第二十四話…「炎の化身。」


 ゴンッゴンッ!と悪魔界に響き渡る轟音。

 武器同士のぶつかり合いで、今までに聞いた事のない音がこだまする。

 お互いがお互いの攻撃を防げば、その度に踏ん張った足元の地面が割れ、砂ぼこりが舞い上がり、回数を重ねる度に、鬱陶しい程に視界を阻んだ、

 そんな砂ぼこりをかき分けて、鬼は獲物を振り下ろす。

「…ッ!?」

 ウチは、手に魔力を集中させ、徹底的に硬めてから、その刃を受け止めた。

 ガアァーーンッ!という音が空気を震わせ、攻撃の衝撃で、力負けするかのように、肘は曲がり、膝も曲がり、体は後ろへ押されながらも、攻撃を受け止め切る。

 お返しとばかりに、今度はウチが得物を相手の横腹へと叩き込む。

 その瞬間、得物と相手の横腹、その接触面に火花が散ると、その刹那、爆炎と共に強い衝撃が襲い来る。


---[01]---


 鬼はその爆発によって吹き飛び、こっちの攻撃から免れ、ウチは、自分の前に突如として現れた氷壁に寄って、爆炎に焼かれずに済んだ。

『相手はその辺の雑魚とは違う。生半可に行くと、怪我だけじゃすまないよ~』

「わかってるッ!」

 氷壁を作りだしたのはエルン…、アイツは周囲の悪魔を蹴散らしながら、こっちの援護をした。

 いつものいたずらをする子供のような顔じゃなく、少し焦りを含んだ真剣な顔だ。

 今なお降り注ぐ光る粒子に、胸騒ぎを覚える。

 エルンの顔は、その胸騒ぎをよりかき乱した。

 そんな戦場には不要の産物を、目を見開き、鬼を視界に捉え、戦闘本能を奮い立たせて紛らわす。

 お互いに相手の命を刈り取ろうと、得物を握る手に力を入れた。


---[02]---


 武器同士のぶつかり合いで起きた衝撃が空気を震わせ、その衝撃を一身に受ける得物を持った右手は、ジンジンと徐々に痛みを増していく。

 筋力の…力の差は…、鬼とウチ…五分五分…いや、相手の方が一枚上手、身軽さ…柔軟性の方で、何とかその差を埋めている状態だ。

 鬼は、さっきの爆発の影響が皆無なようで、ぶつかり合いに力の弱体化は一切感じず、自分で作り出した炎に焼かれるような、そんなひょろい体はしていないらしい。

 その攻撃はより一層の強まった力を感じた。

 咄嗟に防御の大勢に入り、鬼の一振りを受けるが、無理だ。

 力負けする…負ける…そんな不安…、いや、恐怖にも近いその圧に、ウチは圧されてしまった。

 攻撃を防いだ得物、いつもなら片手だけで操る相棒へ、右手が伸びる。

「…クッ!」


---[03]---


 踏ん張りきれずに体は後ろへと叩き飛ばされ、何度か体を打ちながら転がり、槍斧の刃を地面に打ち付けて、無理矢理に体を止めた。

 純粋に力で押し負ける…ブループみたいな化け物ならまだしも、人の姿に近いヤツに負かされるのは、少し癇に障る。

「上等だッ!」

 見た目も化け物だったら、土俵が違うから、負けてムカついても、自分の中で消化できる…、でも相手が人の姿に近いなら、例えソレが化け物であっても、負けたくない…負けられないッ。

