第十二章…「夢を見る者達。」
俺は今、自分の始まりの場所に立っている。
自分が産まれた病院とか…そういうものではなく、こんな状況が作り出された…すべての始まりの場所…、学校から家へ帰る帰り道、その途中にある路地だ。
この状況とは、俺ではない私…フェリスという存在から連なる人間関係とか、そう言う所。
「ふ~ん」
視線の先、意味ありげに鼻を鳴らすエルンは、俺が老婆にあった場所に立ち、その周囲を観察していた。
「トフラさん、どう思う?」
そして、彼女は俺の隣で立っていたトフラに対して、首を傾げた。
「そうですね。人間界というのは、場所によっては魔力の濃い所もありますが、この場所はその限りではありません。そしてここは他よりも魔力が濃いように思いますが、それはかなり不自然です。基本的に魔力の濃い場所は、溜まり場になるような…それをとどめておくだけの理由があります。ですがここにはそう言ったモノは無い、何も無ければ魔力が溜まる事は無いのです。ですがここには魔力がある。つまりそれは、魔力が溜まるだけの理由があったという事です」
---[01]---
「私の方で感じるのは、少しだけ不自然に思う程度だけど、トフラさんが言うなら間違いないねぇ~」
トフラの言葉に、エルンは真剣な眼差しで頷く。
「それにしても、昨日の今日で夏喜君が連絡をくれた事が正直驚きだ。しかもヴァージット君の方にも話を通してくれるとか、気が利きすぎだねぇ~」
ヴァージット事…利永栄作、俺と同じ夢を見る者、そんな彼は、俺の隣、トフラとは反対側に立っていた。
エルンは話を通してくれて気が利くな…と言ってくれるけど、彼もまた俺と同じ境遇の持ち主ならば、今まさに俺が見ているモノが夢であろうと現実であろうと、利永に声を掛けるのは筋というものだ。
・・・というのは建前で、夢と現実どちらでもいいから、現実の人間である利永を…仲間を増やしたかった。
---[02]---
言うなれば俺自身の安心材料だ。
そんな彼は、以前会った時も酷い顔をしていたが…、言っちゃ悪いけどその時よりも今の顔はひどい。
当然か、2回も失う事を知った直後なんだから。
数日で心の傷を癒せる人間なんてそういない。
あの日、フェリスやエルン、トフラ達がここにいる原因を作った悪魔が、彼に贈った惨い現実、利永はまだ、その現実を受け入れ切れていないんだ。
「とまぁ~、それはそれだ。ヴァージット君…いや、栄作君…だったかな。君の気持ちは痛い程わかる。残念だった」
「・・・」
さっきから利永は俯いてばかりで、エルンやトフラとしっかり顔を合わせてはいない。
---[03]---
そして、それは俺も同じ。
電話した時も、携帯越しに聞こえる彼の声は、覇気と呼べるモノを一切感じず、まさに心ここにあらずと言った感じだった…、それは今も続いている。
「すい…すいません。ぼ…僕、まだこの前の事が消化できなくて…」
「…そんな時に悪かった。君がどういう状況であるかは察しが付く所なんだが、それでもやっておかなければいけない事もあったんでねぇ~」
やりたい事…か。
俺は特に聞いていないが…。
そもそも、ここにいるのはいいとして、話を聞くという予定しか頭に無かった。
約束を取り付けはしたけど、会う事…話をする事が目的であって、それ以上の事を一切考えていなかったし、エルンがやらなければいけない事というのも、全く見当がつかない。
---[04]---
俺はとにかく話がしたかっただけだ…、この胸の中に残るモヤモヤを吐き出したかった…。
夢なのか現実なのか、もうはっきりと断言ができなくなっている。
私ではなく、俺が、弱音を吐きたかった。
「利永さんの何を確認したかったんだ?」
俺はエルン達にまた会えたからなのか、その胸に抱える安心感に、気が弱くなっていくのを感じた。
そんな自分になりたくなくて、その弱気を払おうと、エルンに質問を投げかける。
「まぁ~ちょっとねぇ~。君達の言う所の夢、そしてこの現実、その繋がりの確認とか…。これに関しては君も同じだ、夏喜君」
彼女はフェリスと話をする時と同じように、まさにいつも通りな対応をしてくれるから、その些細な事が俺の胸を温める。
---[05]---
「俺と…同じ?」
「同じと言っても、深刻度合で言えば栄作君の方が危ない。夢と現実、2つの自分を持っているが故の問題だ」
深刻…問題…て。
なかなかに穏やかじゃない言葉に、俺は眉をひそめる。
「とりあえず、どこか落ち着ける場所で話をしようか」
「ここはもういいのか?」
「確認したい事は確認したからねぇ~。という訳で…」
エルンがこちらに視線を向ける。
「どこか座ってゆっくりと話ができて…、尚且つ美味しいモノがある場所とか、近くに無いかなぁ~?」
「まさかと思うけど、何か飯が食いたいとかそういう話じゃないよな?」
---[06]---
こっちは真剣だ。
まぁそれはエルンも変わらないだろうけど、言い方が…。
わかった…と頷きたいのはやまやまだが、その事が頭の片隅に引っ掛かって、変に勘ぐってしまう。
でも、このまま暗い雰囲気で、大事な事とはいえ、堅苦しい話をし続けると、息が詰まってしまうか?
いや…詰まるな。
正直、今の俺の心境は受験の合否発表の前日のような…、不安でたまらない状態に近い感じだ。
自分が置かれている状況…、これから何が起こるのか、どんな予期しない事態に見舞われるのか…、不安でしょうがない。
この状況だって予期せぬ状態だけど、相手がエルン達だからこそ、平常心を保っていられてる。
---[07]---
形だけでも何かを食べながら…とか、そんな状態なら、少しはこの不安を拭える…か。
俺は、出来る限り自分が抱える不安を表に出さないように、エルンの…お願い…という言葉に頷いた
「・・・わかった」
エルンがそこまで考えているかどうか…。
彼女の事だ、どちらの可能性もある…いや、考えてくれていると思いたい。
何か美味しいモノを食べたいという気持ちが本音だったとしても、この際だから考えているって可能性を前面に押し出そう、そうであると思い込んでおく。
俺は軽く頷いて、路地から出るため踵を返す。
「食い物っていってもな~…。平日の昼間とは言え、ファミレスとかは人がそれなりにいるし…というか、久遠寺の家で話をするのは駄目なのか?」
---[08]---
俺は、路地を出た所に車を止めて待っている…黒スーツを纏ってグラサンを決めている男達に目を向ける。
会話が会話だし、その辺の一般の人が、俺達の会話を聞いていても、その内容を理解できるとは思えないけど、理解したとしてもそれは誤解に終わる気がするし、その誤解から面倒が増えたりとか…。
それなら、夜人のエルン達が寝泊まりさせてもらってる久遠寺の家に行った方が、会話をするにも話しやすい気がする。
「それでもいいけど、向こうがどう言うか…だねぇ~。一応、ある意味で裏社会側の存在だし」
裏社会…。
用途が人を守るため…とはいえ、銃やら剣を持っているし、今まで俺自身夜人という存在を見聞きしてこなかった理由はそこ、表の人間たる俺と裏の人間である夜人、その差がやっぱりあるのか…。
---[09]---
「リータさんは向こうの人間なので、夜人の方達は受け入れてくれていますが、向寺さんとリータさん、それが同一人物でも、こちら世界の人間を不用意に招き入れる事を、彼らはよくは思わない」
移動する事が決まり、エルンに手を取ってもらったトフラの表情が、微かに残念そうな表情を見せる。
「俺はフェリスとして、正確ではなくとも、大体の場所を覚えているけど、それはそれ…て事か」
「実際に君がその場所に行った訳じゃないからねぇ~。問題としては別だ」
問題ではあるのか…。
「今は細く、確固たるものではないですが、あそこに行けば、その時こそ、朧気だった縁が確かなものになってしまう」
---[10]---
「私も、胡散臭いと蹴る事が多いんだけどねぇ~。夏喜君と栄作君が出会ったのも何かの縁、なかなかに馬鹿にできないモノなんだよ。必要以上に可能性を増やすのは良くないって話だ。今、こうして話をしているのは、必要だからこそ、これ以上の干渉は避けるべきだ。2人の為にも…ねぇ~」
「・・・そう…か」
エルンとトフラ、2人の言わんとしている事は、完璧ではないにしても何となく察する。
「という訳で、夏喜君、早く良さげなお腹を満たせる場所に行こ~」
「話ができる場所…だろ?」
「そうそう」
エルンのいつも通りの態度…喜ぶべきか、それとも不安に思うべきか…、複雑な気分だ。
飯屋…と言われても、俺はその辺の情報に疎い…。
---[11]---
家族と飯屋へ、知り合いと飯屋へ、外食をする時に行くのはファミレスとかラーメン屋とか、後は居酒屋とかばかり、それらは、昼間から…しかも話をゆっくりできる場所…としてはあまり適切とは言えない気がする。
まぁファミレスなら、普通にありかもしれないけど、残念な事に近くにファミレスが無い。
車があるのなら距離なんてあまり気にする必要もないとは思うけど、食事をメインに置かないのだからもっと別の場所が良いと思う。
あくまで個人的な見解なんだけど。
そしてたどり着いたのはとある駄菓子屋だった。
路地を出た通り、学校前の俺の通学路、その道沿いにある駄菓子屋だ。
駄菓子もあるが、おでんにおにぎり、時間によってはお酒もありで、座席も少なくない良店。
店としての知名度は、何度もテレビで紹介される程度には有名な店だ。
---[12]---
この時間帯なら、いくら有名店とはいえ、ガッツリとした食事処でない以上客は少なく、味も完全保障されている。
選択肢として、ここまで有用な場所もないだろう。
後は…、いつも通り過ぎるだけで、入った事がなかった…ていうのも、この店を選んだ理由の1つというのは言わないでおく。
