第二十二章…「その俺と私が見るモノは。」


 学校で開催されている卒業生予定者たちによる制作展、フェリスを除いて、他3人は初めて見るモノばかりで興奮したのか、それなりのはしゃぎようを見せていたと思う。

 フィアは普段よりも、しゃべる時の音量が上がっていた気がするし、そもそもしゃべる量自体が増えていたようにも思う。

 子供2人に関しては、兄が楽しみ、テンションを上げた状態で、弟を連れまわす…という図になってはいたが、弟もまんざらではなく、その目はいつもより光を映しているように見えた。

 それらの結果を目にして、同時に思うモノは、フェリスという存在だ。

 3人と違って、さほど驚きと言った反応を示さなかった彼女、既に知っているから…見慣れているから…、だからこその反応の希薄さが出てきているというのなら、より一層、俺と私の存在に真実味が帯びてくる。


---[01]---


 くどいと言われようと、徹底的に確認していかなければいけない事だ。

 言葉遣いや、何かをした時の反応や返し、それらは見事に俺が私でいる時と一緒で、その様子だけ見ても、俺が私で私が俺…という構図に、疑う余地を無くしていっている。

 確認しないと…と、自分に言い聞かせ続けていても、結局ソレにだって限界がある…、それは調べられる限界ではなく、根負けする限界…、自分が自分で…そうじゃない…と言い続けられる限界だ。

『なんでそんなに思いつめたような顔してるの?』

「考え事をしていたから…」

 俺達は今、休憩がてら飲食スペースに足を延ばしている所で、そこのカフェ部分で文音が助っ人をしている。


---[02]---


 彼女は、トレイに飲み物を乗せて、どこか不機嫌そうな表情を浮かべながら、それをテーブルの上に置いて行った。

 どこから調達してきたか…、カフェスペースを意識したオシャレ感のあるウェイトレス姿、メイド服のような給仕服に似ているようで、ウェイターのような現実味のある見た目を残し、目新しさを覚えさせる服装だ。

「変わった服だな」

「これも先輩が卒業展用に作った服の1つなんだ。マネキンに着せて展示するのもいいけど、実際に着て接客してもらった方が、服の雰囲気を皆に見せられるからって着せられてるの…どう?」

「ん? あ~似合ってると思うぞ。ちょっと恥ずかしがってるのが、雰囲気を出しててイイ」

「・・・うっさいッ…」


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 文音は頬を赤らめ、さっきまで飲み物を乗せていたトレイで顔を隠す。

「なんでだよ…」

「夏喜が恥ずかしい事言うからでしょ?」

 感想を求めてきたのはそっちだろうに…、まぁ言いたい事は言ったし、こっちとしてはその罵倒も心地良いがな。

「その辺のメイドカフェよりイイと思うがな。あっちは形として出来上がり過ぎてて、俺の肌には合わなかったし」

「ば…バカじゃないの…。というか…、そういう店とか行った事ある訳?」

「友人ABに連れていかれた」

「・・・あいつらか…」

「まぁ経験だ、経験」

「楽しかった?」


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「言ったろ? 肌に合わなかった。小恥ずかしいし、お互いそんな気も無いのに、ご主人様だのメイドちゃんだの、店に入った瞬間、関係が確立されるのは違和感しかない。まぁあの2人はめっちゃ楽しんでたし、ほんと好みの問題だろうな」

「可愛い子はいなかったの? 」

「知らん。いたんじゃね~の?」

「何よ、それ」

「とにかく、俺のメイドカフェの感想より、お前の格好が似あってるって話だけで充分だろ」

「ん…むぅ~…」

 文音は、トレイで顔を隠すだけでは足りず、今度はこちらに背を向けた。

 自分で言っていてなんだが、こっちも顔の火照りを感じる…、その感情を隠すように、自分が注文した熱めのホットコーヒーを飲んだ。


---[05]---


 飲食スペースは、もとからある学校の食堂を利用している訳だが、そこからそのままテラスを通じて中庭に出る事も出来る…、学生が使うには少々もったいないようなおしゃれ空間だ。