 迫りくる鬼に向かって、地面を削る様に得物を振り上げる。

 砂ぼこり舞い上がる一帯、相手の視界を奪い、その隙にウチは高々と跳び上がり、鬼が砂ぼこりを払い飛ばした事で、その姿を視界に捉えた。

 一番高い所まで来た所で、浮遊感と共に体が落ちていく…。


---[04]---


 体を捻って…捻って…、横に体を回転させながら、槍斧が出せる攻撃の威力を増させる。

 鬼がこっちの場所に気付いた時にはもう遅い…、その防御だって間に合わない。

 威力だけを重視して、力任せに振るわれる槍斧は、攻撃を防いだ相手の武器もろとも、その巨体を地面へと叩きつけた。

 ドゴンッ!と轟音と共に、地面を抉り、砂ぼこりの柱が天高く舞い上がる。

 手応えはあった…あったが、ウチは距離を取る様に後ろへと飛んだ。

 戦闘状態が続いている時の…、ピリピリとした空気がまだ収まらない。

 周りには雑魚が未だうじゃうじゃとしているけど、あの程度の連中ではこの空気は作れない…、確証はない…、それでもカンというか本能というか、とにかく体の緊張は一切解ける事はなかった。

「・・・」


---[05]---


 ウチの槍斧の刃は、相手の体を直接斬る事は無かったけど、叩きつけた時に、相手の得物ごと、その右肩を叩き潰した感覚はあった。

 骨が砕ける感触も、グチャッとした肉の潰れる感触も…、どちらも刃越しに感じたモノだ。

 にもかかわらず、槍斧の刃には、一切血がついていない。

 ウチが叩き潰したのは、本当に敵の体だったのか、不安も感じ始めた。

 ガラガラと、抉れた地面に落ちて行く石ころの音が不気味に響く。

「チッ…。頑丈な奴だ」

 相手は間違いなく強者…強い…、生半可な戦いだけで倒せる相手とは思っていないけど、倒せていないという現実は、ウチに焦りを与えた。

 砂ぼこりが完全に収まらない中で、その影は動き、そして普通に立ち上がる。

 右肩がぐしゃりと歪み、その先がだらんと揺れて、その状態がもし自分に起こっている事なら、痛みで一歩動くどころか、微動だにしない選択肢しかとれないような、そんな大怪我。


---[06]---


 鬼の肩は確実に粉砕されている…、にもかかわらず動くその姿に、背中を冷たい汗が流れた。

 まだ戦いは続く。

 鬼の体が瞬く間にして炎に包まれ、羽織っていたモノを消し去って、その上半身の赤い肌を露出する。

 特に、粉砕した右肩付近の炎が一番強く燃え盛った。

 右肩以外の炎が収まる頃には、まるで浮かび上がる様に、鬼の骨が肉と皮を通り超して赤白く見える…、体からは大量の蒸気が溢れ出し、開けた口からはとめどなく炎が溢れ出る。

「…ッ!?」

 そして、ウチが一番驚いたのは、右肩だ。

 最後まで燃え続けていた右肩、それが消える少し前には、まるでこちらの攻撃など無かったかのように、腕を上下に動かして、鬼はその感触を確かめていた。


---[07]---


 尋常じゃない回復だ。

 ウチらだって、魔力が無尽蔵にあっても、ああはならない。

 あくまで治癒能力を魔力で促進?だったかをさせるだけ、それ相応のケガなら当然だが痕だって残る。

 鬼の肩はそんな痕は確認できない。

 相手の武器越しとはいっても、燃え始めた時は、肉が裂けているのも見えた…、それは傷痕が綺麗さっぱり消えるようなモノではなく、痕が絶対に残る程度のモノだった。

 これじゃ、まるで傷が無かった事にでもなったみたいだ…、そうじゃないのなら悪魔特有の回復手段でもあるのか?

 なんにせよ、戦いはまだ続いてる。

 今まではまだ変に感じる所はあっても、人として見れるギリギリだった…、でも今の鬼の姿は、それを一変させて、内に大量の炎を溜め込んだ怪物みたいな状態だ。


---[08]---


「見てるだけで、こっちまで暑くなる奴だな」

 実際暑いんだけど…、あいつがあの状態になってから、周りの気温が少し上がった気がする。

 鬼が足元に落ちた自身の得物を拾った時、その刃が体と同じように炎を纏う。

「…くる…」

 迫りくる闘気と熱気、燃え盛る火の中にいるような暑さが襲い掛かる。

 鬼はこちらに飛び込んできて…、それを避ければ、振り下ろされた敵の得物は、ウチがさっきまでいた場所に爆炎を広げ、真っ黒に…。

 さっきまでと違うのはその見た目に攻撃…だけじゃないらしい。

 爆炎消えぬ中、息つく暇もなく、目の前には鬼の巨体が迫る。

「はやッ!?」

 振るわれる攻撃を防げば、その端から接触面が爆発し、炎が、肌を…髪を…服を…装備を焼いた。


---[09]---


 自身の魔力性質の「土」の力まで使って、その防御面を補わなかったら、死ななくても、あちこち燃やされて戦いどころじゃなかったはずだ。

 でも、そうはならなかった…、まだウチは戦える。

 相手が速くなったなら、こっちも速く動けばいい、爆発しまくるなら、どうにかするだけだ。

 槍斧の持ち方をいつもより、長く…。

 迫る鬼、迫る斧、防御でも攻撃でも、いつもより速く…、動けッ!

 少しでも相手との距離を開け、その攻撃へと得物をぶつける。

 いつも槍斧の真ん中を持っているのを、今は石突き付近、攻撃範囲が伸びて、必然的に相手との距離も取れ、武器同士の接触による爆発にも、余裕が産まれた。

 爆炎は、威力こそそれなりだが、範囲としては大きくない。


---[10]---


「どうってことないッ!」

 さっきまでとは違う…、攻撃を受ければ必然的に体は後ろへと飛ばされる。

 だが、痛くない…、暑くないッ!

 相手のその姿は、炎の化身だ。

 鬼…てのは、ウチからしたら何なのかはさっぱりわからないから、炎の化身の方がしっくりくる。

 お互いにぶつかり合えばその度に地面は焦げ…、戦いの熱が増していく。

 横に振るわれた斧を、のけ反る様にしゃがんで避け、今度こそその横腹にこっちの槍斧をぶつける。

 再び火花が、その接触面に散るのが見ても、もう関係ない。

 その衝撃で得物が跳ね返されるのなら、それに負けないぐらい力を入れる…、衝撃で相手の体が離れるなら、こっちの刃が届くように全力で得物振るだけだッ!


---[11]---


 いつも以上に踏ん張り、地面に足がめり込まんばかりに力を入れて、ウチは得物を振り切る。

 再び、爆発と共に敵の体が吹き飛んでいく。

 炎の皮膚を焼く痛みを感じながら、さっきとは違う手の感触を、今度は確かに感じた。

 立ち上がる相手の横腹には、抉る様に裂けた傷痕が残るけど、そこから溢れ出る炎がその傷口を塞いでいく。

 その光景は、まるで炎そのものが、無くなった体の肉になっていってるみたいだ。

 炎の化身らしく、体も炎でできている…とか?

 なんにせよ、戦うだけ…、相手が悪魔だというのなら、その体はウチらとは違う、純粋な魔力体、この魔力に満ちた悪魔界であっても、その体の中にある魔力を吐かせれば、それだけ力も弱っていくはずだ…、だけど、弱るのを待てるだけ力が有り余っているなら、相手が弱るのを待つ…なんてひょろい事を考えてないで…。


