第二十一章…「その息を抜く見聞を広げる場所は…。」
空は快晴…とはいかないまでも、雲はまばらで、真冬であっても、そんな空から降り注ぐ太陽の日差しが、体に当たる冬の風の寒さを和らげる。
真冬ながら賑わいを見せる学校の敷地内、卒業生の製作展示会…なんて名目はあれど、俺の目の前に広がる光景は、まさに学園祭だ。
今年度で卒業する先輩方は卒業制作と紹介でてんやわんやだが、後輩連中は暇を持て余している…、だからこその祭り騒ぎ、もちろん実際の学園祭と比べれば、規模は小さいモノだが。
製作展示会に紛れてやってくる会社関係の要人たちに、将来のために自身を売り込むために…と便乗している学生もいる…、ソレもあって学園祭程の大きさにはならないのだが、結局中高大一貫であるこの学校は、人間だけは大量に訪れる。
自分の将来を想像する中高生、大学生活を謳歌し、学業以外にばかり全力疾走する大学生、卒業展で自身の作品を来場者に宣伝しまくる卒業生…、それこそ学園祭と間違えているのか…どこぞの祭典と勘違いしているのか…コスプレ云々をやっている連中もいる…、まさにカオスだ。
---[01]---
まぁ中高生はわかる…、全力疾走も気持ちはわかるし…そういう連中が売店を出すからこそ賑わって人も来る…、卒業生は言わずもがな…、最後の連中は…誰が主役かわかっているのだろうか?
もはやただの目立ちたがりだ。
でも、この多種多様な人間が入り混じる場で、その人混みは、寒さを紛れさせる事に一役買っている事は間違いない。
それに、そういったコスプレ好き達がいるからこそ、アイツらは何かを隠すことなく来られている…とも言える…、なにも全てが全て悪い事に繋がっているという訳じゃないのは、イイ事だろう。
俺の視線の先、真冬の風に当たりながら待っていた待ち人達が姿を見せた。
俺としては見慣れているようで見慣れていない…、フェリス、フィア、義弘、十夜…の4人。
---[02]---
子供2人は普通として、フィアはこっちの世界の格好だから、別段おかしな所は無い…、そんな中で、フェリスの輪の中での浮き具合がすごい。
右腕に尻尾は特注で作った自信作と言い張る予定であり、ソレに違和感が出ない様にと、天人界の服装でココに来ているから、知り合いでの集まりで、1人だけあらぬ方向に気合が入り過ぎたコスプレ人…みたいになっている。
「ぶふッ…」
いくらコスプレする人間が居る場所とは言え、その姿はコスプレでもなんでもない、マジな姿だからこそ、はたから見て面白さが爆発していた。
思わず吹き出して、その笑った顔を見られまいと、口元を手で押さえて顔を逸らす。
『なに笑ってんだ…』
---[03]---
しかし、お互いに待ち合わせしていて、姿を確認しあえる所まで来ていた事もあり、苦し紛れの誤魔化しなど通用する訳もなく、私は頬を若干染めながら、困り切りに怒声をあげた。
いや…まぁ、そりゃあ堂々としてれば恥ずかしくない…なんてよく言われるとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
昨日から今日まで、久々に私は俺に戻って来た…、つまりは昨日、俺は私であり、その格好でココに来る事に対して、気恥ずかしさを確かに感じていた。
だからこそ、今の私の気持ちは痛い程わかるし、この瞬間、俺は私じゃなくてよかったと、本気で思う。
自分1人だけそんな格好をしている気恥ずかしさ…、そこに笑われるなんて事が追加されたら、恥ずかしさと苛立ちで頭も混乱するだろう。
「ふふ…すまんすまん…」
---[04]---
今の私は、実にイイ顔をしている。
怒りと恥ずかしさの入り混じったカオスな表情、可愛いとさえ言えるだろう。
私は俺で、俺は私、面白くて笑い続けてはいるけど、笑えば笑うだけ、それは自分を笑っているとも言えるわけで…、正直な事を言えば、まだまだ笑っていたいが、面白さの影から、段々と恥ずかしさが自分の方にも姿を見せ始めた。
