第三十五章…「その白き場所に響く言葉は…。」
「またここか…」
足元を…自分を中心に…波紋が広がっていく。
夢の中で見る夢の世界。
数回、唐突に来る事があって、来たとしても、意味も分からないまま、目を覚まして現実に戻っていく。
最近来たのは、人間界に来た最初の夜だったか?
「・・・今日は体が軽いわね…。それに、声も…」
その…ほんの数回の経験では、しゃべる事ができなかった。
今回は体が軽く、思うまま…当たり前のように体を動かせて、尚且つ言葉が出る。
当たり前と思っている事ができない時、その不便さにモヤモヤとしたモノが胸を覆う時があるけれど、出来ない瞬間を経て出来るようになると、その嬉しさもひとしおだ。
---[01]---
それにしても、ここも数回の内にだいぶ様変わりしたものね。
最初は、眩しくて…眩しくて…、目を開けるのも辛い時があったけれど、今はそんな眩しさはない、それどころか、辺り一面が白い世界だったのが、丁度私の後方が真っ黒…、そして正面は未だ真っ白、その境界線は白と黒が合わさって、コーヒーに牛乳を混ぜた時のようになっている…。
「・・・コーヒーってなんだったっけ?」
その目に映るモノを言葉に表す単語として、私としてはかなりしっくりくる例えだったと思うのだけど、その単語が何なのかが理解できない。
「それに牛乳も…」
知らない単語だ。
なんでそんな単語を知っているのか…、そもそもパッと頭の中に出てきたとしても、それだけで…知っている…とは言い難いだろう…。
---[02]---
だから、やはり知らない単語だ。
実はどこかで見聞きしたのかな?
コーヒーはともかく、牛乳とか、牛は知らないけど、乳ならわかる…と思う。
母親が赤子に与えるソレだ。
じゃあ、牛というのは、何かの人に近い何かか?
「…はぁ…」
考えても答えが出てこない。
目を覚ましたばかりで頭を使っているからか、考えれば考えるだけ、頭が痛くなってきた。
今の私は、体調が万全ではないらしい。
夢の世界で体調も何も無いが…。
そう言えば…、ここに来ると、決まって1人の女性がいた気がするのだけれど…、今回もいるのかな?
---[03]---
私は周囲を見回す。
白と黒の背景以外、姿を隠すような場所なんて存在しない。
探し人の姿が見えなければ、それは居ないという事…。
そして案の定、自分の周囲をグルっと回りながら見てみたけれど、それっぽい影は見えなかった。
いつも白を背景に後光を浴びていたから、白を前に歩いて行けば、その内に見つけられたりするだろうか…。
この世界は不気味だ。
黒を背に立っていたからか、その黒が自分を飲み込もうとしているように思えてしまうし、白と黒の境目の混ざり方がまさにソレ…、そう思ってしまう原因。
私は一歩前に足を進める…。
動ける…。
---[04]---
また一歩、そしてまた一歩、その度に波紋が広がっていく。
行けども…行けども…、何も変わる事のない景色、聞こえてくるのは自分の呼吸音だけだ。
足音も無く、気温は可もなく不可もなく、無音無風…、正直、自分がちゃんと前へ進めているのかさえ不安になった。
でも不思議と、足を止めたい…なんて思う事もない。
でも、ここに来ると必ず会う事ができた人に…、女性に…、絶対に会いたい…なんて気持ちもまた無い…。
それでも歩き続ける自分に、疑問さえ湧く程だ。
なんで?…と自問自答した所で、答えも出て来ず…、今は、ただ待つだけなのは嫌だから…と、今の自分の行動に、適当に理由を付けておこう。
---[05]---
「・・・ん?」
楽しめるモノも無いし、考える事もない…、だから歩いている時の自分は、ただただ無心だ。
そんな時、何も無かったはずなのに、靄が晴れるように突如として、一件の平屋が現れた。
見覚えのある家…、私の生家だ。
イクステンツから少し離れた人工の小島にある住宅地の中の…小さな家…、父さんと母さん…、そして自分…、3人で住んでいた家。
私は迷う事無く…家へと足を踏み入れる。
外を含めて、中も質素な家…。
家具は最低限、そんな中で少しでも明るくしようと置かれた花瓶には、枯れた花が刺さったままだ。
---[06]---
「・・・3人?」
自分はそうだとわかっているのに、その事実に、私自身が違和感を覚えた。
足を進めた寝室には、寝具が3つ並んでいて、その事実を目にしたのに、違和感が…徐々に不安へと変わっていく。
つい最近ここで、5人で川の字になって寝た気がするけど…。
イクシアとかフィアを呼んだ?
