第三十八章…「その拳に乗せた叫びは…。」


 お前は何を見てるんだ?

 ウチはフェリスの前に立つ。

 お面が外れ、露わになった顔は、確かフェリスだ。

 でもそれは、今まで見た事のない顔…。

 怯えながらも、歯を剥き出しにして威嚇をし続ける獣のような…、そんな顔…。

 ウチはフェリスの心を理解できた事なんて一度だって無いからな…、なんでそんな顔をしてるのか、皆目見当もつかん。

 でも、懐かしさは感じるよ。

 お前に殴られた時の痛みも、お前を殴った時の痛みも、どっちも最近のお前とは違う感覚で…、そう…近いモノを言えば…、昔の…、帰ってくる前の、ウチが止める事の出来なかった、お前みたいだ。


---[01]---


『私は…私は私は………』

 でも、そんな懐かしさを感じる中で、隠すつもりもないのか、ひたすらに浴びている…殺気…は、初めての感覚だ。

 そっちがウチの事をどう思ってたかは知らないけど、それでも敵じゃなかった…、お前からしてみたら、形だけ…皮だけの、仲間…て括りだったとしても、仲間である以上、そんな殺意を向けてくる事はなかった。

 でも、今のウチは…、お前にとって敵か?

 そんな顔をする程、憎い相手か?

 左半身は、お前の魔力を喰って大きくなった氷で自由が利かなくなってるってのに、まだ戦う気みたいだな。

 ここに姿を見せた時は驚いた…、でもそれももう終わりが近い…そう感じる。


---[02]---


 向けられる殺意は、最初こそピリピリと肌を刺すような感覚を覚えたが、弱まったのか…それともウチがただただ慣れたのか、最初程の威圧は無くなっていた。

 このままコイツが意識を失うまで待ってもイイ…、この氷はそういうモノだ。

 剥がす事に失敗すれば、ズルズル…ズルズル…とその力を奪っていく。

 この戦いが始まった時から、エルンが地味にチマチマと仕込んだ結果…。

 氷が体温を奪い…、魔力機関の感覚が鈍った所で、ようやくその術が入り込む。

 相手の魔力を吸って、持続的に発動し続ける技、魔力で体を強化しようものなら、魔力機関の活性化に呼応してその技の力も上がる。

「終わりだ」

 満身創痍の状態で、厄介な氷が…、魔力を奪い…、氷の影響で体温を奪い…、自由を奪う。


---[03]---


 そもそもパロトーネの疑似武器をもろに喰らっている以上、動けてる事自体があり得ないんだ。

 いや、仕組みとして動くやり方が無い訳じゃないし、フェリスの魔力なら可能性はある…が、でもそれを可能にするのは相当繊細な魔力制御を求められる。

 理性が壊れたように見えるこの状況で、ソレをやってのけているのが信じがたい…。

『終わり…、何が?』

 最初と比べて、だいぶ話ができるようになっている…と思うけど、結局その内容は会話が可能なのか疑わしくさせる。

『終わらない…終わらないッ!』

 バキッと、フェリスに纏わりつく氷にヒビが入る。

『終わらせてたまるかッ! そうでなきゃッ、立ち上がった意味が無いッ!!』


---[04]---


 氷に走ったヒビは一瞬にして全体を覆い、フェリスの咆哮にも近い叫びと共に、粉々に砕け散っていく。

 その光景に驚いたりしない。

 ここまで来て、こんな事あり得ない…なんて思う方が間違ってる。

 止まってくれと思いはした…、それでも止まらなかった…、ただそれだけだ。

『アアアアアァァァァァーーーーーッ!』

 その叫びは耳に響く。

 どこまでも暗く…深く…、闇の中からの叫びだ…。

 その体から暴風のように溢れ出た魔力が、氷を砕き…吹き飛ばす…。

「…チッ…」

 叫びを、うるさい…と一蹴する事は簡単だ。

 でも、それができない。


---[05]---


 なんで…、なんでそんな声を上げるのか…、何で、その叫びを聞くと、悲しく…胸が締め付けられるのか…。

「…なにがあったんだ?」

 行っちまった先で…何があった?

 帰ってくる前、お前に何があった?

