第三十二章…「その感情の行き場は…。」


「あ~そうだ。1つ聞きたい事があったんだが…いいか?」

 そう言いつつ、男は容赦なく、その手に持った刀を振るう。

 ソレを避け、すぐさま男へと剣を振るけど、影の刀が受け止める。

「チッ!」

「何故、関係の浅い十夜を助けに来た? 知り合って数日…、ココは鬼人…いや悪魔界であり、命の危険が伴う場所だ。そんな相手の為に、命を賭ける程の価値があるのか?」

 聞きたい事だと…?

 一方的に喋ってきて、聞きたいも何も無いだろうに…、なにより、十夜を助ける事に、命を賭ける価値があるのかだって?

 ふざけた事を抜かすなッ。


---[01]---


 距離を取っても一気にそれを縮めてくる相手に対し、剣の切っ先で地面を斬り、砂ぼこりを立ち上げる。

 舞い上がった砂が僅かな…一瞬の間だけだが、相手の視界を遮り、そこからから飛び出てくる1つの影に、男は自分の影を対峙させるが、そこに私の姿はなかった。

 砂舞う空間の中、私が姿を現したのはその真逆。

 その手に両手剣は無く、持ってきていた拳銃が握られている。

 弾は十分…装填されていつでも行ける、安全装置も問題ない、使えるモノは惜しみなく…だ。

 実銃を撃つ経験なんて、ある訳もない…、学校へ装備を持って行った時に使ったのが初めでだった。

 ほとんどの弾が悪魔に当たる事はなかったけど、それでも全部がそうだった訳じゃない。


---[02]---


 下手な鉄砲も数を撃てば当たるもの。

 無音が…、環境音がほとんどない悪魔界に、銃声がこだまし、男もこっち向かって走る…、こっちも相手へと向かって走りだす。

 肉体の強化で、射撃による反動なんてモノは、もはや無いに等しい、走る揺れで弾はあらぬ方向へも飛んでいく…、その中で、綺麗に相手目掛けて飛んでいった弾が1発。

「…ッ!?」

 しかし、ソレは瞬く間に、男の刀で斬り落とされた。

 自分自身が、既に非現実的な存在になっているとしても、その光景には目を疑う。

 その動揺を尻目に、距離を詰めた男の刀が振り下ろされ、ソレを右手で掴んで防ぎ、左手に握った拳銃の銃口を男に突きつける。

 その瞬間、刀を掴んだ右手から、全身へと痛みが走り抜けた。


---[03]---


「…ぐッ!?」

 この腕になってから、その手に刃物が通った事はなかった。

 悪魔を振るった得物も、鬼に奪われ振るわれた私の短剣も、その防御力を越える事はなかったのに…。

 男の刀は、その手の…手の平を斬った。

 その動きの鈍りの隙…拳銃の引き金を引く前に、腹を思い切り蹴り飛ばされる。

 体を地面に打ち付けながらも体勢を整えた矢先、再び迫る男へ、腰に携えた夜人の刀を抜いた。

 ガキィンッ!と金属のぶつかり合う音が響く。

「火縄銃の頃とは、えらい変わりようだ。そんな小ささで、あの連射力。あの魔王もさぞ驚くだろうな」


---[04]---


 夜人の刀…、魔力で強化して、その強度はかなり高い状態になってるだろうけど、だからと言って…この右手…。

 深く切れた訳じゃない…。

 少しばかり血は出てるけど、その内時間もかからずに血は止まるレベルだ…が、そこじゃない…、何で斬れた?

 私の知識不足はもちろんあるだろうけど、そもそもソレができるなら、なんで今までソレをやってこなかったんだ?

 それにまた血を…。

 ・・・先手必勝ッ!

