第15話 海賊だから破壊工作に従事する
民間ブロックと軍事ブロックを仕切るのは一枚のゲートだけだった。
二人の少女が前に立つと、それは自動で開き、すぐにまた閉じた。垣間見えたその向こう側にはもちろん住居はなく、殺風景な通路だけが続いていた。
ウェルスは扉の前に立ってみる。
やはり開かなかった。
しばらくそのまま立っていると、足元の床に設置されたランプが一斉に灯った。
『警告。ここから軍事ブロックです。すぐに離れてください。繰り返します……』
声と共に、カウントダウンのようにランプが消えていく。これが全部消えたら、ちょっとまずい事になりそうな気がする。
ウェルスは急いで近くの公園に移動した。
(やはり、何らかの方法で軍関係者を認識しているんだな)
それは当然だ。誰でも簡単に軍事ブロックへ入れるなど問題外だ。入り口はここだけではないだろうが、同じようなセキュリティになっているのは間違いない。
「まあ、いざとなれば重装歩兵で突破すればいいか」
ただ甲板からここまで階層構造になっているのが問題だ。探せば非常階段はあるだろうが、やはりエレベータで移動するのはリスクが大きい。
「へえ、重装歩兵がどうしたの、君」
後ろから呼び掛けられて、ウェルスは思わずベンチから立ち上がった。
白と青の制服を着た長身の少女がふふっ、と笑う。
制服のデザイン自体はさっきの二人と同じだ。やはり軍関係者なのだろう。
しかし、とウェルスはその少女の顔を見詰めた。
「王子様だな、まるで……」
端正でクールな顔立ち、唇に少しだけ笑みを浮かべている。慣れた仕草でウインクを飛ばしてきた。
「そうだろうね。よく言われるんだよ」
何の
「君もかわいいよ。でも素顔も見てみたいな」
やはり化粧が濃かったようだ。
「ところで、重装歩兵がどうとか言っていたよね」
背中に冷たい汗が伝わった。
「あ、違うんです。『お掃除には重曹を? へぇ~』って言っただけで。そ、そうです。この雑誌に載っていて」
ウェルスは出来る限り女の子っぽい喋りで答える。
「雑誌ってこれかい?」
少女はウェルスが適当に選んで買ったそれを手にとった。表紙に細マッチョがどうとか書いてあったので、そういう特集かと、つい選んでしまった。どうも自分に足りないのはこういった逞しさではないかと思い始めていたのだ。
ぱらぱら、とページめくった少女は顔を曇らせた。
「こういう趣味を否定する気はないけどね。うん、そこまで嫌いじゃないし」
返してもらった本を改めて確かめたウェルスは、顔から血の気が引く。
全編、裸の男同士が絡み合っていた。そういう本だった。
「こ、これは違う。趣味なんかじゃないし、間違えただけで……」
「貰ってもいいですか」
また別の少女が顔をのぞかせた。いつの間に接近してきたのか全く気配を感じられなかった。この少女も整った顔立ちだが、どこか冷たい印象がある。
「え、え?」
「その本」
少女は無表情にその雑誌を指差した。
「なんだ、ミリア。君もこういうのに興味があるんだね。意外だよ」
最初の少女が肩をすくめた。それも実にさまになっている。
「私だって機械じゃありませんから。それよりドルニエさん、門限に遅れますよ」
「そうだね。残念だな、もう少し話していたかったけれど」
長身の王子さま風がドルニエ、無表情な方はミリアというのだと分かった。
ウェルスは試してみる事にした。
「僕…いえ、わたしも一緒に行ったら、ダメ?」
ドルニエの眼がすっと細くなった。そのまま軍事ブロックとの境界に目をやる。
「この中に、かい?」
(さすがに無理か)
下手をしたら通報されかねない申し出なのだ。
「全力で歓迎するよ、お嬢さん」
ドルニエが、会心の笑顔になった。別に何かを企んでいるような表情ではなかった。まあ、よからぬ事を企んでいるのはウェルスの方だったけれど。
