第八章…「その立つ場所の違う景色は。」
「フェリシアさん、エレナさん、お茶どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとねぇ~」
不思議な気分だ。
俺自身の顔を見ながら、本来自分がいるべき場所を、他でもない自分自身が見ながらお茶を飲むというのは…。
友人2人は創作作業に戻ってはいるが、こちらの事が気になって仕方ない様子で、チラチラとこちらに視線を向け、俺自身は、そもそも私という予想だにしないイレギュラーの出現に、混乱して落ち着きがない。
私だって混乱気味なんだから、お前も少しは落ち着け…なんて言いたいぐらいだけど、この状況…文音たちがいる所でできる訳もないから、もどかしさの残る気持ちを、私は胸の内にしまい込む。
---[01]---
「「あの…」」
お互いに言葉を交わさないこの気持ち悪ささえ感じる間に、私と俺は同時に口を開く。
「「・・・」」
「仲が良いねぇ、君達」
いや…、私も俺も、同一人物…という事を踏まえれば、タイミング等が噛み合っても仕方ないけど…。
そんな私達を見て、エルンが笑う。
「別にそんなつもりはないけど…」
「いやいや、フェリ君、知った仲なんだし、仲良しなのはいい事だよ。いや、この場合は気が合うと言った方がイイかなぁ~」
「・・・」
---[02]---
知った仲…ねぇ…。
エルン達の説明を鵜呑みにするなら、今私の目の前にいる俺は、私自身が眠った後、夢だと思っている世界で、私として生活している間の、私自身だという事になる。
それが本当なら、知った仲なのは当然だ。
私自身、俺自身なんだから。
「・・・な…何を言おうとした?」
「いや、あなたからでいいわ」
「いや、そ…そっちからでいい。こっちは言おうとした事が頭から出て行っちまった」
「・・・そう」
まぁ私以上に混乱している状態なら、仕方ない…か。
---[03]---
こっちの方が幾分か落ち着いている訳だし。
「この家に来るのはいつ以来だったかなって、考えてたのよ」
話をしない間が続くのも嫌だし、適当でいいから場を持たせるための会話がしたかった。
そして、それを利用して私と俺との関係を、今の内にでっち上げないと、歯車が上手くかみ合わなくなる所か、そもそも規格が変わってきてしまう。
ここが夢か現実か、正直まだわかりかねている状態だけど、もしも現実だったら…のもしもを尊重しておいた方がいい…と思うから。
もし現実なのに夢だと思ってハチャメチャな事をしたら、取り返しがつかない。
「あ…あ~。いつだったっけな。だいぶ昔だったから、覚えてねぇ」
「確か赤ちゃんが産まれたって事で、お祝いをしに来た時以来だったかしら…。確か弟さんが産まれた時…」
---[04]---
「あ~そうそう、秋辰が産まれた時…だな。だから9年も前になる」
「そんなに…。・・・ごめんなさい。お葬式に行けなくて。あの時は立て込んでたから」
「別に気にしてねぇよ…。・・・そっちも事故で生死の境を彷徨ってたろ…確か。お互い苦労してるんだ。その辺は、言いっこなしだよ」
「・・・そう。それはありがたいわ」
生死の境…か。まぁ私は俺なんだから、俺が大変だった時は私も大変で…。
それに俺が私に初めてなった時だって、その直前までフェリス自身は重症で眠り続けていた訳だし、どちらに転んでも嘘は言っていない。
というか、普通に話しに乗って来てくれている辺り、俺は私の意図に気付いてくれているのか?
私と俺、フェリスと夏喜、夢と現実、本来同じ場所に同時に存在しない以上、その2人の関係は存在しない、第三者から見た接点など存在するはずがない。
---[05]---
それを話し合っているというのは、俺が意図を理解してくれているという、その証明の何物でもないんじゃないだろうか。
疑いが消えない中でも、少しは相手の事を、俺の事を信じたい、自分は自分なんだと、都合よく操られた存在じゃない…と信じたい。
「「・・・」」
『せっかく集まったんだから、暗い話はやめようよ』
また静寂が訪れそうになった所で、今度は文音が口を挟む。
「2人はどういう関係なの?」
「「・・・」」
お…おう…。
なんか、静寂とは違う、別の居心地の悪さを感じる質問が飛んできたな…。
さて、その辺、どうやって説明したものか…。
関係性…、この設定は絶対に間違ってはいけないモノ…、あとできる限り不用意な事をベラベラと喋ってはいけない。
---[06]---
「なんでそこで黙るのさ、フェリ君」
「え? あ…その…」
そこに横槍を入れるエルン。
勘弁してくれ、楽しんでるのか?
