第五章…「その白黒の世界は。」
ドガッドガッと硬いモノが粉砕される音が、この白黒の世界に響き渡り、振り下ろされるウチの得物は、目の前の敵を真っ二つに斬り伏せる。
迫る敵へ、得物を横に振り回せば、1体2体…4体と見るも無残に、上半身と下半身を別れさせた。
手応えと呼べるモノは一切ない。
あるのは手に伝わる肉…骨を断つ感触だけだ。
「張り合い無さ過ぎ…」
良いと思える所といえば、どこから湧いて出てくるのか、この敵連中が次から次へと襲ってくる事ぐらいだ。
四方八方から襲ってくるから、延々と集中して、周囲に向けて神経を研ぎ澄ませ続けなきゃいけない。
忍耐力の勝負とでも言えばいいかね。
---[01]---
後ろから迫る敵影に振り下ろされる凶器、でもそれがウチの体を傷つける事はなく、しなった尻尾が武器を弾き、振り向き様に振るわれた槍斧が、その肉を断つ。
ウチの目に映る敵影は残り2体。
自分の正面に捉えられた獲物に向かって地面を蹴れば、一瞬にして相手との距離は縮まり、竜の腕に等しき左手が敵の頭を掴む。
自分の方へと引き寄せると同時に、その体へ膝蹴りを打ち込んで、倒れる相手に向かって追い打ちをかけるように槍斧の切っ先が胴を貫く。
切っ先に引っ掛かったその敵を、迫りくる最後の1体へ投げ飛ばし、その場に倒れ、重なった2体の体へと、槍斧を振り下ろすのだった。
血が出ず、声も、覇気も、生者なら持っているはずの感情…それに近い何かすら無く、その敵連中は地に伏す。
そして、それが生者とは異なる存在だと証明するように、完全に動きの止まった敵は、その体の原形が崩れ、灰となり、小さな山を作りだした。
---[02]---
「悪魔…か」
フェリスが戦ったっていう悪魔…。
基地の状態やエルンの話を聞いて、どんな化け物が出てきたんだと驚いた。
この世界でそんな奴らと戦えると聞いて期待したけど、その結果は拍子抜けもいい所だ。
「さすが…と言えばいいのでしょうか…、天人様の戦いぶりは素晴らしいモノがありますね」
この悪魔界に同伴している夜人は、拍手と共に、戦いを絶賛してくるが、こっちは完全に不完全燃焼。
それでも、お疲れ様と言ってくれるフィアの言葉が何より嬉しく、歓喜に体を震わせた。
「悪魔界に来て、あの家を出てからそんなに経ってないのに、随分な歓迎だな。悪魔が10体襲ってくるなんて」
---[03]---
この白黒の世界で、まるでウチらと同じはみ出し者…よそ者のように白黒でない連中…。
その赤い眼を光らせているかのようにはっきりと見える不気味さを、こっちに見せびらかしながら、何の躊躇もなく襲い掛かってきた連中は、夜人達の言う所の悪魔だ。
その言葉に心躍った。
フェリスが戦ったっていう悪魔と戦える…そいつを倒せば、また一歩あの背中に追いつけるとそう思ったから。
だが、蓋を開けてみれば何のことはねぇ。
人間らしく得物を持って襲ってくるだけ、屍を使って襲ってくる骸ガニよりマシだけど、結局はその程度だ。
エルンに悪魔の話を聞かされた時、また一歩…先に行かれちまったと思って焦ったけど、ウチの気にし過ぎだったか?
