第14話 少年は戦闘姫と邂逅する
艦内には美しい街並みが整備されていた。
「これが古いニッポンなのか」
ウェルスはベイエリアから続く民間ブロックを歩いていた。
☆
男の姿では目立ち過ぎるため、肩までのウイッグを着け、顔はルセナやアクィラが化粧してくれた。
「うわー、ウェルスくん可愛い」
「これは下手な艦長よりずっと女性っぽいですね」
「さらっと個人名を出すな、副官」
「だが、ちょっと派手じゃないか」
ウェルスの顔を覗き込んだパルミュラが顔をしかめた。
「観光客を装うなら、それ相応の伝統的な出で立ちというものがあるのだが」
そう言ってパルミュラが見せてくれたのは一枚のイラストだった。
「これ……ですか」
七三分けの髪型に黒ぶち眼鏡、出っ歯に、首からカメラを下げている。そして手には『ノーキョー・トラベル』の小旗。
「典型的な日本人観光客の姿らしいぞ。あの都市空母は観光地としても有名だから、こういったトラディショナルな観光客スタイルなら絶対に怪しまれないとおもうのだがな」
「いや。どこをどう見ても、怪し過ぎます」
☆
『シー・グリフォン』は貿易艦隊の護衛としてその都市空母に接舷していた。
ウェルスは、交易品の積み下ろし作業に紛れ、市場が開かれているベイエリアへと潜入した。私的な交易で賑わう倉庫街の向こうには、すぐに民間ブロックへの通路があった。だがそれはウェルスの目的ではない。
ウェルスは貨物コンテナが運ばれていくのに目を留める。都市空母政府の輸入品だろう、続々と列車の荷台に乗せられていく。
その荷物を守るように、武装した兵士たちが周囲を警戒していた。地上と空中に分かれて死角を作らない監視位置をとり、臨戦態勢のような緊張感が漂っている。
「あれが、
すでに戦うつもりで観察しているウェルスだった。
彼女らは動きに無駄が無く、よく統制がとれている。二、三歩貨物に向かって歩いただけで、銃口がこちらを向いた。
あわよくば貨物にまぎれて軍事ブロックへ、と思ったウェルスだったが、これは難しそうだった。
ウェルスは手近な出店で艦内観光ガイドブックと雑誌を適当に買って、民間ブロックへ向かう観光客の列に並んだのだった。
☆
ニッポンの古い街並みを見事に再現した大通りを歩きながら、ウェルスはいつの間にか観光客になり切っていた。
この空母の観光の目玉はやはり巨大な神社なのだろうが、その他にも東アジア最大クラスと言われた灯台もあるらしい。
ガイドブックには青い海を背景に、石造りの白亜の灯台の写真が掲載されている。ちょっと見てみたい気もするが、位置関係がよく分からない。
とりあえず案内標識に従い、エレベータを乗り継ぎ甲板に向かう。出たのはこの空母の先端付近のようだ。”地平線”がすぐそこに見える。
そしてその正面には真っ白に輝く美しい灯台が立っていた。
「おおー」
ウェルスは思わず声を上げていた。
やはり観光地らしく大勢の人が集まっている。
「上ってみようかな。せっかくだし……」
ウェルスはつぶやいた。別に空を飛べるのだから同じようなものではあるが、自分の足で上まで登ってみるのも面白そうだ。
「すごい灯台だねー。行ってみようよ、エマちゃん」
「ばか
すぐとなりで明るい声がした。
振り向くと、気の強そうな顔をした赤毛の少女と、黒髪の長身の少女が一緒に灯台を見上げていた。学生なのだろう、おそろいの白とライトブラウンの制服を着ている。
「まったく、馬鹿は高い所が好きっていうのは本当だな」
「エマちゃん、そこは煙と何とかは、ってぼかす処だよ。露骨に言っちゃったら、鍋も蓋もないよ」
馬鹿な会話だった。
そこは、身も蓋も、だっ。それじゃ本当に何にも無いだろうが。と突っ込みかけて、かろうじて踏みとどまる。観光客を装って偵察をしているところだという事を思い出したのだ。ついでに灯台に上る気も失せてしまった。
艦内に戻ろうと踵を返したところで、彼女たちの会話が耳に飛び込んできた。
「それより、軍の技術開発部に行くんじゃなかったのか」
「ああ、そうだったよ。忘れかけていた」
「嘘つけ。完全に忘れていただろ」
「えへへ。じゃあ行くよ、エマちゃんは安心してわたしの後についてきなさい」
信じられないほどの幸運だった。どうやらこの二人は軍の関係者らしい。ウェルスはすぐに距離をとる。気づかれないように尾行するつもりだった。
☆
前を行く二人はエレベータや自走通路を乗り継ぎながら、艦の奥深くへ進んでいく。次第にウェルスも方向感覚を失っていた。
(やはり簡単には軍事ブロックに辿り着けない艦体構造になっているんだな)
ウェルスは舌打ちしたい気分だった。この都市空母は、外からの攻撃にも内側からの攻撃にも、堅く守られているようだ。
やがて住宅街らしきエリアに出た。
ランドセルを背負った子供たちが大勢歩いている。学校が近くにあるらしい。
二人の少女は足を停めた。かがみ込むと真剣な様子で子供たちに話しかけている。『未冬』と呼ばれた黒髪の少女の方が周囲を見回した。
(なんだ。こんなところで)
建物の陰に隠れ、ウェルスは息をころした。不安に襲われかけたその時、子供たちの大きな声が聞こえてきた。
「えー、お姉ちゃんたち迷子なのっ?!」
「そんな大きいのに、恥ずかしいっ」
「うん。おっきいのは、おっぱいだけなんだよ。ああ、でもこのお姉ちゃんは違うけどね」
未冬はへらへらと笑っている。その後ろでは赤毛の少女が殺気に満ちた顔で腕を組んでいた。
ウェルスは呻いた。
どうやら、ここまでの時間はまったく無駄だったらしい。
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