第二十六章…「その場所は違えども…。」
「やっぱり、開いてない…わね」
白黒の世界の中、閉ざされた倉庫の前で、そこに取り付けられた南京錠を見ながら、私は溜め息をつく。
悪魔界の仕様上、この世界の姿は、人間界の丁度深夜0時の姿なのだそうだ。
毎日毎日、その時間になると、この世界の姿は人間界の姿をコピーし始める。
そのコピーされるモノに、人間とか犬猫の動物類は存在しないが、家はもちろん、家具家電、車等はコピーされる…、そこにどんな基準があり、どうコピーされるのかはわからないけれど、とにかく生き物はコピーされない。
悪魔界の住人たる悪魔は、また別の何か…なのだとか。
とにかく、今この瞬間、私がいる悪魔界の姿は、深夜真っただ中で、朝になろうと昼になろうと、人の手が一切介入していない姿…、だから当然沿う事かは施錠され開いている訳もない…、といっても…、朝だろうが、昼だろうが、目的が無い限り開けられる事はないモノだが。
---[01]---
私がいるのは、大学内に併設された付属高校の運動場、その隅にある運動用の備品がしまわれている倉庫の前だ。
付属校で、同じ敷地内に両方存在するのは楽でいいが、いかんせん広すぎる。
普段ならそんな事思わないだろうけど、状況が状況なだけに、悪魔の出現を警戒してか、その普段とは違う距離の長さを感じた。
まぁ何はともあれ、目的のモノはこの中にある。
どれだけ壊したって、人間界に影響が無いし、問題もない。
私は、一呼吸おいて、その南京錠を右手で掴み、思い切り引き千切った。
バキンッと壊れる音と共に、倉庫の金具もろとも、バラバラになったパーツが地面に落ちる。
手に残った鉄くずを放り捨て、私は扉を開けた。
人間界での実物なら、扉を開けた瞬間に、砂っぽい臭いとか、白線の臭いとか、何とも言いづらい微妙な臭さが鼻をかすめていくけど、ここにそんな臭いはない。
---[02]---
私は、倉庫の隅に置かれた野球道具を手に取り、その感触を確かめる。
持った時の感触も、その重さも、指で叩いた時の音とかも、人間界のソレと大差ない。
「これなら、十分護身用として使えるかな」
私はともかく、武器になりそうなモノが無いと、不安だろうし…。
自分用にもそうだけど、フィア達のいる保健室の方にも、数本放っておけば、幾分か心配も紛れるというモノだ。
昔、ゾンビ映画とかを見て、身近な道具を使って戦う姿…、その勇ましさや野蛮さに、多少の憧れめいたモノを感じた事があるけど、実際にそういう状況に身を置かれると、全く持って心なんて踊らない。
そりゃあ、映画の登場人物たちだって、楽しんで道具を武器として振るってる連中なんてほとんどいなかったけど、この瞬間は、身を持って創作物の人物たちの気持ちを理解しているように思う。
---[03]---
金属バットを数本持って、ソレを保健室の扉の前に置き、適当に扉を叩き、私はその場を後にした。
扉を叩いた後、遠巻きに扉の事を見ていたけど、なかなか扉が開かなかった…、私が離れている間に、何か問題でも…と不安にもなったけど、そんな事は無いようで、しばらくして扉は開き、講師の人が出てきて一安心だ。
警戒し過ぎる事に越した事はないし、その行動自体は正解だろうけど、やはり不安は過る。
「さっさと夜人の人達と合流して、あの人らを保護してもらわないと…」
バットが保健室内に入れられたのを確認し、私は、屋上に上がってバットを担ぎながら周囲を見回した。
一回、久遠寺家から実家の方まで家の屋根伝いに進んだし、自分が何処に行くべきか…その方角は普通にわかる。
---[04]---
下の…保健室の人達の事も心配だけど、それ以上に、十夜の事が心配だ。
あの子は今、敵といるはず…、ソレも1人で…。
まだ小さい子だ。
そんな状況に置かれた時の心労は計り知れないだろう。
屋上から周りの様子を見回しても、そんな助けなければいけない子の影すら…手がかりすら見えない…、この世界のどこかに…いるのだろうか?
