第16話 少年は海賊連合を結成する
海賊艦『シー・グリフォン』の艦橋。
ウェルスは、ぼんやりとキャプテンシートに座っている。
「どうしたんでしょう。またウェルスさんの元気がないようですが」
副官のルセナが小声でパルミュラ艦長に話しかけた。
「いや、それは違うぞ副官。あれは多分、心中悶々としているのだ。下半身に溜まったものを今夜あたり発散させてやらねばならないようだな。もう、絶倫なんだからなぁ、ウェルスは」
「よだれを拭いてください。それこそ違うと思います」
「艦長、お話があるんですが」
ウェルスが立ち上がった。パルミュラは胸を押え、頬を染めた。
「そうか分かった。だがちょっと待て、いま服を脱ぐから」
「艦長。何を考えてるんですか、違います」
パルミュラは下ろしかけたスカートを持ち上げた。
「何だよ、女に恥をかかすな」
ふくれっ面の艦長を副官は冷たい目でみやった。
「ウェルスさんに言われるまでもなく恥ずかしい人じゃないですか、あなたは。なんで艦橋で脱ごうとしたんですか」
「いやいや。羞恥心の欠如はイイ女の条件だからな」
「初めて聞きましたよ、そんな暴論」
「あの、僕の話を聞く気があります?」
☆
『キャンディ・タフト』というのが先日ウェルスが潜入した都市空母の名称だった。武装航空戦隊「戦闘姫(ワルキューレ)」を擁し、海域最強の防衛力を誇る艦である。
「美味そうな名前だな。わたしを食べて下さい、という意味だろうか」
「キャンディ・タフトって、花の名前ですよ艦長」
また副官にたしなめられている。
「花弁が砂糖菓子みたいな形をしている事から付いた名前らしいので、あながち間違いとも言えませんが」
ほほう、とパルミュラは不得要領に頷いた。
「で、なんだっけ。ウェルス」
やっと彼に話を振る。
「ええ。艦長にお願いがあるんです。……艦長というか、ゼノビアさんの方が良いのかもしれませんが」
前艦長の名前が出ると、パルミュラは一瞬で全身が硬直した。普段は自堕落な女だが、母親への敬意と恐怖は骨髄に沁み込んでいるのだ。
「だがウェルス、それはダメだぞ」
パルミュラは真剣な表情になった。緊張からか唇の端が震えている。
「わたしは、……君をお父さんと呼ぶことはできないっ!」
ルセナ副官に張り倒されて、パルミュラは涙目になっている。
「なんだよう、乱暴だな副官は」
「ウェルスさんの話を聞きなさい、艦長!」
す、すみません。艦長はしょげ返る。
☆
「ほう。この辺りの海賊に声をかけて欲しいと」
神々しいまでの美しさを持つゼノビアだが、今日はおでこに絆創膏が貼ってある。
「ああ、これですか」
ゼノビアはウェルスの視線に気づいた。
「先日、急に艦が揺れたものですから、ちょっと不覚をとりました。まあ、事情はこの馬鹿娘に訊きましたけれどね」
へへーっ、とウェルスとパルミュラは平伏した。
「そ、その節は大変ご無礼をば、おば、おばばば」
「だれが、婆ぁですか馬鹿娘。サメの餌にしますよ」
ウェルスの話を聞いたゼノビアは何度も頷いた。
「面白い。あの『キャンディ・タフト』襲撃に成功したとなれば、この艦の評判もこれ以上なく上がるだろうね」
「それに向こうの最新兵器を奪取できれば、この艦の武装強化もできて一石二鳥なんですが」
「ウェルス……」
ゼノビアの笑顔に複雑な色が混じる。
「目的を欲張っては必ず失敗します。それを肝に銘じなさい」
「ほーら、だからわたしもそう言っただろう」
得意げにパルミュラが胸を張る。
「いえ、艦長は住人も手当たり次第に
「そうか? まったく覚えがないけど」
☆
その日『シー・グリフォン』に、続々と小型高速艇が集結した。近海に散らばる海賊艦からの連絡船だった。
ゼノビア前艦長の威光は他の海賊たちにも行きわたっているようだ。普段は抗争を繰り広げる連中がこうして一箇所に集まったのは、ある種、壮観ともいえた。
「けっ、柄の悪い連中ばかりだぜ」
各海賊グループの指揮官クラスが食堂に集まっているのを見て、プラット隊長が不敵な笑みを浮かべた。
「それはお互い様だろうよ、プラット」
集まった海賊たちから声があがる。
「しかし、なんで食堂なんだ。飯でも出るのか」
別にこれからお食事会を開く訳ではない。単に一番広い部屋ということで食堂が選ばれたのである。
「仕方ないよな。他の大部屋は、あれだし……」
「普段から片づけておけば良かったですね」
今更ながら艦長と副官が反省している。どの部屋も収奪品やクルーの私物で埋まっているのだった。
「では詳細を訊こうか、パルミュラ」
最も年配の女海賊がしわがれた声で言う。パルミュラ達よりひと世代上になり、ゼノビアとほぼ同年代。この海域では最長老のベテランだった。
「キャンディ・タフトを襲うという事だったな」
「その通りです、スピノア艦長。かつてあの艦の悪魔どもを駆逐した、あなた方の力をお借りしたい」
老海賊は苦笑した。それはもう二十年も前の話だった。
「あれは、たまたま奇襲が成功しただけだ。おかげでその後、逆襲を喰らってほとんどの艦艇を失ってしまったわ」
とはいえ、あの
「かつての英雄も老いたな。おれはやるぜ、パルミュラ。計画を聞かせろ」
別の女海賊が声をあげる。それに賛同する声が続き、大勢は決した。
パルミュラが説明したのは作戦計画というほど緻密なものではなかった。
それぞれの海賊たちには得意な戦法がある。それに応じて、攻撃をかけるだけだ。ただ同時に、という事が作戦の肝だった。
「要は敵の戦力を分散させて、個別撃破するという訳だ」
「へえ、見直したぞパルミュラ。お前にも頭脳があったんだな」
揶揄する声にもパルミュラは余裕の笑みを返す。
「で、収穫はどうするんだ。山分けか?」
「まさか、わたしたちは海賊だ。各自、切り取り次第に決まっている。それでいいだろう、皆さん方?」
つまり自分が奪ったものは全て自分の物という事だ。
異議なし、と声があがった。
最後に決行日時を打ち合わせ、海賊の集会はお開きになった。
☆
「うちの切り札は、これです」
ウェルスは空母内のドックに係留された二隻の艦を指差した。そのひとつは世界標準ともいうべき汎用軍艦である。どこの空母でも必ず採用されていると言ってもいいベストセラー艦なので、何かと使い勝手がいい。
「この識別信号を操作しました」
この艦が発する特有の識別信号を、キャンディ・タフトの交易先の都市と同じものを出すように偽装したのだ。これで、しばらくは接近する時間を稼げるだろう。
そしてもう一隻。
「ほう、『ウルフ・ヴィーキング』から分捕ったやつだな」
それは潜水艦に近い特殊な形状を持っている。いわゆる潜航型強襲揚陸艦というものだった。20人ほどの兵士と戦車を上陸させるための舟艇である。
識別信号を発する汎用軍艦が
「ベイブロックから中に侵攻すれば、必ず目的は達せられます」
ウェルスは力強く宣言した。
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