第七章…「夢(私)と現実(俺)。」
「そろそろどこに向かってるのか、教えてくれないか?」
車に揺られながら、幾ばくかの時間が過ぎた。
まぁ時間として20分も経っていないだろうけど、話をしながらとはいえ、行き先すらわからず、それだけの時間拘束されるのは、正直不安でしかない。
同乗しているエルンやトフラを信用していない訳じゃない…、むしろ信じられる数少ない人達だ。
その中に入ってくるよく知らない人…信廉、未知の存在が私の不安を掻き立てる。
「まぁまぁ落ち着きなってフェリ君。でも、やっぱり不安かなぁ?」
「ん…」
「それもそうか。とりあえず、今向かっているのは、ちょっとした訳アリの場所でさぁ~」
「訳アリ?」
---[01]---
「私じゃなくて、トフラさんの方でねぇ~」
「…それは、2人が前にこっちに来た理由と関係しているの?」
「関係しているとも言える…ねぇ~。でもその行為自体には、今回の悪魔騒動は関係していないよ~」
「どういう事?」
「行けばわかるさ。君なら、察する所も大きいしねぇ~」
直接的な事を言う事なく、エルン達と共に車に揺られる事数分…、車が止まったのは、とある寺の駐車場だった。
360度山に囲まれた寺…と言っても、山奥という訳ではなく、Uの字を描くように山の隙間に建てられているから、山に囲まれているように見えるだけ。
それでも田舎である事に変わりはないが…、田舎入口一丁目…ぐらいの浅さだろう。
---[02]---
それでも寺自体は由緒正しい所だ。
子供の頃、俺も学校の社会科見学で来た事がある…。
自宅も大して遠くない場所にあるし…、正直言って複雑な気分だ。
「今日は人払いを済ませてあります。リータさんも同行して問題ありません。」
「・・・それはどうも」
エルンはトフラの手を取って先導し、信廉は私の横を歩く。
車を運転していた黒スーツの人間は、車のトランクから花束を取り出して、私達に追いついた。
花束以外にも何かを持っているように見えるし、その中身が何なのか…、それは確認を取らなくても何となく察しがつく。
エルン達が向かう先は、墓の並ぶ墓地。
山の緩やかな斜面に作られ、並べられた墓石達の横を通り抜け、上へ上へと階段を上がっていく。
そして、奥の方へと進んでいったエルン達は、1つの墓の前で足を止めた。
---[03]---
樹の傘の下…、冬で葉っぱとかは付いていないから、傘になっていない骨の下だけど、それはいい、その下に墓石があるのが重要だ。
エルンの手を離したトフラは、その墓石に触れる。
『久しぶりです…』
絞り出すかのように発せられるトフラの言葉が、私の胸を締め付け、息苦しさを覚えさせる。
トフラの背中しか見えないけど、その肩が小さく振るえているようにも見えた。
「この墓は、トフラさんの旦那の墓だ」
「・・・」
「天人界で夫婦になって死に別れた旦那の、こっちの墓。前にあの悪魔と戦ったって話をしたじゃない? その時の悪魔の犠牲者って感じかなぁ~。求めたモノは違っても、君やヴァージット君と同じ存在だった訳だよ、トフラさんの旦那は」
悪魔の事、私の「夢」という存在の事、それをエルン達が知っていたのはそう言う事?
---[04]---
でもそれだってそういう設定にすれば…。
いやそう言って可能性を切り捨てるのは簡単だけど…でも…。
「その旦那は私の友人でもあったし、頼れる軍の上官でもあった人だ」
「・・・」
「名前を「ゼフト・ラクーゼ」、人間界での名は「白崎芳樹(しらさき・よしき)。夢と悪魔、その存在と関係を知るきっかけになった人」
いつになく真剣で、真面目に言葉を繋げていくエルンのソレが、私の否定しようとする感情を蹴散らし、否定していく。
夢と現実…その区別がどんどんとつかなくなっているのはわかってる…、これが悪魔…、この状況…、私を…俺をこんな状態にした奴の計画だというのなら、私は間違いなくその思惑に乗っているし、手の平で踊らされているんだろう。
「フェリ君、君にとって、これは夢で、天人界もこの人間界も、地続きの夢なのかもしれないけど、私は、事ここに至っては何度でも言おう。これは現実だと…夢ではないと…、幻ではない時間だと」
---[05]---
「それは…」
「ある意味で質の悪い夢…と言えなくもないかもしれない。これは夢だと思い込ませて、意識を失う事を引き金にした質の悪い力。夢の中でなら、何が起きても不思議じゃない…なんて前提にした陰湿な力からくるモノだ」
返す言葉が見当たらない。
むしろ、なんて返せばいいのか…。
「じゃあ…、私は眠って…夢を見ているつもりが、別の世界で目を覚ましていたと?」
「そういう事になるねぇ。どんな力を使ったら、そんな事ができるのか…、正直私には皆目見当もつかないけど…」
「・・・」
これが夢ではなく現実…、いや、両方の世界とも夢だったら?