「絶対に助けに行くから…」
目の前にいたのに…、自分は動ける状態で…、手を伸ばす事ができたのに…。
あの時の事を考えれば考えるだけ、後悔ばかりがのしかかる…、でも…、まだ間に合うはずだ。
まだ結果は出ていない…。
---[05]---
絶対に助ける…、私は自分に言い聞かせながら、もう…あんな思いをするのはゴメンだ…と、意を決して屋上から飛び降りた。
数本のバット…か。
これでゾンビと戦えとでも?
私は一体何を考えてるのか…と、保健室の前に置かれていたバットを手に取って、俺は苦笑した。
保健室の隅で椅子に座り…俺は中の様子を伺う。
状況としては、当然ながら重いの一言、怪我をした男の人が来て、私がこの場を後にした結果、その空気も最高潮に重いし寒い…、息苦しさが常に付きまとうような状況だ。
---[06]---
気分転換に外へ…なんてことは当然できる訳も無く、俺は何にも感じる事のない右足を触る。
この足が動けば、そもそもこんな状況に陥る事もなかっただろうけど、この瞬間だけは、動けばよかったと思う次第だ。
足が動いた所で、俺にできる事なんて、たかが知れているけど、この状況、完全に俺は守られる側で、申し訳なさの方が重く、気持ちを落とされる。
『向寺さん、大丈夫ですか?』
自分の足を眺めている時、フィアの方から声を掛けてきた。
「大丈夫。まぁ、俺は足がこんなだから、不安はあるけど」
俺はポンポンと一生動く事のない足を叩く。
「私が…守ります。なので、心配しないでください。それにフェリさんがすぐに助けを呼んできてくれます」
「そうだな」
---[07]---
そうすんなり事が進んでくれればいいけど、フェリスという体に収まっている時の心は、こんな状況でも不安はないはずだけど、今の俺としての心情はしんどいばかりだ。
守ってくれる…、そうフィアは言ってくれるけど、その手は若干の震えを見せ、彼女もまた不安を抱えていると証明している。
そう言えば、訓練こそやっている姿を見た事はあるけど、フィアが実戦をしている所は見た事がない。
まぁ実戦…なんて見る機会そのものが無かったから、当然だけど。
ブループも悪魔も、状況としてはイレギュラー過ぎる状態だし、その場に居なかったとしても、何の不思議も無いのだ。
そのぐらいしか実戦の姿を見る機会がない場なのだから…。
「そっちは…、マーセルさんはどうなの? 大丈夫? 気持ちとかその辺」
---[08]---
「私…ですか? 問題ない…です…はい」
引きつった笑顔が、なかなか反応に困る。
率先して、私が届けたバットを手に取った彼女だけど、不安があるのなら、口に出してもらわないと、こちらとしての無い頭を振り絞って助けになるような事すらできない。
フィアの力になれる事…、俺は頭を巡らせるが、その答えが出るまで、なかなかに難航する。
そもそも俺がフィアの助けになれる事って、人間界で有用な知識以外に何かあるのか?
