第二十章…「その積み重なる不安に沈む心は。」


「竜戻りは、平たく言えば、自分の体を竜に寄せる事を言うのだよ~」

 体に未だ怠さの残る中、道場での訓練風景を眺めながら、横に座るエルンの言葉に耳を傾ける。

「基本は竜種特有の能力とされているけど、その実、制御できるのが竜種の人間だけというのが真実だ。一応だが、人種と竜種の混血でも、竜の体…竜の血を持っている以上竜戻りは可能だ。ただし、私の知る限り、それをやった連中は等しく死んだ。1人は竜に戻る途中で体の変化に耐えきれず事切れ、1人は竜に戻る事で膨れあがる自身の魔力に飲み込まれ、意識を失い、暴走の末に魔力切れで切れた。上手く竜の姿へ戻った者もいたけど、自我は壊れて意思と呼べるモノは無くなり、魔力が切れて命を落とす」

 聞こえてくるモノは、そのほとんどが報われない。


---[01]---


 自分の右手、・・・彼女が言う所の竜戻りを起こした手に触れた。

 聞こえてきた例は、あくまで純粋な竜種ではなく、竜種と人種のハーフの身に起きた竜戻りの出来事、フェリスは…私は、ハーフではなく純粋な竜種だから、その心配はないと思うけど、やはり怖いモノがある。

 その怖さを教えるという意味では、見事にその役目を果たしただろう。

「フェリ君は竜種で、混血でもないから、竜戻りをした事で命に関わる…て事は基本的には無い。でも、それはあくまで普通なら…というだけで、例外は存在する」

「というと?」

「…竜戻りは、見た目の通りその身を大きく変化させるモノだ。見た目もそうだし、目に見えない部分も…。特に魔力機関はかなりの消耗を見せる。魔力が竜戻りの起因する所であり、その変化を一手に担うのが魔力機関だ。普通に生活しているならまだしも、竜戻りは魔力機関を最悪の場合破壊してしまう」


---[02]---


 魔力機関の破壊…、魔力が命に関わる事がある以上、魔力を扱う扱う魔力機関が壊れるというのは、死が隣に立つ事と同じじゃないか?

「だがしかし、使い方さえ間違えなければ、強力な力になる事も事実だ。フェリ君も、その辺は実感としてあるんじゃないか?」

「実感…ねぇ…」

 現時点で一番に思う事は、その硬さだ。

 その防御力と攻撃力を兼ね備えたかのような状態の手には、身を持ってその強さを実感させられてきた。

 だから、身に覚えさせられたモノ、その強さが自分の手にもあるとすれば、強武器を渡された子供のようにはしゃぐ勢いだ。

「まぁ物理的な意味では、その辺の武器とか防具とか、そんなの目じゃない状態だよねぇ~。だからこそ混血の人たちは強いとまで言われてるから。でもそうじゃないんだよなぁ~。そこも確かに重要ではあるんだけど、私が言いたいのはそこじゃない」


---[03]---


「というと? 私はわからない事が当たり前なんだから、私に正解を答える事は出来ないわよ?」

「まぁそうなんだけどねぇ~。でも、私が答えてほしい事は、実際にフェリ君も体験している事だと思うんだけど?」

「体験した事?」

「そう。私達が君を助けるために駆けつけた時、右手はその答えを絶賛発揮中だった。フェリ君が意識を失う直後に私達は来れているから、その時に君の身に起きている現象を、君自身も体験しているはずだ」

 意識を失う直前に体験…か。

 あの時は必死だったし、やれる事を全力でやるのに無我夢中だったからな。

「体験…か」

 その瞬間の事を、私は頭を捻りながら思い出そうとする。


---[04]---


 見えてくるのはあの鬼の姿、振るわれる短剣、思い出すだけで全身鳥肌が立つ光景だ。

 私は頭を振って、その関係ない記憶を頭から振り払う。

 あの時はどうしても、相手をどうにかしなきゃいけない…なんて意識だけで動いていたから、あの瞬間はイコールで鬼の姿を呼び覚ます。

 無茶をした…勝手をした…その教訓として、その結果を、いつまでも忘れずに覚え続けておくという意味で、これほどハッキリと記憶として焼き付いているのは、必要であり、大事な事だと思うけど、今この瞬間は邪魔でしかない。

