第三十三章…「その目に映る過去の目は。」


『本当に行くのか?』

 兵士育成学校…、その応接室にから出てきたリータを、ウチは呼び止めた。

『・・・』

 そんなウチを見る事無く、お前は無言を返す。

『いくら睨み合いばかりが続いてるっていっても、戦いが全くない訳じゃないって聞くぞ? だからこその補強だろ?』

 オラグザームとの戦争の中、戦力補強の中で、学校から、一際優秀だったリータが、補給の人員に選抜され、そしてお前はソレを承諾した。

『あなたは…、ノードッグさん…。何故あなたがそんな事を聞くの?』

『なんでって…』

 会話慣れしていないぎこちなさの中、返された言葉に、言葉が詰まった。




---[01]---




 リータとは、友達でもなければ、仲が良いって訳でもない…、

 訓練の中で、勝手に目標としてウチが掲げていただけだ…、ろくに話もしてこなかったけど、いつも無表情だったお前を見ていて、いつも優秀な成績を訓練の中で出していくその中では、目の中に感情が籠っているように見えた…。

 戦う中で、訓練の中で、お前が何を見ているのか…、何を思ってその場にいるのか…、興味が沸いたのはその瞬間だ。

 訓練の度に感情の籠るその目…。

 ウチが負かされる度に、無表情の中で、つまらなそうな顔を見せる目…、勝てなくても、一矢報いれば驚きの表情と共に嬉しそうな顔を見せる目…。

 ウチはその目を…知ってる…、何もかもを失って、周りの事なんてどうでもよくなった奴の目…、感情が壊れた奴の目…、その中で僅かに残った感情の欠片に呼応して、それらの顔が現れる。


---[02]---


 他の連中との訓練の時は、そんな目を見せなかった…、他の連中じゃ、お前の相手は務まらなかったから…、といっても、ウチだってまともに勝った事なんて無かったけど…。

 それでも、他の奴らより、ずっと…ずっと、その強さに近づけてると思ってた。

 その目は求めてる…、求めるモノを得られると感じて表情を見せる…、出来なければ落胆をする。

 お前は何を求めてた?

 ウチは、全てを失って…、世界に1人、行く当てもなく死ぬのを待つだけだった中で、自分の手からこぼれていった温もりと同じだけの…、暖かさをフィアがくれた…、そのおかげでウチはここにいる…、二度とその温もりを失わない様にと、力を付けるためにここにいる…。

 その目は、温もりを失っていた時のウチと同じ目だ。


---[03]---


 自分には何も無くて、何もかもが壊れて…、それでも死にたくないから…何とか食べ物を手に入れた時の…、死を免れた時に揺れ動く感情…、その微々たる感情が映った時と同じ目だ…。

 その目を知っているからこそ、その目を見ると、昔の自分を思い出して…胸の奥底から恐怖が込み上げてくる…。

 でも同時に、今のウチがあるように、お前にも…、何か…救いがあればと思った。

 その目を見たくない…て気持ちは当然あったけど、何より、その地獄から這い上がれる事も知ってほしい。

 訓練の中で、その感情が揺れ動くなら、ウチがもっと強くなる…、そしてお前にとってのフィアになってやる…。

 何度も何度も、お前に打ちのめされた…、次は勝ってやると意気込んで、その日の訓練に挑んでまた負ける…、そんな日々を繰り返していくうちに、ウチも変わっていって…守りたいもののために…と漠然に…そして大きく存在していた目標の中に、ウチにとっての強さの形が出来上がり、確固たる目標が決まっていった。


---[04]---


 それがお前だ、リータ。

 戦えば戦うだけ、その高さに圧倒された。

 どんなに練習しても、どんなにその訓練する姿を観察しても、全然お前の背に手が届かないんだ。

 そんな形で出来上がったウチの目標像であり、好敵手、その本人…、でも所詮、ウチが勝手に抱いてる思いでしかない…、なんせ、全てはウチが感じて…そして抱いた同情心から始まった事だから…。

 お前はいくら話しかけても必要以上の事を話す事がなかった。

 話しかける度に、必ずと言ってもいい一瞬の間…、それは、その度に頭の中で話しかけて来た奴が誰なのか記憶とにらめっこしてたからだろ?

