第9話 ツフロ開拓地 1

あれから2日歩いた。


クタクタになりながらも進み続け、遂に建物が見えた。

初めは黒い点でしかなかったが、近付くにつれてそれがれっきとした文明であると分かった。


やっと。やっとだ。やっとこの寂しさから解放されそうだ。

地球では友達が多くはなかったが、それでも人との繋がりは人間を人間たらしめるものなのだと、ここに来てから気がついた。


ーーーと言うのは現実逃避だな。


何からかというと、自分の服装からである。

歩き回り、走り、転げ回った。既に汗やら泥やらで薄汚くなっている。


下着なんぞはとっくのとうに脱ぎ捨てていた。


服に関して、残るのはゴワゴワになったハーフパンツやパーカーなど、必要最低限の物しかない。


この群落はちゃんと人が居るようだし、綺麗にしてないと疎まれるかもしれない。

いや、ずっと誰も居ない所から歩いてきたんだ。説明すれば分かってくれるだろう。



どうやって?



なぜそれを考えなかったんだ!どう考えても言葉が通じるわけないだろう。地球じゃないんだ。そもそも日本語なんて英語や中国語に比べれば話者はとても少ない。


それに、ただの人間ではないかも知れない。


トカゲが火を吐くんだ、部外者に問答無用で襲い掛かってきてもおかしくはない。

俺は後ろのファイアサラマンダーを見やった。


「お前だけだよ、安心できるのは」


だが、ウジウジしててもしょうがない。

笑顔で行けばきっと大丈夫だ。







その村は湿地帯の端にあり、緩やかな坂の上にある。

俺は心臓をバクバクさせながら登っていく。


少し整理された道が中央に向かって伸びている。そこをビクビクしながら入っていくと...


「え?火の湿地から人が!?しかも黒髪黒目だっ!」

「どうした?黒髪黒目だって?そんな遠くから来るわけな...って、えええ!?」

「なんだなんだ?」


第1〜第3村人に見つかってしまった。だが、話している内容は分かる。こっちの言葉は使えるようだ。


「ええと...どうも、初めまして。向こうの湿地から来たんですが」


「向こうからってことは華の国からか!凄いことだぞ!」

「おい、祭りだ祭り!華の国の人が来たって俺は他の奴らに伝えてくる!大変だ!」


「いや華の国じゃなくてにほ...まぁいいか。とりあえず、ここはなんていう場所なんですか?」


「ここはツフロ開拓地だ。火の湿地を切り拓く為の拠点だったんだが...あんたが来てくれたおかげでその必要はなくなりそうだな」


火の湿原って言うのは俺が飛ばされた場所のことだな。あそこを開拓するのか。

一応そこで少し暮らしていた身としては愛着の様なものがあり、開拓されるのには僅かな戸惑いがあったが...違う世界から来た俺がどうこう言える立場じゃないだろう。


「俺のおかげって...何かしたか?」


「そりゃそうだ。何たって華の国から来たんだろう?交易路でも作るんじゃないか」


「いや、俺はただ華の国の方から来たってだけでなにもしないぞ?」


華の国というのは知らないが、知っている風を装い、怪しまれないようにした。

そこら辺を歩いてたらここを見つけた、じゃ怪しさ爆発だ。ここが開拓地というのなら、属する国の辺境に在るのだろう。

やたらと強調してくる華の国の方から来た、という設定にしておこう。

方から来たというのは実に便利なもので、消火器をぼったくり価格で売りつける詐欺師の常套句だ。


私、消防署の方から参ったのですが...という風に。



「な、何もない...のか?ただ来ただけ?」


「そうだが...」


「まずいっ!アイツを止めに行かないと大騒ぎになっちまう!皆んなを散々期待させて実は何も無いですって分かったらアイツがボコボコにされちまう」


「えぇ...そんなに過激なのか」


「なんたって開拓地だ、皆んな新しいものに飢えてる。それこそ異国の男なんてな」


「俺はただ来ただけなんだがなぁ」


「それじゃ俺はアイツを止めてくるから、あんたはちょっと待っててくれ!」


「あぁ分かったよ」


そう言うと、彼は凄まじい速度で駆けていった。


「じゃ、残された僕がここの説明をするよ。僕はアランだ。最初に走ってったのがピーター、追いかけてったのがダンだよ」


「ありがとう、俺は豊原滝時だ。豊原が苗字で滝時が名前だ。よろしく」


「(苗字持ち、つまり貴族か。いや、向こうではそれが普通なんだったか)うん、よろしく。それで、ここツフロ開拓地っていうのは君が来た火の湿地を開拓して、新たな都を造る為の拠点なんだ。だから他の開拓地拠点より大きくて、しっかりした造りの建物が並んでるでしょ?」


「ああ、確かに道も整理されてるし村というより街みたいだな。でも、開拓は進んでないのはどうしてなんだ?」


開拓され、農地が広がっていたら俺はもっと早く人と出会えただろう。


「ああ、それは...火の湿地にはでっかい魔物が住んでいて、そこを守っているんだよ。以前無理に行った連中は食われちゃってね、それからずっとここに籠ってるって訳さ」


「そんな奴がいたのか...危なかったな。しかし、ここは安全なのか?」


「うん、アイツは火の湿地を守るだけで手を出さなければ襲っては来ないよ。ま、開拓が進まないから近くの都から冒険者を呼んだってさ」


「ぼ、冒険者!もしかして、ギルドもあったりするのか?」


「あるけど...華の国には無いの?」


「いや、あ、有る...うん、有るけど見たことはなくて」


危ない、怪しまれるところだった。しかし、冒険者にギルドなんて心が躍るな。


「そっか...ところで、さっきから気になってたんだけど後ろの魔物は?」


「ああ、こいつは俺の連れだよ」


「へぇ、そりゃ凄いな。魔物を調教出来るなんて聞いたことがないよ。向こうではそんな技術があるのかな?」


「うん、まぁ、そんな所だ」


なんとなく、力ずくで従えたとは言わないでおいた。

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