第二十五章…「その白い世界に迷い込む者達は…。」
目を覚ます。
視界はほぼほぼ白だ。
白紙の紙に描かれた背景を直に見ている感じ…。
私は仰向けに寝ていた自分の体を起こす。
頭がクラクラするというか、どこか怠さを覚えるけど、意識ははっきりとしていて、瞼は軽く、ちょっとやそっとじゃ閉じる事はなさそうだ。
周りは間仕切りカーテンで、様子を正確に伺う事ができそうにない。
それでも、この場の雰囲気に心当たりはある…、そこで知らない…という程、記憶障害などは起きていない…、だからこそ私は、そんな事…あり得ない…と自分に言い聞かせた
『フェリさん、大丈夫ですか?』
---[01]---
自分が寝ていたのは、ベッドの上、状況を確認しようと、ベッドから足を出した所で、周囲を覆っていた仕切り用のカーテンが退かされて、フィアが顔を覗かせた。
「ええ…」
自身の額へ手を当てて、より一層自身の状態へと意識を向ける。
それでも、出てくる答えは変わらなかった。
「フィー…、状況は? ここ…何処?」
「ここは…」
フィアは一瞬だけ複雑そうな表情を見せる…、いや、アレは混乱…も混じっているし、状況を飲み込めていない…そんな顔だと思う。
「見間違いでなければ、悪魔界です」
「・・・そう」
頭の中で否定しつつも出ていた答えと、フィアの回答が一致する。
---[02]---
どこか…という疑問が解消され、次に私を襲う疑問は何故?…であり、それはどこか…という疑問よりも強い不安という雨を降らす。
人間界から悪魔界へ、そこへ至るための手段を…行動を取った記憶が、一切私には無かった。
前に悪魔界へ来た時、フィアはそんな顔をしていなかったろう。
何故、そんな顔をする…。
「・・・」
いや、その答えは既に出ているはずだ。
その疑問自体、きっと私が感じているモノと一緒なはずだから。
ここが悪魔界なら、行動は1つ、夜人の人達がどこかしらにいるはずだから、その人達と合流するのが、行動としては妥当だろう。
---[03]---
しかし、意識が覚醒した事で、記憶も順に覚醒していき、こんな状況になる直前…、自身が意識を失う直前の記憶がフラッシュバックしていく。
「十夜…。フィー、十夜を見なかった?」
「…十夜さん…ですか? いえ、あの場には、フェリさんと、あとは義弘さんだけ…です」
「義弘? あの子は無事なの!?」
突然現れた男に気絶させられた所までは覚えている…。
外的要因で意識を害されたからこそ、少年の事が気になった。
私は、フィアの肩を掴み、焦りの籠った声を上げる。
「だ、大丈夫ですっ。落ち着いてくださいフェリさん。隣で寝ていますので、お静かにお願いしますっ」
「そ…そう…」
---[04]---
焦りに不安、それらに駆られて逸る気持ちを、何とか押さえ込みながら、私はフィアが指した方のベッドの間仕切りカーテンを退ける。
そこには、静かに眠る義弘の姿が確かにあった。
不安が完全に無くなった訳ではないけれど、その姿に幾ばくかの余裕を持つ事ができる。
「・・・」
そして、周りの状況を確認する余裕もまた…必然的に持つ事ができ、この場に似つかわしくない状況に、再び頭が追い付かず、若干の混乱が生まれた。
自分がいた場所は、大学の保健室、悪魔界の…というオマケ付きだが、私やフィア…義弘は関係者である以上、いた所で問題はあっても不思議はない。
でも、その場にいる他の者達はその範疇ではないだろう。
そこには十数人の人達がいた。
---[05]---
夜人ではなく天人界の人間でもない人達、人間界の何も知らない人たちだ。