(こいつ、見かけよりバカだな)
大丈夫なのか、この都市空母は。
「私は何も見ていない」
感情のない声でミリアは言うと、雑誌を手に先にゲートをくぐって行った。
「では行こうか。今夜は懇ろにお話をしよう。……もちろん寝かさないよ」
そっと手をとり、ドルニエは甘い声でささやいた。
しまった。これでは『シー・グリフォン』と変わらない。
☆
ドルニエと一緒にゲートをくぐる。
特に警報などは鳴らなかった。意外とセキュリティが緩いようだ。
「私たちは士官候補生なのさ。これから私たちの寮に案内するよ、お嬢さん」
ああ、だけど。そう言うとドルニエはアイマスクを取り出した。鋭い瞳と濃い眉毛が描かれている。
「これを着けてくれないかな」
さすがに、経路を憶えられては困るという配慮のようだ。
「ここからは軍事ブロックなんだ。侵入者は見つかったら即、銃殺だからね。変装しておかないと」
「帰ります!」
ははは、とドルニエが笑う。
「冗談だよ。むさ苦しい所だから見せたくないんだ。私の部屋に入ったら取ってあげるよ」
ドルニエの部屋にはすでに二人の女の子が待っていた。脱いだ制服がバラバラのところを見ると、他の部署の女の子たちのようだ。
ハーレム、という言葉が浮かんだ。ドルニエも制服を脱ぎ始める。
「さあ。君も早く、自分を解放するんだ」
この王子様が何を言っているのか分からないが、裸になる訳にはいかなかった。
ウェルスは解毒剤のカプセルを口の中で噛み砕くと、指輪に仕込んだ透明な麻酔ガスを噴射した。即効性のそれはすぐに部屋中に回り、ドルニエを含めた少女たちはベッドの上で動かなくなった。
ウェルスは脱ぎ捨てられたモスグリーンの制服を取り上げた。艦内で目立たないように着替えるつもりだった。
「スカートか……」
一瞬戸惑ったが時間がない。ウェルスはそれを身に着ける。なんだか下半身が落ち着かなかった。
部屋を出ようとして、気づいたウェルスは机の上にメモを残す。
『やっぱり帰ります。楽しかったです♡』
☆
士官学校の寮を出たウェルスは、弾薬庫の場所などを確認しに、艦内の探索を始めた。
軍事施設の立ち並ぶ中を抜けると、厳重に囲われた一画に出た。
「何だろう。警戒してそうな割に、鍵掛かってないし」
ウェルスは中を覗き込んだ。巨大な円筒形の装置が部屋の中央に据え付けられていた。モニターに表示された数字が常に変動している。
「動いてる。
サイズからすると、主発電機から送られた電力を各エリアに分配するための配電設備らしい。
この都市空母の危機対応能力を確認しておくのもいいだろう。
「ジェネレーターを暴走させられないかな」
ウェルスは操作盤に取りつくと、制御装置をいじり始めた。モニターの数値が急速に跳ね上がる。が、すぐにまた数値は下がり始めた。
ふん、と息をついたウェルスは幾つかのボタンを続けて押した。
モニターに赤い警告表示が灯る。
「安全装置解除」
出力制御のプログラム設定を60分後に最大になるようセットして、ウェルスはその場を離れた。
その日の深夜、士官学校を含む一画に爆発音が響いた。けが人は出なかったが、ジェネレーターの改修には丸一日以上を要する事になった。
「中からの攻撃には比較的、脆弱なんだな」
爆発を確かめたウェルスは、夜陰に紛れ海賊艦『シー・グリフォン』へ帰還した。
☆
「服だけ残して去ってしまうとは。なんて風情のある女の子だったんだろう……」
ウェルスの女物の服を抱きしめ、ドルニエは感歎していた。
「わたしの服が無いんですけど。仕方ないから、あんたの借りるよ、ドルニエ」
後ろでは裸の少女が文句を言っている。
「ああ。……また会いたいな」
うわの空で、ドルニエは呟いた。
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