 振り払い続けで、記憶という映像の中に見える右手…、まさに今も現在進行で竜のソレになっているその手で地面を突いている光景。

 ソレを思い出し、その時に起きた異変も記憶として蘇る。

 雑草連中が干からびていく光景が、その瞬間の記憶には残っていた。


---[05]---


「まさにソレだ」

 私の言葉を聞いて、エルンはこちらを指差して、嬉しそうな表情を浮かべる。

「人と竜、規格としての違いがソコに出ていると言っていい」

「草を腐らせる能力か?」

「全然違う。それは結果ではあるけど、大事なのは原因だよ」

「原因…ねぇ。つまり、どうしてそうなったかが大事って事?」

「そうそう。竜戻りにより、君の体は変化し、その影響で草は枯れた」

「つまり、何が起きたんだ?」

「簡単に言えば、竜戻りによるフェリ君自身の身体能力の異常なまでの強化…、今回の場合は、魔力を吸収する事に特化されたみたいだねぇ~」

「魔力の吸収…か。まぁ魔力の在り方というか、使い方というか、向こうとこっちとじゃ全く違う事が身を持って痛い程実感したな…。目の前に敵がいるのに、魔力がカツカツで、それでも戦おうとして…」


---[06]---


「君があの時、どういう心理状態だったかは想像する事しかできないけど、その魔力の枯渇状態をどうにかしようとする意思が、竜戻りの能力として出たのかもねぇ。それか、そもそも君の竜としての能力が魔力吸収に特化している…とか?」

「竜としての能力は、人ごとに変わってくるの?」

「さぁねぇ~、どうだろう」

「・・・わからないって事でいいのかしら?」

「竜戻りを行える人間は限られていて、情報が少ないんだよ。混血の人たちよりも肉体への影響が少なく、死ぬ事もほとんどない…と言っても、その身への影響がない訳じゃないし、竜戻りを成せる人材は軒並み優秀で、下手に情報が欲しいから…とやってもらう訳にもいかないのさ。一応戦時中だし、竜戻りをできる人材は少ないし、優秀な人材を潰す訳にも行かない…、だから上の連中は竜戻りの現象を研究はしても、こじんまりとしたモノに止めているのさ」


---[07]---


「竜戻りができる人材を、単純に増やす事はできなかったの?」

「それができたら一番いいのかもしれないけどねぇ~。物事はそう上手くいかず、過去に竜戻りを成功した者達と同じ環境を作っても成功はしなかった。一度竜戻りをできれば、何かしらのコツを掴めるのか、個人差はあるができるようになるんだが…」

 エルンは、こちらにジトッとした目を向ける。

 モヤモヤした感情を抱えながら、君はどうなんだ…と言いたげだ。

 正直、希望に沿った答えを言える気はしない。

 どうやって右手は竜戻りをしたのか…、それを思い出そうとしても、何かをしたからこうなった…ではなく、いつの間にかこうなっていた…という結論に至る。

 竜戻りというもの自体、ちゃんと認識していなかったモノだ…、竜戻りをするための意識的な変化なんて、あの瞬間にはあるはずもない、だからエルンに向けられた視線には、首を横に振る事しかできなかった。


---[08]---


「で…実際の所、竜の特性?の個人差はどんなものなの?」

「はっきりとした事は上がってきていないけど、竜戻りをした人のほとんどは純粋な身体能力の向上だけだ。でも、それはあくまで竜としての能力に近づいているだけで、特別な力がある…とは言えない。稀にそれ以外の変化が起きる者もいる。誤差とかではなくハッキリと変わったな…と言える変化だと、竜戻りしている間だけ、本来の魔力性質とは別のモノに変化するとかかな」

「性質…か。確か私の魔力性質は土だったから、竜戻りをするとソレが火になったりするって事ね? 今の所、そんな様子は無いけど」

「そうだねぇ~。フェリ君には、性質の変化は確認できてない。だからこそ、変化する結果が出ている事もあって、竜としての特性とか能力のような特別な力があるんじゃないか…と言われている訳さ。その違いが竜戻りで引き出せているモノの差異じゃなく、そもそも個々の持っているモノの違いなんじゃないか…てねぇ~」