 その首目掛けて、刀を振る。

 男が距離を取るのを視界に納めながら、再び拳銃を向けるが…。

 ドシャンッ!と今度は空から一閃が降り、拳銃を粉々に粉砕する。


---[05]---


「…ッ!?」

 それは、私が砂煙を出る時に、囮として投げた自身の両手剣。

 男の影の方がソレを持って、空から降って来た。

 拳銃ではなく、腕にソレが当たっていたら…、考えるだけで背筋に嫌な汗を掻く。

 直後、再び弾けるようにその姿を無くす影、その黒い靄を抜けるように、男の方から拳サイズの石つぶてが飛ばされる。

 1つを刀で弾き、残りを避け…、体勢が整う前に、影が攻撃をする体勢で再び姿を作り、そして両手剣ではなく、その手に持つ刀を構えた。

 避ける程の余裕はなく、振るわれる攻撃を刀で防ぐ。

 後ろへと倒れそうになる体を尻尾で支えたその時、さらに追い打ちを掛けるように、男が私の両手剣を片手に、ソレを振った。


---[06]---


 私の剣は、その影ごと斬り、刃は私を襲う。

「クソッ!」

 両手で持っていた刀を…、右手を離して防御に回す。

 脳裏に手の平の傷が過ったけど、それでもこの状況で怖がってたら…。

 迫る刃を掴み取る。

 切れない…、斬られない…。

 手の平にあるのは攻撃の衝撃と、斬られていた傷口の痛みのみ…、ソレだけでも、十分な激痛だけど…、ソレでも…。

「オラアアァァーーッ!」

 不安定ながら、剣を離すまいと力を込めて、思い切り振り回すように男を自分の後ろに投げ飛ばす。

 斬られ、形を無くしていた影が再び元に戻る…、ソレを…刀を持ったまま、殴り飛ばした。


---[07]---


 影…影のはずなのに…、その手に伝わる感触は、人そのもので気持ちが悪いし…、何より2対1…思ってた以上にキツイ。

 だが…、やっぱりあの影の方は打撃ならすぐに反撃してくる事はないみたいだ…、それか、人なら命を落とすような致命傷を与えなければ…か。

「…ッ!」

 後ろから押しつぶされそうな圧…。

 薙ぎ払うように襲い来る両手剣の刃を、右手を盾に防ぎ、衝撃の強さで体は地面を削る。

「なかなかいい得物だな。ずっしりくる重さだ。土の魔力だからこその補うモノをちゃんと押さえてある」

 そう言いながら軽々と片手で振ってるのは、振るえない人間に対しての嫌味か何かか?


---[08]---


 男は呑気におしゃべりでもしたいのか、事ある事にこっちへ話しかけてくるが、生憎そんな気分じゃない。

 その返答も込めて、容赦なく刀を振るう。

 結果は変わらず…、その刃が相手を斬る事はなく、男は何の感情が籠っているのか…、軽いため息をついた。

「もう一度聞こう。何故十夜を助けようとここまで来た? その胸にある善はそれ程まで強く、強固なモノか? 偽善を覆す、己の善か?」

「…チッ…」

 善行の為にここに来てるのかって…、そう言ってるの?

「ふざけるなッ! 子供を攫うような奴が理解できない事だ。目の前で子供が攫われた…、そして自分にはそれを止める力がある…、これ以上理由が必要かよッ!」

 今まで、投げられてきた言葉に返すのを我慢してきたからか…、押さえ込んでいた感情が溢れ出る。


---[09]---


「力がある…か」

 ドスッと腹部へと強い衝撃が襲う。

 頭がソレを理解する頃には、体はくの字に曲がり、瞬く間に体は地面に這った。

「ガハッ…」

 呼吸が苦しく…安定しない。

「どこにその力がある? 今、こうして地面に寝転がっているというのに…」

「…このッ!」

 苦しさと一緒に吐き気も襲う中、私は体を起こし、男の方へと走り出す。

 体を満たす魔力は潤沢で、全力を出せる状態なのに、それでもこちらの刃は相手に届かない。

「なら、聞き方を変えよう。その善の原動力は何だ?」

 さっきまでと男の雰囲気こそ変わらないのに、敵との力の差が、さらに遠く…大きくなったような気がする。


---[10]---


 なんとかその背を掴もうと…追いつこうと…伸ばした手は、一瞬にしてその目標を見失った。

 今まで見えていたモノは、全てが蜃気楼…、そこあると思っていたモノは、そもそも存在しない…、存在したとしても、私の力ではたどり着けない高み…かなにかか?

