第十八章…「その襲い来る凶刃は。」
ガンッガンッと、攻撃を防ぐ度に、短剣を…手を…骨を伝って、全身が振動し、その衝撃を実感する。
いつまでもその震えが衰える事は無く、止まない震えが、攻撃を防いだ事が原因なんじゃなく、私自身が震えているからだ気付くまで、幾分かの時間を有させた。
余計な事を考えている余裕ない。
上から振り下ろされる斧を防げば、まるで板に打たれる釘の気分を味わわされた。
防いだ事で止まった僅かな時…、左手を斧へと伸ばして、その持ち手を掴むと、地面へと落ちるように下へと力を入れる。
その刃を防いでいた短剣を斜めに構え、金属が擦れる嫌な音を一瞬だけ響かせながら、斧は短剣の刃を滑り落ち、地面に深々とその刃をめり込ませた。
それを抜くまで、その僅かな間に私は軽く飛び上がり、相手の首へと刃を振るう。
---[01]---
下から斜め上へ…、今度は角で防ぐなんて芸当も出来ない…と思えたが、その野蛮さは、それすら防ぐ。
荒く荒く荒く…、まさに使えるモノを使い、その瞬間、自分に許された事、できる事、それを全て熟す柔軟さたるや…。
私の刃はまたしても通らない。
鬼はその口で…その歯で、私の攻撃を防いで見せた。
その口から洩れる炎が、夜のこの空間で、嫌でもその存在を見せつけてくる。
がっしりと噛み込まれ、短剣を放す気配を見せない。
私には時間が無く、短剣を自分の手から放したが、その時には、足元の斧は地面を抉る様にこちらへと迫ってきていた。
短剣の刃を確実に首元へと届かせるため、出来る限り効率の良い攻撃をするために行った僅かな跳躍から…、地面と別れていた足は、相手の凶刃を逃れるため、目の前の巨体を蹴る。
---[02]---
後ろへ…。
さっきまで自分の体があった場所を、炎を纏った斧が通り抜け、足先をかすめたその炎が具足を黒く焼く。
「ぐッ…」
それでも距離は取れた…と思いきや、急ぎだった事もあって、避けるだけの距離を離せただけで、仕切り直すための距離を取れていない。
斧を避けた矢先、鬼は既に目前まで迫って、斧の次撃までの空白を埋めるかのように、左腕が私を襲った。
ドゴォッ…と重い音が全身を振るわせて、遅れてからやってくる衝撃は、腹に穴で開いたかのような錯覚すら覚えさせる。
もしくは、腹の皮の抜けた先は筋肉や脂肪…臓物ではなく、背骨なんじゃないか…と。
---[03]---
「カハッ…!?」
体は飛び、地面を転がる様は、差し詰めサッカーボールだ。
さすがの私も、今の一撃は相当に効いた…。
ものすごい吐き気だ…、ものすごい目まいだ…、ものすごい呼吸困難だ…、苦しくて苦しくて、二度はごめんだ…、こんなの何回も喰らうなんて堪ったもんじゃない。
「・・・」
体を巡る…体を強化する魔力を増やす…。
すぐに治るかどうかじゃない…、この最悪な気分をごまかせ…、そんなモノは無いと…、何の異常もなく元気だと…身体に錯覚させろ。
起き上がるが、正面に鬼の姿は無い。
一瞬だけ意識が飛んでたのか…、それでもその目が捉えていたモノは、その一閃を目に焼き付けていた。
---[04]---
光が上へと動いたかのように目に残るソレ、誘われるかのように、視線を上へ動かせば、目前に迫る炎から、身体が勝手に横へと逃げる。
ドスンッ…と地面を抉る音…、地面が揺れ、振動を足つてに感じながら、その威力に若干の恐怖が積み重なっていく。
立て続けの攻撃の中で、ようやく立て直しができそうな瞬間、相手との距離は十二分に取れている…。
何かが起これば起きただけ、魔力の消費は大きくなり…、息の切れ方は激しく…大きくなっていく。
息を整えたい…、これからの戦いをさらに長く戦うために休みたい…。
天人界で…、向こうで戦い続けても、なかなか思わないのに…、今回ばかりはそんな弱音が出てくるスピードも早かった。
魔力がいかに体を万全な状態…ないしは、それ以上の状態にしてくれていたのかがよくわかる。
---[05]---
普段低地でやっているマラソンを、高地でやらされてる感じか?
