第六章…「夜人も多種多様。」


「急な飛び入り参加でビックリしたけど、悪魔の数も多かったから、助かっちゃった。ありがと」

 他の夜人との合流地点、そこに群れた悪魔連中をことごとくねじ伏せた後、1人の女が握手を求めてこっちに手を差し出す。

 黒髪で、腰まである長い髪を肩あたりから三つ編みにしている、右目に泣きボクロのある女。

「いや…別に…」

 断る理由も無いから、差し出された手を握り返すけど、それ以外に何をすればいいか…何を話せばいいかわからなくて、ウチは言葉を詰まらせる。

 そんなウチの事を察してか、その女は屈託のない笑みを浮かべた後、何かに気付いてウチの後ろの方を覗く。


---[01]---


 その後、後ろに向かって手を振ると、その方向から返事が返ってきた。

 ウチと一緒に悪魔界に来た夜人だ。

 フィアも含めて、小走りでこちらに寄ってくる。

「悪魔と戦闘をしていたようですが、怪我などありませんか?」

「私達? ないない。ただの悪魔が何体来たって、後れを取る事なんてあり得ないって。そんな新米じゃないんだからさ」

「それは…。とりあえず、怪我が無くて良かった」

「で? この子達が天人界の使いの人って事でいいの?」

「は、はい」

「フィア・マーセルと言います。それで彼女が…」

「イクシア・ノードッグだ」

「フィアちゃんにイクシアちゃんね。私は「真田深琴(さなだ・みこと)」。一応、この班の班長をやってるんだ。よろしくね」


---[02]---


「真田…?」

 たしか、昨日ウチらを迎えにきた夜人が真田とかなんとか、そんな名前だった気がするな。

「信廉の事かな? アレはウチの旦那」

「そう」

「にしても…」

 深琴は、興味深そうにウチとフィアを覗き込む。

「天人界の人は偉い人達…て、昔から聞いてたんだけど、まさかこんな可愛らしい子達が来るとは思ってなかったな~。それにイクシアちゃんは腕も立つみたいだし、惚れちゃい。」

 惚れる…て、夫がいるくせに何言ってるんだ…こいつ。

 見た目の年齢で行ったら、エルンと同じぐらいか。

「ウチらはこれでも大人だ」


---[03]---


「大人? 背伸びがしたい年ごろって事かな?」

「ちょ…深琴さん、失礼ですよ。天神様達に向かって…」

「あ、そうか。ごめんなさい。私、てっきり、顔がしわくちゃな爺さん婆さんみたいな人達が来るもんだと思ってて…、そのギャップに当てられてつい…ね。あとなんか話しやすくてさ。見た目は年齢差があるようで、無い感じ? ちょっと年の離れた後輩…て感じがするのよね」

「深琴さん…だから…」

「ごめん…て。元々私上下関係の礼節とか苦手だから、勘弁してよ」

 堅苦しい話し方より、この深琴みたいな砕けた話し方をしてくれた方が、ウチは気が楽でいいが。

 まぁ天人界でも、上だの下だの、無礼どうこうの事はある…、ここに限った話じゃないか。

 ただ、今回はその礼儀を向ける先が、自分達だったって言う事だけだ。


---[04]---


「ウチは別に礼儀とかどうでもいい。というか、ガチガチに堅い話し方され続けちゃ、こっちまで疲れる」

 ウチらが、この夜人連中に命令できるとか、そう言うのは無いにしても、無礼を働かない様に…て理由で、そんな堅くなってるなら、それはやめさせたい。

「イクがそれでいいのなら、私も構いません」

「あらまぁ」

 ウチに続いて、フィアのその言葉に、深琴は脱力しつつも、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「聞いた? あなた達より、この子達の方がよっぽど柔軟な対応ができるってさ」

「ソレとコレとは話が…、あ~もう、いいです。いつもの事ながらあなたは…。悪魔界にいる間は目をつぶりましょう。ですが、人間界に戻って、和正様がいる場では控えてくださいね」

