第十三章…「その蝕まれゆく体は。」
目の前の女性2人は、テーブルの上に並んだ料理に舌鼓を打ちつつも、その目に宿る真剣さは衰えない。
「先に言っておくけど、私もトフラさんも、君達のような特異な状態には無いからねぇ~」
それはつまり、俺や、俺の隣に座る利永のような、夢を見る状態ではないという事か。
「だから君達の状態を十全に理解している訳じゃなくてねぇ~。私達にできる事は、君達の状態を比較していき、その先を模索していく事だけだ」
「比較ってのは、俺と利永さんのか?」
「いや、君達じゃない。私達の知る、君達以外の夢を見ていた男と…だ」
「それは昨日の…、トフラさんの旦那さんと…て事か?」
「そうだ」
「・・・」
---[01]---
比較…か。
今、俺の手元にある情報は、自分と利永2人分の情報しかなく、しかも、自分の分はともかく、利永の方はハッキリ言って多いなんて言える量じゃない。
そんな中で、1人分の情報が増えるというのは、願ったり叶ったりの状態じゃなかろうか。
それに、その情報をくれるのがエルンなら、俺や私からの視点では見れない…見ない部分の情報もあると思う。
「夏喜君はともかく、栄作君の方は、トフラさんの旦那で、私の軍の先輩である「ゼフト・ラクーゼ」、こちらの世界の名前は「白崎芳樹(しらさき・よしき)」さんに近い状態だ」
「近い…とは?」
自分の話に、利永も声を震わせつつも、口を開く。
---[02]---
「夢の方では体調に問題は無くても、こちらの自分の体調が優れない状態」
体調…か。
隣の利永に視線を向ける。
夢の方、ヴァージットの時も、お世辞にも元気そうには見えないんだけど、でもあれは覇気がないというか、テンションが低いというか、ネガティブ思考というか…、とにかく体調不良とはまた別の意味での元気の無さだ。
それと比べて今の利永は、体調的な意味で顔色が悪い…ように見える。
俺は医者じゃないし、その辺の知識が豊富という訳じゃない…、あるのはあくまで一般家庭の医学知識程度だ。
だから間違いだって少なくない。
そんな俺から見て、今の利永は…、ちょっと顔が青ざめているような…気がしないでもないと思う。
---[03]---
例えるなら、テスト前日に徹夜して、情報を頭に叩き込んだ知り合いみたいな顔だ。
一言で疲れ切っている状態、こんな奴が仕事に来たら、真っ当な所なら、帰って寝ろ…と言われると思う。
というか、今日は一応平日だし、なのにここにいられるというのは、つまりそう言う事なんじゃないだろうか。
「君達を夢と繋げているのは「魔力」だ。眠る事をきっかけに、魔力を使用して君達の意識を夢の世界の体へと移している。その結果、慣れない魔力の使用を続けている状態で、魔力に適した体ではない君達は、気づかない内に体を酷使している状態という事だ」
「・・・俺達の体は、そっちと違って魔力を必要としない…。だから魔力機関は超が付く程貧弱で、そんな中で魔力を使い続けるから体に疲労が溜まる。そっちの世界…、俺の場合はフェリスだけど、彼女の方は魔力に適した体だから、意識の移動に魔力を使っても疲労は溜まらない…か」
---[04]---
「夏喜君の考えが大体合っているかなぁ~」
初めて夢を見て、俺として起きた時、体に怠さを感じたけど、その原因は魔力機関を使った事で疲れていたから…て事か?
