第九章…「その欠けてはならないモノは。」
「だ~めだぁ~」
リビングに、エルンの投げやりな声が響く。
私が自分の、俺自身の部屋で、自分の状況に考えを巡らせ、そしてまたリビングに戻ってきた時に、耳へと届いた第一声がソレ。
声色からして、大事に至るようなモノではない事、それは理解していても、状況が状況なだけに、なんでそんな声が出るのかと、疑問が出てくる一方だ。
リビングへと戻る足も、幾ばくかの心配な気持ちが逸らせて、ちょっとだけ早足になる。
でも、その結果は当然、何事もない…問題のないモノだった。
「何をしてるの?」
友人2人とソファーに腰掛け、コントローラー片手に両手を上げた敗北のポーズ…。
---[01]---
何があったのかは、想像に難くないけど、全く持って予想していなかった光景に、お約束のような声が出る。
「作業が詰まったあいつらが、エルンを誘って息抜きだとか言ってゲームの大戦闘をし始めた。それだけだ」
『あ、夏喜、あなたはゲームに混じってていいって。私がやるから』
「大丈夫だ。心配のし過ぎだって」
テレビの前でゲームをする3人とは対照的に、食事の準備をする俺と文音。
文音は俺の事を気にかけてくれるが、俺はそんな心配を気にする事なく、慣れた手つきでキッチンにある食器類を取り、リビングのテーブルに並べていく。
我ながらよくやる…と思う反面、いやいやゲームに混じって大人しくしてろよ…と思う。
普段何気なくやってる行動、自分にとっては普通の事だし、何の問題にもならないと思ってはいるけど、客観的に第三者としてその作業光景を見ると、ドギマギするというか…、とにかく心配だ。
---[02]---
だから、俺ではなく私は、文音のゲームをしろと言う意見に、全面的に賛成せざるを得ない。
「いいわ。準備は私がするから、夏喜はそこの3人と遊んでて」
「いやだから…」
「いいから」
他でもない私が言っている…、しかし俺はそれでも作業の手を止めようとしないから、その手に持った食器類を横取りし、彼へ真剣な眼差しを向ける。
「文音が心配する。私がやると言ってるんだから、今日は遊んでて」
「・・・はい」
眼差しを向けるだけじゃ弱いかなと、お互いにだけ聞こえる声で、説得をしてようやく、俺は折れる。
それでも不服そうな顔をしていたが、最後にはわかった…と渋々ながらの言葉が返ってきた。
---[03]---
「やれやれね」
自分を第三者目線で見る事自体、前代未聞な体験をしている中で、自分が普段どういう行動をしているのか…それを見るというのは、まさに不気味…、いや複雑な気分だ。
俺って、なんだかんだ強情なのかな…、いやそうじゃないか、ここでこうして料理をしているのが文音だから…。
「ごめん。お客さんなのにこんな…、私がやるから、フェリシアさんも向こうで休んでていいよ」
「いやいいわ。私の連れが、やってた事の邪魔をしちゃったみたいだし、このぐらい手伝わせて。ね?」
「え~、でも。あいつら、いつも通りだよ。あの脱線具合」
知ってる。
---[04]---
「じゃあ、言い方を変える。私が手伝いたいのよ。料理がしたいの。まぁこんな手の状態だから、食材に直接触る…なんて事、出来ないけどね」
「その指のは取れないの?」
「取れないわね。眠るまでこのまま。下手をすれば明日もこのままね」
「へ~」
文音がまじまじと私の指を見つめてくる。
なんだかそれが気恥ずかしくて、私はそっと自分の手を引っ込めた。
「とにかく、手伝わせて」
「うん。じゃあ、お願い」
「ありがと」
料理をしたかった…ていうのに嘘はない。
天人界でのアレが料理か…と言われれば微妙な所だけど、俺としては普段から料理はしている。
---[05]---
でもそれは普通の料理をする光景とは、やっぱりどこかが違う…歪な…普通じゃない光景になってしまう。
俺としては、頻繁に…ではないにしても、弟妹の世話をする過程で料理をする事はあった訳で、それができなくなった今、自分の足でしっかりと立って料理をする…、その気分を久々に味わいたくなった。
「じゃあ、フェリシアさん、このお肉焼いて」
「任せて」
普段、俺が着けているエプロン着け、その紐をギュッと締めてから、文音に渡されるボウルに入ったタレに漬かった豚肉。