こっちは夢であれ、現実であれ、下手な事ができないっていうのに…。
「そんなに口ごもる事じゃないだろ? 君はこの前、楽しそうに話してくれたじゃないか」
「・・・というと?」
「ほら、何だっけ…。家族ぐるみの付き合いが年に一回あるか無いかぐらいだけど、仲は悪くないって。尻尾と爪を作る手伝いをするついでに、私だって面白がって聞いたけど、何にも面白い事なんて無かったねぇ。それこそ、ほんとにたまに会うだけの親戚とか従妹とか、そういう類の間柄としか感じなかった印象だ」
---[07]---
あ…そういう設定で行くのか。
「何々? フェリ君はなんで躊躇したのかな? 夏喜君の方は、文音君の事もあるからわかるけど、フェリ君も文音君の事が気になっちゃったりしたのかなぁ?」
「えッ!?」
こいつ、絶対楽しんでるだろ。
いつも客観的に見ていたエルンのフィア弄り、その矛先が今、自分に向いている…そんな気がする。
「…いや、まぁ…そうね。可愛いんじゃないかしら?」
「あらあら、微笑ましいねぇ~」
「く…」
別に答える必要もない事に対して、返答を返してしまった気がする。
あくまで、私はフェリス…、中身が俺だったとしても、フェリスとして接する必要があるのに、調子が狂うな。
---[08]---
勘弁してくれ。
むしろフェリスであって、俺でないからこそ、普段なら理性がカバーする部分を、フェリスの理性ではカバーされない感じか?
何それ、フェリスはそっちもいける口?
いや、単純に気にしてないだけか
どちらにしても今の発言が恥ずかしくて、今更顔が熱くなっていく。
「おいおい、フェリ君。顔なんて赤くしちゃって、本気じゃないか」
「う、うるさい。頬をつつくのをやめないか」
ほんと、この場に合わせて印象を変えてるにしたって、責められるこっちは下手したら帰りまで持たないペースだぞ?
「あはは。可愛いだって夏喜。私モテモテだ!」
「良かったな」
「ヤキモチ焼いた?」
---[09]---
「焼いてねぇよ」
「ホントに?」
「ホントだって…」
俺からしてみれば、私の発言は自分自身の発言と言っていい。
そういう解釈でいるのなら、ほんとにヤキモチは焼いてないだろう、自分の発言なんだから。
恥ずかしくなる…なんて事はあるかもしれないが。
「あ~、そう言えばフェリ君、ここに来た目的の1つをそろそろ果たそうじゃないか」
「目的?」
目的と言えば、私自身に、ここが現実だと認めさせるため…、現実だと信じる材料を得るため…だけど…。
「ほら、夏喜君に借りたいモノがあるって言ってたじゃないか」
「借りるもの…ね~」
---[10]---
正直言って、私にはこれっぽっちも心当たりがないんだけど…、エルンの事だから無意味に話題を振ったりしないと思うけど…思う…け…。
「・・・」
今まさに楽しむためとしか思えない感じで、話振られたばかりだ…。
まぁ彼女からしてみれば、話の合間に振りかけるスパイス程度の振りだっただろうけど。
「そこで黙らないでくれるかな、フェリ君」
「あ…ごめんなさい」
いちいち疑ってもしょうがない…か。
「アレね、アレ。漫画。尻尾と爪は作ったけど…、鎧とか、その辺の参考になる資料になればって、…漫画をいくつか借りて帰ろうと思ってたの」
ここが現実の俺の家だというのなら、この辺が現実味のある言い訳だろう。
この家で、漫画が置かれているのは俺の部屋だけだ。
---[11]---
コスプレしてあげる…なんて理由付けもした訳だし、それを理由にドンドン使っていこう。
それに、何を目的にしているにせよ、いったんエルンと話がしたい所だし、2人になれる状況を作りたい。
「漫画か。それなら俺の部屋にあるが…今取ってくる」
そう言って、俺はテーブルに手をついて立ち上がろうとするが、エルンはそれを制止した。
