第6話「決意」
俺たちが地下牢からギルド本部に戻ってくると、タケロウ成敗の噂が多少なりとも広がっていたおかげか、ほんの数時間前まで大半の奴らに敵視されていた俺も『アイツをやっつけてくれたんだってな!』などと知らない人から称賛の声を掛けられるようになっていた。
「カツアキさん、草薙の剣の価値に比べたら全然なんですけど、今回のタケロウ捕獲により一番貢献した人には報奨金が出るんですよ」
ミーシアはそう言って俺の手のひらに収まる程度の金貨の入った布袋をトンと机の上に置く。
「そりゃあのおっかねえ剣に比べたら価値的にはそうかも知れんねえけど、その量の金貨だったら贅沢しなけりゃ軽く一年は遊んで暮らせるぞ」
後ろから覗き込むようにしてそれを見ていたマチスが、この世界の通貨を知らない俺にこっそり教えてくれた。
「ではこの受取書にサインを……」
続けてそう言いかけた瞬間、ミーシアが『あっ』と声を出してとても気まずそうに顔をしかめる。
「あっ、あー、そういえばカツアキさんギルド登録をまだしていなかったですよね……」
それが誰の所為かと問われれば、暗殺拳なんておぞましい祝福を受けてしまった俺の所為なのだが、彼女の顔を見るとミーシア自身が問答無用で追い返してしまったことに対して申し訳なく思ってくれているようにも感じた。
「本当に誰の所為なんでしょうね……ミーシアっ!」
メリンが軽く彼女を追い込んでくれたおかげか、ミーシアは『ス、スキルチェックは既に終えてますので、すぐに登録してきまーすっ!』と慌てて奥に引っ込んでしまった。
「それはそうと、カツアキ様。あの時は気にしなくて良いと仰ってくれましたけれど、やっぱり私は貴方様にお礼がしたいのですっ」
改めてこちらを向いたメリンが俺の目をジッと見る。
「君がそう言ってくれるのは嬉しい……とは思うのだが、俺は人に感謝されるのが苦手なんだ、申し訳ない」
「いいじゃねえか、カツアキはこの世界にやって来たばかりで食うモンもなければ住むところもなくて途方に暮れていたんだろう。正直俺も店の用事があるし、それほどアンタに構ってやれねえんだ。宿探しひとつにしても嬢ちゃんに間に入って貰った方がスムーズに行くと思うぜ」
確かにそれはそうかもしれないが……。マチスのような大雑把な男にならまだしも、獣人とはいえメリンみたいな気を遣ってくれる若い女の子に頼り切るのは小心者の俺にとっては気が引けて仕方が無い。
そんな俺の心境とは逆に、マチスの言葉を聞いていたメリンはパァと花が咲いたような笑顔を見せていた。
「あのっ、ウチはボロ屋なんですけどっ、ついでにご馳走とかも作れはしないんですけどっ、カツアキ様さえよければせめてご自身の住処が見つかるまででもウチに来てくださいっ。もちろんお嫌じゃなければいつまでいて下さっても結構ですのでっ!」
メリンの申し出は本当に有難いとは思う。マチスも俺の背中をポンと叩いて『良かったじゃねえか』と喜んでくれたが、正直そこまで世話になるのは心苦しくてどうしようもないのだ。これは理屈で解決する問題じゃない。
俺が返答に困りながらふと目を泳がすと机の上に置かれた金貨袋が目に入る。そうだ……ただ世話になるのは嫌だけど対価があれば少しは気も楽になるかもしれないと、俺はそれを取ってメリンに差し出した。
「確かにこの世界じゃ右も左も解らない俺は凄く困っている。しかし、ただ世話になるというのは嫌なんだ。だから謝礼というわけではないが俺の当面の生活費としてこれを受け取ってくれ」
するとメリンの表情は一変してそれは険しいものとなってしまう。
「ば、馬鹿にしないでくださいっ。それじゃ私がお金目当てでカツアキ様をご招待しているみたいじゃないですかっ! 妹がタケロウっていう人の奴隷になりそうなところを助けていただいたんです! これじゃちっともお礼にならないですっ!」
メリンの言うことも解らないでもないし、面倒くさいと思われても仕方がないが前の世界では社会人になって独り立ちするまで親戚の人の顔色を伺いながら生きて来たんだ。もうあんなのは二度と御免なんだ。
「五月蠅い、俺は物乞いじゃないんだ! 君だって貧しいって言ってたではないか! それにきっと妹や弟の面倒も一人で見ているのだろう? そんな子から無償で世話になるだなんて我慢できるかっ」
「カツアキ様も強情ですねっ! だからってこんな大金受け取れるわけないじゃないですかっ! 常識を考えてくださいっ」
「常識も何もこの世界のことは何にも知らんっ! そもそも俺は様付けで呼ばれるな大層な人間ではないんだっ! いちいち持ち上げられて気をすり減らすこっちの気持ちも少しは汲んでみろ! マチスみたいにカツアキと呼びやがれ」
「助けていただいた人を呼び捨てにできるわけありませんっ! 気がちっさいのはご勝手ですが、私の恩返しの気持ちにまでケチをつけるだなんてあんまりだと思いますっ!そっちこそメリンって呼んでくださいっ、他人行儀にも程がありますっ!」
そんな俺たちのやり取りを見てか、マチスが『クックック』と喉を鳴らした後に、豪快に笑いだす。
「あっはっはっは……あー、アンタら意外と仲が良さそうだな。息がピッタリじゃねえか」
「あっ、すまない。少し熱くなってしまったようだ」
「わっ、私こそ助けていただいた立場なのに偉そうにしてしまってすみま―――」
メリンもハッとして少し顔を赤らめていたが、先ほどの言い合いを思い出したのか『ぷっ』と笑みを溢す。
「ごめんなさいっ。カツアキ様のことお堅い人だなって思ってましたけど、意外とそうではなかったのがちょっと可笑しくて」
メリンが素直な子だったからこそ、自分の素が出てしまったのかもしれない。俺が照れ臭そうに頭を掻いているとマチスがポンと自分の手のひらを握り拳で打っていた。
「よしわかった、こうしよう」
そう言って俺が持つ金貨袋から握れるだけの金貨をゴッソリと取り出すマチス。
「カツアキは俺にも恩がある。ちっとは世話もしたし俺のオヤツで餓死を凌いだんだからな。だからこれは俺への謝礼も込めて店での買い物代として頂いておく。ウチは道具屋だ、生活に必要なモノは何でもござれだ」
そして中身を半分以下に減らされて軽くなった金貨袋をマチスはそのまま俺の手からメリンの手へと受け渡す。
「嬢ちゃんもこれくらいなら受け取ってやっても良いんじゃねえか? 獣人が恩義に堅く、健気で優しい心を持つ者が多いことは知ってるが、男ってのもどこの世界だろうが総じて面倒な奴が多いのさ……そういうことだろ? カツアキ」
どうもこの男に見透かされているようで癪だったが、それで一件落着できれば嬉しい限りだと俺は彼女へぶっきらぼうに頭を下げた。
「俺を助けてやってはくれないだろうか……………メリン」
心を込めて他人行儀は嫌だと言っていた彼女の名を呼んだことが俺の最後の譲歩だった。
「もうっ、仕方がありませんねっ。面倒くさい人ほどお世話のしがいがあるって言いますしね。でも、ウチに来たあとは私のしたいようにさせてもらいますっ。私のしたいように尽くさせていただきますからねっ!」
ピンッと人差し指を立てながらそう言うメリンが若いながらも大人みたいで、今後も一筋縄ではいかないだろうと俺の心はそう警告する。
結局、俺の今後の身の置き場が決まった頃にようやくミーシアがバタバタと受付のところへ戻って来た。
「すみませーん。はぁはぁっ……やっと登録が終わりました! ええと、名前はオノデラ カツアキ、男性、転移で得られた祝福は暗殺拳とアイテムBOXでよろしいですね。……それと、ちょっとご相談なんですが」
ミーシアは申し訳なさそうにして俺の顏を下から覗き込む。
「さっき上の人に言われたんですけど~。いえっ、決して私の無茶なお願いじゃないんですよっ。あの……もちろんギルドにはすぐに請け負える簡単な色んな仕事もあるんですけど、今回の件でカツアキさんにはこっちの簡単じゃない方の仕事が向いているんじゃないかって……その、上の人も……我々も色々と手を焼いてまして」
そう言ってミーシアがスッと机の上に置いたのは、まるで指名手配写真のような誰かの似顔絵と報奨金の額が書かれた紙だった。
つまり、タケロウのような祝福の力で好き勝手やってる輩が他にもたくさんいるから何とかして欲しいというわけか。
「アンタ……こんなことばかりやってるとそのうち死んじまうぜ? 俺は自分の身は自分で守るくらいで十分だと思うな」
別に引き受ける意思を見せたわけではないが、マチスがそう先に忠告してくれる。しかしこの異世界が死んでしまった妹の信じた夢の国とはかけ離れていることに落胆したのも事実。それも現地人の所為ではなく俺と同じく別の世界からやってきた転移、転生者が原因なのだ。
我ながら不器用な生き方を選ぼうとしている気もしなくはないが、それでも自分が第二の人生を歩き始めるための行動原理とするにはそれで十分だった。
少しでも美香の望んだ夢の国に近づくならば、敢えてその道を選んでみようと思う。
「俺は『暗殺拳』なんて物騒な力を得てしまったが殺しはしない。そいつらを殺してしまえばまた他の世界に転移して今以上の悪さを働くかもしれない。だから俺がするのはそいつらを捕まえるまでだ。そっちは俺が仕事をした分だけ人を裁かなければいけなくなるから大変だと思うが、大丈夫か?」
俺の決意を聞いたミーシアはニッとはに噛んでそれに応える。
「それこそ、望ところです! 私たちの街は私たちで守らなければいけないんですからっ! あと、そういうことならスキル名もちょっと修正しておきましょうか?」
そう言って既に完成した登録用紙へ付け加えるようにスラスラとペンを走らせるミーシア。
「―――これでいいですかね?」
再びニッとはに噛んで差し出される登録用紙を見るとこう書き加えられていた。
―――所持スキル名:殺さない暗殺拳、アイテムBOX。
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