 止めるために戦ってきたはずが、その叫びをきっかけにただただ胸が締め付けられていくぞ…。

 砕け…吹き飛んだ氷は、新しくフェリスの体を凍らす事はなく、文字通り氷を吹き飛ばしたみたいだ…、魔力を使った割に氷が新しく作られない。

『…はぁ…はぁ…、私は…、私は…絶対…』

 ソレが今のフェリスを動かす力…、ソレがコイツの足を戦地に向かわせた理由…。

 だが…、今は…、理由がなんであれ…、お門違いで暴れてるだけ…。


---[06]---


「理由はどうでもいい…、ウチは、同僚として、お前を止めるだけだ…」

 お互いに体がふらつく…。

「なぁ…フェリ…。お前は、そのかっぴらいた目で何を見てるんだ?」

 もう腕を上げて構える事さえ億劫だ。

「すぅ~…はぁ~…」

 深呼吸をしても、いつまで経っても息苦しさが消える事がない。

 睨み合いが幾ばくかの間を作り、そして、動き出したのは同時だった。

『アアアァァァーーーッ!!!』

 ウチの顔目掛けて突き出されるフェリスの右拳を、スレスレに避ける。

 その甲殻の鋭利な部分が、頬を切るギリギリな距離だ。

 攻撃に合わせるように、ウチは左拳をフェリスの頬へとめり込ました。


---[07]---


 見えるフェリスの目は赤の混じった黄色の目、いつもとは違う状態を、そこにも強く感じる。

 後ろへ何歩も下がる相手をがむしゃらに追い、その肩を掴んで、その顎へ、今出せる全力で膝蹴りを喰らわす。

 魔力強化が心許なさ過ぎる状態での全力、蹴った自分の膝にもズキズキッを痛みが走った。

 だが、倒れない…、それでもコイツは倒れない…。

 その目が向けられているのは自分。

 放たれる殺気が向く方向も自分。

 そりゃあお前の機嫌を悪くするような事はいくらでもしたさ。

 素直になりきれないウチの我が儘に付き合わせたりした事もあったろうよ。

 その分、いくらでも殴られる覚悟はできてる。


---[08]---


 いつでも相手になってやるよ。

 でも…でもなッ。

 お前が見ているのは、ウチじゃないだろ?

 殺気の矛先は、ウチに向いているようで、お前は他の誰かに突き立ててるだろ?

「…違う…違うだろ…」

 倒れないフェリスの反撃の速さに避けが間に合わない…。

 横腹にフェリスの拳がめり込む。

「ぐ…はッ…」

 一瞬、その衝撃に意識が飛び、その隙が追撃を呼び、首を掴まれ、後ろへと押し込まれる力と共に、地面へと倒される。

 首へ、指がめり込み、爪が食い込んでいく。


---[09]---


 首から滴り落ちていく血が、自分の状況をより鮮明に、危険であると警鐘を鳴らした。

 そんな状態で、今度は開いた右手をフェリスは振り上げてくる。

 意識が切れそうになり始め、何とか頭を動かそうとしても動かない。

 首を掴んでいる手を両手で掴み、それを押し返す形で、地面への押し付けを和らげているが、首を絞められるそもそもの解決になってないから、意味がねぇ…。

『…ノードッグ…、何で私の邪魔を…するの?』

「お…前…止…るため…」

『邪魔…邪魔だ…』

「まっ…く…、他人行儀…が気持…悪い…な…」

 ほんと今更…気持ち悪いんだよ、ノードッグノードッグ…てよ…。


---[10]---


 歯を食いしばり過ぎて、口の中に血の味がより一層溢れ始める。

 なんなんだよ、獣みたいに暴れてると思えば、話し始めやがって…。

 ウチは、自分の右手を、首を掴む手じゃなく、フェリスの胸に当てる。

 くそ…しょうがねぇなぁ…。

 フェリスの拳が振り下ろされようとする時、ウチはその右手に力を入れた。

 ボンッという破裂音と共に、手の平に爆風が発生し、フェリスを自分の上から退かす程度の、衝撃を放つ。

「ゲホッ…」

 首にあった圧迫感は消え失せ、喉を空気が一気に通り抜けていく…、その解放感に浸かる事もなく、そして、フェリスと距離を取る事もなく、ウチはアイツに近寄って、体勢を立て直した直後の、フェリスの顔目掛けてその拳を振るう。