目を覚ましていると思っていただけで、向こう…今まで現実だと思っていたソレも夢だったら…。
本当は、私はとうの昔に死んでて、これは永遠に目を覚ます事のない夢の中だったら…。
---[06]---
「受け入れがたい…何もかも…」
「・・・あの人と同じ事を言いますね、リータさんは」
「こんな状況で信じられる方がすごいわ。これを受け入れられるなら、その人はきっとどんな事だって受け入れられるんじゃない? それこそ、自分の死だって…」
「そうかもしれません」
トフラは立ち上がり、こちらを向く。
その目元が赤くなり、少しだけ腫れているようにも見える。
「ただ信じろと言うだけでは、それこそ受け入れがたくなりますよね」
「・・・このままじゃ話は平行線だ」
どうすればいいのやら…、この袋小路からどうやったら抜け出せる?
「だからこれ以上の話し合いは時間の無駄…だと思うんだよねぇ。この平行線に杭でも打って、無理矢理引っ掛かりを作るとしよぉ~」
ちょっと待っていて…そんな言葉と共に、ごく普通の墓の手入れを終えた後、私達は再び車へと乗り込む。
---[07]---
「トフラさんの旦那の話は、こんな時間を有効活用した場での話ではなく、また別にちゃんとした時間を作るから、今日は勘弁してねぇ~。とても大事な話だ、フェリ君にとってもね」
「・・・」
そうかもしれないし…、そうじゃないかも…。
そして、寺への道行とは違い、次の目的地にはすぐに着いた。
目的地は…俺の家…。
住所を教えてくれ…なんて言われて、夢なのだから知られようがどうなろうが…現実に対して影響はないだろう…なんて思ったけど、いざ着いてみると不安でしょうがない。
「正直、自分の状態を受け入れられない相手…君に対する荒療治だ」
「だからって…。」
---[08]---
「夢の中での出来事なら、ここで何をしたって、現実には影響はないだろぉ~。あったとしても、不思議な夢を見たな…程度のものさぁ。でももし、この家の扉を叩いて、ここでの君にあったら? 夢なら何の問題もない。逆に、フェリスとして現実の自分に会った時の出来事を、朝起きた時、現実の君自身側の視点でその光景を記憶していたら?」
「…夢から覚めた…これは現実だ…と思いこんでるだけで、そこも夢だって可能性もある…」
「じゃあ、君にとっての現実とはなんだ? 夢とはなんだ? いつまでも夢を見続け、起きたその場も夢なら、いつ目を覚ます? 夢の現実、夢の天人界。現実での君とフェリ君、どちらも夢で、そして、それが目を覚ます事のない君が持っているモノの全てなら。それはもはや君にとっての現実だ」
「それは…」
言葉が詰まる。
---[09]---
車を降り、俺の家の前に立つ私の足は、金床でも括りつけてあるかのように重い。
重くて重くて、自分がその家へ向かうのを拒絶しているかのようだ。
もし現実だったらどうすればいい…。
フェリス・リータという存在が、夢ではなく現実の存在だったら、私はそれをどう受け入れ、自分の中でどう消化すればいいんだ…。
全ての可能性、得られるかもしれない真実の全てが、私にとって、俺にとって、とても重い。
夢か現実かも…確かにあるけど、今の自分がどんな存在なのか…、それを知ってしまうのが怖かった。
なんの前触れもなく、それを知るチャンスが来て、どうしていいのか…。
それを受け止める準備ができていない。
「く…」
---[10]---
今日は…何日だっけ?
俺が私になって、何日経った?
