第二十七章…「その静寂の中にある炎は…。」
「・・・」
誰もいない…。
ただでさえ静かな悪魔界が、よりその静寂を強めていた。
悪魔界側の久遠寺家に到着した私だったけど、そこに人の姿はない。
悪魔界警備の準備として、家の外へと出された道具はあるのに、それを扱う夜人の姿は無かった。
整備途中で分解された銃器、弾薬もあるし、それ以外には…マチェット…かな?…、ゲームとかで見るそういう鉈よりも、形としては日本刀に近いというか、むしろ刀を現代のサバイバルナイフの形に近づけたようなミリタリーな刀…て感じの近接武器がいくつか…。
なんにしても、これからの戦闘に備えて準備をしていたような状態なのに、あちこち見て回っても、やはり人の姿はなかった。
---[01]---
建物の中に入り、部屋を隅々まで開けて見てみた…、道場も、食堂だって見た…、でも誰もいない。
問題が発生する可能性を考慮すれば、どんな時でも1人や2人は、悪魔界に常駐するようにスケジュールを組む気がするけど…。
ここに居なくても、悪魔界にいるのなら、無線機…とかで連絡が付けられるかも知れなかったが、いかんせんその辺の知識が全くわからない私では、使い方がわからない。
道具が置かれた部屋を物色していて見つけた無線機に、僅かな希望を抱くも、すぐにそのなりは潜む。
いっそ、ラジオみたいに一方的に状況だけを送ってくれれば、私自らその場所へ行くんだけど…、俺としての地の利はあるし、大体どこにいるかを知れれば、行く事は出来る…といっても、部屋を物色中に小型の無線機を持ち続けていたけど、何も変化は無かった。
---[02]---
ため息ばかりが無意識に出てくる。
ここに誰もいない以上、リスクを負ってまで、保健室に居た連中を連れて来なくてよかったと思う反面、自分達への助けもない事に…不安が募るばかりだ。
少なくとも、自分達で何とかしなければいけない…という事実だけは、目の前に存在している。
ここから人間界の方へ行けたら話は一変するだろうけど、悪魔界に来る時は、いつも夜人が同伴し、その移動に使う流抗石…だったかはその同伴者が管理していて、大事なモノであるからこそ、ちゃんとした管理の元で保管され、その場所はわからず、現状見つかっていない。
その辺に転がっているような代物ではないのだ。
ちゃんと管理されているモノだからこそ、こういった非常時に見つからない…なんて、別段珍しい事でもないだろうけど、そうなってほしくは無かった。
---[03]---
そりゃ…ため息の1つや2つ…、いや、二桁の量だけため息も出るだろう。
それでも、装備だけは潤沢に揃った場所だ。
銃器に刃物はもちろん、手榴弾…も探せばあるんじゃなかろうか?…今の所見つかってないけど…、とにかく、戦う力が増せば、守る力も必然的に増す…、使い方さえ間違えなければだが…。
私は、誰のかは知らないけど夜人の誰かのマガジンポーチを拝借し、それを着こんだ鎧の上から重ね着をして、武器部屋に置かれていたハンドガンからライフルまで、自分が使えそうな物を取って、その弾倉をポーチの中に詰めていく。
無線機の使い方も知らないくせに、銃器の使い方はわかる…、整備のために分解されたモノは、戻せないから使えない…、ついでに言えば弾倉に弾を込める方法も知らないから、詰め込んだ弾倉は、弾が入っていたモノだけだ。
何があっても、すぐに使えるように…という事を考えての事か、弾を入れたままで整理されているこの部屋の管理人には感謝だな。
---[04]---
なんにせよ、俺の銃器に対しての知識は、かなり偏ったモノ…、できる事といえば、弾倉を入れて、弾を込めて、安全装置を外して、引き金を引く…、その一連の流れだけだ。
それだって知識として持ってるだけで、実銃で実践するのは初めてで、その流れをやっていくだけで、手はプルプルと震えた。
それに、置かれている銃器は基本的にこの国で国防衛のための隊が採用している装備ばかり、それが功を奏したのも大きい。
この辺の武装は、サバゲー好きの友人がモデルガンを持っていて触らせてもらっていたからな…、知識だけはある。
これほどまでに無くていい「持つべきモノは友」という気持ちは初めてだよ。
あとはゲーム関係…映画関係からの知識…、この装備自体は無かったけど、一連の流れはどの銃も基本は同じはず、何をすべきか…がわかるのも良かった。
---[05]---
見よう見真似のド素人だが、なんにせよ、銃器を入手できたのは大きい…。
家の中を物色していく中で、私達が借りている部屋を見てみると、そこにはフェリスやフィアの装備も置かれていた。
まぁ、無い事ではあっても、家を家宅捜索されてドデカい剣が出てきました…なんて、言い訳の余地も無いし…、同じ理由で銃系統と一緒に悪魔界側に保管されていたのはありがたい限りだ。
私は自身の装備とフィアの装備も持ち、ハンドガンとライフルを2丁ずつ、SF染みた刀を2本持った所で、「要救助者学校にアリ」とわかるように印を残して、家を出た。
まともな装備としてフィア達の方に持って行きたいのもそう、後は単純に自分の精神面の安心感を得るため、そこに元々持っていたこの世界で作られたバットも持って、なかなかの重装備だ。
---[06]---
宝の持ち腐れにならない事を祈るばかりだが…はてさて…。
再び、屋根伝いに学校の方へと戻っていく…、それも久遠寺家に行く時とは違うルートを辿り、弧を描くように遠回りをする。
悪魔界も広い…、正確な広さを私は知らないけれど、ドーム数個で収まるほど狭い世界ではない。
二桁どころか、三桁は見積もっていい広さはあるだろう。
天人界の…フィア達が住む国のイクステンツと同じぐらいの広さがあると言っていたし、それ基準で考えても、それぐらいは必要だ。
だから、こんな遠回りをした所で、連れていかれた十夜が見つかるとも思えない…、そんな簡単な話じゃない。
こんな広い空間で、平原でもない、家屋やビルが大量に立ち並び、死角だらけの場所で、小さな男の子1人探すには、圧倒的な人数不足だ。
人間界と違って、この悪魔界には魔力が満ち満ちているから、余程バカな使い方さえしなければ、人探し程度、効率が上がるメリットはあっても、デメリットは無い。
---[07]---
…にも関わらず、そこに専念できないのはストレスだ。
「ん…?」
周囲を見回していく中で、増えていく悪魔達の姿に、違和感を覚える。
その数自体、先日悪魔界に来た時より多く見えた。
この世界に漂う亡霊…、天人界で遭遇した悪魔とか、この前襲い掛かって来た鬼と違って、悪魔界に多く出現する悪魔達は意思を持たない…、あるのは、魔力を欲する本能のみのはず、しかし、その悪魔達は一様に同じ方向に進んでいるように見える。
1体や2体…3体がそう動いているなら、別段気にする事はない…、ただの偶然程度で片を付けられるだろうけど、これは…。
その様はまるで、ゾンビ映画で、音に反応したゾンビの集団が、音のした方へと動いている様のようだ。
「・・・ッ」
周りの悪魔達が進む方向を見て、胸騒ぎがした。
---[08]---
気持ちが逸り、このまま悪魔の動向を観察する事も出来ず、ジッとしていられずに、私は再び走り出す。
学校へ近づくにつれ、不安は否定しがたいモノへと変わっていく。
悪魔の足先は、たまに違う奴はいても、そのほとんどが学校の方へと向いていた。
最初こそ、そんな馬鹿な…と頭の中で否定し続けていたけど、学校に近づけば近づくだけ、否定し難い事実だけが突きつけられる。
だからもう拒絶しない…、私はできる限り急いで、学校へと向かった。
バンッバンッバンッと保健室の扉が叩かれる。
でも、その扉が中から開かれる事はない。
---[09]---
もう扉は、内側から棚やら机やらを倒されて、中からは開ける事ができなくなっているからだ。
保健室の中では、そんな扉を叩く連中に対して、何者なのかを問う講師の叫び声や、この状況に恐怖して泣き叫ぶ声が響くけど、一向に叩くモノからの返答はない。
俺は、廊下に面するその叩かれる扉とは反対側の、義弘が眠っているベッドの横に移動し、心臓をバクバクと打ち鳴らしながら、全体の状況を見ていた。
体こそ正直に心臓を大きく打ち鳴らして恐怖しているけど、頭はさほど焦りを見せていない。
私として、命の危険と隣り合わせになった事が幾度もあったからだろう。