「・・・その可能性として、私の竜としての能力は魔力の吸収能力の向上…か」


---[09]---


 限界はあるけど、魔力を使えば、体力ギレの瞬間を先延ばしにできる…、治癒能力の向上も、身体能力の向上も…、その源になる魔力を周囲から掻き集められるのは、普通に考えて強いんじゃなかろうか。

 この世界ではキツイかもしれないけど、向こうなら…天人界なら、魔力も豊富だし、魔力切れの心配は無くなる。

「あくまで竜戻りした時の能力だからね、フェリ君?」

「ん…うん」

 念押しするように、エルンは私の肩を叩く。

 分かってる…分かってるさ。

 魔力行使による肉体の限界に到達する地点の先延ばし…、それは肉体という疲労を貯めるバケツを、無理矢理拡張して、より多くの疲労を貯める行為でもある。

 より良い結果を得られるかもしれないけど、そのやり方が正解だとは思わない。


---[10]---


 竜戻りをする事で、その拡張をするための予算を得られるとして、結局の所、それはデメリットを見ずにメリットだけを見ているだけだ。

 これがゲームなら、デメリットなんて後回しで、メリットを前面に押し出す行為も、やり方として悪くはないだろう。

 それでも現実なら、メリットに目が霞むと同時に、現実だからこそのデメリットの重みも感じる。

 いや、感じ過ぎる。

「私は心配だよ、フェリ君」

「・・・何が?」

「君は周りを見過ぎて自分を顧みない節がある。最悪を想定できても、想定するだけで、自分の事を棚に上げる。動き出し、後戻りができなくなってから自分の身を案じ始めて、それができた時には時すでに遅し…だ。その時には、最後までやりきる以外に選択肢が無い。周りが…その環境がそうさせている部分は、確かにあるかもしれないけど、今回の件といい、これが続けば、君の身に決定的な何かが降るかもしれない。私はそれが心配だ。君の主治医としてだけじゃなく、友人として、君を知る者として、心配だよ」


---[11]---


「それは…」

 言葉が繋がらない。

 コレという言葉が出てこない。

 エルンのその言葉だけじゃなく、フィアの…フェリスを案じて流した涙もそうだ。

 イクシアの、私の行動を起因とする態度の変化もそう…、私という…フェリス・リータという存在に対して、こうも思い…、感じ取ってくれる人がいる事に、私は胸を締め付けられた。

 現実に近い世界だから、夢だから…と言う事を前提にした接し方に、後悔すら感じそうになる。

 現実に近いからこそ、人の意を探ったり、空気を読んだりしてきたつもりだけど、それでも、やっぱり夢だから…てどこが吹っ切れていたように思う。

 それが、とにかく私の心を痛めつけた…

 それ以上に、周囲の人間を傷つけた…ように思う、その事は確実に後悔として募っている。


---[12]---


「もうよくわからなくなってきた」

 夢と現実の境界線も、どういう行動が、この異常な生活で正しい行動になるのかも、夢だ…という自分に対しての言い聞かせも、もうそれ程効果を出せていない気がする。

「私には経験のない事だからねぇ。フェリ君になんて言ってあげるのが正解かはわからないけど、まずは受け入れる事から…じゃないかなぁ~」

「受け入れる…か」

 現実か夢か、どちらかわからなくても、この胸に残る苦しみは夢を取って捨てる事ができない訳で、それは身体がもうわかってる事だと言えるのではないか?

「私自身が、単純に受け入れられていないだけ…なのかもしれないわ」

 何をいまさら…と言われようと、こんな摩訶不思議な事を現実だと受け入れるなんて、そうそうできるはずもない。


---[13]---


 真剣度合は違えど、この生活の中で何度も自問自答した問題だ。

 今まで、その問題が頭の中で熱を帯びる度に、夢だからと結論を押し付けた…、言い聞かせた…。

 人との接触が続けば続く程、その熱は熱く…熱く、熱量を上げ続けているような気がする。

 今回のソレは、いつもと違う、生半可な言葉では消火しきれない火を、私の胸に灯すのだった。

 どんな激情も、時間が経てばその内冷めていく、今回のもそうであってほしい。

 私は感情を紛らわせるために、目の前で行われている訓練の一環である組手を見る事に集中する。

 イクシアが、義弘の要望に応えるように、その相手を受けていた。

 夜人の子供だからか、その体の動き…戦い方は、およそ9歳の子供の動きとは思えない。


---[14]---


 その辺のアクション映画も真っ青な程に動き回る…、魔力無しの戦いでなら、もしかしたら負けるかも…と、英才教育なのか…確固たる目標があるのか…、何が少年をそこまで人外に押し上げているのか、恐ろしさすら感じる。