今日…、俺は家にいるのか?
「怖がるな、フェリ君。君は君だ。どんな存在だとしても君は君だ。自分は自分なんだと、君は胸に強く抱いているだけでいい。これは現実なんだから、その先に何が待っているのか、それは誰にもわからない。先にあるモノが、もし君にとって苦しいモノだったら、私が持つのを手伝おう」
エルンは私の横を通り抜け、玄関の前へ立つ。
「まぁ、とりあえず親戚の人間…とでも適当に言えば、多分大丈夫だって。それでここが現実でも、影響もさほどないさ」
親戚て…。
髪の色とかその他諸々、似てないにも程があるだろ。
人種云々は…正直わからないけど、少なくとも他人から見たって縁者には見えない。
---[11]---
トントンッ。
ただでさえ混乱中の私を置いて、エルンは家のドアを叩く。
このご時世、チャイムのボタンが扉のすぐ横にあるというのにドアを叩く人、それを初めて見た。
海外映画とかでなら、たまに見る気がするけど…それだって…。
私は、家に誰もいない事を祈る。
いなければ出直す形ができるし、そうなれば心の準備が多少できる…と思うから。
でも、そんな淡い期待も一瞬で掻き消えて、家の中で誰かが動く気配を感じた。
心の準備だ…なんだと、言い訳をしている場合じゃないのかもしれない、うだうだせず腹をくくらなければいけないらしい。
『どちら様ですか?』
聞こえてきたのは女性の声。
---[12]---
ドアが僅かに開き、ドアチェーンのかかったドア越しに顔を覗かせたのは、文音…、幼馴染の音無文音の姿だった。
『・・・』
「・・・」
私と視線が合う。
お互いに幾ばくかの緊張の後、一度ドアが閉められて、再び開けられた。
驚くように目を開けて、僅かに口を開けた文音は私の事を見続ける。
なんでそんな顔をするんだ…。
どちらかと言えば、そういった顔をするのは私側のはずなんだけど…。
「・・・夏喜は…いるかしら?」
混乱とかいろいろ、一週回って逆に冷静になりそう…だ。
だがしかし、あくまでなりそう…というだけで、実際になれる訳じゃない、状況に慣れる事もない。
---[13]---
おかげさまで、うまくしゃべれないというか…、普通に話そうとしているだけなのに口は震えるし、引きつっているのか妙に頬肉が痛くもある。
どうあれ、エルンに手を引っ張ってもらっている状態とは言っても、あくまで私の…俺の問題だ。
流れに身を任せて、私は俺の事を聞く。
ここに関しては、もう不思議…とかそういう次元を通し越して、受け入れている自分がいる。
「う…うん」
呆気に取られていた文音は、私の質問に頷いて、家の中へと戻っていった。
「なつき…それが君の名前かなぁ?」
「そうだ」
「今の奥さん」
「ブッ!? ・・・違う」
---[14]---
「そうか…残念だなぁ」
「…何がだ?」
「何でも。現実に君を繋ぎ留めておくモノ…それが強いかどうかの違いさ」
「どういう…」
こちらが言い切る前に、エルンの視線が私ではなく家の方へと向く。
同時に、耳に届いていた音に私は気づいた。
普通の人間の歩く足音とは違う…俺の足音、普通じゃない特有の足音…。
私もその音に引かれるように視線を動かす。
そして、自分の視線に映ったモノ…。
そこには確かに、俺がいた。
自分の顔だ、産まれてから鏡を見る度に見てきた顔だ、間違える訳が無い。
目を見開いて、開いた口を閉ざさずに…、自分の顔ながらなんて間抜け面だよ。
---[15]---
「久しぶりだな…、夏喜」
笑顔とか、そういう表情を作れない、真顔にもなれない、今の私は、どこか複雑そうな表情をしているんだと思う。
どんな表情をしているのか、それは自分ではわからないけど、少なくとも久しぶり…なんて台詞を吐くような顔じゃない事は確かだ。
金に困った元カノの登場かよ…て話よ、今の私の顔と台詞は。
「あ…ああ」
当然、俺の方も混乱の真っただ中で、ちゃんと返答できずにいる。
その分、心の準備ができていなかったにしても、この対面までに少しの猶予があった私の方が、まだ余裕があった。
だから、私が俺を引っ張る。