それでも、怖いモノは怖いのだが…。
こんな状況に、フィアは周りの連中に落ち着くようにと促すけど、一度火が点いた恐怖という感情を落ち着かせるのは、そう簡単な事じゃなかった。
---[10]---
この足のせいで、俺は守る側ではなく守られる側に否応なしに回される…、それでも最後の砦として、その手にバットを持つ。
俺の横では状況に恐怖し、耳を塞いでうずくまる女の人もいる…、その身を振るわせて、小声で…助けて助けて…と何度も念仏のように繰り返していた。
この場の雰囲気にも恐怖を覚えるけど、そんな女性の行動もなかなかに恐ろしい。
何人かいたこの保健室の避難者の大半は、恐怖で動けなくなった。
極限の…動けずにひたすら助けを求める状態…、考える事も放棄した状態に、俺もなれたなら、それはどんなに自分を楽にできただろう…。
でも、結局そうはなれないから、考え続けなきゃいけない。
そう…、窓際にいた俺の視界の端に入り込んだ影…、黒い鎧を着こみ、赤い眼を浮かべた鎧武者…、窓を挟んだ反対側に現れたそいつの、その手に構えられた槍に、どう対処するか…とか…。
---[11]---
「フィーッ!」
咄嗟に彼女の愛称を叫ぶ。
窓を突き破り、俺目掛けて迫る槍、これが俺ではなく私だったら、どうなっていただろうか。
反射的に槍に向かってバットを出した…、それは戦闘状態に入る時の構え…、防御に入ろうとしたんじゃない…攻撃しようとしたわけでもない…、体を戦闘する状態にしようとしただけだ。
当然、何もかもが遅い…、ガードなんて間に合わない…、攻撃を弾く事も出来る訳が無い…、それでも、何かをしようとして出したバットは、槍をかすめた…ように思う。
その切っ先は、俺の左肩に突き刺さった。
ソレとほぼ同時に、フィアが俺と悪魔との間に割って入り、バッドを勢い良く突き出して、相手を何メートルも後方へと突き飛ばす。
---[12]---
俺は座っていた椅子から転げ落ちたけど、そんな事はどうでもいい。
「ああ…あぁ…」
声がうまく出せなくなる。
すごく痛い…、槍が刺さった瞬間は大した事は無かったけど…、全身が総毛立ち、槍が刺さった時の衝撃が襲う、でもそれだけでで済む訳も無く、槍が刺さった箇所が徐々に熱いような錯覚を覚え、呼吸をするだけで激痛を走らせた。
呼吸をするだけでソレなんだから、手を動かそうものなら動く事さえできなくなる。
痛みで叫びださなかっただけ、俺の体裁は保てているだろう。
『き…ききき君…だ…大丈…夫かねッ!?』
バットは持っていても、へっぴり腰で足をガクガクと震わせた講師が、俺の方へと寄ってくる。
---[13]---
逃げ出さず、他人を心配する当たり、この人は上に立つ人間として、立派な人なんだな…と場違いに思ってしまう。
それでもそんな立派さなんて、この場において何の意味もない。
立派に…、自分が君達を守ってあげる…と、そう宣言して効果があるのは、問題が起こる前までだ。
問題が起こって、それにちゃんと対処できてたなら話は別だけど、そうでなくても、既にこの場の空気は落ちる所まで落ちている。
この人じゃ役不足だ。
避難してきた女性が、手をビクビクさせながら渡してきたタオルを、傷口に押し当てて、フィアの方を見た。
俺が冷静さを保てている支柱の1つ…、この瞬間、頼れるのは彼女だけだが…、逆に頼れる存在がいるという事実が、俺を混乱のどん底へと落とさずにいてくれる。
---[14]---
「ドアの方の防護をより強くしてください」
彼女の声は、僅かに震えていた。
戦う力は、素人目ながらあると自分は思っているけど、彼女自身はそう思っていないのか、不安を紛らわすかのように深呼吸をする。
「そ…そんな事をして…何になる…?」
講師の人は、涙目になりながら俺が包帯を巻くのを手伝ってくれる。
希望は無い…、未来はない…、俺達は助からない…、そんな言葉が、彼の頭の中に乱立してるんだろう。
同じ立場なら、俺も同じ状況になっていたはずだ。
それでも、さっきのフィアの突き攻撃を見ていたら、少しでも希望を持てたはず…、女の子がバットで鎧武者を叩き飛ばしたんだぞ?