「大丈夫大丈夫。ああいう輩の面倒くささは知ってるからさ。そん時はちゃんとやるって」


---[05]---


「そうだといいですがね…。というか、深琴さん、お面はどうしたのですか?」

「お面?」

 そう言えば、他の連中がつけているお面、深琴はしてないな。

 お面を付けていない事が普通だから気にならなかったけど、一緒にこっちに来た夜人連中がついさっき、お面を付けなきゃいけない理由を話していたっけ。

 夜人の中では、深琴が悪いか。

「アレ付けてると、周りが見えづらいし、息苦しいし、つい…ね」

「つい…じゃないです。いいから、ここにいる間はお面を付けてください」

「ハイハイ」

 同伴者の夜人が頭を抱える中、深琴は渋々腰に携帯していたお面を付ける。

「お面は皆さん違う形をしているのですね」


---[06]---


「そうそう。お面でどこの夜人なのかわかりやすくするとかなんとか言ってたかな。私の所のお面は犬で、そこの久遠寺家のとこの夜人は鳥類、他には猫とか猿とか、まぁ色々あるんだ~」

「顔を見せられない分、見せない様にするための道具で、その人を認識するのですね」

「というか、フィアちゃん達は顔を隠さなくていいわけ?」

「彼女達は人間界の住人ではないですから。顔を知られたとしても、さして大きな影響はない…という判断です。人間界の住人にここで顔を見られるという状況も、そうそうありませんので、隠す必要もないだろう…と」

「なんかずっこいな~。別に私は顔バレしてもいいんだけど」

「ダメですってば」

 なんか、すごい。


---[07]---


 自由人というか…、隠さない人だな。

「なんか…、エルンと同じ匂いがする」

「え…そうですか?」

「自由気ままで自分のやりたいようにする所とか…」

「エルンさんは、・・・」

「・・・」

「そんな事より、そろそろ仕事を進めましょう」

 何も言わないのか。

 まぁ、エルンより、元気というか明るい分、ウチとしては、この深琴って奴の方が接しやすい。

「仕事? あ~そうだったね。フィアちゃん達はここと悪魔の調査に来たんだっけ?」


---[08]---


「はい、そうです。少し前、天人界の方で悪魔関連の事件がありまして、こちらでその…悪魔に関して異変が無かったか等、教えてもらえたらな…と」

「真面目だな~。見た目にそぐわず仕事熱心、良い事ね」

「子供扱いするなっての。ウチらはこれでも成人してるんだぞ」

「成人? ほんとに?」

「は、はい。私もイクも、成人済みです、成人と認められる年齢は、確か人間界側と一緒だったと思います」

「・・・、え、フィアちゃんもイクシアちゃんも成人してるの、どう見ても、高校生とかぐらいに見えるけど…。フィアちゃんに関しては下手したら中学生…。え…合法ロリってやつ?」

「ごう…何だよ、それ?」

「ちなみに2人の年齢はいくつ?」


---[09]---


「ウチは30だ」

「私は28です」

「え? マジで?」

「本当ですよ。確かに、人間界の人と、天人界の人で、魔力機関の影響もあって成長速度等肉体に与える影響に差がありますが、年齢に関しては事実です」

 深琴はお面を付けたせいで、どういう顔をしてこちらを見ているかわからないけど、こちらに顔を向けて止まっている辺り、目を丸くしてたりするんだろうな。

 ウチらにとっては、魔力機関の成熟の問題もあって、差は確かにあれど、この年齢でこの容姿というのは別におかしい事じゃない。

「そっちは見た感じエルンと同じぐらいの見た目だし、それなりの歳だろ?」

「エルン? その人も天人様?」

「そうだ。人間界に調査に来た奴の1人だし、向こうに戻れば会えるぞ」


---[10]---


「ちなみに、そのエルン…て人は何歳なのかな~?」

「エルンの歳か…。フィー、アイツ何歳だっけ?」

「イク、この話題はその辺にして、調査のほうを…」

「え、なんで?」

「いいから…。深琴さんも、この話はおしまいにしましょう」

 いつの間にかガクッと肩を落としていた深琴。

 視線も下に落ちていて、どことなく落ち込んでいるようにも見える姿で、深琴はフィアの言葉に頷く。

「はぁ…。そうか~。それにしても、イクシアちゃんは私よりも年上だとは…。はぁ…。なにより、フィアちゃんが私と同い年…だと…。見た目は可愛い乙女なのに…、私と同いど…。はぁ…」

 さっきとは打って変わって落ち込み具合がすさまじい。


---[11]---


 お面越しに顔を手で覆い、何回もため息をついた。

「み、深琴さん。だ、大丈夫ですか?」

「え? うん…。大丈夫大丈夫…大丈夫だよ~」

 そんなに落ち込む事か?