人間界と悪魔界、双方の事を考えれば、ある意味お隣同士で、無関係とは言い難いのだけど、そこを追求した所で意味は無い。
パッと見、彼らにケガなどの様子は見られない…、その点においては一安心といった所だろう。
『君、目が覚めたんだね』
そんな人たちの中で、一際年配な眼鏡をかけた男性が、私の方へと歩み寄る。
そんな彼にはどこか見覚えがあった。
「ええ。大丈夫」
「それは良かった。私はこの学校で教鞭を取っている…」
ああ、見覚えがあるはずだ…、講師の人か…。
といっても、俺はこの人の講義を受けていないから、校内ですれ違う程度、見覚えはあっても知らないのは無理もない。
---[06]---
まだ何かべちゃべちゃ自己紹介なのか何なのか、話し続けてるけど、興味のない内容だ。
「君は、学校がこんなになってしまった原因を、何か知らないかい?」
こんなに…とは、人間界と悪魔界の差異…の事だろうけど、彼からしてみれば、ココは等しく人間界だろうけど。
世界がどうのこうのと説明してもしょうがない、混乱が混乱を生むだけだ。
「ごめんなさい。私もこうなった原因を知らないわ」
嘘は言っていない…、事実、私が何故…彼らが何故…悪魔界にいるのかは知らないのだ。
「フィー、ちょっといい?」
「は、はい」
---[07]---
今はとにかく、状況の把握と、これからについて話がしたい…、この中で話が通じるのはフィアだけだろう。
部屋の隅に俺の姿も確認できたけど、話に参加させた所で、知識としては何か変わる訳でもない…、三人集まれば…なんとやら…と行きたい気持ちはあるけど、フィアがいるとなると余計に混乱する…、特に私が。
だから今はフィアだけにしてもらいたい。
私は、フィアを連れて、保健室の外へと出て行く。
一応、状況を少しでも飲み込めているであろう俺に対して目配せを送る。
『ち、ちょっと君達、何が起きているのかわからない時に、勝手な事はやめないか!』
講師が、外へ出ようとする私達に声を上げる…、年長者として、場を混乱させず保とうとしてくれる事はイイ事だろう…、でも今は余計なお世話だ。
---[08]---
できる限り、穏便に事を済ませようとした時、その講師を別の女性が止めた。
見覚えはない…、校内にいた別の誰か…だろう。
その女性の、私を見る目は、何故か怯えていた。
「どういう状況なのか、わかっている事はあるかしら?」
「いえ、何故悪魔界にいるのか等は全然。廊下の方で大きな音がしたので、夏喜さんと向かった所、気づいたら悪魔界に。フェリさんの方こそ、何があったのですか?」
「こっちも何が何だか…、急に襲われて、あの様よ。それで、襲ってきた相手のせいで、十夜の行方も分からなくなったわ」
期待としては薄かったし、案の定、フィアから返ってくる情報は薄いモノだった。
そして、十夜が行方知れずという事に、私の胸の中の不安はどんどん大きくなっていく。
---[09]---
「十夜さんが…。なぜ、あの子を?」
「さあね」
わからない…、私にとっては、十夜はただの小さな男の子でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。
何か理由があるのか…と頭を巡らせる中で出てくるのは、初めて十夜と義弘に会った時の光景…、子供の喧嘩…いじめ…、問題である事に変わりはないけど、かといって珍しい事でもないモノだ。
私の知っているあの子達の問題はその程度、何か特別な存在なのかどうなのか、まったく情報なんてない。