香ってくるニンニクとショウガの匂いが、お腹の虫を刺激してくる。
いつも以上に、その匂いは強烈に感じた。
やはり、私だからこそ、その嗅ぎ慣れない食材の香り、料理の香りに鼻が敏感になっているのかもしれない。
---[06]---
ジュージューと油をひいたフライパンの上で踊る豚肉、強烈なまでに鼻とお腹を刺激してくる匂い、思いのほか…口からよだれが垂れるのを耐える必要性があるようだ。
「フェリシアさん、普段から料理するの?」
「すると言えばする…かな。でも一応私の所は交代制だから、毎日私がやる訳じゃないわ。なんで?」
「なんか、手際がいいというか、手慣れた感じがしたから。私、身の回りに料理ができる人夏喜だけで…」
「だから、料理ができないのは普通…と?」
「あ、いや、ごめん。そういう意味じゃなくて」
「ううん、気にしないで、わかってるから」
---[07]---
まぁ知らない人が、任せてなんて言ってきても、料理をする光景を見るまでは、出来るかどうかなんてわからないし、料理ができる人…て事で、文音は安堵する意味も込めてああ言ったんだろう。
まぁ俺として料理をするのもそうだが、お肉を焼く…という事に関しては、私もやっている事だから、慣れない訳がないんだけど。
『お~、良い匂いじゃないかぁ~、フェリ君』
楽しい…かどうかはともかく、料理の場は沈黙に支配される事なく進んでいき、今度はなんの前触れもなく、私の肩にもたれ掛かる様にエルンが姿を現す。
「これはショウガヤキ…かな。昔こっちで、食べた事あるよ」
昔…てのは、これより以前、前の悪魔騒動の時に人間界に来た時の事を言っているんだよな。
---[08]---
なんだかんだ知ってるんだ、こっちの料理。
「フェリ君、今、文音君に褒められてたけど、こっちの料理も得意な感じ?」
「得意かどうかは私の口からは何とも言えないわ。というかご飯はまだできないから、向こうでゲームをしてなさいって」
「むぅ~…、げーむねぇ~」
こちらの言葉に、エルンは端切れを悪くさせる。
「何か問題でも?」
「問題? あるねぇ~、大アリだ」
意味深なセリフを吐きながら、エルンはさらに私へと体重を乗せる。
「楽しくなかったか?」
まぁ、負けてばかりだったみたいだし、人によっては楽しくないと思う事は少なくないと思うけど。
---[09]---
「逆だよ逆。楽しいから、あまりやり過ぎるのはどうかなと思ったわけさ。ここで恋しくなったって、結局は向こうじゃできないものでしょ~? これ以上やってドはまりしたら、取り返しがつかない…」
「あっそ…」
家にゲームが無い子の心情を細かく説明されてる気分だな。
気持ちはわかるが…、こればかりはしょうがない。
「なら諦めるしかないわね」
「くぅ~…、惜しいねぇ。まぁ仕方ない事だな。・・・話は戻すけど、フェリ君は人並みの料理はできる…かなぁ~?」
「戻すんだ…。・・・人並みには…ね。できるつもりよ。でも、さっきも言ったけど、得意かどうかはどうだかね。慣れているだけで得意とは言い難い。・・・というか、何よ、その質問?」
---[10]---
ここに来たのは、エルンからしてみれば私に現実を見せるため…て事のはず、会話の流れとはいえ、なんでそんなに聞いてくるのか…。
「こっちの料理を向こうでもやるつもり?」
向こうの料理は言わずもがな、でもこっちの道具なり食材なりを持ち帰れば、向こうでの食生活が一変する事間違いなし。
天と地の差、雲泥の差、石器時代と現実並みな飛躍だ。
「そのまさかさ。まぁ実際の所はフェリ君の料理のできるできないは問題じゃないけど、出来るのなら嬉しい」
「そう…」
ある意味、むこうの世界での一番の苦行…一日一回ではあっても、大事な食が潰れているのは問題と思っていたから、エルンの話はまさに胸躍る言葉と言える。
---[11]---
それを表情とか、表に出す事はしないが、私は心の中で両手を上げて万歳御礼だ。
「・・・」
嬉しい事とはいえ、この少しの合間に、不自然な会話をしてしまった。
帰ってもゲームができないとか、向こうの料理とか…。
いったいどこの田舎から私達は来てるんだよ…て話よ、隣にいる文音からしてみれば。
「フェリシアさん、焦げちゃうよ?」
こちらの見せぬ心配とは裏腹に、文音は肉躍るフライパンを覗く。