 まぁ学生と言っても、普段から使っている人間のほとんどは大学生である以上、別に不思議ではないと思うが。

 そんな空間のテラス部分で休憩中だけど、そのテーブルには俺しかおらず、他4名は、中庭に出て遊んでいる最中だ。

「フィリアさん…だっけ? 女性が増えたと思ったら子供まで…、ちょっと夏喜の手の伸び方に、疑問を呈するよ」

「誤解を招くような言い方はやめろ。フィリアはフェリシアの知り合いで、子供も初対面だ」

「ふ~ん…」


---[06]---


「なんだよ? その疑うような目は…」

「夏喜の交友関係の広さに驚いてるだけ」

「驚いてる目じゃないだろ…。そのジト目やめれ」

 隠し事はあっても、嘘は言ってないのだから、そんな怪しむ目を向けられるいわれはない。

「それにしても…、やっぱ視線を集めるな、アイツは」

 遊んでいる4人に視線を向けてると、何回か声を掛けられ、写真を一緒に撮るフェリスが何度か目に映る。

 その姿は、我ながら恥ずかしい絵面だ。

 第三者の目線で見ているからこそ、そう感じるだけで、実際はそうでもなかったりするのだろうか?

 フェリスにとっては正装…、戦士としての格好をしているけど、周りの一般人からしたら、出来の良すぎるコスプレだしな…、目に付くのは仕方がないけど。



 視線が痛いし、恥ずかしい。


---[07]---


 どうあっても、この格好は目立つ。

 道行く人は、必ずと言っていい程にこっちを見てくるし、最悪信じられないモノを見た…と言わんばかりに二度見をしていく奴もいる始末。

 そんな中で、俺の…遊ぶ姿を見守る親のような視線が、さらに私の羞恥心を刺激し、追い打ちをかける写真撮影の要求…、写真を赤の他人にせがまれるなんて、当然だが初めての経験だ。

 体に当たる風は冷たいのに、顔は使い捨てカイロを当てた時のように熱い…、だからこそ、風の冷たさがより際立っているようにも感じる。

「そろそろ戻ろうか」

 遊びで動き回っているから、体自体は温まっているだろうけど、下手に汗でもかいたら、子供じゃ風邪を引きかねない。

「そうですね。なんだか、風も強くなってきたように感じますから」

「確かに」


---[08]---


 フィアと共に、義弘と十夜を連れて、俺の座っているテーブルへと戻る。

「おかえり」

「ええ」

 注文した料理達が出来立てであると見せびらかすように湯気を立て、俺はそのフライドポテトをフォークでつまんでいる最中だ。

「メニューが来たなら、呼んでくれてもいいのに」

「ちょうど来た所で、そっちも戻ってきそうだったから言わなかっただけだ」

「そう…」

『追加でサンドウィッチおまち~』

 私達が席に着く頃合いを伺っていたのかと思える程に、タイミングよく追加の料理を文音が持ってくる。

 それを見て、俺が…じゃ~…と全員の考えを料理へと向けつつ、手を合わせて、いただきます…と続けた。


---[09]---


 子供は慣れ親しんだ味だが、安定した美味しさに舌鼓し、フィアは初めて食べる物に頬を緩める…、かく言う私も、俺としてサンドウィッチもフライドポテトも、そのほかの料理の味を知っていても、体がソレを食すのが初めてで、食べ慣れた味にも舌が歓喜する。

 ゲームとか映画とか、好きな作品のエンディングを見た時、記憶を消してもう一度見たい…やりたい…と思う心情、それに近い感情が私を至福の世界へと連れていく。

 ただがサンドウィッチ、たかがフライドポテト、だがそれ単体で完成している料理は、それだけで最高の料理になるのだ。

「美味しい」

「すごく幸せそうな顔で食べるのね」

「ん?」

 私の顔を見て、驚いているのか呆気に取られているのか、わかりづらい表情を文音は浮かべる。


---[10]---


 私としては普通に食事をしているつもりでも、この体は実際に言われた通り、幸せを味わっている最中だからな。

「こっちの料理は美味しいから、幸福な気分にもなるわ」

「う…、そういう事を言ってくれるのは嬉しいけど、職人レベルじゃない学生レベルの料理が、逆に恥ずかしくなる…」

 まぁ、サンドウィッチはレタスにチーズ、あとハムを挟んだだけのシンプルなモノで、他に卵サンドとかジャムサンドとかがあるけど、味自体は普通だからな…、フライドポテトは言わずもがなな安定と信頼の業務用冷凍食品だし、他の料理も…似たり寄ったりだ。

 それでも、私にとっては幸せになれる美味しい味。

「美味しいのは事実よ。地元とこっちとじゃ、食生活が根本から違うし、こっちの料理も美味しいわ」


---[11]---


 普段食べてる料理は味付け無しの料理だけ…なんて、そんな事を言えるわけがないから、出来る限り濁しつつ、当たり障りのない範囲で説明を入れる。

「ん~、なるほど」

 どうなるか…不安ではあったが、文音は納得をしてくれたようだ。

 いや、むしろ、それで納得してもらえるのか…と、文音に対して心配が増える結果になった…か?

「あ、美味しいですね、コレ」

 フィアが注文したホットココアに舌鼓を打つ。

「ホント? 市販のココアなんだけど…そう言ってもらえると意識して作った甲斐があるな」

「一応喫茶店の店員だしな。その辺の素人が淹れるヤツと比べたら、だいぶイイ」

 少し照れた表情をした文音に対し、水を差すような俺の言葉…。


---[12]---


「それは褒めてるの?」

「貶す理由は一切無いだろ」

「そっか、ありがと」

「どういたしまして」

 第三者として自分の行動を見ているからこそ、気づく事があると思うんだけど、今のは無くないか…、俺よ?

 まぁ文音が気にしていないなら、別に私が意識する事なんて無いんだけど…。

 今の助っ人の仕事が終わったら、文音と俺は卒業展を見て回る約束をしていた訳だが、それはつまりデートを約束しているという訳で、その前に子供連れとはいえ女性と会っている図は、彼女からしたら面白くないのではなかろうか…?

 それもあってか、心配が絶えない。

『文音ちゃんッ。オーダーのパフェ、準備できたよッ』


---[13]---


「あ、はーいッ!」

 調理場からの声に、文音がちょっと待ってて…と一言残して去っていく。

 そう言えば、文音の仕事姿を見るのは初めてかもしれない…、普段は、仕事場には来るなとドスの聞いた声で言われてるから、行った事がなかった。

 だから、その姿は新鮮に、私の目に映る…、それはきっと俺の方も一緒だろう。

 去っていく後ろ姿、接客してる横顔…、そもそもの仕事服を着た姿…、なかなかイイ。

「フェリさん、どうかしましたか?」

「いえ、なんでも…。文音さんを見ていてね、なかなか似合う格好をしている…というか、様になってるというか、決まってて格好良いと思ったの」

「なるほど。なんとなくその気持ちは私もわかります」

「そう?」


---[14]---


「はい。食事を取るというか楽しむ事を目的としたお店は、向こうにありませんから、ソレもあって新鮮に映るから…とも言えるのですが、こういう仕事もあるのか…と勉強になりますし、身の熟しもその仕事にあった洗練さがあり、私も格好良いと思います」

「洗練された…か」

 慣れているからこその無駄のない動き…というのは、確かにある…、トレイに料理を乗せる動きも、客と話をして注文を聞く姿も、スッキリしているというか…、綺麗だ。

 どれも、普段から傍で見れるモノのはずなのに、私は…、いや俺は、その姿を新鮮に感じている。

 話し方なんかは、その人との関係で変わってくるかもしれないけど、それ以外の…モノを運ぶ仕草とかは、仕事じゃないオフの間も見る事ができるモノのはずで、それを見る機会も俺は多くあったはずだ…。


---[15]---


 新鮮に感じるのは、それを見慣れていないから…、つまりは、あまり彼女の事を見ていなかった…事になる…のか。

 一緒に生活しているはずなのに…、ソレを自覚した瞬間から、胸が締め付けられる感覚を覚えた。


 注文したモノも食べ終わり、お腹を食べ物が満たしてくれた満足感を、私達は堪能をしている。

 注文した中で、フィアは特に甘いモノ…デザート類がお好みだったようで、最終的に同じパフェを2度注文していた…、 私の身内の中で、孤児院の子供達等を除けば、一番幼く見える彼女は、年齢不相応で見た目相応なお口の趣味をしているようだ。