「はぁ…」
だから、その自分の意思とは関係なく沸き上がる笑いを、理性で押さえ込む。
「あ~…笑った笑った…」
「たく…。いい気なもんだ」
「悪かったって」
笑ったからか、気恥ずかしさからか、俺自身も、若干の熱さを頬に感じる。
『あの…フェリさん。紹介をしてもらっても…いいですか?』
---[05]---
私の隣にいたフィアが、困惑気味に私の服を申し訳程度に引っ張ってから、こちらに視線を向ける。
俺としては初対面じゃないにしても、彼女からしたら初対面、そんな男が、知人を見て笑う…という気持ち的によろしくない事が起きて、フィアは困惑気味に首を傾げた。
「俺の名前は向寺夏喜だ。エレナとはちょっとした知り合いで、フェリシアともこの前知り合った仲だ。よろしく」
一応、家へ来た時に偽名を使っていたし、とりあえずその名前で話をしていこう。
「あ…こちらこそ、よろしくお願いします、「フィリア・マルセル」です」
偽名を使う意図をわかっているのか、そうしろと言われているのか、フィアもまた偽名を名乗る。
お互いに自己紹介をして、こっちが軽く頭を下げるのに対し、フィアは丁寧なお辞儀で返す。
---[06]---
そこまでかしこまらなくても…と思うけど、綺麗なお辞儀をされたらされたで、それができない自分が申し訳なく感じたりもする。
フィアと接する時は、当たり前だが私で、その時は身体的に何の枷も無く行動できるけど、今はそれができない…、久々に感じる劣等感だ。
どうしようもない事だが、他愛のない事ができないというのは悲しいな。
赤の他人に対してできないならいざ知らず、知り合いに対してできないというのは、その感情を少なからず増幅させる原因とも言える。
「それで…、フェリシアの後ろにいつまでも隠れてるガキ共…。どんなに良き関係も、まずは最初の挨拶から…だ」
ニッとできる限り怖がられないように笑顔を浮かべる。
その笑顔が怖い…なんて言われた日には、もうどうしようもないが、俺自身は別に怖面な人間じゃないし、問題ないだろう。
でもちょっとだけ心配だ。
---[07]---
「こ…こんにちは」
弟の手を引きながら、義弘が一歩前に出る。
緊張中…と書かれているかのような堅い表情を浮かべながらも、胸を張って俺と相対する少年の姿は、良き兄であろうとするモノ…、どこか昔の自分を彷彿とさせられて、その頑張りに勝手ながら共感しそうだ。
「お、オレは、真田義弘…です。それで、えと…あの…、こっちが弟の、十夜…です」
兄に紹介され、十夜はこちらに軽い会釈をくれる。
「初々しくていい感じだな」
兄弟2人は、そもそもこっちの世界の人間だから、本名をそのまま名乗った。
戦闘云々…激しい動きとかができない状態であるフェリス、そのためにエルンから休みを言いつけられた。
---[08]---
医者の言う事だ…、直に言われて、その目が届く範囲に私はいる訳で、そんな事は関係ない…と勝手をする訳にもいかない。
そもそも、勝手をした結果がコレなのだから、安静…は守るべきモノだ。
そして数日、ほんとにやる事もなく日々を過ごした。
右腕は未だに戻らず、絶対安静状態は解除されたけど、まだまだ訓練等の激しい運動はできずに、暇を持て余した結果が今日の卒業展示会の見学だ。
提案者は俺。
こちらの世界の事を知るのも、こっちに来た目的の1つなら、許可が下りるのも当然、エルンからは2つ返事でOKが出たし、おまけに真田兄弟も付いた。
私としては、俺として知っている場所に行くだけだから、観光…とはちょっと違う気もするけど、俺が案内をしていけば、ガイドをしているみたいで、ちょっとした観光気分を味わえると言うモノだろう。
---[09]---
私はともかく、フィアからしてみれば卒業生の展示物だって、なかなかに珍しいモノ、見るモノ全てに興味津々といった所だ。
「お~…これはなかなかですね」
