内側に登る

円柱形のスペースコロニーは常に回転していて、外側には遠心重力がかかる。マトリョーシカのような階層構造になっており、外側の階層ほど重力が大きい。内側階層には重要な設備が集中し、色んな意味で上流だ。浄化された水は内側から外側に配水される。ファッションや分化の流行り廃りも内側から発生し、人づてに外側に伝搬していく。


カナコは二十歳の女性で、運動も勉強も苦手だ。今でも分数の割り算ができない。ただ幼い頃から媚びるのが上手でモテた。相手の腕に触れて、顔を寄せて「ありがとう、嬉しい」と言えば大抵の願いは叶った。


カナコは、スグルと仲がよかった。スグルは勉強も運動もできて、時々、何階層も内側に連れて行ってくれた。何回層内側まで行けるかは、資格試験のスコアで制限される。スグルは体幹が強く、三半規管の機能が高かったので、重力の弱い内側でも自由に動くことができた。


内側階層では、美しい階層の景色、珍しい音楽、外側では食べられない食事を満喫できる。ただし内側で生活し続けるには大きな責任が伴う。なぜなら内側の失敗や事故は、重力にひっぱられて外側に伝搬する。だから資格試験が必要なのだとスグルは教えてくれた。そのかり、外側では得られない生活と娯楽が提供される。


カナコはスグルに好意をもっていたが、求められている確信があり、アクションを起こさなかった。やがて、スグルは内側での職を得て、外側を去った。


カナコは、スグルの友人だったショウヘイとつるむようになった。ショウヘイは外側階層にある医療施設群のゴミ収集をしていた。ショウヘイの運動神経も、話の面白さもスグルに劣っていた。だが二階層内側まで行けたので、カナコはときどき連れて行ってもらった。


ある日ショウヘイが、いくつかの錠剤を持って帰ってきた。医療施設の廃棄物を漁ったり、こっそり盗んだりした錠剤やカプセルを混ぜたドラッグだ。服用するとすぐに高揚し、ふたりはセックスする。ショウヘイは体幹が弱いため動きが悪く、三半規管が弱いためすぐに動きを止めた。カナコは物足りなくなって、馬乗りになったが、やはりうまく動けなかった。


カナコは、だらしなく寝ているショウヘイを見て、それから汗と精液で濡れた自分の体を見る。そして、つまらない相手とセックスをしたことを悔やむ。この一年をまったく無駄にしたと悟る。それは自分が人に頼ることでしか、内側に行けないからだと思う。


カナコはひとりでその場を去る。トレーニングジムに入会し、帰りに図書館の会員カードを作った。誰かに連れて行ってもらうのではなく、自分の力でまずは一階層内側に行くことが最初の目標だ。


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参考文献

田中啓文「宇宙サメ戦争」

山内マリコ「君がどこにも行けないのは車持ってないから」

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