---[12]---


「相手を潰せッ」

 敵と話をする事が目的なんじゃない。

 相手を動けなくなるまで痛めつけて、最後にその首を取るっていうなら、最初から弱らせる事なんて考えずに叩き潰せって話だ。

 自分はまだ戦える…なんて、自分自身に言い聞かせるように、槍斧をクルクルと手で回転させながら、余裕を表して、ウチは敵に向かって突っ込んでいった。

 そもそもこの化身野郎には、まだまだ返さなきゃいけないモノが多い。

「フェリを痛めつけた礼も、ちゃんと返さないとなッ!」

 ウチが振り下ろす槍斧を、相手は斧で防ぐ…、しかし、その瞬間爆炎は起きず、続けて攻撃を繰り出すも避けられ、振るわれた斧を防いだが、その時にも、爆炎は起きなかった。

 ウチがわかっている相手の、今とさっきとの違いは、横腹の傷の有無。


---[13]---


 傷から溢れる炎は未だ衰えず、ソコが勝機と見た。

 敵が防がれた斧を引っ込めようとするその刹那、槍斧の石突きを相手の腹へと突き刺す。

 石突き付近を持っていたせいか、重心がズレるというか、確固たる一撃にはなっていない…、ならッ…と左手でも槍斧を持って、思い切り押し込んだ。

「硬ッ!」

 腹筋というより、もはや岩だ。

 魔力による肉体強化の極限とでも言える…、その硬さに嫌気がさす。

 後ろへと滑るように押しのけられる化身…、それに追い打ちを掛けるように、ウチはさらに相手の下へと突っ込んでいった。

 自分を近づかせまいと、振るわれる斧を、最大限に強化した左腕で弾き返す。

 ズキッと痛む左腕、許容範囲を超えた敵の攻撃に甲殻にヒビでも入ったか?…、それとも先日襲ってきた正体のわからない黒ずくめの悪魔との戦闘でやらかした痛みがぶり返したか…。


---[14]---


 原因はわからないけど、体は節々の異常を来し始めている気がする。

 それでも、やらなけりゃいけない…、のけ反る巨体…今度はその胸へ、槍斧の穂先を突き出す。

 石突きの方とは違う…、今度は深々と刺さった穂先に、相手の体重が乗った。

 その体を槍斧越しに持ち上げ、振り投げる。

 完全に相手の体勢が崩れた…。

 いけるッ。

 高々と相手の真上に来るように跳び上がり、槍斧を振り下ろした。

「…ッ!?」

 当たればその体を真っ二つにする一撃…、でも、瞬く間にウチの体は弾き飛ばされ、視界から化身が遠のいて行った。

 同時に、視界に映る黒ずくめの相手、その手には黒い剣と…、子供?


---[15]---


 空中で体勢を整えて、転ばない様に着地する。

 再び、相手の方を見るが、そこに映るモノは見間違いじゃなかった。

「とおや?」

 黒ずくめの奴に抱えられ、微動だにしない男子…、その子供の姿にも見覚えがある。

「その子をどうするつもりだッ!」

 それが見間違いだったとしても、この場で、子供を抱えた悪魔が出てくるのは、どうかしてるだろ。

 優先するモノが変わった。

 どうかした状況で、何かをしようとしているからこその子供…、その理由が何なのかはわからないが、これ以上問題を悪化させて堪るか。

 ウチは悪魔に向かって突っ込む…、でも、その間に割り込むように、真っ黒な悪魔と瓜二つな悪魔が姿を現し、邪魔をするように拳を振り出した。


---[16]---


 唐突な出現に避ける事も出来ず、防御する事になって、さらに悪魔との距離が遠のく。

 そうこうしている内に、化身も再び立ち上がり、こっちに突っ込んでくる。

「クソッ! 邪魔・・・」

 化身を迎え撃とうとした時、ぐわんぐわんと地面が揺れるような感覚に襲われた。

 気持ち悪さが体を襲い、視界も歪んだ。

 それは、人間界から悪魔界に入る時…その逆もしかりな時に起こる体の異常…、天人界から人間界に来る時にも似た感覚を味わった気がする。

 周囲に舞い落ちていた粒子が、より一層大きな光を放ったかのように見えた時には、視界に映る光景は同じでも、その白黒の世界は色づいて。雑音入り乱れ始めた。


 唐突な不調に、体が固まっている時を容赦なく攻められ、ウチは顔を掴まれ、地面から足は外れ、無理矢理動かされた先、化身に投げられ、大きな動く何かに体はぶつかるり、襲い来る衝撃、地面と空が交互に見えているような回る世界…、せわしなく動く視界に映る世界は、悪魔界ではなく、人間界だった。


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