 いや、落ち込むか。

 体的に仕方ないとはいえ、ウチだって今の年齢のままエルンと同じ年齢の見た目になったら…。

 確かに嫌だな。

 それが目に見えてわかる相手が出てきたら、嫌でも意識するって奴か。

 深琴は、一度付けたお面を一回外して、自身の頬を力強く引っぱたく。

 パンッ!という綺麗な音が悪魔界に響いた後、その赤くなった頬を気にする事なく、再びお面を付けた。


---[12]---


「はいッ! 落ち込むのはおしまいッ!」

 それを境に、深琴はまたさっきと同じ雰囲気を取り戻す。

「同じ歳なのに、見た目は少女とか羨ま…んん~っ、なんでもない。とにかく、フィアちゃんは同い年だし、イクシアちゃんは年上とはいえ2つしか違わないんだ。道理でなんか話しやすい相手なはずだわ。はははっ。はぁ…」

 切り替えが早い…ように見えて、切り替え切れていない部分が見え隠れしてる。

 それ程までに彼女にとっては衝撃的な事だったみたいだ。

「とにかく、これからよろしく、フィーちゃんにイクちゃん、私の事は気楽にみっちゃんとでも呼んでね」

「・・・」

 いくら何でもそれは歳不相応だろう。

「ごめん、今の無し」


---[13]---


「ちゃん付けも、正直どうかと思うぞ?」

「止めて、イクちゃん。それは薄々自分でもわかってる事なのッ! でも、これは癖みたいなもので。昔から友達を呼ぶ時はちゃん付けしてたから、つい…」

 つい…ね。

 本能のままに動いてる感じだ。

 戦闘とかだったら、頼もしいと思う所があるけど、こういう所では大変そうだな。

 あと、なんかこいつと話してると楽しい。

「…さっきエルンて人の名前が出たけど、人間界に来た天人界の人は2人だけじゃないって事?」

「深琴さん、それ、予め伝えておいたと思いますが…」

 頭を抱えていた夜人がとうとう口を挟む。

「マジか~。何人いようがやる事は変わらなかったから、人数までは覚えてなかった」


---[14]---


「はぁ…全く、相変わらずいい加減ですね…。これで仕事はちゃんと熟すから質が悪い…」

「それ程でもッ!」

「褒めてませんよ。…とにかく、いい加減無駄話は終わりにして、話を進めましょう」

「ハイハイ…」

 悪魔連中が雑魚ばかりで退屈してたけど、深琴のおかげでちょっとだけどうでもよくなった。

 なんか、少しは退屈し無さそうだ。

「少しは元気が出ました?」

「元気って…何が?」

 フィアがウチの顔を覗き込む。


---[15]---


「だって、最初の悪魔と戦ってから、ずっと不満そうな顔してたから…、でも今はそうでもないみたい」

「・・・どうだか」

「焦らずにいきましょ、焦らずに」

 焦らず…、焦り…か。

「話って言ってもな~。正直、いつもと変わらないもん。コレと言って話しておかなきゃいけないような事…何かあったか探す方が大変だって」

「悪魔の現れる量が増えたとか、そう言った事はありませんでしたか?」

「特にないかな」

 やっと調査の話に移り、フィアは仕事状態の顔に…。

「イクちゃんが悪魔を倒した後、不服そうな顔をしてたけど、相手にならなさ過ぎて物足りなかったとか?」

「え…まぁ…」


---[16]---


「やっぱり」

 深琴は胸元で、パンッと手を合わせる。

「あの悪魔達は言うなれば…悪魔の中でも最弱…てやつ。一番多く生まれる悪魔で、戦闘能力は悪魔の元になった存在に依存はするけど、何か特殊な事をする訳でもない弱い奴ら。人を襲うのは魔力を自分の体に取り込むためで、悪魔としての本能のままに動くの。そこに意思なんて存在しない」