俺からしたら、そんなに興味をそそられるモノであるのか…疑問なんだが。
目の前にあるのは、木の彫刻だ…、何を彫ったものなのかは…正直わからん。
卒業展示の隅っこに申し訳程度に設けられた、サークル関係の展示物だし、卒業制作と比べれば、趣味というか独創性に力を入れているのも納得がいく。
だからこそ、何が何だかわからないんだけど…。
「そんなにイイモノ?」
私ではなく、俺としてここにいるからこそなのか、感性的なモノもちょっとばかしズレているだろう。
「はい、なかなかに力の入った、思い切りの良い彫刻です。こんなに大胆な作品は、なかなかお目にかかれません」
---[10]---
「・・・へ~、そうなの」
「はい、私達の国では木材は貴重品に当たるので、芸術などに木材が使われる事はあまり無いのです。あるとすれば木彫りではなく石掘り…ですね」
木じゃなく石…か。
そもそも石と木では、入手できる個数が違うというか、石より木の方が入手しやすいように思うんだけど…、向こうって植物の成長具合が化け物並みなんだし。
「木より石の方が取れるのか? それとも石ばかり取れる場所があるの? どデカい石の塊とか…」
「え? あ~、違います違います。我々の国で使われている石は特殊なので、こちらの石とはちょっと違うのです」
「へ~…違うのか」
向こうで毎日のように踏み締めている石は、普通の意思じゃない…と、・・・確かに、こちらの石とは何か違うというか、妙に白いし、石は石でも、ちょっとした隙間もなくみっちりと整えられたコンクリート…と言われた方がしっくり来るな。
---[11]---
今更だが、そう言った指摘があって初めて、その違いに気付いた。
石に興味のない類の人間だから、初めての場所に行って、この石は…とか起きないんだし、気づかない事は別におかしくないだろうけど…。
「なので、木材よりも、石材の方が豊富…ではなく、調達がしやすいのです」
向こうの世界の事、身の回りの生活とかばかりに目が行って、深く考えてこなかったけど、木と石といい、やっぱ変わった世界…だな。
「あ、ごめんなさい。向寺さんからしたら、意味の分からない話です…よね? すいません、いつもフェリさんに話をするみたいにしてしまいました。私達の国と、こちらでは常識が全く違いますし、聞いても仕方ない…ですよね?」
「別にそんな事は…」
当然だが、すごい他人行儀だ。
私の時を知っている身だから、そんな事は無いけど、避けられてるみたいで、ちょっと傷つく。
---[12]---
『あんま細かい事を気にしなくてもいいと思うわよ?』
ただただ気まずい雰囲気が漂い始めた所で、両手で真田兄弟を連れた私が姿を見せる。
「夏喜は、両方の世界の事を知っている人間よ。だから気を使う必要はない」
「あ~…うん、そうそう、何ならフェリシアと話をする感覚で、フィーも俺と話をすればいいさ。こっちは気にする所なんて無い」
私の言葉を助け舟と言わんばかりに、俺は乗っかって話をする。
「それはよかったです。知り合ったばかりで、意味の分からない事をベラベラと喋るのは失礼かと…、ちょっと心配しました」
「まぁ、そんなだから、言葉を選ぶ必要もない。フィーはいつも通りに話をすればいいさ」
「はい、そうさせてもらいます。所で…、向寺さんは、なんでフィー…と私の愛称をご存じなのですか? 話しましたっけ?」
---[13]---
「え? あ、あ~。フェリシアと初めて会った時、こういうヤツがいるって事で聞いてたんだよ」
「なるほど、そうでしたか。では、お近づきの印…という事で、向寺さんも是非、私の事はフィーとお呼びください」
「あ…うん、そうさせてもら…イテッ…」
いつの間にか横に来ていた私に、痛覚の生きた左足を蹴られた。
いやまぁ…今のは俺の注意が足りなかったけども…、何も蹴らなくてもいいだろうに…。
フィアに俺と私の関係は話していない…、知っているのは、エルンとトフラだけだ。