その1つの出来事は、確実にイレギュラーとして目に焼き付くはずなのに、そこには一切触れない。
---[15]---
いや、触れられないのか…。
見ていないんだ…、そんな余裕も無い…。
意味の分からない場所で、悪魔どもが襲ってくる…、この人らからすれば、悪魔だのなんだのは、理解の範囲外の存在で…、鎧を着て刃物を持った連中が、何の問答も無く襲い掛かって来る…、その絵面は十二分に意味不明で、実際問題…恐怖のどん底に落ちるのには十分だ。
こんな状況になる直前、悪魔達と対峙したのは、この講師だった…、腕には俺と同じように包帯が巻かれ、怪我を負った証明がある。
その痛みは、死を連想させるのに十分だったろう…、俺が今絶賛痛みに耐えてるんだから、気持ちはよくわかる。
それでも守る側に立とうという気概は立派だが、…無謀だ。
---[16]---
死にたくないと思っているくせに、死を受け入れている…、だからこそ、フィアという生きる…助かる希望が見えていない。
「生きるために、やれる事をするだけです」
至極当然の事をフィアは言っているだけなのに、その言葉を理解できない様で、講師は口をポカンと開けたままだ。
「マルセルさん、ゴメン」
何もできない自分の不甲斐なさに、不本意ながら謝罪の言葉が洩れる。
でも、彼女はそんな俺に笑顔を向け、大丈夫…と言った。
俺自身は、その言葉にどれだけ救われたか…、胸を締め付ける罪悪感が軽くなった気がする…、でも、それは同時に、自分の背負う責任を彼女に渡してしまったような気がしてならない。
---[17]---
自分が安堵すると同時に、彼女の責任は大きく…重くなっている。
その笑顔は、それでも、そんな責任を感じさせない程、明るいモノだった。
割れた窓を通って保健室を出るフィア、その先は突き飛ばした悪魔のいる場所、校舎が隣接する運動用グラウンドだ。
「・・・がんばれ…、フィー…」
助けられる側の存在にしかなれないのなら、その人間が助けるに値する存在になるべきだ。
その人が責任感から助けてくれるとしても、死を受け入れた人間程、助ける価値のない存在は無い。
「な…なんて危険な…と…止めに…いか…いかないと…」
フィアの取った行動は、俺以外に理解できる人間なんていなかったかもしれない…、最初に襲われた人もこの講師の人も、身を持って刃物の味を知っている以上、その行動は自殺行為として目に映ったはずだ…、それでも、死を受け入れているとしても、人が死のうとしている事を受け入れられるほど、人間性は失っていないらしい…。
---[18]---
俺の傷の手当てをしているのも、それを証明しているんだと思う。
心のどこかで、まだ死にたくない…という心があるのかもしれない。
だったら、その希望を…、小さな希望の光の火を、大きくさせるのが、俺にできる精一杯だ。
フィアを呼び戻そうと、講師が外へ出ようとするのを、その手を掴んで引き留める。
「な…何をするんだッ! はな…離しなさいッ!」
外にいるのが、フィアじゃなく私だったとしても、この状況で出て来られたら、足手まといの何物でもない。
「大丈夫…だから、見ていてあげて…」
「・・・」
講師はその一言で何も言わなくなった。
---[19]---
私がここを離れた時とか、結構言う事は言うし、今のように行動をできる人だと思っていたけど、やっぱり責任感だけで無理やり体を動かしていた空元気だったみたいだ。
無理矢理にでも行こうとされる…とも思ってたけど、これは楽でいい。
突き飛ばされても、何事も無かったかのように立ち上がった悪魔の前に、フィアは立った。
気づけば、他にも数体の悪魔が彼女を取り囲み、その赤い眼を浮かび上がらせる。
フィアの邪魔になっちゃいけないと思いつつも、自分が何もできない事に苦虫を噛む。
それでも今は、フィアを信じるしかないから、彼女を頼るしかないから、胸の中で何度でも願う…、頑張ってくれ…と。
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