減速
アクセラは、人間の脳機能を補助するデバイスだ。耳の後ろの電極と無線接続するデバイスで、ポケットやかばんに入れておけば、記憶や論理的思考の補助をする。アクセラは政府と大企業連合が公認していて、大学受験、資格試験、採用面接の会場に持ち込んでよい。その結果、国民の技能水準は飛躍的に向上した。一方でアクセラは国民の意思決定に介入しているという反対派もいた。アクセラなしでは、現代社会で必要な技能に到達できないため、反対派活動家たちは大した成果をあげられない。
主人公は幼いころからの夢だった橋梁の設計士として生計を立てていた。だが、徐々に動くものに興味を持つようになり、最近は装甲車や航空機など、負荷のかかる乗り物の強度設計の仕事をするようになった。
誤って階段から落ちたとき、アクセラが破損した。交換用のアクセラが届くまでは仕事もはかどらないので、休暇をとる。そのとき自分が兵器設計に軽く嫌悪し、橋梁設計を再びやりたいと感じる。届いた新しいアクセラを装着したとき、兵器設計への愛着とモチベーションを感じた。活動家たちが言っている介入の意味を初めて理解した。
前職の先輩に相談する。アクセラなしでは、まともな仕事に就けない。だったら今の仕事の生産性を上げていき、余暇の時間で橋梁のデザインをすればいい。今は銃の設計をしてるけど、週末には建築設計やってるよ。実際の施工はないけれど、どうせCADで図面を描き、強度計算することの繰り返しまでが、設計の仕事だ。CADを共同購入すれば、安く済むんだから、一緒にやろう。そういうことを言われた。
主人公は、先輩が所属する橋梁設計のサークルに、週末通うようになる。だが週末にアクセラを外していても、影響を受けているらしく、橋梁のデザインが兵器じみている。無駄に強度が高かったり、不必要なステルス性を持たせた形状になったりする。
僕が作りたいのは安全で美しいものなんです、と先輩に言うと、アクセラを外すのは、近視の人間がメガネを捨てるようなものだ、とバカにされる。サークルのみんなにもバカにされる。
アクセラを捨てると、この社会でまとも生きていけないであろう。だが、この先20年サークル活動しても一万時間をブサイクな橋梁設計に使うことになる。アクセラをはずして5年で貯金を食いつぶして死ぬとしても同じく一万時間ある。そして美しい橋を描ける。そう計算した主人公は、二度とアクセラを装着しなかった。
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