「・・・あれ?」
なんでそこでノードッグが出てくる?
それにフィアって誰?
「フィア…フィア…フィア…、フィア…マーセル…だったかな?」
確か、私やノードッグとは違って、魔術科の軍生だったと思うけど…。
いつもノードッグがべったりしている子…、確か大きな家系のお嬢様だった気がする…、後は軍生ながら、あのエルン・ファルガの弟子になったとか…。
---[07]---
私は、その手の噂とか、人づてに知った口だけど、なんでそんな赤の他人を家に招待して泊めているの?
百歩譲って、多少の接点があるノードッグならわかるけど。
まぁそれもありえない。
だって、家族が3人揃っていた事なんて、いつの話よ。
母さんは、小さい頃に病気で死んでしまった。
軍生になるまで、ずっと父さんと2人暮らしだったのに、でもそれももう…。
「枕が2つ?」
並んだ寝具の中の1つにだけ、枕が2つ並んでいる。
「なんでこれだけ…」
父さんと母さん、そして私…、1人1つの寝具を使っているのだから、1つだけ枕が2つある…なんて事、普通ない。
---[08]---
1人の体に頭が2つある訳じゃあるまいし。
「・・・弟妹の寝具…か」
納得がいく…、腑に落ちる…、自分の口から出る言葉を、何の疑いようもなく飲み込める。
けど、私は一人っ子だ。
1つの寝具を2人で使えるような小さな弟妹なんていない…、そんな歳の離れた子達はいない…。
おかしいよ。
だって、母さんは私が小さい頃に…。
道理が通らない。
この寝具を使える程の子達が産まれるよりもずっと前に、母さんは死んだ。
父さんは再婚だってしなかった。
---[09]---
「・・・んぐ…」
呼吸が荒くなると共に、吐き気が襲う。
ほんのちょっとだけ、頭痛もしだした。
「・・・落ちついて…落ちついて…」
これは夢なのだから、現実との多少のズレは仕方ない。
何かの記憶と混ざっているに違いない。
最近寝泊まりしている孤児院の子達…、あの子達の寝室と、頭の中でごちゃ混ぜになってしまっているだけ…、何故だかその子達の顔を思い出せないけど、頭の中に浮かぶ男の子と女の子じゃない事だけは確かだ。
あなた達は誰?
その場で考え続けても、答えが出る事はなく、私は寝室を後にした。
家族が食事を取る食卓、その中央に置かれた食事机を囲むように、3つの椅子が置かれている。
---[10]---
何気なく指先でなぞる机は、懐かしさすら感じるモノ…。
私が小さい頃、父さんと母さん、3人だった時に使っていた机だ。
それを証明するように、置かれた椅子の内、1つは子供用の椅子…、花の彫刻と共に、私の名前が刻まれた椅子…。
でも何故だかその彫刻は、名前の部分が削られていた。
「・・・?」
そして、真新しくも思えるその削られた跡に、うっすらと…、私ではない別の名前が刻まれている。
削られてできた木粉を指で払うと、そこに刻まれた名前には、「ナツキ」…と書かれていた。
「…私の名前…、私?」
疑問が沸けども、何故か否定はできない。
---[11]---
「・・・」
そして、反復するように、その名前を指でなぞった。
初めて見る名前…、そのはずなのに、それを否定できない。
そんな時、外から何か音が聞こえてきた。
パカンパカンッと、何かがぶつかり合う音が不規則に響く。
初めて聞く音?
いや、これは、木剣がぶつかり合う音だ。
馴染みのないように聞こえる音が、何故だかすごく懐かしい…。
誰かいるのか?
ここまで誰とも会わなかった中、突然現れた家に、この音…、ここが終着点…?
私はその音に誘われるように、家の外へと向かう。
音がするのは、庭の方だ。
---[12]---
庭と言っても、洗濯物を干すための、寝室と同じぐらいの一部屋分の広さしかないけど。
そこには、竜種の大人の男女2人と竜種の女の子が1人いた。
女の子は木剣を持ち、同じく木剣を持った男性に挑んでいく。
訓練…なんてするような歳には見えない…、親子の遊びだろう。
「…父さん?」
その光景を見ていて…、男性の顔がぼやけてちゃんと見る事ができないけど、何故だか…何となくではあるけどそう思えた。
でも、私はその人を知らない。
知っているはずなのに、父さんだと思うのに、なんであの人の事を…私は思い出せないの?