「いいよ、無理をしなくて。それにもし借りないモノまで持ってきてしまえば、君の手間になってしまうからねぇ~。それにそちらはそちらで何かをやっている最中の様だし、出来る限り邪魔にならないようにするさ」
「そう…か」
「それとも、部屋に見られたら困るモノでも? 例えば、他人に見せられないような本…とか」
---[12]---
「ね…ねぇよ、そんなもん!」
「それは良かった。じゃあ行こうかフェリ君」
「あ、ああ」
私は立ちあがり、エルンを先導するように、自分の部屋へと足を進めた。
「本当に見られたら困るような本とか無いのかい? 性的な本とか無い?」
「しつこいな。なんでそこに興味津々なんだよ…」
「だって、いい歳した男の部屋だぞ~。興味があるじゃないか」
「あなたはお節介な従妹のお姉さんかよッ」
皆が集まっていたリビングを出て、何故だかエルンはその目を輝かせた。
「それとも、今じゃ、そういう本はいらないとかかい?」
「・・・」
なんか胃が痛くなってくる…気がする。
---[13]---
男友達に責められるなら笑い交じりにごまかすなり、そもそもここにこれが…それが…て言えるんだが…、相手が女性であると考えると、エルンであったとしても躊躇してしまう。
いや、エルンに女性としての魅力が無いかどうかの話ではなく…。
上手い返しも見つからず、階段を上ってすぐに着いた俺の部屋のドアを越えた時、エルンは一呼吸おいて真面目な目つきになった。
「フェリ君が悪魔に願ったのは、あの足の事?」
「・・・え?」
「真面目な話、悪魔が付け行ってくるぐらい君に辛い事があったのはわかる。でも、君の味方として君の事は知っておきたい」
部屋のあちこちに視線を泳がせながら、先ほどまでとは違う真面目な口調が、その真剣さを伝えてくる。
エルンの事を信じているからこそ、余計にそう思うのかもしれないけど…。
---[14]---
「私が選んだのは、もう一度家族に会いたいって事だ」
「家族…か」
「そう。母さんに父さん、秋辰に雪奈…」
私は、本棚の片隅に置かれた写真立てに手を伸ばす。
俺を含め、家族5人で撮った旅行の写真…、雪奈が、まだ歩けるようになったばかりの時に行った日帰り旅行…、その時に母さんが帰る寸前になって思いついたかのように撮ったモノ。
写真は他にも色々と撮ったのに、帰り際の時の顔の方が、秋辰が良い笑顔をしてたもんだから、家族みんなで、なんで旅行中じゃなくて旅行終わりの顔の方が良い笑顔なんだよ…て笑ったもんだ。
「一つ聞きたいんだけど、その家族は、天人界で会っている家族と変わらないかい? 本物偽物の事もあるけど、君の知る限り、君の会いたかった家族と天人界で会った家族、何か変な事はあった?」
---[15]---
「・・・種族の違いはあるけど、ほとんど変わらない。顔つきも、仕草も、しゃべり方も、何もかも…」
「そうか~」
私は、手に取った写真立てを棚に戻し、エルンの方を見る。
「それで。一体何の用があるんだ? 咄嗟にこの部屋へ連れてきたけど、他に必要なモノがあるなら…」
「いやいや、目的のモノはあったよ」
「あった? この部屋になにか特別なモノがあるとは思えないけど」
見られて困るモノが見つかった訳じゃあるまいし。
「これさ」
そう言って、エルンが私に見せたモノは、テーブルの上に置かれていたあの石だ。
俺と私にとって全ての始まりの日、その時に婆さんから貰った石。
関係はない…なんて、言える訳がないか。
---[16]---
…現に今までそれが特別なモノだなんて、思いもしていなかったんだから、
でも今は違う。
普段は、もはやテーブルの上に常にある置物程度にしか思っていないモノが、私の目からは全くの別物に見える。
部屋に入った時、その異変が見えてはいたけど、気づかないフリをした…したけど、改めて見せられたら、見ざるを得ないだろう。
