第4話「暗殺拳とは人を殺める技にありて」
転移前の世界の時間軸がバラバラであれば、そこで傍若無人な振舞いをおこなっているタケロウからすると俺が未来人であるように、俺もいつかは自分たちの元世界の未来を知る人物と遭遇してしまうのだろうか。
それは漠然とした恐怖でもあった。元の世界で既に死んでいる俺が帰郷できるはずもないし、その世界の未来がどうなったとて今更自分には関係の無いことなのは確かだが、命を賭けて守ろうとした日本が彼の死後敗戦国と成り果てたのだとタケロウが誰かに聞いたとしたら、正気を失うのも無理からぬものかもしれない。
なにより力こそ正義の戦争時代を生きた人間だ、かつての彼は誇り高き兵士だった可能性もある。そして、女神の祝福を受けた彼がその力に溺れて自身の正義を見失い只の小悪党へと成り下がったのだとしたら、同じ日本人として憐れむ気持ちも捨てきれなかった。
しかし、そんな彼の心の弱さがこの世界で必死に生きている人たちに危害を加えているのなら、それは絶対に間違っている。自分の不運を誰かの所為にしていい筈はない。
多くの他人に不幸を与えることが、呪われてしまった自分の不運を救う唯一の術だと勘違いしている奴に同情してしまうと負の連鎖は無限大に増え続るだろう。
「ひぎぃ!」
妹を庇う獣人の女の子がタケロウに脇腹を蹴られ重い悲鳴を上げた。
「クソッタレ! もう我慢ならん俺は行くぞ!」
そんな惨状を見て痺れを切らしたマチスがタケロウの所へ飛び込もうとするのを俺は腕を伸ばして制止する。
「間違いなくタケロウは俺と同郷の人間だ。今の奴がどうあれ、自分の過去の国を守るために戦ってくれたのも事実。奴に勝てるか、止められるかなんてわからんが……此処は俺に行かせて欲しい」
マチスの返答も聞かずにそう言い捨てた俺はタケロウと獣人の姉妹を取り囲んで見守っている人たちの輪から抜け出して奴の前へと足を進めた。
「何だお前は! この小官に切られたいのかっ!?」
「俺はお前と同じ日本からの転移者だ。子供時代には戦時中の本を読み漁ったもんだが、そこに登場する彼らは信念と誇りを持っていた。そんな彼らとは違って何の罪もないこの世界の人たちに好き勝手振舞っている只の兵隊崩れに成り下がってしまったお前をこれ以上見てはいられない」
「貴様っ! 神の力を得た小官を愚弄する気かーっ!!」
タケロウが俺を目掛けて草薙の剣とやらを天高く振り上げたその時、俺の体に真っ黒な邪気のようなものが纏わりつくように放出されたのが自分でもわかった。
奴の動きがやたら鈍く感じる。遅い、遅い。
これが暗殺拳なのか……。そんな体術など一ミリも知らない俺だったが、まるで幼少期の頃から叩き込まれたかのように身体がそれを習熟しており、次に自分が何をすれば良いかなんて考えるまでもなかった。
振り下ろされる剣をスラリと躱した俺は、右手の掌を奴の胸元に向けて広げたまま脇腹を擦る様にゆっくりと引いていく。
―――
刹那、奴の内臓が飛び散って絶命していくグロテスクな光景が俺の脳裏に過った。
不味い、このまま掌を当ててしまったら奴を確実に殺してしまう。ギルドの受付嬢は街を滅茶苦茶にするような転移者を皆で守ると言っていた。マチスだって自分たちの世界は自分たち自身で守らなければいけないと言っていた。
タケロウを裁いていいのは彼と同じく女神の祝福を得た俺じゃない! 彼を裁くはこの世界で純粋に生きる特殊な力を持たない彼らで在るべきなんだ!