女の子の事を見れば…何かわかる?
---[13]---
男性に対して木剣を振るう女の子は、私に背を向けていて、その顔を伺う事ができない。
「母さん…」
そして、次に私の目が行ったのは、男性と女の子が木剣を使って遊んでいる横で、それを見守る女性…。
男性の方と一緒で顔はぼやけて見えない…、そして男性以上に顔以外にもぼやけた部分が多く、座り方や体付きで、かろうじて女性だろう…と判断できるぐらいだ…。
男性と同じで、知らないはずの女性…なのに、ソレが母さんだと思えて、頭から離れない。
すぐ近くに居るはずなのに、なんで顔が見えないの?
その顔を見れば、はっきりとするのに…、何で見せてくれないの?
もっと近くに行けばいいの?
---[14]---
顔を突き合わせて、手の届く距離で…、しっかりとその顔を見れば…見えるの?
その顔が見たかった。
女性を何気なく探し始めてたどり着いた場所で…、そんな些細な目的など頭から消え失せた私は求める。
こんなに近くに居るのに、なんで皆は、私の事に気付いてくれないの?
まるで、自分だけが、弾き出されているかのよう…。
その3人に近寄っていく中、自然と、手が伸びた。
…だめ…
でも、ズキッと…まるで私が近寄るのを拒絶するかのように、頭を激痛が走る。
思わず目を瞑り、手で頭を押さえ、思わず後退った。
「…くぅ…」
ズキズキといつまでも続く頭痛の直前、声が聞こえたような気がした。
---[15]---
はっきりと聞こえたとも思えないソレを…、その声の主を探そうと…、うっすらと…私は目を開く。
人の声を聞いたのが久しぶりなような気がするし…、その他人の声…という存在の心地良さもあったと思う…。
自分の感情というか…、求めるモノが迷子だ。
目を開けると…、自分がいる場所は家じゃなくなっていた。
正確には、家がある島の…、広場だ。
公園…とでも呼べばいいか…、中央にまだまだ小さい木が元気よく、青々とした葉を、揺らしている。
風邪なんて吹いていないのに…。
そして…、その木の近くで、またあの親子が木剣をぶつけ合っていた。
今度は、女の子の方も顔が見える位置にいるけど、その顔は男性の方と同じでぼやけて見えない…。
---[16]---
男性の方は別段変わった様子は無いけど、今…真っ先に目が女の子の方へ行ったのは、その容姿に変化があったから…。
女の子は成長していた。
身長は伸び…、髪も伸びて…、全体的にスラッとなった印象だ。
木剣を握って男性に挑みかかっていく姿も、もはや遊びとは言えない…、まさに戦いという光景…、遊びの枠を超えた…訓練という形…。
下手をすれば軍生にも引けを取らないかもしれない、技術があるように思う。
でも年齢的にまだ魔力機関が成熟していないその体は、まだまだ発展途上だ。
「・・・」
私は周囲に視線を送る。
男性と女の子の姿は見た…、でも見当たらない姿もある…、女性がいない…母さんがいない。
右を見ても…左を見ても…、後ろを見ても…、女性の姿はなかった。
---[17]---
「…そうか…」
あの男性が父さんなら、あの女の子は、きっと私…、ならあの歳の頃には…、もう母さんは…。
…違う…
「んぐッ!」
ズキッと頭に痛みがまた走った。
男性と女の子が戦う光景を背に、1人の女性が現れる。
歩いてここまでその人が来た訳ではなく、文字通り瞬く間に目の前に現れた。
顔は男性や女の子と一緒で、ぼやけて見る事が出来ない。
私と同じ体格、同じ服、同じ装備…、それはまるで姿見に写る自分のよう…。
違う所があるとすれば髪型…か。
私は、誰に言われたか思い出せないけど、後ろ髪をまとめて、輪っかを作る用に後頭部で束ねているけど、目の前の人は、その長い髪を腰まで垂らし、右の横髪を三つ編みでまとめている…。
---[18]---
…あなたの名前は?…
また聞こえてくる言葉…、ジンジンと頭が痛む。
「フェリス・リータ」
その人の質問に、私は迷う事無く答える。
…あなたがフェリス・リータなら、私は誰?…
「そんな事、私が知る訳ないじゃない」
顔もわからない人間の名前を答えろ…なんて、名探偵だって答えようが無いと思う。
…そうね。自己紹介をした覚えは無いし…
「じゃあ、ここで会ったのも何かの縁で、自己紹介してくれるかしら?」
…ソレもイイかもしれないけど、ごめんね…
目の前の女性は首を横に振る。
---[19]---
…ソレは出来そうにない。私にはもうほとんど残っていないから。ねぇ? 教えて? あなたの名前は何?…
「・・・だから、フェリス・リータだって」
…本当に? じゃあ私は誰?…
「知らない」
…じゃあ、あなたの名前を教えて?…
同じ質問が繰り返される…。
そこに意味があるのか…、それとも、意味が無いからこそ、その存在自体が、その問答を繰り返しているのか…。
この夢の世界で、話をした人は…、こんなじゃなかった。
あの人が特別なの?