 拳に殴った感触が伝わると同時に、再び破裂したような暴風が吹き荒れる。

 それはウチじゃなく、フェリスの体をよろめかせ、何度もウチが拳を打ち込む隙を生んだ。


---[11]---


「いい加減ッ! 目ぇ覚ませやッ!」

 何度も何度も、攻撃を受けていたフェリスの装備から、何かが落ちる。

 顔へ、腹へ、胸へ、何度も何度も打ち込む…、その連打に当然こっちの拳も痛みを覚え始め、さらには1打毎に罪悪感すら覚え始めた。

 でもフェリスは倒れない。

 疲労が溜まりに溜まって、こっちの攻撃が弱まってるとはいえ、フェリスは、こっちに殺意を向け続けた。

 疲労に堪えるため…、受けた攻撃を耐えるために自然としていた食いしばりも、いつの間にか自分の感情を噛み締めるために使い始めている。

 フェリスが、こっちへ詰めきて、振ってくる拳も、若干の疲労を覚え始め、キレは消え失せた。

「…くッ…」


---[12]---


 終わる…終わらせる…、そう意気込んで、フェリスに向かって行く。

 繰り出した拳は掴まれ、動きが止まった所に、腹部へ蹴りを喰らう。

「ガハッ…」

 後ろへ蹴り飛ばされながらも、倒れまい…と何とか踏ん張るが、そこへフェリスが迫って来た…。

 突き出された拳は、頬へとめり込み、さらに後ろへと叩き飛ばされる…が、ウチは倒れない…。

 もう限界だ。

 今…体を地面に預けたら…、もう立ち上がれる気がしない。

 地面を滑り、転がっていく体を、左手の爪を突き立てて止め、迫るフェリスに向けて…、立ち上がるんじゃなく、前のめりにアイツに向かって体当たりを喰らわす。

 後方へ突き飛ばされたフェリスだが、よろめきも無く、すぐにまたこっちに突っ込んでくる。


---[13]---


 もう避け切るだけの余力を使うのも惜しい…、防御もするだけ無駄に想える…、攻撃あるのみだ…。



 終われ…終われ…、死ね死ね…。

 念仏のように頭の中で唱えられ続け、同時に目の前の仇へ殺意を向け続ける。

 何度も何度も何度も何度も…、殴っても蹴っても、投げても向かってくる事実に、より一層感情が膨れ上がった。

 でも、もう終わりは近い…、お互いが攻撃した合間、次の攻撃…防御、その感覚は蓄積されてきたモノによって長くなりつつあり、相手は、ソレにすら間に合っていない。

 体当たりでお茶を濁したって無駄だ。

 これで終わるなら、出し惜しみなんてしなくていいのだから…。


---[14]---


 魔力が溢れ出る。

 どんな状態だって…、いくら体が悲鳴を上げたって…、無理矢理体勢を立て直す…。

 体当たりでよろめく体を無理矢理、次の動きに移す…、全身が悲鳴を上げるように痛みが走る。

 突っ込んで行く…、相手はまだ立ち上がっている途中、避けるのなんて間に合わない…させない…、防御するならソレはそのまま私の手番が続く。

…「…ッ!」…

 相手が間合いに入るその刹那…。

 敵は避けるでもなく、防御するでもなく、こっちに向かって跳び上がっていた。

 体を捻り、その右足を鞭のように振り払う。

…「…グッ!」…


---[15]---


『ダアアァァーーッ!』

 その威力は、棍棒で殴られたかのように、防御した腕が持って行かれそうになる…、そして再び衝撃波のように襲い来る暴風に、防御の体勢が崩れた。

 よろめき、足が一歩横にずれる。

 すぐに…、すぐに攻撃に移れば、相手の攻撃の隙に…。

 大振りな飛び蹴り…、その隙は大きいはずと踏んだが、それは違ったようで、体勢を無理矢理攻勢に移したものの、私の目に映ったのは、蹴りの次…、連続に襲ってくる唸る尻尾の鞭だった。