 ソレとは別に、子供すら戦う意志を持つこの状況の異常さも、恐ろしさを感じる理由だろう。

 フェリスやイクシア、フィア達は、見た目こそ10代半ばから後半の女性だけど、それは天人特有の事情からで、年齢で言えばちゃんとした成人だ…、でも、目の前で組手をする少年は、見た目通りの子供、この世界は、俺の知らない場所で、こんなにも切羽詰まったような戦力維持をするような、世紀末のような場所だったのか。

 全力で知られないようにしている理由も、聞かずともわかってしまう状態だ。

 悪魔という存在もそうだが、鬼のような化け物すら実在する世界だったと知れれば、世界中がパニックになってもおかしくはない、そのための戦力維持のために戦う子供達…なんて図は、批判の恰好の的にもなるだろう。


---[15]---


 責め立ててくるモノの角度は違えど、人を守るという名目を掲げていたとしても、その活動への影響は禁じ得ない…、完全に表舞台での生活が困難になり、身を隠し、今まで以上にヒソヒソと生活する事を強いされたりしたら、大なり小なり、その役目を背負うのを止める人も出てくるだろう…、世界を守るという意味では致命的だ。

 現代の銃火器が何処まで通用するかは知らないけど、ブループとか悪魔とか、人外と戦ってきた経験から、どうしても不安が拭えない。

「向こうは一見平和に生活を営めてるようで、その実、戦争と隣り合わせ…。こっちも同じで、表で生活を営んでいる人達は何も知らずに守られ、それを支えるのはこれからの時代を担う若者…か」

「急にどうしたんだい、フェリ君」

「これが現実なら、自分の半分の年齢の子に平和を担ってもらっている事実に、罪悪感を感じている」


---[16]---


「・・・ほんとうにどうしたの…」

「違う事を考えようとしてるのに、それらがとことん悪い方向に転がっちゃう…」

 ネガティブキャンペーンが過ぎると言うモノだが、自分ではどうにもならない事というのは、やはり精神衛生上よろしくない。

「平和…てなんだろうな…」

 夢に望んだモノは、家族との再会だった…、それは見事に叶い、会えない状態であっても、家族のいる生活…そんな事実が私に救いをくれている…、くれているというのに、このネガティブの闇にどっぷりと漬かった思考はなんだ。

 一言で言って、いらない感情…だ。

 こんな生きるのに辛い感情なんて、望んでいない…。

「まぁまずは気持ちを落ち着かせる事が重要じゃないかなぁ~」

 エルンは、真剣な口調でそう言うと、私の膝にそれなりに大きい何かを置く。


---[17]---


「「・・・?」」

 私も、私の膝に置かれた存在も、お互いに?マークを頭に浮かべて、顔を見合わせた。

 私の膝に乗っているモノは、物ではなく人であり、大人ではなく子供…。

「こんにちは、十夜」

「…こんにちは…」

 それは、今まさにイクシアと組手をしている義弘の弟…十夜だった。

「何故?」

 私は、不審げにエルンの方を見る。

「なんか道場の入口で組手の様子を見てたからねぇ~。いろいろと大変らしい子だから、ちゃんと目の届く所に置いておいた方がイイかなぁ~てさ。お兄ちゃんもちょうどいる訳だし」


---[18]---


 大変らしい…か。

 何故大変なのかは知らないけど、ここに来たばかりの頃の、子供達の十夜を囲んだイジメのような光景は、悪い意味で、私の印象に残っている。

 それを考えれば、目の届く場所で、兄弟である義弘がいるこの道場という場所は、面倒を見る場所としては最適…かどうかはわからないけど、悪くないと言えるだろう。

 私は、十夜に兄の組手が見えやすいように自分の膝に座らせて、その小さい体を囲い込むように手を回し、軽く抱き着くような体勢を取る。

「・・・はぁ、落ち着く」

 その体勢で、組手へと視線を戻してから組手を見ていると、アニマルセラピーとでも言えばいいのか、それに近い効果でもあったのか、胸の締め付けが…ちょっとだけ軽くなった。