「…随分と驚いた顔をするじゃない。自分が…売り子とか、販促のためのコスプレを頼んできた…のに…」
---[16]---
「え!? あ…ああ、そ、そうだな」
「せっかく、言われた通り…爪とか尻尾とか…作って来てあげたんだから…、しっかりしてもらわないと…困るわ」
我ながら無理がある話だ。
後の事を気にして、咄嗟に出た爪と尻尾をごまかす言い訳がソレなんだけど…。
もしそれが本当の事だとして、なんで今それを付けてるんだって話だし…、文音からしてみれば、誰だよこの女…て思ってるだろうな。
俺の隣に立つ文音へと視線を向けるが、彼女はそんな私の視線から外れるように、俺の後ろへと隠れる。
「まぁまぁ、ここで立ち話もなんだから、まずは中に入れてもらおうじゃないか。ね? 問題ないだろ、なつき君?」
---[17]---
気まずい空気が漂う空間にため息をつきつつ、エルンは私と俺の間に割って入り、俺の顔をじっと見た。
「そう…だな。気が利かなかった、すまん」
「いいって、いいって」
俺は、私達を家の中へと誘う。
エルンは、乗って来た車の方へと向かい、私と自分2人で十分…と夜人の人達に伝えて、車を出させた。
帰る足が今無くなる。
ここではコスプレの…て尻尾の事を苦しくも言い訳したが、それをここ以外の場所で使う気にもなれない。
家の屋根を伝って帰るとか、見つからない様に建物と建物の間を縫って進むとか、そういう事をしない限り、車が行ってしまったのは退路を断たれたのと同じだ。
---[18]---
ほんと、更に身を引き締めていかなきゃいけないな。
家の中は、どこも変じゃない…、弟妹たちが遊んでいた時のはずみでできた壁や床の傷も…、あの時から時間が止まったかのように何も変わらず玄関に飾られた置物や家族の写真も…、時間の経過を感じさせる壁に取り付けられた俺用の手すりの感触も…、現実と何ら変わらない。
「・・・」
現実と…なんら変わらない…か。
夢を見ている…そんな前提で全ての物事を見ていた私にとって…、この家の現実と見紛う…本物としか思えないものの数々は、眩し過ぎる…。
閉じた瞼越しに、光を当てられているとわかるぐらいには眩しいモノだ。
廊下を抜け、私達は俺にリビングへと通される。
---[19]---
「「・・・ブッ!?」」
その直後、そこに居た男2人が私と目を合わせた直後、飲んでいた麦茶を噴く…までがワンセットだ。
「人の顔を見て噴くとか、失礼ね…」
いやほんと。
いつもつるんでいる友人2人、その前に置かれたテーブルに置かれた紙の山を見るに、今日はこの家で制作活動をしていたんだろう。
『あ~そう言えば、自己紹介してなかったねぇ~。夏喜君はともかく、他3人にはちゃんと名乗らないと』
ざっと家のあちこちに視線を向けていたエルンが、思い出したように口を開く。
「私の名前は「エレナ・ファル」だ。よろしく頼むねぇ~」
「・・・」
さらっと偽名を名乗ったな。
---[20]---
まぁここが夢にしろ現実にしろ、私はここに集まっている人達の前でフェリス…なんて名乗りたくないから、ありがたいと言えばありがたいけど。
エルンに対しても、本名を名乗らなくてよかったとさえ思える。
なんせ、俺を含め、その名前はここにいる全員が知っているのだから。
話がややこしくなるのを避けるために、その偽名を名乗る波に、私も乗らせてもらおう。
「私は、「フェリシア・リタ」…だ。エレナは私の友達。夏喜とは…親同士の仕事関係で知り合った…の。彼の頼みで…これをやる事になったから…よろしく…ね」
そう言って、私はできる限り脱力させ、だらんとした尻尾を見せびらかすように片手で持ち上げて、指の爪と共に見せた。
友人2人はこの状況に両手を上げて喜び…そうだと思ったけど、その反応は思いのほか静かだ。
驚きからか何なのか…らしくないな。
俺を呼び寄せて3人で、何かひそひそと話をし始めているし…。
文音がお茶をどうぞ…と飲み物を持ってきてくれて、それを口に含み、そんな3人を見ながら、これからどうするか…と、私は必死に考えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます