第十六章…「その2人という1人の存在は。」
とてつもなく不思議な気分だ。
見慣れた…見知った場所を上から眺めるというのは…。
俺の家の最寄り駅の屋根の上に私は立っている。
最寄り駅…といっても、そこから車で10分以上、歩けば分単位ではなく時単位で時間を食う距離だ…、都会と違ってどこへ行くにも電車を使う…なんて場所じゃないから、それが俺にとっての当たり前なんだが…。
車とか自転車とか、あとバスとか、その辺が住民の足だ。
そんな場所だから、ここに来るまで不安があったけど、それでも案外行けるものだな。
---[01]---
久遠寺家から抜け出して、屋根と屋根を、跳んで…跳んで…移動してきたけど、それもやり過ぎだった気がしないでもない。
そもそもここに来るまで、ほとんど歩行者がいなかった。
アニメとかゲームなら、歩行者がいるからこそバレない様にしたりするイメージだけど、車社会だと極端に歩行者が減るから、この尻尾が無くても、普通の服で堂々と歩いていれば、車からはもちろん、歩行者に対しても変に見られないんじゃなかろうか?
もちろん、考えるだけで、そんな危険を冒すつもりは無いし、念には念を入れるけど…。
もしやるとしても、もっとこう…こういう尻尾があっても変な目で見られないような場所とか…、家に行った時みたいに、仮装だなんだと言い切れる状態じゃないと…、祭とか、そういうイベントとか…。
---[02]---
まぁそういう環境があれば、少しの間でも伸び伸びできるんだがな。
今はまず家の方に行く…か。
「そのために出てきた訳だし。」
ここから家まで、途中まではビルとか大き目の建物が並ぶから、それらを飛び移っていけばいい、途中で大きい川があるけど、そんなモノは橋の近く以外は全部見られる心配のないセーフゾーンだ。
ビル街を越え、川を越え、それらを全て攻略しきれば、もう家は目前、住宅街ではあるが、時間をもう22時を回った頃、外を気にする人間なんていやしないから大丈夫。
完璧…かどうかはともかく、ココから家までのルートをイメージしてみて、正直問題は思いつかない。
そもそもここにいる事自体が問題だが、そんな事は百も承知、今はその問題を裏から表に出さないよう本気で事に当たるだけだ。
---[03]---
こうして建物の屋根の上を飛び移っていくって形は、なんだかヒーロー物の世界に入った様で、ちょっとだけ楽しんでいる自分がいる。
現実でこれをできているなら、そういったヒーロー物にも、元ネタが存在するのでは…て思ったり思わなかったり…。
「はぁ…」
自然とため息がこぼれた。
これから、自分にとって大事な事をやりに行くという中で、何がヒーローだよ…。
でもまぁ、この移動している間も、私の頭の中は存外に混乱状態だ。
本当だったら、衝動的な部分があったにせよ、出てきたからにはちゃんとこの問題に向き合おう…と思いたい。
まとまっていない考えも、家に着くまでの間に幾分かマシになるだろう…て思っていたが、そんな事は全く無かった。
---[04]---
むしろそれを考えようとすればするほど頭は混乱し、落ち着かせるために全く別の事を考える…、その結果がヒーローだのなんだの、その辺の考えな訳だ。
私の頭の状態は、あの宿題やテスト勉強が進まない現象に通ずる。
宿題をしようとして、全然集中できなくて、そこにくる…つまらない…暇だ…みたいな考え…、手に付くのは宿題とは関係ない部屋の掃除や、手持ち無沙汰な手を紛らわせるための絨毯へのコロコロ…。
宿題やテスト勉強以外の事にばかりはかどる状態そのものだ。
でも違う所があるとすれば、私の胸の中には、そういった事をやって反省する後悔とか、そういう感情は一切ない所。
あるのは、その先に進もうとする足を鈍らせる恐怖だ。
駅までは大して感じなかったけど、今は家に近づけば近づくだけ体が重くなっているように感じる。
---[05]---
一回は行った場所だ。
一回は会った…話をした…、そんな俺自身に会いに行くだけだ。
何も怖い事は無いし、俺の性格的にも、私の身体能力的にも、なにか危害を加えられるような事は起きえない。
そのはずだ、それは俺が…私がわかってる…、わかってるはずなのに…。
私は…、フェリス・リータは、会う事を恐れている?
俺自身が、私自身が会おうと決めたのに、体は…最初は弱く…そして段々とその拒絶を強めている?
俺は、このフェリスとしての自分の生を持つ事に対して、責任があると思った。
だから、こうして一種の覚悟を持って、少しでも知れる事があれば…、感じる事があれば…て外に出てきたけど違うのか?
絶対に答えの出ない袋小路に、頭の中がぐわんぐわんとかき混ぜられる。
---[06]---
そんな状態がリセットされないか…、一回頭を振ってみるが、そんなアニメみたいな展開は当然起きえない。
今はただただため息がこぼれるだけだ。
視界に映る建物群が途切れ始め、進行方向の地面が高くなる。
目的地まであと一歩という事を知らせる川の境目、河川敷、土手だ。
それを見て、体の重さを振り切ろうと、より一層の魔力を足へと込めて、ビルの屋根を蹴り、数十メートルを悠々と超える跳躍を見せ、すぐ横にある橋の街灯が心もとなく照らす川へと着く。
魔力を使っての移動、この世界でやったのは初めてだけど、思っていた以上に疲れるものだ。
---[07]---
あと少しだからと、川も一息に越えていく。
「はぁはぁはぁ…」
家は目と鼻の先、近くの公園へとたどり着き、そっとキノコの形をした椅子へと腰を下ろす。
ここまで疲れるものか…と、肩で息をする。
真冬にも関わらず、頬を一滴の汗が垂れ、それが通った道は、寒さで冷たく…意地悪に私の体温を外へと逃がした。
『本当に来るなんてな…』
「本当に来ちゃうなんてね…」
息も整わぬ中、自分へと差し出される白いタオル、そして第三者として聞くと違和感…というか、もはや気持ち悪さしか感じない声…。
「何回聞いても、変な感じ…。自分の声じゃ無いみたいだ。というか、用意がいいじゃない、俺」
---[08]---
タオルで顔を拭く…、ただそれだけなのに、そのタオルは温もりに包まれているかのように、私の頬を…顔を温めた。
「自分の声が変…て、酷い事を言うもんだな」
顔がスッキリとしたところで、私は声の主へと視線を向ける。
誰がそこに居るか…なんてわかってるから、改めて確認する必要もないけど、しっかりと今の自分の目でその顔を見た。
俺…。
夢を見ている自分にとって、現実にいるはずの自分だ。
夢の特殊性、夢の中での時刻は現実の時刻…、普通の夢じゃないのだから、夢を見てるなら現実の自分は寝てる…なんて当たり前な理屈は当てはまらない。
「全く、この前みたいに車で来ればいいものを…」
「・・・」
---[09]---
「まぁ公園に来いとか言ってたから、まさかとは思ったけど、本当に徒歩で来るとか…」
正論を言われてて反論できないけど、自分に言われていると思うと、無性に腹が立つな。
「気持ち悪いぐらい自分らしくて引くっつの」
「自分だからこそ考えてる事はわかるって?」
「ああそうだ。極端に他人を頼らない所とか、まさにそれだろ? 自分ならこうするだろうって思ってた事を実行してきたら、受け入れそうになる。腹立たしいぐらいにな」
「・・・」
反論できない…。
俺と違って、私は身体能力的に自分でできる事の幅が広い分、その辺の行動する…という点に関して、俺よりも我が強い気もするし。
---[10]---
そして、俺はあきらめたようにため息をつく。
「これ」
そう言って、俺は缶コーヒーを渡してきた。
それを私が受け取るのを見届けて、近くの…同じようなキノコの椅子へと座る。
「はぁ…、あったかい…」
手の中にある缶コーヒーから、ジンジンと伝わってくるその温もりから、自分の体がいかに冷え切っていたかを、改めて感じ取る。
「そこの自販機で買った奴だ、ちょっと熱いぐらいだけどな。まぁ風邪を引いたらフィーとかがうるさいだろうから」
「ええ、そうね」
家に行った時、私やエルンは、俺に対してフィアの話をしただろうか…、いや、していなかったはずだ。
---[11]---
何の根拠にもならない事だけど、俺は私でいる時の記憶を持っている。
「あと、コレ」
「・・・ナニコレ」
私の目の前に差し出された諭吉が一枚…。
「こっちにいるなら必要だろうと。使うかどうかはお前次第だが。・・・少なくとも部屋の貯金箱から抜くよりかは健全な金だろ?」
「・・・やっぱり知ってるか」
部屋に行った時、この世界での活動費として、部屋に隠してある500円玉貯金から、いくらか拝借していた訳だけど…、やっぱりそれをやった事も知っているらしい。
ここが現実であるなら、家に行ってから日をまたぎ、私と俺を行き来している時点で、記憶の共有もされてるのも当然だが。
---[12]---
「決定打がないのよねぇ~」
缶コーヒーを開け、その未だ熱を帯びたブラックコーヒーを口に含む…、いつもなら問題なく飲めるソレが、今は妙に苦く…、きつくも思える。
「・・・フェリスはブラック駄目かも」
「お子様舌だったか、残念」
「・・・それはすごい爆弾発言よ? 私に対してだけじゃなくて、得手不得手を度外視にした偏見」
「はいはい…」
「ん~…」