 相手の攻撃のレベルが数段上がる。

 その速さも、その力も、追いきれない。

 でも…それでも…。

 私はまた体を起こす、体はまだまだ動くし、駄目になるのは相当先の話だ。

 だから、また立ち上がる。

 息が切れ始めた…。

 頑丈だからこそ、今まで痛みは表に出てこなかったのに、とうとうソレが顔を覗かせる。


---[11]---


「そう…。聞きたいのは、その力の原動力がどこにあるかだ」

 それを聞いてなんになる?

 原動力だって?

 そんなモノ、他人が知ってなんになるっていうの?

 それも…、こうして殺意を持って刃を交えている相手に…。

「・・・理由なんていらないでしょ…」

 理由なんていらない。

「他人の不幸を喜ぶ趣味は無い…。あの地獄のような感情を胸に抱きたくないだけだ…。ソレを他人に…子供に味合わせたくないだけだ」

 十夜と共に歩く義弘の姿が頭を過る。

 そうだ…、大層な利用なんて、私は持ち合わせちゃいない。

 自分の胸に手を当て…、爪を立てる。


---[12]---


 ガリガリと、胸に付けてあった甲冑に爪の跡がついた。

「誰が許せるっ!? あの理不尽をッ!?」

 何の罪のない子に降りかかる理不尽を、誰が許せるっていうんだ?

 何も悪くないのに、なんでその子が泣かなきゃいけない?

 許せない…、許せる訳もない。

 沸き上がったその感情は、一瞬にして沸点を越えていく。

「ソレか? その器に入るにたらしめる後悔は?」

 後悔?

 違う…、これは後悔じゃない…。

「怒りだッ!」

 自分に降りかかった不幸を…、その槍を投げた輩を俺は…、一生許さない…、いや…許せない…、何もできなかった自分も…、ソレを忘れるなんてできる訳が無い。


---[13]---


 お前は悪くないという言葉は、何の形にもならず、結局は俺の胸の中から消えていった。

 自分はその手に怒りを握りしめて、ぶつける相手もいない。

 手に持っているからこそ、その苦しみを知っている…、だからこそ、誰かにこの不幸を味わってほしくないんだ。

 自分の手が届く場所なら、この力を使う。

 その相手に降りかからんとする家族の不幸を…、止める槍と成す。

「相手が誰だって知った事かッ! 俺はその理不尽を許さないッ!」

 体が熱い…、いつも以上の熱を帯びている。

 魔力は絶好調を通り越したかのような気さえした。

 これで満足かッ!?

 相手が強くなったなら、さらにその先に手を伸ばせッ!


---[14]---


「よく言った、「継ぐ者」よ」

 男の目つきが変わった。

 その眼光だけで人間なんて殺せそうな程に鋭く、一切の隙も無い。

 だからどうした。

 今の俺の眼も、獲物を噛み殺す獣のソレだッ!

 再びぶつかり合う閃光、両者が得物を振るえば、衝撃で砂が舞い、火花舞う剣撃。

 後ろから襲い来る影の攻撃を尻尾で弾き、振り向き様に蹴り飛ばす…、間髪入れずに振り下ろされる両手剣を右手で弾き、男の腹へ刀を振るうが、相手の刀がソレを阻む…、力技で押し飛ばし、体勢を立て直す暇を与えまいと、俺は後を追った。