隠し続ける事に負い目は感じつつも、知らなくていい事もあるだろう…と、自分の行いを心の中では正当化している。
---[14]---
そりゃあ、女同士の付き合いだってあるし、女性ならではの事情で、色々と世話にもなった…、その世話をしていた相手が、実は男です…とか、言える訳が無い…、それを話す絵を想像するだけで吐き気すら覚える。
「ん~、私だけ愛称で呼ばれるのも寂しいので、よければ、向寺さんの事も愛称で呼ばせてもらってもイイですか?」
「え? 俺の愛称?」
「はい」
俺の愛称…か、パッと出てこない…、そもそも愛称で呼ばれるキャラじゃないし…。
『お、夏吉じゃん。ユーも卒業展来てたんだな』
『おまけに美女2人と…子供…だと…。夏吉…君は、い…いつのまに2児のパピーに…』
---[15]---
愛称について、頭を捻っている所に、聞き慣れた声で、人聞きの悪い内容が口走らされる。
俺の身近で、唯一俺の事を愛称で呼ぶ連中の登場だ…、できる事なら遭遇したくなかったが…
タイミングが悪すぎる。
「そういうお前達は、友人AとBじゃないか。人聞きが悪い事を言うのも大概にしろよ。ただでさえ目立つ面子なんだから…」
「どうも友人Aだ」
「どうも~、友人Bです、美人さん達」
こっちの気持ちを知ってか知らずか、妙にテンションの高い2人は、俺の横をすり抜けて、フェリスとフィアの下へ…。
「どうも、この間ぶりです、フェリシアさん」
「初めまして、名前を知らない美人さんッ」
---[16]---
欲望丸出しだな。
「向寺さんは、なつきち…と呼ばれているのですか?」
「あだ名の事? そうそう俺はたまに言うぐらいだけど、俺らの中じゃ、こいつのあだ名はソレだ。な?」
「うん、そうだね。語呂がイイから、なんか言っちゃうんだよね」
「・・・」
これ、よくない流れだ。
別に構わない…と思う所はあるものの、フィアに夏吉…なんて呼ばれるのは嫌だ、生理的に無理。
「その話は今はやめてとこうや。それよりも、お前らのその頭にあるのは何だ?」
俺は、話をそらせるために、友人達が頭に付けているモノ、パッと目に映ったモノについて聞く。
「お? これか?」
---[17]---
「夏吉たちが見てた彫刻作品を作ったサークルで販売してる木のお面だよ」
「へ~。木のお面…」
確かに、よく祭とかで見るのとは違うな、厚みもあって、質感も…。
「それで、お前のソレは…豚か?」
特徴的な鼻に牙…、全体的に丸みを帯びたそのデザインは、まさに豚だろう。
「猪だ、ボケ。こんないかつい顔した豚が居てたまるかよ。ミニブタの愛くるしさを知らんのか、お前は」
「ちなみに僕のは狸だよ」
「ああ、そっちはわかる。昔の合戦する狸のアニメの顔まんまだし」
「まんまとは言わないけど、影響は少なからず受けてるデザインだよな」
「だよね~、だから買ったんだけど」
「売ってるのか?」
「ああ」
---[18]---
「サークルのメンバーに、お面作りが趣味な人がいるらしくてね」
「ほ~」
それはイイ事を聞いたかもしれない。
「さて、俺らはそろそろ行くか」
「そうだね」
「もう行くのか? お前らの事だから、フェリシアとかを理由について来るかと思ったんだが…」
「ストーカーみたいな言い方すんなっての」
「できる事ならそうしたいけど、これでも忙しい身でさ。サークルの方の手伝いしいと」
「そうか」
「んじゃな」
「よかったら寄ってよ。またね」
---[19]---
「お、おお、またな」
相変わらず騒々しい奴らだな…、つか、アイツらサークルとか入ってたんだな、知らなかった。
まぁそれはいい、何はともあれ…だ。
俺は去っていく友人を尻目に、フィア達の方へと向き直る。
「うるさい連中でごめんな」
「いえいえ、夏吉さんの友人さん達、にぎやかで面白い人達でした」
「・・・」
「どうかしました?」
「そのあだ名はダメ」
「駄目…ですか」
残念そうな顔をするな。