 それだけ、声と顔だけじゃすぐに判別できないんだ。

 ソレもあって、お前が求めてるモノの中に、友人というモノが無いと気付いて、話しかけるのを…やめた。


---[05]---


 二人の間にあるものなんて、結局…訓練相手…それだけの関係だけだ。

 ウチはそれ以上になれなかった。

 ウチは勝手に目標だと…好敵手だと思っているけれど、お前はきっとそうじゃない。

 結局、お前が学校を出て行ってしまうまで、お前の目は感情の籠らないままで、ウチにはその目に感情の火を灯す事ができなかった。


 だからこそ、言葉が詰まった。

 訓練の相手でしかないウチが、自分から人員の補給に立候補していくお前を、止める事なんて到底できる訳がないから…。

 そんな事はウチ自身がよくわかってる。

 言葉が出て来なくて、俯いたウチは、その…行くな…の一言すら言えなくなった。


---[06]---


 危ないからやめておけ…とか、お前に行ってほしくない…とか、言い方は色々あっただろうけど…、この場にすら…リータが前線に行くらしい…なんて、周りから聞いた言葉に、流されて感情的なまま来たから、なんでそんな事をお前に…なんて、リータからの至極真っ当で当然の問いに返す言葉が見つからなかった。


 そして、お前はいなくなった。


 それからは何日も何日も、つまらない日々の始まりだ。

 目標が無くなって、お前がいなくなったから、軍生の中で一番強いと繰り上げられ、周りから一目置かれているとしても、どうでもいい…ウザったらしさすら感じた。

 周りの連中は弱すぎるし、何の訓練にもならない。


---[07]---


 1人が2人、3人が4人、訓練で同時に相手をする人数が増えても、歯ごたえが無さ過ぎた。

 訓練の形式を取った…何の訓練にもならない時間、ここを目指す…という確固たる目標…その強さはしっかりと覚えていても、やっぱり…その場にいない…ただそれだけの事が、ウチの目標の形をぼやけさせる。

 守るための強さは、到達する事のない到達点、答えなんて存在しないし、はっきりとしない到達点では訓練の質が霧散した。

 お前がいない間の、訓練の薄さに、自分にとってリータという存在が、どれだけ大きいモノだったのかを知った。

 それでも、訓練を重ねて、お前が帰ってきた時、ぐぅの音も出ないぐらいはっきりとした勝ちを取ってやる…て、そう思ってたのに…。


 帰って来たお前は、まるで別人だった。


 見た目はお前そのモノなのに、その感情の…命の灯った目が別人で…、お前の身に何が起こったのか…疑問でならなくて…、それは…その感情の豊富な顔は、本来のお前なのかと…、そう思うようにしたけど、やっぱりうまくできなくて…。


---[08]---


 胸に疑問…違和感を抱え続けながら、フェリスと関係が築き上げられた。

 何もかもが違う。

 容姿だけが…お前をフェリス・リータだと結びつけるけど、それ以外が、違い過ぎる。

 ウチが目標としていた強さはフェリスにはない。

 喜怒哀楽、人として持っているのが普通なモノ、今までソレが無かった事の方が、むしろ不自然なはずなのに…、この違和感は何なんだろうか。

 それでも、本当の自分を、お前が取り戻せたなら…。

 お前が見せてくる顔は、全てがウチの知らない顔で、それらを処理できずに強く当たる事もあるし、大人げなくヘソを曲げる事もあるけど、少しずつ受け入れていった。




---[09]---




 久々に見た。

 感情の籠らない…その目を…。

 その死んだような目を…。

 だから、なおの事…全身に緊張が走る。

 またウチは、その目に恐怖を覚えた。

 そもそも、フェリスは祭だかなんだかにガキ共を連れていってるはずだが…。

 顔にお面を付けてるから、顔を確認する事は出来ない…、それでもアイツがフェリスだと確信できるのは、この離れた距離からでも伝わってくる魔力のソレがアイツのだからだ。

 何回も訓練で手合わせをしてきたからわかる…、その臭いを嗅げば、ソレが誰の匂いかわかるように、その肌に感じる魔力を感じ取れば、ソレがフェリスのモノだと…、でも同時に思う…、アイツに何があったんだって…。


---[10]---


 今まで戦っていた鬼は姿を消して、そして出てきたフェリス、姿を見せてすぐ、鬼の仲間に攻撃してたのを見れば、アイツが敵じゃない事はわかる…。

 いや…、そもそも、なんでウチは、フェリスが敵なのか味方なのかを迷うんだ?