---[04]---
「なんか、不満そうですね、イク」
戦いが終わり、自分の得物を握り直した所で、フィアがウチの顔を覗き込んでくる。
「期待外れもいい所だからな。これなら、軍の連中と訓練してた方がマシだ。」
「天人様は、強い悪魔と戦う事をご所望なのですか?」
再び目的地に歩き始めたウチに同伴者の夜人は首を傾げる。
「まぁ戦ってみたいぐらいに思ってればいい。・・・というか、こっちの話よりそっちに聞きたい事があるんだが」
「なんでしょう?」
「そのお面はなんだ?」
「あ~この事ですか」
---[05]---
夜人は自分の顔を覆うお面に触れる。
悪魔がいなくなった事で、静寂がこの場を包む中、周囲への警戒が薄れた事で、より一層見慣れるものへと目が行く。
この世界に来て、同伴者の夜人連中は皆、形は違えど各々がお面を付けていた。
向こう…人間界の方ではそんなモノをしていなかったのに、ここに来て急にそれを付けだしたから、気にするな…は無理だ。
「深い意味はありませんよ。顔を隠す為です」
「それはわかるけど」
「詳しく説明するとなると、人間界と悪魔界…世界間の関係についての説明をする必要があるのですが…。そうですね、目的地までただ歩くのもなんですし、その話をしましょう」
---[06]---
「人間界と悪魔界の関係ですか? 人間界と天人界とはまた違うらしいですね」
話が長くなりそうで、ウチは勘弁してほしいという気分だけど、フィアの方はすごいノリノリだ。
「この悪魔界が、人間界の姿と酷似しているのも、その事が関係しているとか、してないとか」
「よくご存じですね。はい…、その通りです。世界同士は隣り合っていて、例えるなら横に並ぶ家…みたいなモノでしょうか。家同士は「魔力の流れ」というお互いの家々を繋げる渡り廊下を有しているのです。世界を行き来する場合、その魔力の流れを通り、別の世界に移動する事になります。魔力は世界ごとにそこだけの魔力があるのではなく、川のように世界を流れ、渡っています」
「難しい話はよくわかんない。結局ここが人間界と似てる理由はなんだ?」
「え、ええと、それは…。この世界自体が特殊と言いますか、何かしらの術式の影響を受けている事にあります」
---[07]---
「術式…ですか?」
「はい。詳しい事は解明されていないのですが、本来、形を持たない魔力の集合地帯、それがこの悪魔界なのです。おかしいと思いませんか? 人間界と酷似した姿を持つこの世界。本来、別の世界であるなら、この世界は人間界と天人界の関係同様、同じく人が生活していたとしても、その形は異なるモノに、文明…時代を作るはずです」
「確かにな」
「同一人物が生活していたとしても、悪魔と言う存在もありますし、人間界同様の形になる事はないはずですね」
「そこが、この世界のイレギュラーな所です。この世界は人間界の形を模倣するのですよ」
「なんだそれ。世界が世界の真似事をしてるってか?」
---[08]---
「その通りです。毎日、決まった時間、特定のモノを、人間界を通過して流れてくる魔力に残った人間界の情報を読み取り、この世界を常に作り変えているのです。その作り変えられた時、必ず周囲に何かしらの術式発動の痕跡が残っています。私は詳しく知らされている訳ではないので、お話できるのはここまでですが」
「興味深い話…です。世界そのものを模倣し作り出す術式…考えるだけで途方もない事が分かりますが、それがこの世界では行われている…と」
「世界と言っても、この人間界全てという訳ではありません。確か天人界の天人様の国と同規模だとか。それ以上先はそもそも存在せず何もない。先に行こうとしても、まっすぐ歩いているはずが気付けば元居た場所に戻ってきます」
「ますます興味深いです。確かにそれなら、世界を丸々作るよりも可能性がありますね。まっすぐ歩いていても戻ってきてしまう話も、それこそ誰かが幻覚を見せでもしない限り起こるはずがありません」
---[09]---
「だからこそ、不思議な場所なのです、ここは」
「要は、世界って言ってるけど、イクステンツ並みの大きさの島って事か?」
「説明が難しいのですが…、その解釈でも問題ないかと」
「イクステンツぐらいの大きさの世界か…。広いったらねぇな。昨日乗ったクルマ…だっけか? アレをこっちに持ってくる事は出来ないのか?」
「そうですね。イクステンツと同等の広さなら、私も移動手段の確保は重要だと思います。いくら肉体の強化が可能で、速い移動ができたとしても、命の危険のある戦いをするのですから、体力の温存は考えないと」
「車両の持ち込み…ですか。可能ではあるのですが。車両は大きな音を出すので、その音に反応して悪魔達が集まってしまうのです。これから悪魔を討伐するのであれば、相手が自分から寄ってきてくれるのでありがたいのですが、帰るとなった時に寄って来られては、その方が危険です」
---[10]---
「確かに音は…」
「うるさかったな、あれは。クルマの中にいた時はそこまで気にならなかったけど、それ以外の場所だと、あっちこっちから聞こえてきやがる」
「はい、なので基本、移動に車両は使わないのです。一応、人力の車はあって、それなら音は小さいのですが、私を含め、それなら自分の足の方が速いし疲れない…という結論に至ったのです」
「・・・まぁそれなら、その方がいいんだろうな」
「そう言えば…。話は戻るのですけど、この悪魔界は、元々存在しなかったと聞いた事があります。それは事実なのですか?」
「え? ええ。私も詳しくは知らないのですが、そう聞いています。伝承等の情報がほとんど残っておらず、数少ない情報では、元々人間界が天人界のように隣り合っていた世界は、悪魔界ではなく、また別の世界だった…との事。その名前も、どういった世界だったかも、私達は知りません。もしかしたら天人界の方でなら、その件についても、調べる事ができるのではありませんか?」
---[11]---
「ん~、どうでしょうか。少なくとも、学業の中でその件に触れた記憶はないですが…、興味が出ましたので、今後その件について調べるのも悪くないですね」
「・・・」
フィアが生き生きしている。
最近、忙しいからって、見る事が少なくなった顔だ。
「それでですね。その元々隣り合っていた世界との間に生まれたこの悪魔界ですが、まるで世界と世界との間にねじ込んだように存在する世界…でして、その件が一番最初の話…私達がお面を付ける理由に繋がってきます」
「やっとその話か」
前座が長すぎて、その質問を自分がした事さえ忘れていた。
「本来、別の世界に行く場合、特別な道具が必要になるのですが…」
ウチらが天人界から人間界に移動する時に使った、あの見守りの樹の中にあった石と…、ここに来る時にこの夜人が使った…あの…。
---[12]---
「今は持っていないのですが、その必要な道具と言うのが、この悪魔界に入る時に使った石、「流抗石(りゅうこうせき)」。アレは魔力を流す事で術式が発動し使用者とその周囲のモノ…使用者の意思である程度調整でき、選んだモノを魔力の流れにその身を溶かし、流れに乗せて世界を移動させるのです」
「それで? そのお面を付ける理由は?」
「これはですね、見られないためです」
「誰にだ?」
見られたくない相手が悪魔なら…というか、ここには悪魔しかいないんじゃないのか?
それならどうせ倒す相手だ、顔を隠す必要は無いだろうに。
「人ですよ。人間…。人間界に住む生ある者達」
「どういう事だ? 人間界の連中は、観光気分でこの世界に来るのか? 天人界の一般人より弱そうな連中ばかりに見えたが…、案外そうでもない?」
---[13]---
「いえいえ、皆さん天人様達や私達と比べれば、大人と赤子に近い力の差がありますよ。本来、世界を移動する方法は先ほど話をした通りになりますが、これも無理矢理押し込んだかのように生まれたこの世界の特性と言えばいいのか…、特定の場所、特定の時間、ある特定の力を持った人物、理由は様々なのですが、不幸にもいくつかの条件が重なった時、正規の移動方を使わない、その人達の意思を無視して強制的にこの世界に飛ばされる事があるんです」
「強制的に…ね~」
「なるほど。では、夜人の方達がこの世界で行う使命の1つも、そこにある訳ですね」
「はい。我々夜人の使命は、この不安定な悪魔界の世界の脅威が、人間界の人達に及ばないようにする事です。その人の意思を無視した世界移動から守るため。もしこの世界に人が飛ばされてきた時、我々の救助が到着するまで、少しでもその人達が安全でいられるように、この世界に漂う悪魔を掃討、そして監視をする事。そして、人がこの世界に移動してきてしまうなら、その逆もまたしかり…。悪魔を倒し、この世界の悪魔の密度を薄くすれば、それだけ人への被害が抑えられる。我々はそのために動くのです」
---[14]---
「立派ですね」
「そう言っていただけると、我々のこれまでの努力が報われます。と…もうすぐ目的地に着きますよ」
「やっとか…。人間界の建物はいちいち高いモノばかりで、周りが見づらい…。なんか、それなりに歩いた気がするけど、わかりづらいというか…」
「そういえば、天人界の建造物は、あまり高い建物が無いみたいですね」