私は苦手かもしれないけど、俺自身は全然無問題だから…、その半分以上残ったコーヒーを一気に胃へと流し込む。
---[13]---
「あと、自分にそれを言われると、無性に腹が立つからやめて」
「そんなもんなのか」
「わからないけど、とにかく腹が立ったのは事実」
「・・・面倒だな」
「・・・そうね」
不思議な気分だ。
こうして話していると、そう返ってくるんだろうなって言葉が、俺の口からこぼれてくる。
同じ思考で、同じ見た目で、同じ声で…。
「なにもかもが同じって事…」
「同じって言い方はおかしいだろ。ここが現実で、フェリスも夢の存在じゃなく現実の存在って事になるのなら、なんて言ったらいいか、正直言葉が出てこないけど、同じって言い方は違う」
---[14]---
「言いたい事はわかるけど…」
「同じって言い方じゃ、なんかこう…同じ形をした何かって感じがする。別人て言われてる気がしてならない。そりゃあ見た目は違うし…、男と女だし…、でもそうじゃない」
「こうして2人が会ってしまっている以上、2人が存在はしていても、そこに居るのは1人だけ…」
「そう…ソレだ」
「そもそもの話なんだけど、あなたは本当に私なの?」
「そっちこそ、お前は俺なのか?」
私が俺なら…、俺が私なら…、こうして2人が同時に存在している理由は?
フェリスが夢ではなく現実に存在する人間であるなら、一緒に居る時点で文字通り、私という存在が…、俺という存在が…、1人の人間である存在が同時に存在している事になる。
---[15]---
見た目は違えど、ドッペルゲンガーとかだったら、私は、俺は、死亡が確定する状況だ。
私は私として、確かにここに存在はしているけど、俺がここにいる時点で、本体は俺…向寺夏喜で…。
考え過ぎて過去一で頭が痛い、臨界点突破して爆発しそうだ。
「あんま頭使い過ぎると、爆発するぞ?」
そう感じる程に頭が痛く感じるような気がするってだけで、実際にそんな事になってたまるか…。
「しないわよ…。フリーズはするかもしれないけど…」
「同じ事だろ、それ」
「・・・うるさいわね…」
---[16]---
自分が考えている事が第三者の言葉で聞こえてくるのは、はっきり言って気持ち悪い…、気分が悪くなる。
他人ではなく、俺自身の言葉だからこそ、まだマシだけど、気持ち悪い事に変わらない。
相手が自分だから、余計に反論する言葉に感情が乗って、口が悪くなる。
フェリスらしからぬ感情の揺らぎだ。
フィアとかイクシアとか、いつもの姿を知る人間が、今の私を見たら驚くだろうな。
「なんにしたって、俺達が考えたって、絶対に答えは出ないだろ。お前がここにいるって事実、俺達が今できるのはそれを受け入れるだけだ」
「夢だ~なんだ…て否定したいけど…」
---[17]---
「結局、否定したって何もならない。今日みたいに、これは夢だって念じながら寝たって、こうして俺の前にはお前がいる。俺には抗う手段がない」
袋小路は何処までも続く、答えなんてどこにもない。
俺に会って話をすれば、希望は薄くても、もしかしたら何かわかる事はあるかも…なんて思ったけど、得たモノはと言えば、夢か現実かはともかく、この状況を受け入れるしかない…なんていう結論だけだ。
溜め息が自然と漏れる中、近くのゴミ箱に缶を投げ捨てる。
「そうだ、諭吉の代わりにコレ…渡しとくわ」
私は、ポケットから3本、自分にもはやお馴染みのチョークのようなモノを取り出し、俺へと渡す。
「・・・パロトーネ?」
俺は3本のうち1本を取り、それをマジマジと見る。
---[18]---
「何かあったらこれで自分を守れってか?」
「可能なら、そういう事をできた方がイイでしょ?」
「そりゃあ、俺らにも魔力はある…て言ってたし、あったら便利だろうな…とも思ったけど、マジで手元に来るとは思わなかった」
「あなたも私も、同じ考えに至ってるんだから、持ってきたって不思議じゃないでしょ」
「いやそうだけど…」
俺はそれを強く握り込み、何かを念じるように目を瞑る。
「ん~…」
数秒間、そんな状態が続いたけど、結果としてそのパロトーネが何かに変化する事は無かった。
---[19]---
「駄目だ」
「駄目ね」
まぁあくまで可能性の話、俺だって、どういう風にやればパロトーネが使えるのか、それは分かっているはず、それを実行するための間だったわけだから、結果は目に見えて明らかだ。
「まぁお守り程度に持っておけばいいか」
「何が起こるかわからないしね」
「縁起でもねぇ事を…」
「でも、実際そうでしょ。あなたと私の関係…状態…そこに至るまでの事も、夢でのブループや悪魔も、そんな事あるのか…て思えるような事だし、今更起こる訳ない…とか言えるような経験してないし」
「起きるかどうかの話じゃなく、フラグを立てるなって話だ」
---[20]---
「フラグね~。・・・確かにそうかも」
でもまぁ、何かが起こるって言っても、何が起こる?