 思い起こせば、ここに来る途中で倒してきた悪魔は、何の特徴もない奴らだった。

「どうりで」

 剣みたいな見た事のない形の得物を振ってたし、鎧だろうモノを身に纏ってはいたけど、その動きはまるで素人、その辺のよぼよぼの老人みたいだった。

「わざわざ天人界からこっちに調べに来てるぐらいだから、その程度の悪魔じゃない…もっと上の存在が暴れたんでしょ」

「はい、わかっている情報では、ここに来る途中に遭遇した悪魔は、天人界で問題を起こした悪魔の特徴とは大きく異なります。その戦闘力も…」


---[17]---


「この悪魔界は、広いようで狭い世界だし、ここで戦ってる奴らは、基本知った顔。そんな悪魔が出てきたら、さすがに話が流れてくるはずだよ。それか、まだ見つかっていないか…だけど、まぁそこはちょっと無理があるかな。そっちでその悪魔を倒したのは、イクちゃんだったり?」

「なんでだ?」

「だってイクちゃん、それなりの手練れみたいだし。天人界でも強い人はいっぱいいるだろうけど、人間界からこっちに来るぐらいだから、そうなんじゃないかな~て」

「違う」

「そうなんだ。じゃあ、人間界に来た別の天人の人? というか、天人はあと何人来てるのかな?」

「私達の他に、3人、天人界からこちらに来ています。そっちの方達は、人間界側を調べるという事で、今日は別行動を」


---[18]---


「ふ~ん。じゃあこっちでの仕事が終わったら、情報交換とかしたい所だね? その人達の名前は?」

「エルン・ファルガさん、トフラ・ラクーゼさん、あとフェリス・リータさんです」

「その3人もフィアちゃん達と同じぐらいの歳なの?」

「いえ、エルンさんとトフラさんは私達よりもずっと年上です。ですがフェリスさんは私と同い年ですね」

「そ~か~。年上な人がいる事にちょっとだけ安心した気がするけど、改めて考えてみると、やっぱり複雑~。そのフェリスちゃんとは仲良くできると嬉しいかね。」

「大丈夫だと思いますよ。フェリスさんは、真面目で優しい方ですから。その優しさで天人界では子供達ととても仲が良いのです」

「子供と仲良くて懐かれてる大人に悪い人はいないからねッ! じゃあフェリスちゃんにはうちの子達を紹介しなきゃね。あ、2人にも向こうに戻ったら紹介するわね」


---[19]---


「お子さんがいるのですか?」

「そう。よし君にとお君、10歳と4歳の男の子。とてもとても可愛くてね。可愛くて可愛くて、それはもう堪らないんだ~」

「そ、それはまた」

 自分の子供の話をする深琴の様子は、弟妹を前にしたフェリスと近いな。

「深琴さん」

「ハッ!? わかった、わかったから、そんな怖い顔しないでよね~。はぁ…、話を戻して、とにかく今の所、悪魔界で問題は起きてないわ。今後どうなるかはわからないけど」

「そうですか…。では今日1日ご一緒してもよろしいですか?」

「え? それはもう、歓迎も歓迎、大歓迎だよ」

「ありがとうございます」


---[20]---


「私達はいつも通り仕事を熟すとして、ちょくちょく話を聞かせてよ。私が答えられる事なら、出来る限り返すからさ」

「仕事の合間の情報交換ですね。よろしくお願いします」

「イクちゃんも、その強さに興味があるから、後で良かったらちょっと手合わせしよ?」

「ウチ? でも、いいのか?」

「だって弱い悪魔ばかりで退屈してるんじゃない? 私は退屈してる」

「・・・、そっちがいいなら、ウチは別に」

「はいッ、それじゃ決まりって事で、あなた達もそれで問題ないわね」

 深琴は後ろで待機していた自分の班員に声を掛け、そいつらも、大丈夫だ…と深琴に返した。


 そして、深琴の仕事に調査を兼ねて同行する事になった。


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