少しだけ誰かと話ができた事に、安心感を抱けたけど…、これじゃそんな感情に水を差される。
---[20]---
会話が成立しないなら、ここに居続ける意味は無い。
私は、その女性の横を通り、男性と女の子の方へと進む。
…だめ…
ズキッ、その言葉を聞く度に、その痛みは走る。
痛み自体に慣れる事は出来ないけど、どういった時に痛みが走るのか、それがわかれば、痛みが来る覚悟くらいはできるだろう。
痛かろうとも、次はさほど苦しみを感じる事はないはずだ。
そして、また目の前に広がる光景が変わる…というより、何も無くなった。
周囲全体が真っ白な空間、広がる足元の波紋…、元々同じ場所にいたのか、それとも、戻って来たのか、それは私にはわからない。
でも、周囲が白で染まった黒の無い空間からして、前に進めてはいたのだと思う。
「・・・」
---[21]---
目の前に1人の女性が立つ。
さっき、同じ質問を繰り返していた女性だ。
顔のぼやけが取れ、今度はそのご尊顔が見えている。
「あなたは誰?」
思わず、さっきの女性のようにこっちが質問をしてしまった。
そこにあったのが知らない顔だからじゃない。
その顔は、私と同じ顔だったからだ…。
『私は、フェリス・リータだよ。君の名前は?』
「・・・フェリス…リータ」
『そう…』
お互いが同じ名前を口にする。
---[22]---
そんなおかしなことに動じる事無く、彼女は、いつの間にか持っていた剣を抱くように持った。
折れて短剣のようになった白い両手剣…、いつも私が背中に携えている剣だ。
咄嗟に手を後ろに回して、その存在を確かめようと手を巡らせる…、でもそこには何も無い。
「返して」
それは大事なモノだから。
私は、彼女に手を伸ばす。
『返して? これが誰のモノか知っているの?』
「私の剣だ」
『あなたの?』
その顔には、感情と呼べるモノを感じない。
---[23]---
ただただ無表情で、剣と私を交互に見る。
『これが、どんなモノか…、どんな意味を持っているのか…、あなたは知っているの?』
「・・・意味?」
『これは誰の剣?』
さっきの女性よりも会話自体は成立するけど、どこか噛み合わない。
「誰の剣て…、だから私の…」
『じゃあ、なんで、あなたは、この剣を大事にしているの? この折れた両手剣を…。使えなくはないけど、本来の性能も発揮できない。加工して短剣に作り直す事だってできるのに、なんでこんな状態で持ち続けているの?』
「だから…、それは大事だから…」
『なんで…大事なの?』
---[24]---
「それは…」
なんでだ?
とても大事で、手放しちゃいけない…、そう思っているし、心底そう信じているのに…、何で私は、その理由を口にできない?
『これはね。お父さんの剣…形見の剣…』
「父さん…? 形見…?」
『そう…形見…。大事な…大事な…、最後に残った数少ないお父さんの生きた証…』
「何を言っているの? それは私の剣で、父さんは、まだ生きているだろ? 人間界に来る前も、しばらく会えないからって…、家で話をした」
『いいえ、お父さんは死んだ。オラグザームとの戦いの中、オグルに殺された。そして私は1人になっただろ?』
---[25]---
オグル…て誰?
1人?
そんな訳ない。
「もしそうでも、母さんだっている。弟も、妹も…、私は1人じゃない?」
『・・・』
幾ばくかの沈黙の後、女性がこっちの目を見て、言葉を零す。
『ねぇ、もう一回だけ聞くよ。あなたは誰?』
その時の女性の言葉は、さっきまでと何も変わらない。
私が誰なのかを聞いてきているごく単純な質問だ。
さっきと同じように答えればいい…、ただそれだけなのに…、ゾクッと…悪寒と共に、私は言葉を詰まらせるのだった。
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