだ。僕とタキジは左に行く」


「ハァ、ハァ、ハァ」


3人が素早く状況判断をする中、タキジだけは手を地面に倒れ込み、動けないでいた。それは初めて目にする、圧倒的な暴力、死の予感。討伐という危険を伴う仕事や怪獣のようなトカゲ、戦況を瓦解させた火炎放射。それら全ては初めて経験したものであり、過度のストレスとなり、混乱を生み出し、体のコントロールを奪っていた。


タキジは水溜りの上に這いつくばり、目を見開き、閉じない口、汗腺からは涎や汗が溢れ出していた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ァァァあああ!」


彼の頭の中では今すぐ立って走り出さないと分かってはいたのだが、それでもやはり恐怖が勝り、大地にしがみついていた。


「こんな、こんなっあ、あ、死んで、たまるかああ!死にたくない!」



「ダメだ、パニック起こしてやがる、3人で運ぶぞ!」

「チクショウ、俺だって怖いんだよお!」

「全く、今度奢れよなああああ!」


ダン、ピーター、アランはタキジをつれて逃げ出そうとした。しかしその時である。


地面から、水中から、空中から、小さな光が集まり、タキジの周りを漂いはじめた。


「なんだ、これ...は」

「タキジ、おい、魔法使えた...のか?」

「いや、これって、あの噂話の、まさか」


ぼんやりとした光は強く輝きはじめ、それはもう目を開けていられないほど眩しくなっていた。


そしてその間に近づいて来ていたファイアサラマンダーも、同じ様な光を放とうと口を開く。


「頼むっ、お願いだから、火を、止めっ消して、消して!あああ!消えろよぉぉぉぉぉぉ!!!」


その叫びと重なる様にして火炎が放たれた。最初の目標は勿論、逃げ遅れた4人。

固まっているのだから当然だ。炎が迫る。数秒後には大きめのハンバーグが4つ転がっていることだろう。


しかし、炎が届くことはなかった。


辺り一帯の水が一斉に『飛び出し』、炎を『襲った』。何故かは置いておいて、周囲の池や地面から発生した水のうねりが、侵食していった。



ジュウウウウウウウウ!


本来なら、先ほどの魔法使いの様な魔法なら意味が無かったのだろうが、ここは湿

地。湿地全体から集まった水量でならば、炎を打ち消すのに充分であった。




後に残ったのは、驚愕の表情を浮かべる4人と1匹だった。

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