「え? あ…おっと…」
慌てて肉を裏返す。
任せてと言ったのに、そんな体たらくを見せた事の気恥ずかしさに文音の方を直視できずに、チラチラと見ていると、そんな私に気付いて、彼女はクスッと笑った。
---[12]---
「フェリシアさん、ピシッとした感じなのに、案外抜けてるね」
「ははは…」
付け加えるように文音の口から出る可愛い…という言葉に、複雑な感情を抱いて、どことなく自分が返す笑顔も引きつり気味だ。
「いいですよ。気にしてない。火加減はちゃんとしてあったから、すぐ焦げるなんて事ないよ、うん。夏喜みたいな失敗をするから、なんか面白くて」
それはまた…二重に恥ずかしい事で…。
「ふ~ん。似てる…ねぇ」
そこに、エルンは不気味な笑みを浮かべる。
あからさまに、良い事を考えていない顔だ。
「文音君と夏喜君は、付き合いは長いのかい?」
「え? う、うん」
---[13]---
「ふ~ん。じゃあ2人はつがいな関係だったりする?」
「つがいって…鳥とか野生動物じゃないんだから。・・・というかなに聞いてるのよ。初対面に対して…」
予想だにしない方向の会話に、私はエルンにその話は駄目と制止するが、彼女は止まる気が無いらしい。
「え? 普通の恋バナじゃないか。皆するだろ? 女同士集まったら」
実際私は女であって女じゃないから、賛同を求められても困る。
エルン自身、私がどういう存在なのか、彼女なりにわかっている上での質問だから質が悪い。
「ごめんね、文音さん。別に答えなくてもいいわ」
「ううん、別にいいよ。気にしないで。エレナさんの質問、その答えはノー。別に恋人関係とかじゃないよ。なぁなぁでそういう…その…関係に近い…状態な…気もするけど…」
---[14]---
最初こそ普通に返してきた文音だが、段々と自分の話している無いように自覚を持ったか、すらすら出てきた言葉も、最終的には詰まり気味となる。
まったく…、話すなら話すで、最後まではっきりと言ってくれ…。
そして、耳まで赤くなるぐらいだったら話すな、こっちまで恥ずかしくなるわ…。
ツッコミを入れたいが、私がそれをする訳にはいかない…と、喉元まで出てきた言葉を飲み込む。
「なんで、フェリ君まで顔を赤くするのさ」
「うるさい」
誰のせいだと思ってる…。
「そ、そういえば、お探しの漫画とかあった?」
恥ずかしさからか、文音はこちらに視線を向けずに、手元の料理を見続ける。
「・・・うん。あったわ…ありがとう」
---[15]---
「お礼は…私じゃなく夏喜に言って。・・・それにしても、その…そこまで本物みたいに作ってるなら、完成が楽しみ」
「そ、そうね。私も楽しみ」
チラチラと文音に見られる尻尾が、すごくこそばゆいというか…、今すぐにでもだらんとただ垂らしている尻尾を、少しでも見えにくいように動かしたい…、無理…というかダメなんだけど。
というか、だらんと垂らしているだけだと、尻尾の一部が地面を擦るから、それはそれで気分が悪かったりする。
「・・・焼けたわ」
そして、そうこうしている内に出来た料理を皆で食べる昼食、楽しいけど…どこか息苦しい、そんな複雑ながら悪くない時間は過ぎていく。
「じゃあそろそろお暇しようか、フェリ君」
---[16]---
日が陰り始めた空を見て、エルンは呟く。
昼前に来て、そんな時間まで…、かなり長い時間ここにいたらしい。
見事に友人連中の執筆作業は進まず、残っているのは、テーブルの上に広がる食べかけのお菓子の山と、ちょっと疲れ気味な面々の顔だった。
「そうね」
私と俺、自分同士のゲームの対戦…なんて、あり得ない事ができたのは嬉しいけど、私…フェリスはゲーム初心者だからか、あまり白星を挙げる事は出来なかった。
床に腰を下ろし、ソファーに背中を預けたまま、私はゲームのコントローラーをテーブルにおいて、両手を天井に向けて伸びをすれば、背中辺り、小さくポキポキと鳴っているようで、座り続けてのあまり良い姿勢でなかった事を実感する。
「フェリっちは、その格好で帰んの?」
立ち上がって、凝り固まった体をさらに伸ばしていると、友人2人は興味深そうにこちらを見てくる。
---[17]---
この2人の注目の的になるのは、なかなかに気持ちが悪い。
「帰ると言っても、迎えがくるから大丈夫」