 突っ込んでいく勢いを殺すことなく、振り下ろす刀に乗せて繰り出す攻撃…、ソレを向かい打つように振るわれた両手剣が、その刀の刀身を砕く。

 追撃で迫った男の刀を半ばスライディングするような形で避け、男はそんな俺を避けるようにジャンプした。


---[15]---


 こちらが体勢を立て直すよりも速く、それどころか…男が着地するよりも速く、影が男を掴んでこちらへと投げる。

 そんな状態から繰り出される両手剣の攻撃を右手で防ぐと、体勢が整っていない事もあって、こっちは地面に膝を付いた…が、それだけだ…、こちらを完全に地に伏させるような攻撃じゃない。

 俺は足に力を入れる。

 尻尾だって地面に突き立て、一気に両手剣を押し返した。

 男はその力にのけ反って、追撃をされまいと刀を振るけど、右手で防ぐ。

 その時、斬られた手の平の事が頭を過り、いつも以上に防御力へ力を振った…、だからか、その刃が右手に通る事はなく、男が無防備な状態となる。

 その手に持ったフェリスの両手剣をガシッと掴み、乱暴ながら男を思い切り蹴り飛ばして、強引に取り返す。


---[16]---


 手に馴染む剣をしっかりと持った時には、影の方が迫って、振り下ろされる刀を防ぐが、その攻撃は予想以上に重かった。

 攻撃の強さは勿論だが、物理的な重さに異常さを感じ、耐え切れず…完全に押し込まれる。

 その瞬間、剣の乗っていた鉄塊のような重さが消えた。

 それは、影がその形を崩したという事…、倒されまいと、前へ…前へ…力を入れていた事もあって、重さが消えて行き場の無くなったこちらの力は、俺を前へと倒す…。

 影が形を無くした時に出る…黒い靄…、視界を遮られ、その目の前まで飛んできていたモノへの反応が遅れる。

 左頬へと走る強い衝撃…、体は後ろへと飛ばされる。

 体を打ちつけつつも倒れず体勢を立て直そうとした時には、影が再び人の形を取って、こちらの右手を掴んだ。


---[17]---


 右手が竜戻りしているからと、剣こそ左手で持っていたが、右手を狙われるとは思わず、影に対して振った剣が空振りに終わる…、そして力任せに地面へと叩きつけられた。

「…ガッ…」

 早く立たないと…衝動的に体を動かすけど、その前に男がこっちの胸を踏みつけた。

 男を退かそうと剣を振ろうとしたが、今度はその左手に…男の刀が突き刺さる。

「…ッ!!??」

 今までに感じた事のないような不快感が全身を駆け巡り、畳みかけるように激痛が襲う。

 剣を握る手の力が弱まり、その隙に、剣が手の届かない所へと影によって飛ばされた。


---[18]---


 それでも…、それでも…。

 俺は歯を食いしばる。

 止まってはいけない…、止まってはいけないと…、無理に動かそうとする。

 左手を中心に、何故か力が抜けていく状況でも、そんなもの関係無いと…、力が抜けるなら、抜けた以上に力を注いで、無理矢理、その手を動かした。

 先に自由になったのは右手、頑丈以外の取り柄、その爪でもって、男を退かし、距離を取ろうとする男に向かっていく。

 さっきまで以上に体に力が入った…、力が沸き出た…。


 その時の私の左手は、右手と同じように竜戻りをしていた…。



 ドスンッ…と、その巨体が膝を付く。

 ウチも、エルンも、信廉も、深琴も…、途中から増援として合流してくれた夜人連中も、全員が全員、その息を切らし、肩が上下する。


---[19]---


 鬼の全身から溢れ出ていた炎は、そのなりを潜め、相手もまた限界と言える状態だ。

 悪魔自身が魔力体ゆえに、魔力の残量はそのまま自身の命の総量…、その量を多く蓄えれば蓄えるだけ、強さも増す魔力という理不尽…。

 致命傷を与えても、たちまちその形は消える。

 でも、ソレももう終わりのはずだ。

 ウチはトドメを刺そうと、姿勢を正し、しっかりと得物を握る。

「…終わりだ」

 首を落とし、その心臓を潰す…、動きの鈍った相手なら、ソレも容易だ。

 戦った相手として、最後に対峙した者として、しっかりと介錯するのも…義務。

 その場にいる全員が、その戦いの終わりに息を飲んだ時、瞬く間に…鬼の前に…黒ずくめの奴…が立っていた。


---[20]---


『あの武勇に事を欠かない炎鬼も、この数が相手じゃ膝を付くか』

 現れた奴は、こちらには目もくれず、鬼に話しかける。

 その内容は聞かれても問題ないというように…、その手に子供を抱えながら…。

『貴様モ…人ノ事ハ言エンダロ…。影モ出セヌクセニ…』

『ふッ…。まぁそういう役回りだったからな。鬼が出るか蛇が出るか…、何にしても、戦力を持ってもらわなければいけなかったし、体の疲労は嬉しい悲鳴だろう』

『ソノ労ノ甲斐ガアッタト、言エレバイイガナ…。ソノ前二…』

 その瞬間、黒い奴を庇う様に鬼が動く。

 敵2人に夜人が襲い掛かった。

 信廉と深琴の2人、信廉の剣が鬼の腕が斬り飛ばし、深琴の剣が鬼の喉を貫く。

「「その子を離せッ!」」

 その目には怒りと殺意が溢れていた。


---[21]---


 子供の存在…、親として、子供を守るために死をも厭わないその瞬間…。

 黒い奴の腕に抱えられ動かない子供…、やはり見間違いじゃない…、2人の子供の十夜だ。

 子供の存在に気付きはしても、だからこそ…うかつに動けなかったウチと違って、怒りに身を置きつつに、確実に鬼に対して致命傷を負わせる。

「焦るな、夜人」

 横から黒い奴によって、信廉は叩き飛ばされ、奴が持つ黒い剣によって、鬼の喉に突き刺さった剣が、まるで紙でも切るかのように斬られ、信廉を追うように深琴も叩き飛ばされる。

「返す」

 そう言って、黒い奴は十夜を2人の方へと放り投げる。

「炎鬼、お前はもう潜れ。こっちもすぐに行く」

「チッ…」


---[22]---


 一瞬で鬼の姿が消える…。

 子供に目を取られた…、その子の安全は大事だ…、しかし、苦労して追い詰めた敵を取り逃す。

 せめて黒い奴だけでも…、そう思って前へと踏み出した時、先に相手へ襲い掛かった奴がいた。

「相手は俺じゃないぞ?」

 黒い奴は余裕を見せながら、襲い掛かってきた奴をあしらいつつ、距離を取って、ウチの方へと視線を向ける。

「まぁ頑張るといい。飲み込まれれば、待つのは暗闇だけだ」

 そして、黒い奴が消えた…。

 奴はウチの方を見ながらそう言ったけど、その言葉はどこか別の相手に向けた言葉のようにも思える。


---[23]---


 何故かはわからない…、だけど…、黒い奴の次に現れた…相手の姿を見た時、そうなんだろうと…不思議と飲み込めた。

「…フェリ?」

 そこに立っていたのはフェリ…だと思う竜種の天人。

 顔が何かのお面を付けて隠れてはいるものの、その体格を、尻尾を…、装備類を…、ウチは知っている。

 何年も見続けてきたモノだ…、それは見間違えるわけもない。

 でも何故だろうか、今はあいつの斜め後ろからの姿しか見えないのに…、漠然とした恐怖が体を襲い…、体の動きを鈍らせる。


---[24]---


「…フェ…」

 もう一回…、名前を呼ぼうとした。

 フィアがそう呼ぶから…、ウチも呼ぶようになっていた愛称…、最初こそこそばゆく…気恥ずかしさもあったが…気がつけば慣れた呼び方…、でも、今…その愛称を口にした時の、体の拒絶反応は尋常じゃない…。

 全身を襲う寒気、得物を持つ手は微かに震え、脳裏に浮かぶのは目の前の彼女ではなく…過去の…、アイツが記憶を失う前の…、戦いに赴く最後の姿…。


 ウチが…恐怖を覚えつつも、その強さに憧れもした…、その姿…。


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