 その硬い尻尾が、左肩と首の間に直撃する…。

…「ガッ!?」…

 疲労と、無理が祟った結果、その一撃は魔力強化の上を行く。

 その激痛は一瞬だけ意識を持って行き、何とか踏ん張りはしたけど、左腕は石のように固く動かせなくなる。


---[16]---


『…ろッ! こ…ちを…見ろッ!』

 同時に、誰かの声が耳に届いた。

 でも、その声の主を見つける事ができない。

 敵は大きく周り込み、左からこっちに向かってくる。

 その時、相手は何かを拾ったが、確認するまでもなく、すぐにソレが何なのか、明らかとなった。

 その右手に作り出される疑似武器の槍斧…、特徴的な「凹」の形をした大きな刃には見覚えがある…。

 ノードッグ…、彼女の愛用する得物の槍斧の刃が、そんな形をしていたはずだ。

 拾ったのはパロトーネかッ。

 避けられる程、体が動く気がしない。


---[17]---


 振るわれる槍斧をまだ動く右腕で防いでいく。

 ガキンッガキンッ…とぶつかり合う音が、空気を振るわせると同時に、私の体を震わせ、反応を鈍らせる。

 容赦なく襲い来る攻撃…、振り下ろされる槍斧を、左手が動かない中、右手でソレを受け止める。

 自分に向けられる刃を、左へとズラし、体の側面をかすめる様に通して…、ドスンッと刃が地面を抉る音が響き、再びお互いの目が合った。

 敵…仇…、ガッシリとした筋骨隆々な姿…、竜種の大男…、そう見えているはずなのに…、視界にノイズが走る様に別の姿がチラつく…。

…「ぐ…がああぁぁーーッ!」…

 頭痛が何かを訴えかけるように、頭の中で鐘を乱打され、その度に、敵を殺せ…殺せ…と、背中を押してくる。


---[18]---


 地面に深々と刺さった槍斧を踏みつけ、その柄に右手を振り下ろし、痛みが走るほどに硬い柄を、その一撃でへし折って見せ、再び得物の無い戦いに戻ると思ったその最中…。

…「・・・?」…

 折られ、後は消えていくだけの疑似武器…、その敵が持っていた部分の柄が、消えるのではなく、その手に纏わせていく…。

 その現象を私は知らない…、いや…知っている?

 頭痛が激しさを増し、思考がまとまらなくなってきた。

 敵は、その疑似武器を作っていた魔力を纏った拳を、私に打ち込む。

 バチバチッと、火花が散ったような…視界が揺れる。

 1発…2発…、相手の連打が止まらない。


---[19]---


 殴られる度に、ザザザッと足が地面を滑り、膝を付く事も…倒れる事もしないでいるけど、相手の攻撃を防御する事すら、その瞬間には叶わなくなっていた…。

 その殴打には、痛みこそ無い…、でも、喰らえば喰らうだけ…、自身の体はより重く…、動きを鈍らせていく。



 フェリスからの反撃の動きが無くなり、ウチの拳が次々と打ち込まれていく。

 あと少しだ…、確固たる理由がある訳じゃない…、ただそう感じるんだ。

 フェリスが持っていたらしいパロトーネ…、攻撃した衝撃で落ちたソレを使って攻撃していた時、敵意と呼べるモノが、より一層、その色を濃くする瞬間にも関わらず、ソレが薄れた。


---[20]---


 それは、つまり、獣のように本能のまま襲って来たコイツじゃない…、別のコイツが、その瞬間にはいたはずだ。

 だから叫ぶ。

 その耳に、確実に声を届けさせるために…。

「見ろッ!! ウチをッ! ウチを見ろッ!! フェリス・リーターーーッ!!!」

 打ち込む拳にも、1つ1つに思いを込める。

 止まれ…と。

 らしくない…、もうやめろ…て。

『・・・』

 だからもう…、魔力が無いから…と節約して戦う事もしない。

 掴めたような…そんな気がする終わりの…フェリスに通じる糸を離さないために…。


---[21]---


 魔力が無いなら…、魔力が無くたって…、振り絞って出せる全てを拳に乗せて叩き込むッ!!

 思い切り踏み込み、振り上げられる拳は、フェリスの腹部を直撃し、その体は宙高く叩き上げた。

「…ぐ…」

 それを追おうとすれば、逆に力が抜ける感覚に襲われる体、それでもそこに鞭打って、ウチはフェリスを追う。

「ぬ…あああぁぁぁーーーッ!!!」

 跳び…、目の前…、追いついたフェリスに拳を振り上げた。

 その瞬間にも、体の力が抜けていく感覚はある。

 これが最後だ…、もうこれ以上は無理だ…。


---[22]---


『イ…ク…?』

 拳を振り抜くその刹那…、その瞬間はいつもの何倍も長く…ゆっくりと時間が流れる感覚に襲われながら、フェリスのいつものように自分の呼ぶ声…。

 弱々しくお互いに限界を感じながら…。

 自然とウチの口に笑みがこぼれる。


「馬鹿野郎がああぁぁーーーーッ!」


 ウチは、最後の、その時に出せる全力で…、渾身の一撃で…、その顔を殴り飛ばした。



 お互いに着地なんてできず、地面へと落ちた2人は…。

 両者ともに意識を失った。


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