第13話エマ、魔女の秘密を知る
「あれ…なんで痛くないんだろう?」
やってくる痛みに備えていた私はいぶかしく思った。顔の前で交差させた両腕の間から、そっと目を開けてみる。
足元に、顔がおかしな形に歪んだ黒服の男と、まさにその歪んだ箇所に右手の拳を埋めているアイザックの姿があった。
びっくりした。あまりに驚いて声が出なかった。
「無事か」
アイザックが言った。私はただ、うなずく。
少し経ってから手に震えがきた。左手を自分の右手で抑え込もうとするが、まるで自分の手ではないように、動きを止められない。
アイザックは汚れていない方の手で私の手を包み込んだ。大きくて、温かい。
私はちょっとだけ落ち着きを取り戻した。
改めて、黒服の男を見た。おそらく顎が砕けており、歯の間から泡の混じった血を吐いている。
「何か縛るものを」
ぼんやりとしている私の頭上から声がして、私はハッとした。
「ええと、タオルなら」
私とアイザックは、タオルを細く裂いて即席のロープを作った。黒服の男の両手、両足を、縛る。ついでに口にタオルをかませて出血を止める。もっとも、顎は砕けているのでタオルはあまり用をなしていなかった。どんどん血が滲む。
今は気を失っているけれど、意識を取り戻したら相当痛いだろうな。
アイザックは軽々と、黒服の男を持ち上げると歩き出した。私はその後をナイフ抱えて追いかけた。ヴォルフは静かに、尻尾を左右に揺らしながら、いつものように私の後をついてきた。
*
「なるほどね〜」
ルーカスは言った。声はいつもの調子だが、顔は決して笑っていない。ルーカスは居間に洗面器を持ち込み、黒服の男の右頬を水で洗い流している。
砕けた顎の骨と肉が、露わになる。私はしっかりとそれを見る。どんな状況でも、どんな状態の怪我でも、私は見て、その対応方法を学び取りたいと思う。
ルーカスは、透明な瓶を片手に取った。中には白い粉が入っている。ルーカスはその白い粉を、黒服の男の傷口に振りかけた。
アイザックはその様子を腕を組んで、黙って見ていた。
「彼の狙いはおそらくこれでしょうね」
瓶を見つめて、ルーカスは言った。
「それって何なんですか?」
「うーん、本当は秘密にしておきたかったけど。知らない方がいいこともあるのよ?」
「でも、もう巻き込まれてます」
「そうね、エマには知る権利があるわね」
ルーカスはそう言うと、ちらりとアイザックを見た。アイザックはうなずいた。
「これはね、戦場では負傷した兵士から夢のように痛みを取り除いてくれる、救世主」
ルーカスの目つきが、厳しくなった。ルーカスのまつ毛が、下まぶたに影を作る。なんだかすごく嫌な感じがした。
「これは、モルヒネとも呼ばれているわね。私はこの材料になる花を、コウモリの森で栽培しているの」
私は目を閉じて、息を吸った。何をどう考えていいか、まったく分からなくなった。
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