いやまぁ…、俺はそんなマラソンやった事ないし、今後そんな事をする機会は一生訪れないだろうけど…。
この僅かな間では、到底息を整える事は出来ないし、減る一方の魔力をどうにかする方法はもっと無い。
それをわかっているかのように、私との距離を縮める時間も惜しんでか、鬼の右手が大きく振りかぶられた。
そこから飛ばされるモノ…、それは相手の斧だ。
炎を纏った凶刃は、もはや炎弾のように、私に迫る。
避けなければ…そう思っていても、身体が動かない。
視線に映るモノは、迫る炎と、その後ろで次撃に移る鬼の姿。
どうすればいい…?
どうすればいいッ!?
---[06]---
避けろ…、頭の中では逃げる一択で結論が出ているのに、私の知らない経験の積み重ねを持った体は、別の答えを持って、この状況を解決しようと動く。
「…ッ!?」
右手を前に突き出して、身体はわずかに左へとずらす…、その程度では、飛んでくる斧を避ける事なんでできない。
でも、逃げたい気持ちはあっても、迫りくる凶刃に対して恐怖を抱く事は無かった。
その瞬間は、体の動きに対して、抗う間も無く、突き出した右手が斧へと向かう。
何を血迷った事を…。
私の手は、斧を掴んだ。
勢いが消えず、右手は後ろへと持っていかれ、体もそれに釣られながら、踏ん張って地面をザザザ…を滑る。
---[07]---
一瞬、肩が外れるんじゃないかとすら思えた…、いや、一瞬だけ外れてたかもしれない。
いつも以上に腕が伸びた気がするし、肩とか肘とか、関節が痛いのが不安に思う。
「あつッ…」
まるで熱せられた鉄棒を握っているかのように、熱さ以上に痛みが、斧を握っていた右手を襲ってきた。
短剣を失って、斧をゲット…。
武器としてはランクがいくつも上がって、その重みは、下手をすればフェリスの両手剣よりも重い。
それでも扱えない重さではなく、これを使えれば、相手に傷を負わせる事だって可能だろう。
鬼の手から離れてもなお燃え続けるその刃、その炎は刃以外も熱し続け、斧を持った手も焼く…、まるで火のついた焚火台を直で持っているみたいだ。
---[08]---
「・・・」
この斧を使うなら、この熱からは逃げられない。
戦い続ける間は…、その間だけでも…耐えろ。
腕へと回す魔力の量を増やす。
後どれくらい、魔力を使い続ける事ができるだろうか。
後どれくらい戦っていれば、これが終わるのだろうか。
斧を取って見せたフェリスの力に、感覚が麻痺しそうになるものの、そんな事を悠長に喜んでいる場合じゃない。
幾ばくかの間が経った…。
攻撃する様子を見せていた鬼は、それを止め、またも、こちらの準備が整うまで待ち続けていた。
ほんと…、何がしたいんだか。
---[09]---
私を…俺を…殺したいけど、一方的な殺しは好かないみたいな?
卑怯な事をせず、正々堂々とした戦いをしたい…みたいな?
まったくもって一方的な押し付けだ。
真意はどうあれ、真面目なんだか、遊ばれてるんだか…。
「こっちは、ただただ不快だ」
斧を持ち上げて、それを鬼に突きつける。
自身の得物を取られても、焦る様子も無く…、むしろその洩れる火で照らされた口は、笑っているようにすら見えた。
咥えたままだった短剣を鬼は取り、それを構える…、予想していなかった武器交換に、さらなる混沌がこの場に満ちていく。
鬼の口から一際多い火が溢れ出る。
歯と歯を打ち鳴らし、火花を散らしたその刹那、先に動くのは鬼。
---[10]---
こちらも、それを追うように鬼へと向かっていった。
一合…一合…、ぶつかり合う度に、不思議と体が軽くなっていくような気がする…、その集中力が…、その必死で無我夢中な状態が、続けば続くだけ、体に力が増していくように感じる…。
河川敷に響き渡る金属のぶつかり合う音も、徐々にその大きさを増し、その回数を増していった。
真正面からのぶつかり合いで、お互いが後ろへと飛び、その距離をすぐに縮めては武器を振る。
短剣に変わった鬼の攻撃は、威力は落ちたがその速さを増し、斧に変わった私の攻撃は一撃が重くなりながら、遅れを取ってはいけないと…遅れたら死ぬと…自分の体に鞭を打つ。
---[11]---
「だあッ!!」
鬼の攻撃を、さらに強い一撃で押し返し、その巨体をのけぞらせ、次の斧を振れる瞬間までが待っていられずに、跳び上がってその横顔に蹴りを入れる…、続けざまに勢いで回転する体の力を乗せて、尻尾でもう一撃…。
着地してから斧で追撃を決めようとすると、鬼は思いのほか早く体勢を立て直して、私が斧を振るよりも早く、こちらの懐に入り込む。
顔面を掴まれ、公園での一撃と同じように、地面へと叩きつけられた。
違う所があるとすれば、今回の鬼に、他を狙う予定が無い事だ。
鬼は、私の尻尾を掴み、ハンマー投げのように私を振り回す。
「グッ…」
そのまま投げ飛ばされ、地面を転がる内に手からは斧が零れ落ちる。
---[12]---
投げ飛ばされた先に、底の見えない崖のような場外はなく、爆弾も無いのが救い…なんて、自分を励ますレパートリーの少なさと、在庫が無くなっている事が、意味も無く悲しくなり始めた。
「…ッ!?」
立ち上がろうとすれば、一瞬だけ、足の力が抜けて、膝を付きそうになる…。
まだ…。
「はぁはぁ…」
戦っている理由がわからなくなり始める中、倒れちゃいけない、それだけはダメだと、何度も頭の中で叫ぶ。
体に溜まったダメージも当然あるだろうけど、体から力が抜ける…、さっきまで斧を握っていた手は、極端に力が入らない。
---[13]---
ダメだ…駄目だ…だめだ…。
まだまだ終わらないぞ。
今回の戦い程じゃなくても、いつも熟してる訓練の時は、まだまだ終わりは先だ。
まだ始まったばかりだろ…。
体は軽く感じる…握力が低下している様に思えるけど、力は有り余ってる…、まだ体の強化は終わっちゃいない…。
それでも、限界が近い気もする。
力は有り余っているように思えるのに、体の疲労を力で補いきれてない…、強化はできても、ごまかすだけの力は足りてない…。
「これが…、ここと向こうの違いか…?」
魔力の扱いが未熟だ。
肉体強化のやり方は嫌でも理解できて、完璧と言わないまでも熟すだけの技術を身に着けた。
---[14]---
それは出来てる。
強化は切れてない…。
足りないのはそれ以外…、今まではできてて今できない…、その違い…場所の違い…。
今まで、無意識にやってたか?
体を正常な状態に保とうとする魔力の流れ…、怪我をした…痛めた…、理由は何であれ、明確に違和感を覚えるモノに対しては、自分で魔力を流して修正してきた。
でもそこに至るまでに、自然と…そして意識せずとも、体は魔力を集めて疲労が溜まるのを抑えてたのかな…。
実際問題、どういう理由かはわからないけど、しっくりくる理由を適当に付けて、自分を納得させる。
今まで勝手にやっていた体の状態維持…、それを自分のじゃない…周りの魔力で補っていたなら、自分の魔力でやっていけ…、少しでも魔力を補えるよう周りの魔力をとにかく掻き集めろ…。
---[15]---
足りないモノはあるモノで補え。
できた余力は必要なモノを集める事に尽くせ。
集めろ…補え…、やった事ないから…なんて言い訳はするな…、それが最良だと…できる事なんだと思うなら、全力でやって見せろ。
買い被りでもなんでもいい、フェリスならできると胸を張れ。
「集中集中…」
極端に疲れが出ている場所に魔力を集中…、息を吸うかの如く…申し訳程度に少ない魔力を体に取り込め…。
「あげろ…上げろ…」
妄想でも、妄想の産物でもなんでもいい。
できる…と思う事をやりまくって、自分の武器に…。
一際大きく息を吸い、私は走り出す。
---[16]---
鬼に向かって…、その間に落ちた斧に向かって…。
それを見た鬼もまた動き出す。
気持ちばかり…自分の動きが遅く感じる…、いや、気のせいじゃない、でも、それでも。
半ば滑り込む様に落ちた斧を拾い上げ、振り払われる短剣を防ぐ、体は衝撃を受け止め切れず後ろへと飛び、息つく間もなく次の攻撃が襲い掛かる。
防いで…防いで…防いで…、避けて…避けて…避けて…、相手の攻撃を、武器の攻撃を、自分の体に通させるな。