「十夜の事はすごく心配だけど、今のままじゃ、私達も動きづらいわね」
ここは悪魔界…、人間界程平和な世界ではなく、命の危険が伴う場所、私やフィアだけならいざ知らず、一般人が混ざってしまっていては、勝手な行動をしたらその人達が危ない…。
---[10]---
知らない人だし、どうなろうと知った事ではないけど、見殺しにしては目覚めが悪いし、力がある者として責任もある…いやほんと後味が悪すぎるから…が正直な所だ。
「まずは夜人の人達と合流した方がいい。一般人の悪魔界での保護なんて、私達は知らない訳だし」
「そうですね。では、まずは久遠寺家を目指す…という事でいいですね」
「そうね。道中で夜人と会えればいいけど、もし会えなかったとしても、あそこまで行けば夜人がいるはず」
「あとは、皆さんにどう説明するか…という事ですが…」
フィアは顎に手を当て、首を傾げる。
確かに、事情を知っている私達は、次の行動が見えているけど、何もわからない人たちからすれば、動く事は不安でしかない…、恐怖を助長して、混乱させる可能性もある。
---[11]---
お互いに頭を捻る中、ソレは私の視界に入った。
「ちょっとまずいかもしれないわね」
「・・・?」
私の言葉に眉をひそめるフィア、こちらの視線を辿り、同じモノを見る。
壁に体を預け、苦痛に顔を歪めながら、こちらに向かって歩いてくる男性の姿がそこにはあった。
要救助者…という奴だろう。
『た…たすけ…て…』
手から流れ落ちる鮮血、そんな男性を追うように迫る赤い眼を持つ者…。
この前、悪魔界に入った時に見た悪魔の武者…とは違う…、見た目だけで言えば、人間界で一般的な見た目…服装、だからこそなのか、その赤い眼が、より強調されて見える。
---[12]---
状況の変化が、まさにテンプレだ。
こんな状況だし、悪魔に追われる一般人が出てきた所で驚きはしないけど、嫌な感じ…。
「フィー」
「はい」
その手に持たれた包丁…、身近な道具だからこそ、それで傷ついた時の痛みが鮮明に脳裏に蘇る。
自分が怪我をした訳じゃないけど、その流れる血を見るだけで、反射的に痛みを感じてしまうというモノだ。
男性に向かって振り下ろされる包丁を、私が右手でそれを掴み止め、フィアが男性を悪魔から放すように自身の方へと引き寄せる。
ガリガリと包丁が、自分の手に刃を立てる音が聞こえ、この程度では怪我をしない安心感と共に、耳に響くその音は、音だけでも怖さを感じさせた。
---[13]---
悪魔の姿は、スーツを着た初老の男性だ。
目の事だけを除けば、その見た目は普通の人と変わらない。
だからなのか、申し訳ない気持ちも胸に抱きながら、その懐へと拳を入れる。
ドン…と、人を殴った時と全く同じ感触を左手に感じながら、殴られた衝撃で宙に浮いたその体を、思い切り蹴り飛ばす。
「見た目が一般人過ぎて気持ち悪い…」
出てくるなら、その姿を皆武者姿になってくれと、悪魔に通達したい所だ。
「フェリさん、悪魔は完全な魔力体です。それは持っているモノも同じ…。包丁は…どうかと思いますが、それに自身の魔力を注げば、悪魔が消えてもしばらくは消えずに残ります」
フィアの言う通り、包丁は確かにどうかと思うけど、それが槍だったり刀だったりすれば、戦う点において有用だな。
---[14]---
自身の右手に残った包丁、それが形を崩し始めている中で、ほんの少しだけ、自身の魔力を注ぐ、するとすぐに効果は表れ、形が崩れた部分が元に戻る事は無かったけど、その崩壊は止まった。
疑似武器を作るパロトーネみたいなモノかな?