「はい。どこからでも私達を見守ってくれる巨木が見られるように…と、あまり高い建物をそもそも建てられません。あと、その巨木の見え方で自分のいる場所を把握する…という事も、無意識的にやっている点もありますから、イクの距離感が分かりづらくなるのは、初めて来る場所という以外に、そういった理由があると思います」
「かもな。・・・ん?」
「イク、どうかしましたか?」
---[15]---
ウチが足を止めると、フィアと夜人も同じように足を止める。
「…しっ」
口元で人差し指を伸ばし、フィアの質問を止める
何か音がした。
人間界とは違って、この世界は不気味な程に静かだ。
当然、クルマとか、人とか、音を出すモノが無いんだから、静かなのは当たり前だけど、そんな中で何か聞こえた気がする。
気のせいか…、そんな気がしたのも束の間、再びその音はウチの耳へと届いた。
カキンッという金属のぶつかり合う音だ。
「どっかで戦闘している音が聞こえる」
だけど、その音が何処から聞こえてくるのかが分からない。
基本的に静かな世界、聞こえはしても響いて響いて、どこからの音だか、全然わからなかった。
---[16]---
「イクシア様は耳がすごく良いのですね。自分達にはちょっとわかりづらいと言いますか…」
「悪魔連中が、悪魔同士で戦う事はあるのか?」
「いえ、そう言った事はないはずです。少なくとも私は見た事がありません」
「なら、音がしてくる場所で、他の夜人が戦ってるって事だな」
「そうなると思います」
「そうか…」
戦闘が行われている…、そこに行けば悪魔と戦える。
耳と澄ませろ。
正確にその場所を見つけ出せ。
「あっちだ。」
---[17]---
ウチは音がする方を指差す。
「その方向には、昔の城の跡地がありますね。一応、こちらに来ている夜人の方達と合流する場所にもなっているので、間違いないかと」
「…じゃあ行くか」
「え、あの、我々の仲間が既に戦闘をしていると思いますし、すぐに悪魔は倒されると思いますが…」
「そんなのは関係ない。悪魔がそこにいるなら、サッサと行って一合でもいいから打ち合うだけだ」
「そ、そうですか。では行きましょう。城の跡地は水の張ったお堀に囲まれた場所です。今いる道をまっすぐ進み、次を左に曲がれば右手にそれが見えてきますので、木々が多く植えられていますが、その中に入ってしまえばきっとすぐにわかるはずです」
---[18]---
「そうか。じゃあさっさと行くぞ」
そう言って、ウチは夜人連中の返しを待たずに、自身の槍斧を肩に担いで走り出す。
夜人連中が言っていた通りの道を進めば、お堀…だったか水の張られた水路があり、その先には大きい石を何個も積み上げた壁が…。
お堀の存在が、どことなく天人界を彷彿とさせ、気持ちが落ち着いた。
すぐ近くにお堀を渡るための橋があったから、それを渡っていくと、さっきまで微かに聞こえるだけだった戦闘音がしっかりと、そこで戦いが起きていると、ウチに教えてくる。
こんなに木々が立ち並ぶ光景は、天人界では植林場でしか見た事がないが、そんな事に驚きつつも、ウチの気持ちは前へ前へと、悪魔との戦いに向けられていた。
---[19]---
そんな木々の合間を抜けて出た先、天人界ではこれもまた珍しい、石畳ではない砂地の地肌が広がる開けた場所に出る。
そこには悪魔と人間…。
得物を持った者同士の戦いが繰り広げられていた。
悪魔の数が圧倒的に多い中、夜人は少数精鋭と言わんばかりに次々と悪魔を倒す。
同伴者の奴らが、悪魔はすぐに倒される…と言った理由が、その光景を見ればわかる。
元々その言葉を疑ってた訳じゃないけど、ウチに湧くモノは、自分でもよくわからない…自分がやらなきゃいけないという感情だけだった。
自分もやりたい、自分もその獲物が欲しい…。
地面を蹴り、一気に距離を詰めたウチが振るう槍斧は、そんな獲物たちを容赦なく、まとめて真っ二つに斬り払う。
---[20]---
突然現れたウチに、先に戦っていた夜人達は驚きながらこちらに視線を向けてくるが、そこは戦い慣れた連中、すぐに視線を敵である悪魔に戻し、掃討をしていく。
そこに居た悪魔の数は、10体か…20体か…、もっといたように思うけど、ずっともっと少なかったようにも思える。
分かっている事は、戦闘は瞬く間、あっという間に終わった事だけだ。
やっぱり物足りない。
戦うのは嫌いじゃない…、強くなれる事はとても嬉しい…、戦いで得られるモノは自分にとって宝物であり、自分が欲しているモノの1つだ。
でも、今は何をしても何かを得られた気がしない。
自分の戦い方に違和感を覚えながら、ウチは槍斧を支えにしゃがみ込むと、深いため息をつくのだった。
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