拳で殴られたって…、いくらそれが金づちで殴られたみたいな重いモノだったとしても、武器でやられるよりずっといい。
横腹に蹴りを入れられようが、顔を殴られようが、その程度じゃ、フェリスは倒れないんだから…。
---[17]---
ガクッ…。
視線が一気に沈む。
右足の力が抜け落ちて行く。
「マズ…ッ!?」
踏ん張りが効かない…、止まらず迫る短剣の刃…、足に力が入らない中、腕に魔力を回す。
右足は膝を付き、防御のためにと出された斧は攻撃を防ぐものの、体はソレを抑えきれずに、背中を地面に打ち付けた。
「うが…ッ」
さらに追い打ちをかけるように踏みつけられそうになるのを、地面を転がって避ける。
「はぁ…はぁ…」
止まるな、動け…。
---[18]---
戦いも終盤なのか…、それとも終わりを見たのか…、見切りを付けられたのか…、何回もこちらの立て直しを待っていた鬼に、今度は待つ様子が見られない。
「たて…」
力の抜ける右足に魔力を流し、若干だけどいつも通りに動くようになってきた感じがする中、悠長にしていられない原因が、ゆっくりと歩み寄る。
未だ普通に動く左足に力を入れ、体を立たせる力になればと、腕の強化も上げて体を上へと突き上げ、立ち上がれてもまだ体を支えられるまで治っていない右足の代わりに、尻尾を地面へ当てて、不格好ながら杖に…。
ヤバい…。
さっきまでと違う…。
相手もそうだが…、体の調子の方がおかしい。
疲労どうこうだけじゃない…、強化がうまくでき…ない…。
---[19]---
パッと頭を過るのは、魔力の枯渇、いよいよ、根性だのやる気だの…、精神論じゃどうしようもない所まで来たみたいだ。
絞って絞って、出てきた残りカスで強化できるけど、結局それで最後。
腕に足、二か所はまだ強化が残ってるが、いつそれが切れる事やら。
一応、斧はまだ持ってるけど、ソレを振るえる気がしない。
『終リダナ…』
「・・・・・・は?」
この場にいるのは私と鬼だけで、突如として聞こえてきた声の主はいるとすれば…1人だけ…。
酸欠気味になっている頭では、ちゃんとした判断も出来ない。
「なによ…、話せるんじゃない。人付き合い…不器用過ぎ…。」
突然現れたかと思えば、人を殺しに掛かって、最後の最後までソレが続くと思ってたこのタイミングに、どんな了見で口を開いたんだか…。
---[20]---
「越エラレヌ者二用ハ無シ」
「・・・こえられぬ?」
何の事だ?
こんな状態に人を追いこんでおいて、何を望むと?
もっと平和的解決を模索しろよ…。
「…ソノ糧…、断タセテモラウ…」
くそ…、好き勝手言ってくれるよ…。
鬼が、短剣を横に構える。
それは、差し詰め首ちょんぱされる5秒前ってか?
いやいや…、嫌だよ…。
何が…断つ…だ。
何を勝手に人の首を刈ろうとしてるんだよ…、勝手に表れて、勝手に襲い掛かってきて…、勝手に…勝手に…、勝手に話を進めるんじゃねぇよ。
---[21]---
「・・・ふざけんな…」
振りかぶられた短剣の一閃、足がこんな状態じゃ避ける事は出来ない…、体の力を抜いてその場にへたり込めば何とかなるか?
それでしのいだとしてその先は?
正直、次に地面に伏したとして、立ち上がれる気がしない。
その選択はナシだ。
それ以外で動かせるのは手だけ、でも手元にある斧は振るえない。
万策尽きている…、状況を打開しろ…なんて問題が回ってきたら、解答欄に…無理…と時間を開けずに書き込むよ。
でも、やらなきゃ首が落ちる。
迫る短剣は斬る事に弱い…、絞り出したカスの魔力で腕を強化すれば…、防げるか…?
---[22]---
腕というよりも、腕の骨とか…、強度を増してさ…。
やけっぱちで、これ以上余計な事を考えなかった。
それしかできないんだから、それをやる事にだけ集中した。
とにかく、残った魔力をありったけを右腕に回して…回して、自分の首を守る様に、手を上げる。
不格好で、不格好だからこその往生際の悪さが映えた。
手の感覚なんぞ、無いに等しいよ。
動くし魔力の流れ…強化ができてる実感だけがあるだけで、どんな状態かはわかってない。
手の平は焼けただれてるかな?