俺は、私としてそれなりの期間接してきたからいいとしても、彼女からしてみれば、今日初めて会ったどこの馬の骨とも知れない男だ。
心を開かないのも無理はない。
---[09]---
「あっ、そういえば」
だからこその難航を見せたが、関連するモノも考えるうち、アレの存在を思い出す。
「これ、この前、持っといて損は無いって…フェリスに渡されたんだが、ただの人間な俺が持ってるより、そっちが持ってた方がいいだろ」
俺はコートのポケットに手を突っ込んで、その中に入れて忘れていたモノを取り出す。
この前、鬼が襲ってくる直前に、私から渡されていたパロトーネだ。
「これ…」
ソレを受け取ったフィアは、少し驚いた様子で目を数回パチクリとさせた後、細かにそのパロトーネを確認していく。
俺からしてみれば、チョークみたいな棒状の何か…にしか見えないソレも、私でいる時はその違いが分かっていた。
---[10]---
私としてはお馴染みもお馴染み、訓練用の疑似武具を作り出すパロトーネだ。
若干の不安はぬぐえないけど、それは間違いなかったはず。
「武器としては使えなくても、盾とか…なんか守るためのモノは作れるんじゃないか?」
使えるかもしれない…なんて、漠然とした保険になってるのかもわからないモノを、俺が持っているより、それを確実に使える人間が持っていた方が、道具としても本望と言うモノだろう。
持っていた3本を全部、フィアに渡したが、彼女はそのうちの1本を自身のポケットにしまい、残りを俺に返した。
「私は、これだけで大丈夫です」
「でも、俺が持ってても…」
---[11]---
「いいのです。私はこれでも軍人…ですから、戦う術は持っていますし、そのパロトーネは、向寺さんの助けになります。フェリさんも、そう言う時のために、渡したのでしょうし、全部受け取る訳にもいきません」
「でも…」
「大丈夫です。1つでも、変えがたい…強い支えになりますから」
そう言った彼女の手は、さっきまでの震えが無くなっていた。
体が重い…。
体の強化に回せていた魔力の使い方を考えざるを得ない状況に、苛立ちを覚え、さっきまでどうとでもなってた…対処で来てた事にさえ、細かな気配りを要求される。
柄じゃない…。
---[12]---
どんなに繊細な戦い方をしようとしても、必ずと言っていい程に粗が出る…隠しきれない性格が出る。
「…クソッ!」
回りくどい…。
相手の攻撃を防ぐのにも魔力が必要だ…、得物を強化し、肉体を強化し…、その衝撃に負けないだけの強化が必要なんだ。
でもそれができない…、ここは天人界じゃない…、悪魔界じゃない…、圧倒的なまでに魔力の薄い人間界。
体に入ってくる魔力は少なく、万全の状態を…、最高の戦闘力に維持し続けるのがキツイ状況だ…、だからこそ、攻撃は防ぐんじゃなく、どれだけ避けられるかで、魔力の消費量が変わってくる。
理屈はわかるが、ウチの戦い方としては、致命的なまでに真逆だ。
---[13]---
振るわれる斧を、伏せて避け、体をよじって避け、跳んで避け…。
立て続けに迫る攻撃を避けて避けて避けまくる…、その先に確実な隙が相手に生まれるのなら、その戦い方にも意味が出てくるんだろう。
でも、その先…未来は一向に見えない。
チマチマした戦い方は大っ嫌いだッ!
迫る斧に対して、トンッと後ろへと軽く跳ぶ…、十分な距離を開けながら、ウチがいた場所を横切ろうとする音に向かって、下から戦斧を振り上げる。
ガアアァァーーンッ!と金属がぶつかり合い、鬼の体はのけ反って、その腹へと、得物を振り上げた事で回転する体の勢いを乗せて、回し蹴りを見舞う。
攻撃できる瞬間はまさに好機であり、その瞬間は魔力を抑える事をせず爆破させる。
今の攻撃だって加減なんて当然してねぇが、その巨体が地面に伏す事はない。
「・・・」
---[14]---
苛立ちが収まらない中、ウチの戦いにくさに拍車をかけるのは、この状況だ。
場所が人間界だから…てのとは違うやりにくさ…、ウチの行動範囲を狭める要因になっているモノ…。
ウチも、鬼も…、本来この世界の住人じゃない。
なら、本来の住人は?