---[19]---


「なんか、君の対処は間違っていないと思うけど、どうにもこのやり方には不安が残る…」

 エルンはこちらに視線を向けながら、何故か軽いため息をつく。

「誤解を生むような言い方はやめてくれないかしら?」

 こっちには別にやましい気持ちは無いんだから。

「それはわかってるけどねぇ~。私が心配なのはその先だから」

「先とは?」

「今はこれでいいかもしれない。君にとって、子供の世話というのは、大事な行動の1つなんだろう。でもね。今は良くても、いずれ君の心の穴を埋める事は出来なくなるはずだ」

 埋められなくなる…。

 子供の世話をする事で埋められる心の穴…、ぽっかりと空いたソレは、時に弱く、時に強く、現実を突き付けてくるモノだ。


---[20]---


 埋める事ができなくなったらどうするのか。

 今まさに自分の手の中にある命は、決して、無くなった事で生まれた穴を埋める代替品ではない。

 これは結局、自分の気持ちを誤魔化しているだけだ。

 子供の世話は元々好きで…、それは弟妹だろうと、他人の子だろうと、その行為自体は変わらないし、それをする事自体に苦痛を覚える事もない。

 でもあの事故以来、その行為が自分へ幸福を与えているようにも思う。

 当たり前にあったモノが無くなり、やる事が激減した事による喪失感は、意識していなくても、知らず知らずのうちに自分へ影響を与えていたとしても、別に驚く事もない。

 子供の世話自体が好きなだけなら、ソレも悪くない…、いっその事、本気で保育士にでもなる事を考えてもいいだろう。


---[21]---


 でも、もしそうなら、喪失感はそれで消えるはずだ。

 このいつまでも残り続ける喪失感は、満足し、充実感を得ても、消える事はない。

 孤児院の生活で子供の世話が当たり前の環境に居てもなお消えなかった…、私ではなく俺でいる時は、言わずもがなだ…、その答えは大して多くはないだろう。

 自分は断じてそういう趣味を持っている訳じゃない。

 結局、この行為自体は、私にとって、穴埋めでしかないのだ。

 今は良くて、いずれその穴埋めも出来なくなる…、エルンはそう言いたいんだろう。

「まぁ言うは易し…だよねぇ~」

「・・・そうね」

「受け入れろとは言わないよ。言った所で、頭で理解しても、本当の意味で受け入れられるかは別問題だからねぇ」


---[22]---


 そうだ…、まさに今の私はその負の連鎖の中にいる…、気にしていない風で居続けても、体は正直なモノだ。

「君の場合、救いがあるからこそ、事をさらに難しい方へと追いやってしまっている節もある。それはどうしようもない、わかっていても切り捨てさせるわけにはいかない事だ」

「・・・」

 自分にとっての救いは…。

 自分の足で立てる足じゃなく、子供の世話をできる環境でもなく、自分にとって、無くならずにそこにあるという事実こそが救いであり、会う事の出来る奇跡…、家族の存在だ。

 切り捨てられる訳がない。

 それを強要する奴がいるのなら、それが知人であったとしても私は抗うだろう。


---[23]---


「フェリ君はフェリ君らしく、未練を残さずに今を生きる事だ。力を付けて、後悔の残る結果を残さない未来を掴む事だ。そういう意味では、君の今の右腕は、良い傾向にある。欠点は確かに付きまとう代物だが、それでも、その力は確実に君の進む道の先を、光で照らす。だから道を間違えないように、君が君である事を忘れちゃいけないよ」

「私が私である事…か」

 私には、俺にはないモノを多く持っている。

 だからこそ、できる事も多く、取れる選択肢も多い。

 夢ではなく現実に起きている事なら、私が取る選択肢は、そのまま俺にも返ってくるモノだ。

「とはいっても、しばらくフェリ君は絶対安静だ。今言った通り、君の心の赴くままに頑張ってもらいたいけど、そうもいかない。だから、しばらく休みね」

 確固たるモノはない…、それでも道が照らされたような気がした…その矢先、頑張る事を止められた。


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