内側に登る rev 2.0

円柱形のスペースコロニーは常に回転していて、外側には遠心重力がかかる。マトリョーシカのような階層構造になっており、外側の階層ほど重力が大きい。内側階層には重要な設備が集中し、色んな意味で上流だ。浄化された水は上流である内側から、下流に相当する外側に配水される。新しい技術や知識も、内側で発生し検証され、徐々に外側の階層に伝搬する。サンドウィッチという食べ物もそのひとつだ。


カナコは二十歳の女性で、運動も勉強も苦手だ。だが外側の階層にいれば、だらだら生きていける。コロニー内の多様性を維持するため、排斥されることはない。内側の生産力にフリーライドできる。ただ人口調整のために、好きなだけ子供を持つ、というようなことはできない。


カナコは、スグルと仲がよかった。スグルは勉強も運動もできて、時々、何階層も内側に連れて行ってくれた。何回層内側まで行けるかは、資格試験のスコアで制限される。スグルは体幹が強く、三半規管の機能が高かったので、重力の弱い内側でも自由に動くことができた。


内側で生活し続けるには大きな責任が伴う。内側の失敗や事故は、コロニー全体に伝搬するからだ。たとえば内側で汚水が溢れたら、体積の小さい内側でキープすると他の重要設備に悪影響が出る。だから、外側の階層に順番に分散させて、薄めるしかない。だから資格試験が必要なのだとスグルは教えてくれた。


カナコがなぜ大変そうな内側に生きたいのかと尋ねると、スグルは内側の人と話すのが楽しいからだ、と答えた。冗談が面白いとかではなく、みんな歴史や科学について詳しくて、刺激されるのだ、と。


カナコはスグルに好意をもっていたが、だらだらとアクションを起こさなかった。やがて、スグルは内側での職を得て、外側を去った。


カナコは、スグルの友人だったショウヘイとつるむようになった。ショウヘイは外側階層にある医療施設群のゴミ収集をしていた。ショウヘイの運動神経も、話の面白さもスグルに劣っていた。だが二階層内側まで行けたので、カナコはときどき連れて行ってもらった。


ある日ショウヘイが、いくつかの錠剤を持って帰ってきた。医療施設の廃棄物を漁ったり、こっそり盗んだりした錠剤やカプセルを混ぜたドラッグだ。服用するとすぐに高揚し、ふたりはセックスする。ショウヘイは体幹が弱いため動きが悪く、三半規管が弱いためすぐに動きを止めた。カナコは物足りなくなって、馬乗りになったが、やはりうまく動けなかった。


カナコは、だらしなく寝ているショウヘイを見て、それから汗と精液で濡れた自分の体を見る。そして、つまらない相手とセックスをしたことを情けなく思う。この一年をまったく無駄にしたと悟る。それは自分が人に頼ることでしか、内側に行けないからだと思う。


カナコはひとりでその場を去る。トレーニングジムに入会し、帰りに図書館の会員カードを作った。誰かに連れて行ってもらうのではなく、自分の力でまずは一階層内側に行くことが最初の目標だ。


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前回からの変更点

ステレオティピカルな、若い女性属性を取り払う

内側の享楽的便益を取り除く


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参考文献

田中啓文「宇宙サメ戦争」

山内マリコ「君がどこにも行けないのは車持ってないから」

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