 だって、フェリスは仲間…、友達だろ?


 アイツと目が合った。


「フェリ…」

 頭の中に生まれた混乱や不安…、それを払拭したくて、またアイツの愛称を口にする。

 でも…。

『イクシアッ!』


---[11]---


 瞬間、エルンが叫ぶ。

 その異様さ…不自然さ…、アイツの雰囲気…状態の異変に、ウチと同じくエルンも気づいていた。

「…ッ!」

 でもその時、フェリスからウチの所に返ってきていたのは、ウチの名前を呼ぶ声じゃなく、アイツの持つ両手剣の刃だった。

 その右手に握られた両手剣、そこから振り下ろされた刃を防ぐ。

 片手で持っていた槍斧を、咄嗟に両手で持ち、全身に力を込めて…。

 重い…重い重い…。

 鬼との戦いで、満身創痍になる一歩手前まで来ている体には、その一撃は重すぎた。

 倒れずに防いで見せたものの、全身を走り抜けた衝撃は痛みという悲鳴を連れてくる。


---[12]---


 意識を持って行かれそうになるのを、何とか踏ん張って、鍔競り合いになった中、ウチは目の前の…お面越しのフェリスの目を見た。

 ついさっきまで、確かにその目には感情と呼べるモノは無かったはず…、でも今は違う…、その目には、黒い何かが蠢く…殺気が籠っている。

 こいつが今、どういう頭でいるかは知らねぇけど、明らかな敵意を持って迫ってきているのは確かだ。

 今の一振りで、それは確定している。

 悠長に話をするような状況じゃない…、こいつに話をする気はない…、あったら、こんな強烈な一撃を振ってくる訳がない…。

「フンヌッ!」

 全身に力を入れて、押し込んでくる力を押し返す。

 深追いをするつもりがないのか、ウチの返しに、フェリスは距離を取る様に後退した。


---[13]---


「はぁ…はぁ…」

 あのまま押し込まれていても力負けした…、だからと言って、距離を取られて安堵も出来ない…、戦う気…であるこいつに、中途半端は許されない…、それだけ、今の一撃はきつかった。

 でも…だ。

 こっちはもう消耗の激しさからしてみれば、戦いを続けられるような状況じゃない…、まぁソレはこいつも同じみたいだけど…、だからこその後退か…。

 フェリスの纏う雰囲気に目が行きがちになるが、その姿を改めて見れば、正常とは到底言い難い。

 竜戻りがまた進行している…。

 右腕だけだった竜戻りが、左腕にも起き、そして…両足にも起きている。


---[14]---


 竜戻りは、どれも変化の具合はまちまちだけど、足は両方とも膝上を少し超えるぐらいまで変化し、左腕は手首と肘の中間ぐらいまでが変わっていた。

 でもそれは命に害が及ぶようなもんじゃない…、問題なのは、その目でも見て取れる負傷状態だ。

 左腕に刺し傷が1つ…、汚れ具合からして、他にも打撲とかその他諸々の傷があるだろう…、でもそんな怪我の数々よりも、さらに深刻なのはあの…「胸の傷」…。

 左腕の傷も、その胸の傷も、どちらも塞がっているようだけど、出血量の多さを物語る衣類…。

 鎧の胸当てに残っている刺された跡…からして、剣の類で一刺し…と言った所だが…、それでいて竜戻りをしているとはいえ、負傷した奴のできる攻撃とは思えない程の一撃だった…。

 そもそも、なんで動けるのか…。

 見える範囲…、感じ取れる範囲じゃ、これ以上の事を把握するのは無理…。

 状況として、鬼を取り逃がしたことは問題ではあるだろうけど、1つの脅威がなくなったのは喜ぶべき事…、それでも、事は何一つ好転していない。


 敵意を剝き出しにするフェリスを前に、ウチは武器を構える事しかできなかった。


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