こんなのぶら下げて外を歩ける訳ないよねぇ~と、エルンは付け足しながら、私の尻尾を持ち上げて笑う。
「連絡はもう入れてあるのか? まだならすぐは来れないだろ?」
「大丈夫大丈夫、え~と~…このけーたい?…で連絡すれば、すぐ来る。近くで待機しているはずだからねぇ~」
そう言って、エルンはポケットから手の平サイズの折り畳み式携帯を取り出す。
ここに来た時に夜人から渡されていたんだろう。
連絡すれば…と言っているが、エルン自身、その使い方を知っているかどうかは謎だが。
---[18]---
「それって、エレナさんの携帯か?」
「そういう訳じゃないけど、まぁ私と連絡が取れる道具ではあるねぇ~」
「・・・」
俺は幾ばくかの時間、何かを考える素振りを見せ、何かを決意したかのように小さく頷いた。
「来てくれたのは嬉しいが、今日みたいに突然現れられても困るから、連絡先を交換しておいた方がいいと思うんだけど」
俺は自分の携帯を取り出して、ぎこちない苦笑いを浮かべる。
確かに、俺の言う事は一理あるな。
ここが現実なら…という可能性を踏まえるなら、私としてだけじゃなく、俺としてもエルンと連絡を取れる手段を確立しておくのは、今後きっと役に立つはずだ。
「え~。夏喜だけズルい。私もフェリシアさん達とメル友になりたい」
「俺も」
---[19]---
「僕も」
必要かどうかは二の次で、ここにいる全員とメアドと電話番号を交換し、家を出る。
見送りだからと4人が玄関まで来てくれるのは、騒々しさと共に胸が温まるようだ。
フェリスとしては初対面でも、現実の知り合い達に…またな…と言ってもらえるのは、言い過ぎかもしれないが何物にも代えがたい。
俺が、足が不自由という事もあって、見送りは玄関まで、名残惜しさもありつつ、扉が閉められた。
「なかなかに愉快な面々だったねぇ~」
「・・・4人集まると、どうしてもあ~なるのよ」
「ふ~ん」
---[20]---
私の返答に意味深な笑みをエルンは浮かべる。
「なに?」
「フェリ君はさ。こっちと向こう…、君の言う現実と夢…、どちらが大事かな?」
「は? そんなの選べる訳ないわ」
不意なエルンの質問に、私はすぐに返す。
夢か現実か、ここは夢ではなく現実で夢の延長線じゃない…とか、そういう説得めいた話ならともかく、どちらが大事か…なんて、今の私には比べようもない。
現実は現実、夢は夢、現実にないモノが夢にはあって、夢にないモノが現実にある。
言うなれば凸凹の関係だ。
でもただの凸凹ではなく、その2つを重ね合わせれば隙間なくぴったり嵌る凸凹、俺という存在を俺のまま維持するのに必要な形を、私という凸凹を合わせる事で手に入れる事ができる。
---[21]---
夢を無くせば、俺の支えは無くなってしまう。
現実が無くなれば、そもそも現実で生きる者である以上、その先に待つモノはただの死であり、その後、夢で目を覚ましたとしても、現実で見た悪夢を夢の世界で味わうだけだ。
だからこれだけはハッキリと言える。
「どちらも私という存在には必要だ。どちらかが欠けたら、私は私でなくなる。だからどちらかが大事…じゃなく、どちらも大事…」
私は真剣に、エルンの目を見ながら言い切り、それを聞き届けた彼女も、ふざけた様子もなく、ただ…わかった…と返した。
---[22]---
「じゃあ話は帰ってからという事で…、迎えを呼びたいがぁ~…、これはどうやって使うんだい?」
不思議そうな表情で、折り畳み式の携帯を、開けては閉じ…を繰り返す。
「預かっておいて、使い方は知らないのね」
「しょうがないじゃないか。以前人間界に来た時は、こんなものは無かったしねぇ~。フェリ君がいるから、改めて使い方を聞くまでもないだろうとも思ったし…。使えるだろ、けーたい?」
「・・・ええ」
まるで機械に疎い、爺ちゃん婆ちゃんを相手にしているみたいだ。
本人に言えない事だけど。
エルンから携帯を受け取って、電話帳に載っている俺や文音…友人2人以外に登録された唯一の連絡先に、不安ながら電話をかけ、到着した迎えの車の中で、私は身体の疲れを感じつつも、どこか清々しい気持ちのまま帰路へと着いた。
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