第12話急襲

歩ける程度に回復したアイザック、そして犬のヴォルフを連れて私はコウモリの森の東にある湖に来ていた。



アイザックのリハビリと、ヴォルフの散歩も兼ねて、天気の良い日に私はこうして一人と一匹を散歩に連れ出している。



ヴォルフは好きなように草むらに顔を突っ込んだり、気になる生き物を見つけては追いかけたりしている。たまに藪の中に蛇を見つけて、それをおもちゃにしようとして鼻の頭を噛まれそうになっている。よほど怖かったのか、今もヒーヒー言っている。見た目は大きいが、まだまだ子犬だ。



「知らない生き物に手を出すのもほどほどにね」




私は声をかける。




アイザックは基本、あまり喋らない。




「人間、寝ているだけでは衰えていくばかりなの。だから体が元気になったら、早い段階で歩くことが大事ね。だから植物採集のついでにでも、彼を一緒に連れて行ってよく歩かせてあげてね〜」




ルーカスがそう言ったのは3日前のことだ。




なのでこうして、私はアイザックを連れて湖まで来ている。




湖まで来たのにはもう一つ、目的があった。




「今からちょっと準備をしますので、ここで座って待っていてくださいね」




私は言った。アイザックは頷く。




私は履いていた靴を脱ぐ。靴下も脱ぐ。素足になって、湖岸の砂の上をゆっくりと指先で探りながら歩く。




「あった」




目的のものはすぐに見つかった。足先に温かいものが触れる感覚がある。お湯だ。





私は持ってきたリュックサックの中から、携帯用の折りたたみスコップを取り出すと組み立て始めた。このスコップを持ち運ぶのにも、実は一悶着あった。




「俺が持とう」



「何言ってるんですか、けが人に荷物持ちなんてさせられないですよ」



「しかし」



「このスコップは特別な金属でできていて、ものすごく軽いんです。それにこの散歩は治療の一環でもあるんです。まだ完全に回復しきっていないあなたに無理をさせるわけには行きません」




このアイザックのリハビリを兼ねた散歩を始めた際、荷物を持つ、持たないで毎回押し問答になった。荷物といっても、ちょっとしたお弁当とか、お菓子とか、敷物とか、水筒の類だ。重くもない。それでも私に荷物を持たせることが、なんだかアイザックは気に入らないようだった。



それを「あなたは患者、こちらは治療師の助手」ということで押し切り、今に至る。




アイザックは湖を取り巻く砂浜に腰を下ろして、私が作業するのを黙って見ていた。






私は砂を掘り始めた。遠くで遊んでいたヴォルフが駆け寄ってくる。何か面白そうなことをやっている!と思ったらしい。




「ヴォルフも手伝ってくれる?ここに温泉を掘るから」




ヴォルフは尻尾を振りながら、私がスコップで掘った穴を夢中で掘り始めた。こういう時、犬って便利だな。すぐに、ちょうど洗面器くらいの大きさの穴が掘れた。底には小さな水溜りができている。



「うん、温度もちょうどいい」



私は水に手で触れて確かめるとそう言った。




「アイザックさん、温泉が掘れました。ここに足をつけてもらえませんか?」




アイザックは立ち上がった。素足になり、両足を浸す。




「しばらくこうして、足をつけていてください。少しでも気分が悪いとか、めまいがするとかあったら、言ってくださいね」




「これは」




「温泉療法と言います」




私はリュックから水筒を取り出した。中には冷たくしたお茶に、少し砂糖を加えたものを入れてある。



「どうぞ」



携帯用の金属でできたコップに入ったお茶をアイザックに渡す。私も自分の分を注ぎ、隣に腰を下ろす。




「この国は火山が多いんです。だから温泉がたくさんあります」





私は言った。半分独り言のようだった。






「この辺りでは昔から、地元の人が傷の治療に温泉をよく使っていました。怪我をした動物が温泉で傷を癒してたとか、古代の兵士が戦争で受けた傷が、温泉に入ったら治ったとか、そういう伝説もいろいろあります。



この辺りは、砂を掘ると温泉が出るっていうちょっと珍しいところなんです。アイザックさんはまだ回復の途中で、体力も完璧に戻ってはいない。だからこうやって、足をお湯につける程度がまずちょうどいいんです。体を温めることで、傷の回復も早くなりますから」




私はぐっとお茶を飲み干した。空を見上げると、トンビがぐるぐると大きな輪を描いて回っている。





よく晴れた、いい夏の初めだった。悪いことは起きる予感などは、何もなかったはずなのだが。




ガサ、と何かが背後の森で動いた。





振り返ると同時に、何かが飛び出してきた。それが剣を持った黒づくめの男だと気がついた時には、遅かった。




太陽の光を反射した、鋭い刃先がまっすぐに自分に向かってくるのを、私はただ驚きながら眺めていた。




次の瞬間、ゴキリ、と何かが砕ける、嫌な音がした。

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