有能にして無知

人間の脳機能を補助するデバイスである〈アクセラ〉が一般的になった。耳の後ろの無線電極と接続し、ポケットやかばんに入れておけば、記憶や論理思考の補助をする。多国籍企業連合〈カンファレンス〉が粘り強く実証実験と議論を繰り返し、今では、メガネのような標準的な機器として受け入れられている。人間の技能水準は飛躍的に向上し、特にホワイトカラーの生産性が向上した。


主人公はロボット玩具を作る仕事に就いていた。アクセラの助けを借りて、働きながら機械工学や制御工学を習得し、今では産業用ロボットの設計者になり、給料も上がった。だが、交通事故のひどいむちうちで、電極が破損し、アクセラを使えなくなる。リハビリをしつつリモートワークで仕事に復帰しようとするが、集中力が続かず、気づいたらおもちゃの設計に逃避するようになる。


病院からカンファレンス主催の互助会を紹介される。参加者たちは自分の経験談を話し、アクセラの拒絶反応をすこしずつ克服してく情報を交換し、あせらなくていい、少しずつ慣れていこうと励まし合う。主人公も電極を交換する手術をし、徐々にアクセラに慣れていく。


ある日、昔の先輩が互助会に入ってくる。先輩は他の参加者に攻撃的で否定的な言動をし、つまみだされる。心配になった主人公は先輩を訪ねると「カンファレンスの下請けの仕事をとおして、アクセラはカンファレンスに都合のいい能力だけを向上させていることに気づいた。本当のお前は、おもちゃを作りたいんだよ。何も知らない奴隷として生きるくらいなら、アクセラを外して自由で短命のほうがいい。お前はまだ間に合う」と言われる。主人公は混乱して去る。


その後も主人公は互助会とリハビリを続け、やがて復帰する。数カ月後、先輩が自作のおもちゃに囲まれた部屋で、死亡したことを知る。有能で無知な奴隷として長寿を全うするか、自由に短命に生きるかを自問する。アクセラなしでは、ろくな仕事に就けないだろう。数年で困窮するはずだ。だがアクセラを装着した自分は、もはや自分ではない。主人公はアクセラを廃棄した。


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参考文献

飛浩隆「流下の日」

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