「じゃあ早速、夏喜君、なにがお勧めかな、ここのご飯?」
ご飯て…、もうすぐ昼飯時だからって、食事を取る気まんまんだな、おい。
まぁいいけど。
「おでんとかおにぎりとか、色々あるが、いろんなの食べたいならおでんだな」
「おでん、おでんか。カズの家で出てきた事はあるけど、ここのおでんはそんなに有名なのか?」
「有名だ」
---[13]---
「ふ~ん、じゃあソレにしよ~」
エルンの目が期待の籠ったようなものに変わる…、嬉しそうな目だ。
そして、おでんが盛られた大皿が、俺達のテーブルに置かれる。
地域独特の黒い汁で煮られたおでんは、その色を煮込んだ具材に染み込ませ、見た目からはしょっぱそう…濃そう…という印象すら受けるけど、甘い味噌タレと青のりの入った魚粉を掛ける事で完成するそのおでんは、口に頬張れば牛筋で出汁の取られた汁の濃厚な味わいに、練り物である魚肉の甘みが合わさって、ジューシーながら甘く、その美味さは的確にこちらの食欲を刺激し、あまり食べる気は無かった自分の手を具材の刺さった串へと伸ばさせた。
適当にとはいえ、店員からおすすめを聞きながらエルンが持ってきたおでん達は、あまり気にならなかった空腹感を俺に認識させる。
「美味い、美味いねぇ~」
---[14]---
美味し過ぎてほっぺたが落ちる…なんて表現が当てはまる人間の顔は…、きっと今のエルンのような表情を刺すんだろう。
正直、右手でおでんの刺さった串を持っている彼女は、もし左手にビールジョッキを持っていたら、さぞ似合う事だろうな。
想像しても全く違和感はない。
「これ、材料は魚だよねぇ~。いいねぇ~、向こうも主食は魚だから、調味料さえ持って帰れば、向こうでもおでんが食べられそうだ」
「…確かに、試行錯誤は必要だと思いますが、主な具材を向こうでも確保できる料理は貴重です」
「このおでんは、調味料だけあれば…なんて生易しい料理じゃないんだが…。煮込む汁には牛筋が必要だし、そもそもおでんは練り物だけでは成立しない…、そこに大根やジャガイモ、こんにゃく、卵に…、極めつけはこの地域にある特別な白くないはんぺんが…、とにかく色々なものが必要だ。調味料だけでなんて…」
---[15]---
ハッ…と思わず熱くなってしまった自分に気付く。
声にも力が入ったから、それを聞いていたエルン達は、その気迫に少々驚き気味だ。
というか、ココにはおでんを食べに来た訳じゃないだろう、おでんで熱くなった熱を吐き出して、本来の目的へと頭を戻す。
「おでんの話はいい。後で聞くから、今はもっと大事な話があるだろ?」
「そうだねぇ~。真面目な話の前に、少しは緊張がほぐれたら…と思ったんだけど…」
2人の気遣いはありがたい。
どういう話をされるにしろ、緊張し過ぎて胸が締め付けられ続けたら、真面目に聞いてたとしても、頭の中でちゃんと消化できてたかどうか…。
---[16]---
「大事な話…そう、君達にとって…、2つの世界を生きる君達にとって、大事な話だ」
2つの世界…か。
「確証はない…。けど、私達は嘘を言うつもりはない、これから話す事は、本気の言葉だ。話す内容を信じるかどうかは君達次第だけど、私達は嘘偽りなく話している…、その事は信じてほしい。今の君達の状態を診て、私自身、トフラ自身も感じている事だが、この生活…これを続けていたら、遅かれ早かれ、君達はどちらかの世界を失う事になる」
「失う? それはどういう事だ?」
「そのままの意味…としか言いようがないんだけどねぇ~。この生活、夢を見続ける行為は、君達の命を食い続ける」
---[17]---
「あなた達人間は、保有する魔力が極端に少なく、その魔力に対する耐性も弱い。夜人の方達のように、無理矢理魔力に対して適応した訳ではない人が、これ以上魔力の力に晒され続ければ、体が耐え切れなくなってしまいます」
おでんの話とは、天地がひっくり返った程に、重い話になってきた。
その話をどう消化すればいい?
「こんな事、突然言われても信じられないかもしれないけどねぇ~。大事な話だ。この際、君達が眠ってみる向こうの世界が夢だとするけど、変だと思った事はあるだろ? 同じ世界で生活する夢…なんて、到底あり得ない話だ」
「それは…まぁ、おかしいと思わない方が難しいだろ」
「うん、そうだねぇ~。その夢を見るために…、君達はどうしているか…、あの夢を見るため、魔力を用いた術が君達には掛けられている」
信じてほしい…から始まった会話、それを話すエルンの言葉は、すごく…真剣だった。
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