公園の目の前で事故とか、その辺の家で火事とか、そんなありきたりでどこに居ようと可能性がゼロじゃない事、もし起きたとしても、それに驚く事はほんとに無いだろう。
驚くとしたら、事故なり爆発なり、その衝撃音でドキッと来るぐらいだ。
「フラグフラグと世間一般では言うけど、ようは言霊だろ?」
「そうだな」
「言葉は力を帯びていて、それを口から出す事で何らかの影響を与えるって…。なんかその帯びてる力っての、魔力の事みたいに感じるな」
「感じるも何も、そのものじゃないのか? 実際どうかわからないけど、そうやって言われるようになったのなら、それだけの理由があるだろ」
---[21]---
俺は、横に置いてあった松葉杖を取って立ち上がる。
「なんにしても、もう話は終わりだよな?」
「終わり…終わりか…、うん、そうね…、終わり」
今回の話し合いで得られたモノは何か…、その結論も出したし、俺にパロトーネも渡す事も出来た。
話の内容の良し悪しは置いとくとして、目的は確かに達成されている。
「ちなみに文音になんて言って出てきたの?」
「・・・コンビニ行ってくる…て」
「何の意外性も無くてつまらないわね」
「うるせぇ」
「まぁなんにせよ、今日はこのぐらいか…。会ってみたら、ビビッと何かが弾けるような事、そんな事が起きないもんかなって思ってたけど、そんな事は無かったわね」
---[22]---
「奇想天外な事は身を持って体験してても、アニメなりゲームなりみたいなご都合は起きないって事だろ? もし何かが起きてたとしても、それは俺らの都合じゃないだろうし…」
「私達に夢を与えた奴の都合…か?」
「ああ。・・・なんかあったら、また連絡を…する必要はねぇか。そっちの体験は俺も知れるし、俺の方もお前の方に行くし」
「そうね」
時間を気にしなければ、確実に記憶として情報伝達ができるってのは、便利と言えなくもないか。
またな…と、俺は私に背を向けて歩き出す。
「というか、コンビニ行くって言って出てきたんだから、コンビニに行って何か買ってきた方がいいんじゃない? 文音に変な目で見られるかも」
---[23]---
「それも…そうか…」
口実は知ってても、それを完璧なモノにする事、それを自分であるからこそこのタイミングまで2人して忘れていた。
「荷物持ちぐらいはやるわ」
「ああ」
先を歩く俺を、私は追う。
来た時よりも、さらに静かになったように感じる中で、今更ながら抜け出してここに来ていた事をどう言い訳しようか…なんて事も、考えたくなかったけど頭を過った。
それはある意味で、目的が達成されて、集中力が切れた証とも言えるかもしれない。
---[24]---
そう思うと、残ったやるべき事はまさに言い訳だけという事実に、私のテンションはドッと落ちる。
溜め息も漏れつつ、俺に追いつくその瞬間、視界が歪んだ…、いや、視界じゃない…、正確には、私の前を歩く俺の前、空間そのものが歪んだ。
そしてソレは、濃い霧の中から現れるかのように、徐々に輪郭をはっきりと映し出しながら、俺の前に現れる。
自分よりも一回り大きく、筋骨隆々な巨体、そのほとんどをモヤモヤとしたまるで魔力のようなマントを羽織る事で隠し、その合間からわずかに見える肌は赤く、その額には、天へと伸びた一本の角が…。
頭も顔も、そのマントのようなモノで見えない中で、その存在が何なのかわからずとも、ソレを象徴するかのように、その一本の角は生えていた。
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