「これからどうする?」
---[20]---
私は、意味も無く十夜を肩車しながら、手持ち無沙汰を表すかのように、俺の方を覗き込む。
「決めてねぇよ。そもそも行き当たりばったりな案内なんだから、目に付いたモノに飛び込むだけだ」
「誰も行き先を知らない旅…というやつですね」
「そうそう、わかったか、フェリシア?」
「なんで私が悪者みたいな言い方されなきゃいけないのよ…」
「まぁとりあえずは、友人連中がお面買ったって所でも見ようか。さっき彫刻に興味津々だったなら、イイ土産にもなるだろ?」
「はい。私、すごく興味があります」
「だとさ。フィーはこう言ってるけど、フェリシアはどうする?」
「どうするも何も、拒否する理由は無いでしょ」
「そらそうだ」
部屋の中は、木々の臭いが充満し、掃除をした様子はあるものの、所々に木粉が山を作っている。
---[21]---
私は肩に乗せていた十夜を下ろし、商品なのか、並べられたお面達に目を通していった。
犬、猫、狐、カラスとか、一般客に需要があるのか疑問な能面とか…、ひょっとこや般若とか他諸々、レパートリーはなかなかに多い印象だ。
『重過ぎず、かといって軽さを重視した強度の低下も最小限ですね、イイです』
なんか、彼女の新しい一面を目にしているように思う…、少なくとも、あそこまで興味を持って物事に当たるフィアの姿は、今までに見た事がない。
『彫るだけでなく、形を取ってからの丁寧な塗り作業もなかなかです。こちらの動物はよく知りませんが、その特徴をしっかりと捉えられているのでしょう』
それにしても、その目の輝かせ方は、玩具を前にした子供並みにキラキラして、いつもの彼女とは一線を画すほどの変貌ぶりだ。
まぁ楽しんでいるのなら、私がとやかく言うつもりはないけど、一応、フィアは私のお目付け役としての態で来ているからして、そのキラキラ具合は、なかなかに職務放棄だろう…、といっても彼女に対しても休みを与えたいというのは、自分も願う所。
---[22]---
フィアには、鬼との一戦の後、治療とかで迷惑をかけたし、その詫びという意味もある。
イクシアは…悪魔界の方へ行っていて、こっちには来れないが、彼女にも、今度何かで心配をかけた謝罪をしなければ…。
『フェリさんフェリさん。どうですか、コレ?』
そう言って、フィアが自身の顔にお面を当てながら、こちらを覗き込む。
「どう…と言われても…」
これは…フクロウだろうか…、全体的に丸みを帯びた形に、もさもさした感じ、小さめなクチバシ、まんまるな目…、たぶんそれで間違いないと思う。
「ん~。いいんじゃない。可愛いと思うわ」
「はい、可愛いですよね。何のお面なのかは…分かりませんけど」
分かってはいたけど、やっぱりその辺の動物とかはわからないのか…、これは動物図鑑とか、図鑑系の本を買っておくのもアリかもしれないな。
---[23]---
本なら、個人で楽しむもよし、複数人で楽しむもよし、扱い方さえ間違えなければ物持ちもイイから、孤児院に対してのお土産として有用だ。
まぁその図鑑を見たからと言っても、向こうの世界で、ソレと同じ動物を見れるか…と言われれば、どう答えようとも否定的なモノになりそうだけど。
「何かいいのあった?」
フィアが楽しそうにしている中、同じように、興味津々に並んだお面を見ている子供…、私の手から離れ、マジマジとお面を見続ける義弘の目は真剣だ。
「オレ、夜人に…なったら、お面付けるんだ。お祭とかで見るのと違う。お面て、いろんなのがあるんだね」
一瞬、チラチラと周りに視線を向けつつ、私に聞こえるぐらいの小さな声で、少年はお面を見る理由を述べる…、たしかに、悪魔界で会った夜人達は正体を隠す為にお面をしていた。
---[24]---
悪魔界に迷い込んだ人に顔を見られないため、人間界に夜人として出る時に人に顔を見られないため…、人間界…この世界で夜人という存在を隠す以上必要なモノだ。