問題が起きれば姿が消える…なんてご都合な事は何も無く、普段から命を脅かす脅威に対して、危機管理の全く行き届いていない連中の群れは、この状況下でも、その根性をさらけ出す。
この世界に連れて来られてた時、最初こそ多方向から悲鳴が聞こえてたけど、今はチラホラ聞こえるばかり…、逃げる連中とは別に、この状況を何かの演劇かなんかと勘違いしている連中もいる。
---[15]---
それがやりづらい…。
そいつらが何を話しているかは知らないし聞こえないけど、ウチはそんな赤の他人にまで気を配らされる身だ。
「…ッ!?」
それは絶対…。
世界は変わっても、ウチは、「守る側」に立つ人間だから…。
自分がいた場所が影で陰り…、頭上からは、車…だったか?…、陸を走る船がいくつも落ちてくる。
1台2台と大小様々な車を避け、それが最後の1台になった時、車はただ落ちてくるだけじゃなく、人の悲鳴も一緒になっていた。
『うわああぁぁーーーッ!?』
「…チッ!」
---[16]---
最初はソレも避けようと思った。
でもそうなったら、どうなるのか…ウチにはわからない。
鉄の檻に閉じ込められて、高い所から落とされる…なんて、想像するだけでゾッとする話だ…、魔力で怪我を最小限にする…とかも出来ないんだから。
落ちなければイイ。
無駄に思いながらも、体に強化して、その車を受け止める。
「ングッ!」
重い…重い重いッ!
完全に受け止めるだけ、こちらに支障が出ると察し、出来る限り落下の勢いを殺しながら、横へと投げる。
地面に激突するよりいいだろう…と、投げた車を見る事もなく、視線を鬼の方へと向けた。
---[17]---
その時には、目前まで既に鬼は迫り、咄嗟に距離を取ろうと後ろへと跳ぶ。
でもすぐに地面と激突した車のゴミに当たる。
振り下ろされる斧を横に避けると、斧はそのゴミに嵌り、一瞬だけ動きを止めた。
「…ッ!」
その隙に、自分と鬼との間にゴミが来るように位置取り、槍斧でゴミを鬼の方へと叩き飛ばす。
鬼は後ろへと叩き飛ばされ、完全に体勢を崩した。
「1ッ! 2ッ!」
続けて、相手が投げてきた車を返す。
ガシャンッドカンッと、僅かに残っていた車の原形も、その形を失うと同時に、鬼の発火の影響か、大炎上を引き起こした。
それでも鬼は止まらず、炎上した車が四方に叩き飛ばされ、鬼のその肉体は、まるで鎧のようにその炎を纏う
---[18]---
事情を知らずにこの場に来た人間の悲鳴が絶え間なく聞こえる空間は、ウチの感情を焦らせる。
お互いが睨みを利かしていた時、ヒュンッという風切り音と共に、矢が鬼を襲う。
その首に刃が当たろうとする刹那、鬼はその手で矢を受け止めて見せた…、ソレが飛んでくる方向も見ずにだ。
ほんと、人外極まってるな…。
天人界には弓矢という武具は、もう無いと言っていい程に過去の遺物だ。
それでもウチがソレを知っている理由は、勉学に励んだとか、頭の跳んだ理由じゃない…、ソレを使うのを見た事があるから。
---[19]---
初めて悪魔界に行き、そこで戦う夜人が使うのを見た…、その矢もその時に見たモノと同じ…、なら、止めた所でその脅威は消え失せない。
鬼が矢を受け止めた直後、矢に血管が浮き出るように、赤い線が走る。
ドカンッ!
瞬間的にその巨体全体を襲う爆発…、車が爆発した時以上の爆炎が、鬼を襲った。
巨体は軽く吹き飛ばされ、体勢を立て直す間もなく、一射…二射…と間髪入れずに襲い掛かる。
ウチは若干の安堵と共に、ため息を吐きながら、矢が飛んできた方向を見た。
建物の屋根の上、お面をした者…夜人の姿がそこにはあった。
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