「魔力って、すごい」
『なんですか!? 今の音はッ!?』
悪魔の体は灰となって、完全に形を無くした頃、保健室の扉が開かれ、講師が姿を見せる。
最悪だ。
フィアは怪我を負った男性を介抱し、その隣にいるのは、血の付いた包丁を持った私、これではまるで、その男性を襲ったのが私みたいじゃないか。
「君…なんて事を…」
「誤解なんだが…」
---[15]---
講師の気持ちもわかるけど、面倒だな。
せめて悪魔が消える前に来てくれたら、説明のしようもあったけど、それは後の祭りだ。
講師は私の事を睨みつけて、その視線を離さない。
私は、自分は危害を加える存在じゃない…と、少しでもわかってもらうために、手に持った包丁を足元に置き、両手を上へと上げながら、数歩後ろへと下がる。
ある程度距離を取った所で、講師は男性へと近づいて、肩を貸して立たせた。
「君、さっき廊下で喧嘩沙汰を起こしたそうだね?」
「・・・」
まぁ、事実だけど…。
周りの視線なんて、気にしてられなかったし…。
「状況はわからないが、その現場を見ていた子もいる。皆不安がっているんだ。保健室には入って来ないでくれ」
---[16]---
決断…というか、そういう事を言える人間はそうそういないな。
言いたい事もわかるが…。
状況に動揺せず、飲み込んで行ける場慣れしてきた自分を褒め、保健室へ戻っていく講師の後姿を一瞥してから、フィアへと視線を向ける。
「どうしましょう…?」
不安を抱えながら、講師に聞こえないように小声でフィアは切り出す。
どうしようもないだろう。
怪我をした男性が、事の顛末を話すだけで、殺人未遂みたいな疑いは晴れるけど、こんなファンタジーみたいな漂流状態、ほんの小さな恐怖だって、大樹に育つ。
なんで私がそんな事わかるんだか知らないけど、私自身、そうなる事が怖いのかも…。
「無実を説明すればあの場に残る事は出来るでしょ。それでも、こっちの話を聞いてくれるかは全くわからないけど」
---[17]---
講師が戻っていった保健室の扉を一瞥する。
「二手に分れようか」
「二手…ですか?」
「うん。夜人に救援を求めに行く人と、ここであの人達を守る人の二手」
「では、私が助けを呼びに…と言いたいですが、中の人のフェリさんへの反応を見ると、残っても良い効果は見えそうにないですね」
「まぁ、見た目もこんなだしね」
コスプレ…という事で通してはいるけど、あの輪での異物感は否定できない…。
「勝手は全然違うだろうけど、医学知識のあるフィーが残った方がいいと思う」
「可能であれば、フェリさんには無茶をしてほしくないのですが…、体調の面もありますし…、でも、そうも言っていられませんね」
状況を整理していく中で、フィア自身も結論を出していく。
---[18]---
結局、助けを呼ぶのが私、この場に残るのはフィアで落ち着くが、依然として、彼女の不安顔は消えなかった。
フィアも一応は兵士ではあるけど、基本的にサポートを受け持つ補助、前線を張る人間ではない…、不安も人一倍大きいだろう。
悪魔が襲ってこない事が一番だけど、今さっきの事があるし、絶対に大丈夫…なんて事は、この悪魔界にいる間は無理な話だ。
「じゃあ、後は護身用の得物でもあればな~」
調理室にある包丁とかそういうのではなく、もっとちゃんとしたモノ…。
こんな事なら、ゾンビ映画を持った多岐にわたってみておけばよかったか?
そう考えると、この状況は、まさにゾンビ映画のソレ…を彷彿とさせる…事は創作物の中身並みに深刻だから笑えないけど。
そもそも人間界に、戦い様の道具なんて普通無い…、殺傷能力が十分あって戦闘向きの道具なら尚更だ。
---[19]---
「悪魔の力…強さは、人間界の人間と比べてどのくらいかしら?」
「・・・基準が夜人の皆様ですし、正直比較する程の情報が無いので、はっきりとした事は言えませんね。天人程の差は無いのはわかりますが」
「そうよね…」
こちらは俺としての情報はあれど、戦う…という点では、私からの視点になる。
対して強くはないけど、人間程弱くもない…といった所だろう…、それも、あくまでその辺の雑兵程度の悪魔が相手なら…だ。
天人界の方で戦った悪魔や鬼なんて出てきた日には、人間にはどうしようもない。
「なんにせよ…ね。準備するに越した事は無いはず」
なら、その辺の状況を加味すれば、苦肉…というか、真っ当に使い物になりそうなものは、あの辺だ。
---[20]---
「じゃあ、フィーはもう中へ戻っていて。私は行くわ」
「フェリさんは、大丈夫…ですか?」
「大丈夫よ。伊達に、イクに鍛えられていないわ」
「・・・はい」
やはり、彼女の不安の籠った表情が崩れる事はない…、彼女が一体、どんな返答を求めているかも、私にはわからない。
そんな彼女の、保健室へと戻る後ろ姿は、いつもより小さくなっているように見えた。
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