…ただの石じゃない。
俺は気付かなかったけど、私には、魔力が石から溢れ出ているように見える。
「これはどういう事?」
「さ~ね~。まぁ、魔力が石から溢れ出てるわけだし~、ただの石じゃない事は確かかなぁ~」
「それは…わかるけど…」
「言える事があるとすれば、この石が、君を…夏喜君を天人界に繋げているモノってことかねぇ~」
---[17]---
「・・・言わんとしている事はわからないでもないつもりだけど…」
「魔力は色々な事に使える…、生きるため、戦うため、守るため…、とにかく色々な事にねぇ~。でもこの人間界において、そこに住む人達は生活する上で、魔力に依存しない。そもそもその存在すら知らない。なのにここには魔力を溜め込んだ石がある。そしてその石は他でもない夏喜君の部屋にあって、君はフェリ君というもう1人の自分を持つ。これだけでも確証はなくとも、可能性は高まっていくのさ」
「・・・」
「夏喜君には、魔力の何たるかはわかっていなかったはず、なのに世界間を意識だけとはいえ、移動させられるほどの力を持っていて、彼の部屋には、魔力をほとんど持たない彼とは対照的に、溢れる程に魔力を溜め込んだ石がある。正直これだけでも関係性は十分にあると思えて仕方ないと思うけどねぇ~」
ただの石としか思っていなかったモノに、そんな力があったとは思いもしなかった。
---[18]---
「これを持ち帰って、ゆっくり調べたい所だけど~」
エルンはチラッとこちらに視線を送る。
「今日の所はやめておこう。これを調べるのはまだ早い」
「なぜ?」
私と俺に関係してくる品、自分の身に起きている事だからこそ、出来る限り情報が欲しい。
夢でできる事が現実でできるとは限らないし、その石に関しても夢ならともかく、現実でなにかできるとも限らない訳だけど…、知っているかどうかは大きな違いになるはずだ。
「逸る気持ちはわかるけどねぇ~。焦らず慎重に一歩ずつだよ、フェリ君。夏喜君からフェリ君に対して、重要な役割があるとは思うけど、まずはフェリ君から夏喜君へ、どういう影響を及ぼしているのか、それを知るのが先決だ」
「・・・そう」
石の事をもっと知りたい衝動こそあれ、私が俺に対して、どういう影響力を持っているのか、確かにそれも気になる所だ。
---[19]---
そんな時、トントンッと部屋の扉が叩かれる。
こちらが返事をすると僅かな間を置いて、開けられたドアからひょっこりと文音が顔を覗かせた。
「何か問題でもあった? なかなか戻ってこなかったから、探し物に苦戦してるのかと思って来てみたんだけど」
「大丈夫大丈夫。気遣いありがとう。いやちょっとね。あまり見ない石がテーブルに置かれていたからつい…ね」
エルンは、持っていた石をテーブルに戻す。
「そうなの…? じゃあ今の所問題なし?」
「ええ、ごめんなさい。エレナって一回スイッチが入ると自分の世界に入っちゃって」
「そうなんだ。・・・そうだ、2人とも、良かったらお昼一緒に食べない? もう昼食時だし、もっと話が聞きたいからさ」
「お~、いいねぇ~。フェリ君、ご馳走になろうじゃないか」
---[20]---
「え、ええ」
さっきまで真剣な顔をしていたのに、文音が来てから、すっかりいつものエルンだ。
「じゃあ、私は先に下に行ってるから、2人も用事が済んだらきてね」
そう言って、文音は部屋を後にする。
それに付いて行くようにエルンは部屋を出た。
少しだけ一人で考える時間があった方がイイと思う…なんて言って、彼女はこっちに手を振る。
それを見送って、私の視線は、自然とテーブルに置かれた石へと目が行くのだった。
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