今も、そんな疲労感はある気がしないでもないけど、最初程感じないのは、単純にその疲労感に体が慣れてしまったのか、それとも…。
「聞きたいんだけど、俺達にも一応は魔力機関がある訳だし、夜人の例もある。魔力に体を慣らせば、魔力機関とか、少しは鍛える事は出来るのか?」
「可能じゃないかなぁ~。天人界の人間からしてみれば、それは微々たるものだろうけど、君達なら大きいと思う」
「そうか…」
「と言っても、扱える魔力量が全くの無な状態から、一つまみ程度の魔力になった所で、出来る事なんてないさ」
---[05]---
「・・・いともたやすく行われる希望のへし折り…」
フェリスでいる間の、魔力の扱いは頭では理解しているつもりだ。
実際、今まで魔力が扱えたら…なんて想像をしてこなかった訳じゃない。
その可能性を知れたのなら、ソレに手を伸ばすのは、極めて普通の事だと思う。
魔力が扱えたら…、右足が動かないとしても、身体能力の強化で幾分か動くのが楽になるだろうし、出来るようにして損は無い。
少しでも動きが軽く…、自由に動けるようになれば、周りに心配かけずに済む訳で…、周りからの哀れみの目から逃れる事も…。
「まぁこの世界の体の魔力機関を鍛えるのを否定はしないけどねぇ~。得られる恩恵が微々たるものだとしても、少し走るのが早くなるとか、少しいつも以上に重い物を持てるようになるとか…、そのほんの少しの力は得られる。希望は捨てなくてもいいさ」
---[06]---
「そうは言うがな…」
「夏喜君が何を考えているのかは、君の状態を考えれば概ね見当は付く。身体が不自由だからこそだろう。でも、それはあまりお勧めできないねぇ。その体が魔力と言うモノを理解し、君という存在が魔力に溶け込む事を、私は望まない」
「それはどういう意味だ?」
俺としては、少しでもいいからその力を使いたい…、使って自分自身でできる事を増やしたいと思ってるんだけど…。
そのエルンの意味深な発言に、思わず眉をひそめる。
「君…いや、君達という存在は、普通にこの世界の人間や夜人とは違うって事」
「違う…、夢の話?」
「そう夢…。魔力の繋がりを持ち、それを通じて体を行き来する…。魔力とは本来、命の力、それを扱えれば寿命だって延びるだろう。天人界の住人のように」
「じゃあ…」
---[07]---
こちらの発言を、エルンは手を出して制止する。
その表情がとても真剣で、言葉を繋げる事ができなかった。
「栄作君…ヴァージット君は、あまり魔力に接する生活はしていないみたいだけど、夏喜君…フェリ君は、毎日のように訓練で魔力を使い戦っている。その戦いの中で、魔力という便利さに何度驚いたかなかぁ~? 天人界の住人からしてみれば、ごく当たり前の事ではあるけど、君からしてみれば、驚きの連続なはずだ」
「それは…そうだが」
「じゃあなんで、栄作君の体は魔力に蝕まれる?」
蝕まれる?
確かに体調が悪そうには見えるけど、蝕まれる…なんて、そんな言い方をされたら、余計深刻な話に聞こえるんだけど…。
---[08]---
「栄作君は、話によれば君よりもだいぶ早い段階から夢を見ているよねぇ~。魔力による肉体の酷使はもちろんやっていない。私達に嘘をついているなら話は変わってくるけど、そんな様子もない。身体に疲労を感じる程度の魔力の使用。軽く運動をした程度の疲労感のはずだ。魔力を扱えるようにする訓練なら、私としてもそのぐらいでいいだろうと思う。でも、今まさに栄作君の体は、魔力に侵されている」
「それは、日常生活の中で疲れて体調を崩してるとか…、そういう話なんじゃ…」
「いいえ向寺さん、エルさんは何も…見た目だけでそのような発言をしている訳ではありませんよ」
トフラは利永の方へと顔を向ける。
何かを見るかのように…感じ取る様に、まるでその閉じられた目に優しく見られているかのような、そんな気分さえ覚えた。
---[09]---
「疲れが何処から来るのか…。それがもし、肉体労働による疲労や精神的な疲労なら、この世界の人である以上、魔力による疲労の回復は起きない。ですが、今まさに、彼の体の魔力は大きな流れを持っています。この世界の方から感じるには、やや大き過ぎる力の流れを」
「流れ…?」
流れとは?
体を循環する魔力…?
今の利永は、そう動くだけ…トフラがそう感じ取るだけ、その体では大きく魔力が動いているのか?
「でも感じ取って、動きが見える程の魔力の流れがあるなら、それだけ利永さんの魔力機関は普通の人よりも強い…じゃなくて、なんていうか…その…、鍛えられてる…て事か?」
「はい。一般的な方よりも…、向寺さんよりも…、その魔力機関は魔力を扱えるようになっています」
---[10]---
なら、トフラの言う通りなら、扱える魔力が0から1になっているようなモノなら、なんでこの人は、こんなに酷い顔をしているんだ?
魔力が、本当にこの世界に存在するのなら、少量でも体への影響は少なくないはず…。
理由があるとすれば、魔力なんて存在しないか、魔力自体の使い道が別にあるか…。
もし後者なら、使い道が別にある、そもそもその魔力が悪い意味で体に影響して…。
短絡的かもしれない…、でも、その何が原因なんだ…という疑問の終着点は、全てがあの夢に繋がる。
「もし、純粋な体調不良…、肉体の疲労ではなく、夢を見る事による魔力機関の疲労が原因であるなら、夢を見なくする事で解決できます」
---[11]---
「・・・夢を見なくすると言うけど、どうやって?」
利永の、このまま行き着く先が衰弱死とか、疲労の行き着く先であるなら、出来る限りそんな事にならないようにしたい。
知り合いが命を落とすとか、不快極まる話だ。
原因かもしれない事を解消できるなら、俺は協力する。
「どうやるか…は、単純な話だよ。この世界と夢、それを繋げているの間、君達の魔力だ。その魔力を断てばいい」
「断つ?」
「本来魔力機関が貧弱な君達が、魔力を使って夢の世界へ行けている原因を無くせばいいって事だ。心当たりがあるだろ?」
「・・・」
あの婆さんから貰った石…か。
---[12]---
「その心当たりがあるモノが、君達にとっての魔力機関みたいな役割をしていると思うんだよねぇ~。夏喜君の部屋に行った時、魔力を溜め込み続ける石を見た。周囲の魔力を集め続け、そして決まった流れを作り出していた」
「じゃあ、その石をどうにかすれば、俺はもう夢を見なくなるのか?」
「たぶんねぇ。魔力の影響で夢と現実を行き来している事は、フェリ君で確認済みだから」
「・・・は?」
確認済み?
エルンにその辺の関係で何かをされたって記憶が一切ないんだけど。
いつのまに…というか、俺は一体何をされたんだ?
「そんなあからさまに動揺をした顔をしないでってぇ~。別に如何わしい事はしてないからさぁ~」
---[13]---
「言い方って、大事だと思うんだけど」
「ホントに何もやらしい事はしてないってぇ~」
「・・・」
分かってて言ってるだろ…。
まぁいい。
言い方はともかく、エルンはそう言う事はしない…だろう…と、今は思っておく。
「何をしたんだ?」
「ん~?」
一口サイズに切り分けた煮卵を食べ、お茶で口に残るモノを胃の中へと流し込む。
「寝てる時の君の魔力をちょちょいっとねぇ~。簡単に言えば、フェリ君の魔力機関を、一時的にその夜だけ麻痺させたんだよ。昨日の朝、身体がすごく怠かったでしょ~?」
---[14]---
「・・・確かに、怠かったけど…」
「そして、君は現実で目を覚ます事なく、フェリ君としてまた目を覚ました」
「・・・」
「もちろんこの世界の魔力事情で怠さがあったのも事実だけどねぇ~」
あれがエルンの仕業…。
体調不良として、なかなかに気分の悪い目覚めであり、しばらくの間、気持ち悪さだってあった。
それが人為的とくれば、それをしたエルンに、幾ばくかの恨みが湧きたつけど、それも彼女の言葉の引っ掛かりに冷めていく。
エルンは、俺がフェリスとして目を覚ましたと言ったか?
それはつまり、俺と私、俺が俺でいる時、俺がフェリスでいる時、それを区別できるって事か?
---[15]---
「エルンは、俺がフェリスでいるの知っていた…のか?」
知っていた…その聞き方には、多少の違和感があった。
間違った聞き方ではない、フェリスがフェリスでない事に気付いていたのか…、そういう聞き方としての味方をするなら、むしろ正解とも言える気がする。
勝手だとは思うけど、エルンから度々言われていた君は君だ…という言葉、それはフェリスではなく自分に対して言ってもらえたと思ってた。
だからこそ、フェリスである自分を…、他でもない自分が、エルンを通して自分を否定しているようで、間違いを突きつけられているかのような感覚にすらなる。
なんて自意識過剰なんだろうか…。
自分の夢だからと受け入れられてきた言葉を、今となっては受け入れがたく感じてしまう。
「おかしな質問だな、夏喜君」
「…おかしい?」
---[16]---
「おかしいさ~。フェリスでいるのを知っていた…も何も、君自身がフェリスじゃないか。他でもない、他の誰でもない君こそが、フェリスだ」
「・・・」
それは言って欲しい言葉だったとは思うけど、面と向かって君は女でもあるんだよ…て捻くれた解釈もしてしまって、なんか複雑な気分だ。
「絶対にこう…という断言は、手持ちの情報が少なすぎるし、出来ないんだけどねぇ~。なんせ、トフラさんの旦那であるゼフトさんと、夏喜君とフェリ君、そして栄作君とヴァージット君、この3例しかないから」
「俺達以外に、そういう存在を見つけられないのか?」
「見つけようがないさ。天人界だって人間は沢山いるし、夢だから…なんて開き直りでその世界を受け入れられた日には、他の住人と変わらない。常に観察していた知人がソレに巻き込まれでもすれば、気付ける事はあるかもだけどねぇ~」
---[17]---
「観察っていうのは、仕草とか、魔力の流れとか?」
「そうそう。それでも最初から疑ってかかってやっとだと思うよ。人それぞれ感じ方はあるだろうけど、以前のその人を知っていても、イクシアみたいに今のこいつはこれなんだ…みたいな…、まるで別人のようになっていても、それ受け入れてしまうだろうさ」
「そう…か」
何かの謎を解き明かすなら、まずは情報が必要な訳だけど、その情報を得るための情報がそもそも無いというのは、まさに八方塞がりだな。
エルンが言う様に、常に観察し続けて、その人が運悪く、私達みたいな事になるのを待つか、周囲の連中を監視し続けて…、どう行動しようとしても空から都合よく情報が落ちてくるのを待つしかないのか。
---[18]---
「まぁとりあえず、今は手元にある情報を入念に確認し、調べ尽くす事が必要だ。解決できるかはともかく、このままの状態が続き過ぎれば、栄作君にどういう影響が出るかわからないからねぇ~」
「でも、そもそも利永さんをこの状態にした悪魔は倒したのに、夢を見続けてるのはどういう事なんだ?」
「それは簡単な話だよ。要は肉と鉄板、そして調理人兼捕食者の関係だっただけの事さ」
「つまり…なんだ?」
「悪魔は、君達の存在を作物と言っていただろう? そのままの意味だと思うよ。悪魔は得をする…欲しいモノを得る状態を作っただけだ。君達は肉であり、夢を見るという行為は火で熱せられた鉄板で、悪魔という存在はそれを食べる者。悪魔がいなくなったとしても、君達は夢を見続ける限り、鉄板で熱せられ続けているという話さ」
---[19]---
「熱せられ続ければ肉自体ダメになる…。だから夢を見なくなればこれ以上悪化する事は無い…」
「そういう事」
「・・・でも、もし夢を見なくなったら…、俺だったらフェリスが、利永さんだったらヴァージットが、彼女達はどうなるんだ?」
俺が俺でいる間も、フェリスはフェリスとして生活を続けているけど…、それでも大事だと思っていたモノが手から無くなったら、その行く末が気になってしまう。
「そこまでは何とも言えない。君がこっちで生活している間も、フェリ君はフェリ君としていつも通りの行動をしているし、弄れば同じ反応をする。君がフェリ君で無くなっても、彼女はいつも通り生きていくかもしれないし、もしかしたら、消えていなくなるかもしれない。でも1つだけわかっている事はある」
---[20]---
「わかっている事?」
「こちらの世界の君達が、夢を見るという状態を維持したまま死んだ時…どうなるか…だ」
「え…」
自分が死んだ時…、その言葉に、俺の心臓はいつも以上に強く脈打った。
意識を失う事で夢の世界に行く、でもそれはあくまでその先に目を覚ませるという状態があってこそ、つまりは俺が…フェリスが存命であるからこそだ。
俺が死んでフェリスになった時、フェリスが眠った時、その先はどうなるのか。
その疑問には、すぐにでも考え付かなければ行けなかったように思うけど、俺は今までその疑問に行き当たらなかった。
想像したくなかった…死の先にあるモノなんて…。
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