「何か気になったモノとかあったの?」
「・・・コレ」
義弘は、私の方を一瞥して、少し恥ずかしがりながら、目の前にあったお面を指差す。
「これ…か」
私はソレを取って、品定めをするように、それを見て行く。
そのお面は、虎のお面だ…、色は白だから、白虎といった所だろう…、木である以上、祭とかで売られているようなプラスチックと違って重量もあるし、大きさも子供の義弘にしては大きい、しかし、そんな心配はあってないようなモノだ。
「まぁ…いいか。十夜は何か良いなって思うモノはある?」
私の言葉に、首を傾げる十夜だが、すぐにその手は動き、義弘が選んだ虎のお面の横にあったモノを指差した。
---[25]---
「これか」
手を繋いでいた十夜を義弘に預け、兄弟揃って首を傾げている中、弟が指さしたお面を取る。
なんだ…コレ。
動物…だと思うけど、既視感だけが頭に残り、その答えが一向に出てこない…、輪郭周りに丸みを帯びだたてがみに、眉毛も丸っこい、大きい口に牙もあって…。
「夏喜、これなんだかわかるかしら?」
喉まで出かかっている答えが出ずに、モヤモヤする中での思考が数秒、自分で答えを導きたい…という気持ちより、答えを知りたい…という気持ちが勝って、近くに居た俺にお面を見せる。
「・・・狛犬じゃね?」
「・・・あ~」
喉に詰まっていたものが、納得した…と自然に出た言葉と共に外へと出る。
---[26]---
なるほど、神社とかにあるし、この世界に来た時の出口の神社にもあった…、見覚えがあるのも当然か。
まぁそこにあったのと比べると、またちょっと違って見えるけど、それは個性…と言うモノか。
「なるほど、なるほど」
モヤモヤが取れて、スッキリとした気分で、なかなか上機嫌になった私、意気揚々としたまま、それをレジへと持っていった。
懐から取り出したるは、先日俺から受け取った諭吉、この世界でしか使えないお金であり、使いどころなんてほとんどない身なれば、今日この卒業展での出費こそ、諭吉の有効活用できる場所と言えるだろう。
『まいどあり~』
私は、何の迷いも無く、諭吉を削った。
「二人とも、はいコレ」
---[27]---
「え?」
十夜はそもそも、感情を表に出さない子だから反応は無いが、兄の方は、予想通りに困惑の色を見せた。
「え…と、も…もらえませんよ!」
まぁ唐突に買ってもらっても、子供はわけもわからず困惑するよな。
「お近づきの印と思って受け取りなさいな」
「でも…」
「子供が遠慮しないの。大人の余裕で財布も痛くないから。心配はいらないわ」
「・・・」
何言ってるんだか…私…、ノリと勢いで行くからこうなる…。
「まぁ私からの餞別とでも思いなさい。意味が分からなければ、後で辞書でもなんでも開けばいいわ。とにかく、今後必要になるモノなのだから、子供はもらえてラッキーと思ってるぐらいでちょうどいいのよ。申し訳ないと思うなら、立派な夜人になって見せて。・・・ね?」
---[28]---
お面を受け取る手を出そうとしない義弘に対して、私は、少年の頭に紐で掛けるように側面にお面を付ける。
「やっぱりちょっと大き過ぎるか」
その大きさのミスマッチ、不格好さは歳相応の愛くるしさを感じさせる。
これでも、その辺の大人連中には負けないぐらい強い少年なんだけど…、まぁそれはいい。
弟を守ろうとする兄の姿が、自分の心に響いた…、肝心な時にソレができなかった俺だからこそ、後悔をまだ知らぬ少年の力になりたかった。
お面を買ってあげたからと言って、何かが変わるとも思えないし、戦力が上がる訳でもない…、でも、その意思が…守るという意思が、少しでも薄まらずに済むのなら、それでいいのだ。
義弘と同じように、買ってあげたお面を十夜にも付けて、その可愛さに、自然と頬が緩むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます