第2話「ユリーナ自治領とギルド本部」
事務的な女神(営業時間内に限り)と手続きした場所から消えていくのとは逆に、石やレンガを基調とした中世ヨーロッパのような街並みへ移動した俺は、キラキラとした光に包まれながら今度は頭から姿を現していった。女神と話をしている間までは確か俺はスーツを着ていたはずなのに、改めて自分の姿を確認するとここの風景にマッチしたそれらしい服装に変わっていた。
ええと、女神が言うには確かここはユリーナという街だったな。
キョロキョロと辺りを見渡すと昼間の街道だったせいか、数人の通行人とすれ違ったのだが、これといって俺の存在に驚いている様子はない。
ひょっとして俺のことが見えていないのか。
兎にも角にも情報を得ないと何も行動出来ないので最後にすれ違った男に近づいていく。するとその男は俺の方を二度見、三度見した後でようやく立ち止まり『あちゃー』言わんばかりにと額に手を当てて深いため息をついていた。
「アンタ、こっちに来たばっかなんだろ? とにかくギルドに行きな。そうすりゃ当面はなんとかなる」
「俺は今、何もない場所にフッと姿を現したのだが……驚いていないのか?」
「いちいちそんなことで驚くわけないだろ? アンタみたいな奴が他の世界からやってくるなんて日常茶飯事だ。特にこのユリーナの街は王国の支配の届かない自治領だからな。女神の祝福だか何だか知らないが、余所モンの奴らだけが得られる奇妙な力で好き放題やるには都合が良いってワケさ」
男が説明するその言葉には妬ましさみたいなものが含まれているような気がした。
「異世界転移者というのはそんなに存在しているのか」
「別に毎日毎日ってことではないんだけどな、別の世界から来た奴ら勝手なモンが多くてなあ……とにかく存在感が半端ないんだよ。まあいい、俺はそこの店で道具屋をやっているマチスって名前だ。この世界で生まれた生粋の人間さ。余所モンと関わるのは面倒だからアンタにゃ気づかない振りをしていたんだが仕方ない。お前が悪さをするような奴じゃないんだったら、この世界に慣れるまでくらい少しは力になってやるぜ」
マチスという男はお世辞にも優しそうな人相とは言えないが、話してみた限りでは何とも面倒見が良さそうな感じだった。
「それは助かる。それはそうと、今聞いた感じではこの世界にやってきた転移者や転生者の中には悪い奴も結構いるのか?」
「転生者に関してはアレだな。子供のころはまだいい、しかし大人になるにつれて前の世界の記憶が蘇るらしいからな、更に生まれた頃から変な力も持っているんである日を境に人が変わったようにヤンチャし出す奴も多いな」
「なるほど……」
「んで、転移者は前の世界から直接こっちにやってくるらしいからなぁ。元から悪い奴はそのまま、いい奴だったとしてもその時に得た力に溺れて悪事を働くモンも少なくねえ。まあ、俺だって急に凄い力や道具を与えられたら善か悪かどっちにそれを使うかなんてわかんねえから、偉そうなことは言えねえんだけどなっ」
おとぎ話で聞かされていた『異世界に行けるのは善行を積んだ者』というのが嘘ハッタリだったってことは女神が暴露していたので知っていたが、元々の悪人以外でも自制が利かなくなって悪に転ずる人が多いというのは少しショックだった。
死ぬ間際の妹が信じた夢の世界が壊されていく、まるでそんな気分だ。
「今はわからんことも多いかも知れんが、この街で暫く過ごすんならすぐに色々わかってくるはずだ」
「ああ、有難う。まずはギルドに行けば良いんだったな、マチス」
俺が頭を下げるとマチスは『ギルドの半分は余所モンの職探しの為にあるようなものだからな。礼なら金が手に入った後で俺の店で何か買ってくれや』とそう言って別れ際に遠くの大きな建物を指差してくれた。
マチスが指示してくれた大きな建物に向かうと、そこには元の世界では見たことが無い文字で『ギルド本部』と書かれる看板が掛かっている。何故か不思議とそれを読めたし、よく考えればマチスと話していた言葉もこの世界の言語だ。女神とは日本語で話していたと思うので、恐らく転移の瞬間に色々と知識が与えられたのだろう。何とも都合の良い仕組みだった。
建物の中に入ると、そこには人間だけでなく耳の長いエルフや獣人、ドワーフのような小さなおっさんまでいてとても賑やかだ。マチスがギルドに行けば当面は何とかなると言っていたので、取り敢えずあの受付っぽい女性に事情を説明したら良いのだろうか。
「すまない、初めてこの世界に来て右も左もわからないんだが……」
「はいっ、転生者さんですねっ、それでは身分証を発行してギルドに登録しますので、こちらに手をかざしていただけますかっ」
俺が不安そうに尋ねると、体のスラッとした愛想の良い金髪の女性が優しくそう言ってくれた。どこかの事務的な女神とは大違いだ。そんな素敵な対応に安心しきっていた俺は彼女の手のひらが向けられる魔法陣が描かれた羊皮紙の上へと言われるがまま手をかざす。
すると、どうだ。それまではにこやかに微笑んでいてくれた彼女の顔がまるで
「あ……暗殺、拳?」
ギルドの受付嬢がそう呟くと今度は鋭い目付きでこちらを睨み『キシャー』と俺を威嚇する。
「こんな祝福を望んだような輩は悪党に間違いありませんっ! 貴方のような人がこの街を滅茶苦茶にするんです。そしてこのギルドはそんな貴方のような人を徹底的にマークし、皆で力を合わせて軍隊の存在しないこのユリーナ自治領を守り抜くためにも存在するんですっ! 貴方みたいな輩は今すぐ此処を出ておいきなさいっ」
語尾の礼儀正しさからは考えられない程の罵声を浴びせられた俺は怯みながら後ずさりしてしまい、彼女の過激な反応から周囲にいる他の奴等からも注目されてしまっていることもあって、ギルドからの退出を余儀なくした。
暗殺拳は俺が望んだことではないのだが……
ギルドの人たちの気迫に押し出されるようにして外へ出た俺は、いつまでも途方に暮れていても仕方がないので、今のところ唯一の味方……の可能性があるマチスの店へと来た道を戻っていく。
「な、何だアンタ。ひょっとして簡単な仕事すら貰えなかったのか」
別れたと思ったらすぐに店の前へ戻って来て顔を見せた俺にマチスは目を丸くしながら声を掛けてくれた。
「というか異世界転移の際、女神に適当に選んで貰った祝福が結構良からぬ能力だったみたいで……出合い頭に追い出された」
まあ、何せ暗殺拳だ。どんなに贔屓目で見ても褒められた力でないことくらいはわかる。
「最初にアンタを見たとき、不幸そうな奴だと思っていたけど……本当に不幸な奴だったんだな」
不幸不幸と連呼するマチスの憐れみの言葉は、前の世界でも十分言われ慣れていた筈なのにそれがチクチクと俺の胸を突き刺す。せめて薄幸と言って欲しかった。もしくは不運。
異世界に転生しても幸福度のメモリが逆方向へ振れることがないんだということを俺は悟った。
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