一般的にいう火傷とは一線を画す状態ではあると思う…、誰が見ても病院に行けって言われるだろう。
---[23]---
ガアァーンッ!
腕に衝撃が走り、頭と首の間付近に腕が当たって、その衝撃で体は叩き飛ばされる。
腕がジンジンする…、首もまた同じ…。
聞き慣れたような、恨めしい音が耳元に響いたような気もするけど、何故なのかは全然理解できなかった。
「・・・」
少なくとも…、今言える事は生きている…て事か。
人間は首を落とされても、少しの間なら意識を保てるというが、それはあくまで意識があるだけで、繋がっていない体を動かす…なんて芸当はできる訳じゃない。
でも、今の私は手を動かせる…足もだ。
倒れた体を動かし、体を起こす事も出来れば、腕を伸ばしてその身体を支える事も出来る。
---[24]---
目に映る体の動き1つ1つが、私がまだ生きている証拠、鬼の一撃を退けて、まだ存命している証だ。
それでも、全てがそのままという事は無かった。
四つん這いで、視線が地面に落ちている中、健常な状態で同じ体勢を取った時と、明らかに違うモノがそこにはある。
それは右腕…、それは本当に私の腕なのだろうか。
確かにそこに腕はある…、斬られて血みどろで、見る影もない…なんて、物騒な事は無く、そこには鱗や甲殻で覆われた右腕が…。
イクシアの竜の特徴が出た左腕…、その右腕版というか…、その鱗も甲殻も、フェリスにとっての指のソレと同じ色で、もしその竜の特徴で指だけじゃなく、腕にまで広がっていたら…を体現しているような…、そんな状態。
---[25]---
その腕で手を突いた場所を中心に、どんどん地面の雑草連中が干からび、そして腐っていくのも、見た事のない悍ましさだ。
これは、今ここで実際に起きている事なのか?
いつも以上に悪い夢とかじゃなく…本当の…。
耳に届く草花が揺れる音…、鬼が…歩く度に地面を踏む音…、今まで聞こえていなかったはずのモノが、どんどん耳に届いてくる。
頭も痛くて、右腕を中心に、何故だかどんどん疲れが取れていく。
「なん…だ…? なに…が…」
腐っていった雑草たちの周辺は黒く…黒く…、まだ元気の残った草花たちの周辺はより明るく…。
目に映る色も、どこかいつもと違う…。
聞こえ過ぎている…、見え過ぎている…、何もかもが敏感に、今まで見えていなかった情報が、目を…耳を…鼻を…肌を…通して、頭に送られてくる。
---[26]---
近づいてくる度に、そいつの…鬼の熱さを感じる…、何かが燃えるようなそんな焦げたような臭いも感じる…。
意味が分からない、気持ち悪い…。
自分の状態を考えれば考えるだけ、入ってくる情報で頭がおかしくなりそうだ。
「ん…ぐ…」
そんな状態で、少しでも…なにか良い事がないかと言えば、強いて言うなら体の重さがどんどんなくなっていく事か…。
それに比例して、雑草…草花の枯れていく範囲が広がっているように見えるのが、はっきり言って不穏で仕方ない…、それでも今なら私は動ける…、立ち上がれる、体を起こし、立ち上がり…、尻尾を使わずとも立っていられる…。
そんな私の様子に、驚きを見せているのは、前に立つ鬼もまた同じようだ。
笑ってる…。
---[27]---
何が楽しいのか…、何が面白いのか…、私には何もわからないけど、嬉しそうに笑いながら、鬼が短剣を振り上げた。
その様に、何故だか何も感じない。
死ぬかもしれない…なんて恐怖も無ければ、どうにかしないと…なんて必死さも無い。
よくわからないけど、安心感がそこにはあった。
でもそれは、これで終わる…という諦めとか、そう言った全てを捨てるようなモノじゃなく、これはむしろ、その逆…。
振り下ろされる短剣。
---[28]---
加減は無い、今まで通り手加減無しの本気の攻撃。
焦りはない。
右手を短剣に向かって動かして、その攻撃を何の計算も無く受け止めるだけ。
自分のモノとは思えない竜の腕は、容易にその刃を受け止めた。
その直後。
誰かが割り込むように視界に入って来た。
何かを叫んでるようだけど、それがわかるだけで、その内容なんて全く理解できない。
私は、その瞬間、何かが切れて、その場に倒れた。
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