俺は一度発動させた暗殺拳を彼の胸元へ接触する寸前に、全力で急ブレーキを掛けた。
「ぐあぁぁぁッ!」
自分の右腕に想像を絶する苦痛を伴うも、そのおかげで衝撃は緩和され、その場へ蹲る様に倒れ込んだタケロウはピクピクと痙攣しており辛うじて死を免れたようだった。
一先ずは安心した俺だったが、気を緩めたのちに周囲の人たちが自分に向ける視線が気になった。まるで異質なもの、邪悪な魔物でも見ているような眼差し。
彼らからそんな目で見られているのだと感じたと共に、同時にギルドの受付嬢が俺の得た祝福を知って豹変したのにも合点がいった。
暗殺拳なんて所詮は人を殺める技でしかないのだ。
「お、おいアンタ。恐ろしい力を持ってるんだな……そいつは死んじまったのか?」
唯一ある程度の俺の素性を知っているマチスが此方へやってきてこの状況を確認するため俺へ声を掛ける。たったそれだけだったが、忌むべき存在として見られてもおかしくない俺にとって少しは救われたような気がする。
「いや、この男は―――」
「あ、たすけて、くれて、ありがとう……」
俺がマチスに説明しようとしていたら、先ほどまでタケロウに蹴られていたポポという子が俺の足の裾を摘まんで苦しそうにしながらもお礼を言葉を発している。そんな妹を見てか姉である獣人の女の子もハッとして、同様に蹴り飛ばされて痛む脇腹を手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「私はメリンと申します。私たちを助けていただいて本当にありがとうございました! お礼と言えど私たちは貧しい獣人なのでお役に立てないかもしれませんが、私に出来ることなら何でもしますっ、何でも仰ってくださいっ!」
前の世界では憐れに思われることはあっても、感謝されることなど殆どなかった俺にとってはメリンという獣人の女の子のその言葉だけでもう十分だった。
「いや、いいんだ。それよりも早く妹さんの手当てをしてやれ。もちろん自分の体も……」
「そういう訳には参りませんっ、今は無理かもしれないですけど、この痛みが癒えたら必ず恩返し致しますのでお名前をお聞かせいただけませんかっ?」
人に感謝されることもそうだが、人と深く関わることも苦手だった俺は寧ろ名乗らずこの場を立ち去りたかったが、マチスが『そう言えば俺もアンタの名前を聞いていなかったな』などと言い出してしまったのでそういう訳にもいかないみたいだ。
「俺は
「あ、ああ……王国なら城の兵士に受け渡すんだが、此処は自治区だから悪さを働いた奴らはギルドの牢屋にぶち込んでおくんだ」
「そうか、ギルドか……」
俺は暗殺拳を直前でセーブしたおかげで右腕が今もなお痛んでいたので、利き腕ではない左腕でタケロウを担ごうとしたが、中々うまく行かない。
それでも、引きずるようにしてでも無理やり奴を動かす。
「カツアキ、ギルドに連行するなら俺も手伝うぜ。それよりもこの剣はアンタの戦利品だがどうするんだ」
マチスがタケロウの反対側の腕を担ぎながら、床に放置された草薙の剣を差してそう言っていた。
「助かる。その草薙の剣もギルドに引き渡したいので、ついでに持ってきてくれないか? 悪いが俺の右手は力が入らないんだ……」
「お……おうよ。アンタを追い出した奴らにこれまで渡してやるのは何か勿体ねえ感じもするけどな」
右手を負傷し暗殺術によって結構な体力を消耗していた俺にはブツクサ言っているマチスの言葉が耳に入らず、痛む体を押さえながら着いてこようとする獣人の姉妹を制止しながらマチスと共にタケロウを引きずるので精一杯だ。
そして広場から出てギルドのある大通りまでタケロウを引っ張って来ただけで俺にもマチスにも限界がきていた。
「はあっ、はあっ……カツアキ、コイツ結構重いな。ちょっと一休みしようぜ」
俺たちはゆっくりとタケロウを降ろすと、その場でしゃがみ込んで体を休める。そこで呼吸を整えていると、俺はふと女神から暗殺拳の祝福を得た時についでに貰った『オマケ』のことを思い出した。
「そういえば、アイテムBOXとか言ってたな……」
「ん?どうしたカツアキ」
「いや、女神から祝福を得たときに別の能力も一緒に貰ったのを思い出した」
「何ぃ? 俺も色々な転移者や転生者と出会ってきたが、二つも能力を貰ったなんて初めて聞いたぞ」
まあそうだろうな。あのガラガラ抽選機のオマケだろうから、欲しい能力を聞かれたときに『何でもいい』って答えた奴で、更に出て来た玉が光らないといけないみたいだったので、そんな事は稀なんだろうな。
「ついでに説明書みたいなものも渡された気がようなする……」
俺が腰に付けていた革袋を弄ると一枚の紙きれが入っており、それの表には『アイテムBOX』の大まかな説明と裏に応用術のようなことが記載されている。
「なるほど、アイテムBOXというのは異次元空間を利用して複数の物を出し入れすることができるらしい」
裏面の応用術にはそれを利用して大きな物を運搬できるみたいなこともかいてあり、同じく横目でその紙を横目で読んでいたマチスが声を上げた。
「おいっ、意識を失っている者なら生き物も同様に扱えるって書いてあるじゃねえか、カツアキ! それでこの男も楽に運べるんじゃ……」
「やってみよう。ええと、気を失っている対象の体の一部に手を当てて『捕縛』と唱える―――」
俺が紙を読みながら、書いてある通りに左手でタケロウの肩を触りながら『捕縛』と言った瞬間に奴の体はブンッと音を立てて消滅した。
「おっ、おおっ!?……消えてしまったが、死んじまったんじゃねえよな?」
タケロウの消え去った空間を眺めながらマチスがそう呟く。
「捕縛というくらいだから、死にはしないだろう。か―――再び姿を現す言葉も記されていることだしな」
この場に再びタケロウが出て来てしまうと面倒なので言いかけで言葉を濁したが、『解放』と言えばこの男を取り出すことが可能らしい。
何はともあれ俺たちは身軽の状態でギルドに向かうことが出来るようになった。
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