「フェリスさん、トイレ…に行ってきても、いいです…か?」


---[16]---


 腹も満たして、これからどうしよう…と思っている所で、義弘が私の服の裾を引っ張る。

「ん? あ~、わかったわ」

 用を足す意味でも、丁度良い頃か。

「じゃあ、私が連れていくわね。他の皆は大丈夫?」

「はい、私は大丈夫です」

「俺も」

 返事を聞きつつ、視線を巡らせて、最後に十夜の方を見た時、男児は、義弘の服を掴みながら、自分も行くと言った。



『どうなってるッ!?』

 悪魔界に怒号が飛び交う。


---[17]---


「イクシア、その辺の雑魚は夜人がやる。その赤男の動きを君が止めろッ!」

「わかってるよッ!」

 それは、まるで戦場の様相を呈し、鎧を着た悪魔どもが、その赤い眼を光らせながら、悪魔界の調査をしていたウチらへと押し寄せる。

 そのほとんどは普通の人間よりちょっと強い程度、お世辞にも強いとは言えない悪魔どもに紛れて、そいつは現れた。

 最初に襲ってきた敵の大半を倒した時、その「鬼」が姿を見せる。

 フェリスが戦っていた敵…、ウチが一瞬だけ見たその姿とも同じように見えた。

 それを皮切りに、雑魚の悪魔どもが何処からともなく現れ、場が混乱状態と化す。

 真っ先に鬼へと攻めていった夜人は、軽々と蹴鞠のように叩き飛ばされていった…、だからこそ…いや自分以外にいない。

「うらああぁぁーーッ!」

 この中で、一番自分が強い…はずだから。


---[18]---


 自身の槍斧の石突き付近を握り、斧であり槍でもある…その槍の利点を最大限に生かして、間合いを最大限に、相手との距離を保って得物を振り下ろす。

「なッ!?」

 だが…、手加減無しで放った一撃は避けられる事もなく、防ぐ事もされず、素手で受け止められた。

 こいつはヤバい…、本能的な何かがそう察知する。

 動かない…。

 素手で受け止められた得物は、岩にでもハマったかのように動かず、その一瞬の戸惑いも許すまいと、鬼が迫ると同時に得物を自分の方へと引き寄せた。

「…ッ!?」

 鬼のもう片方の手に持たれた斧が、ギラリ…と不穏な光を映す。

 得物を引き寄せられ、強く握っていた事もあって、僅かに体が敵の方へと引き寄せられる。


---[19]---


 咄嗟に得物から手を離し、体を引き寄せる勢いを減らすと、横に振るわれた斧の刃が、ウチの腹をかすめた。

 後ろへ倒れそうになる体を尻尾で支え、すぐに攻勢へ…。

 左手に握り拳を作り、相手の横腹へと打ち込む。

 ドゴォッと鈍い音が耳へと届き、鬼の体が横へと軽く叩き飛ぶが、全くもって決定打になっているようには見えない。

「かったぁ…」

 岩…とまでは言わないまでも、生身の体を殴ったとは思えない硬さだ。

 その巨体とその筋肉量…、見掛け倒しなんて理想は、はなから無かった…、見た目相応の筋肉ダルマめ…。

 直後に、こちらに向かって振るわれる自身の得物、その間合いに自分から入る様に突っ込み、左手で迫る刃を殴るように防ぎ、勢いの弱まった得物を掴んで、相手の腹を突き出すように蹴る。


---[20]---


「強いな…」

 自分の手に槍斧が戻り、戦いが振り出しに戻った所で、ポロッと…口からそんな言葉がこぼれた。

 攻めにおいての攻撃を入れたのはこちらでも、効いていなければ入らなかったのと同じ…。

「フェリがやられるのも当然か…」

 その辺の悪魔とは、力の桁が違う…、今の数回の打ち合いで、その事だけはハッキリとわかった。

 フェリスも、結果だけを見れば、負けと言っていいけど、戦い抜いた事を考えれば、十分勝っているとも言える。


---[21]---


 悪魔界に分散して警戒している夜人達、時間が経てばこちらと合流するだろう…、でも、合流したからと言って、得体の知れないこの相手とやり合えるかどうか…。

「・・・風?」

 横から迫って来た悪魔は叩き飛ばした所で…、体を撫でる少し冷たい風を感じる…。

 風を浴びるなんて、大したことではない…、普段から当たり前のように起こる事…、だが、この悪魔界においてそれはあり得ない事だ。

 当たり前過ぎて気付いてなかっただけならいいけど、聞いた話とか、ここに来るようになってからを考えたとして、風を含めて気象云々も含めたそれらを感じた事は無いし、そういうものは無い…と聞いている。

 そんな事、柄にもなく風が体に当たっただけで出てくるのは自分らしくないけど、それを異常と認識させるモノが、視界に映る…、風に舞い上げられた砂のように、風に乗って流れるキラキラと無数の何かが、光っていた。


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