第13話 少年の恋は儚く散る

 部屋のドアは閉ざされたままだった。

「おーい、ウェルスくん、一緒にご飯を食べようよ」

 その前でパルミュラ艦長が猫なで声で呼び掛けている。

「お姉さん、お腹すいちゃったなー」


「……返事がない」

 いつの間にか、主要クルーが集まっていた。

「何ですか。一体、向こうで何があったんですか」

 アクィラが艦長に詰め寄っている。


 護衛の依頼を受けた都市空母へ条件交渉のために赴いたのは、艦長のパルミュラと副官のルセナ、戦闘隊長のプラット、そしてウェルスだった。

 そこから帰って、ずっとウェルスは部屋に引き籠ってしまっているのだ。


「そうか、ウェルスくんの元カノがいたんだ。出会えたんですか」

「あ、…ああ。まあな」

 コルタの問いに、パルミュラは曖昧に答えた。

「会えたんですけど、うーん」

 ルセナも困り顔だ。果たして、これを他人に話して良いものか考えているらしい。

 そもそも、元カノになった根本的な原因は、彼女たちがウェルスを拉致したからなのだし。まあ彼女たちというか、パルミュラ艦長の独断だったが。


「要するに、喜び勇んで会いに行ったら、彼女には新しい彼氏が出来ていた、という訳だ。それであんなにヘコんでるのさ」

 二人が考え込んでいる間に、プラット隊長があっさり喋ってしまった。


「プラットさん!」

「へ、何か不味かったか?」

 はあっ、とルセナは額を押えた。


「そうか。男の子は初恋の人を忘れないと聞くけど、本当なんだね」

 ふむふむ、とコルタが感心している。

「私たちだったら、そんな奴の事なんかすぐに忘れて、次の恋だものなあ」


「…………!」


「いま中で、何かを絞め殺すような声がしましたけど、大丈夫でしょうか」

 真顔に戻ったアクィラがドアに耳を押し当てた。


「もう。コルタさんまで人の傷口に塩を擦り込むようなことを……、でもそれだけじゃないんですよ」

 ルセナはため息をつく。

「そんな、まさか。彼女に振られた以上のことがあったんですか」

「だからアクィラさんも、そういう事を言わない……」


「新しい彼氏がいたと云うのは本当だ」

 やっとパルミュラが口を開いた。

「だが新しい彼氏も、だったんだ」

 全員の眼が「?」印になった。


「双子の兄弟という事ですか」

 一同を代表してアクィラが疑問を呈した。それはまあ、ある意味、悲劇だろうけど、そんなに珍しくはないと思うのだが。

「いや。ウェルスには、そういう意味での兄弟はいないらしい。あれは、ウェルスのクローン……、いやウェルスの方がクローンなのかもしれない」


 それを聞いた彼女たちは黙り込んだ。現在では遺伝子操作による同性生殖も行われているのだが、それでもクローンは未だに禁忌とされている。

「それに、元カノの口調ではまだ何体もいるらしい」


「他にも全く同じ自分がいる、というのは想像を絶するな……」

 さしものプラットも声をひそめ、そっとドアを見た。


 ☆


 その時、ドアが開いた。


「何してるんですか、皆さん」

 どこかぼんやりとした表情でウェルスが出て来た。

「あ、涙の跡が残ってる」

 すかさずコルタが突っ込みを入れる。

 後頭部をはたかれ、コルタの機械式眼鏡の鏡胴が飛び出した。

「痛いよ、副官」

「余計な事は言わない!」


 ウェルスは慌てて顔をこする。

「泣いてません。考え事をしていただけです。自分がクローンかもしれないというのはショックですけど」

「あ、ああ……」

 気まずい雰囲気が漂う。


「でも、クローンの集団というのも悪くない。この性的搾取を受けている状況から脱するには僕たちクローンは団結しなくてはならないのです」


「なんだか昔の社会主義者みたいな事を言い始めたぞ。大丈夫なのか、彼は」

「とうとう壊れてしまったんでしょうか」

 艦長と副官が声をひそめる。


「お言葉だが、ウェルス。それは無駄だぞ」

 パルミュラの言葉にウェルスは演説をやめ、首をかしげた。

「どういう意味です、艦長」


「いや、たとえ何人クローンがいようと、私たちにとってのウェルスは君だけだからな。それがもし100人だったとしても、その中から君という個体を見つけ出す自信がある」

 驚いたようにウェルスは彼女たちを見回した。


「だってあなたは、それだけ大事な人なんです。ウェルスさん」

 ルセナが頷く。

「そうだね。ボクもきっと見つけられると思う」

 コルタがくしゃくしゃ、と頭をかく。

「たぶん私も分かると思いますよ」

 少し恥ずかしそうにアクィラが言った。


「いやあ、俺はわからないかなぁ」

「プラットさんは黙っていてください」


 ウェルスはもう一度、笑顔の女海賊たちを見回した。その顔が不意に歪む。

「あ、また泣いてる」

「泣いてませんよ、コルタさん……泣いてませんったら」

 パルミュラに抱きしめられたウェルスの頭を女たちが乱暴に撫でる。


 ☆


「でも、なんで皆そんなに自信満々なんですか」

 食事を終えてウェルスは疑問を口にした。そっくりなクローンの中から一人を見分けられるものだろうか。双子だってそう簡単には見分けられないというのに。


「僕を慰めるための言葉だというのは分かってますから、別に気休めでもいいんですけど。ちょっと気になって」

「失礼だな、ウェルス。だから君と私は細い吊り橋でつながっていると言ったじゃないか」

「確かに、艦長とウェルスさんの関係を如実に表していますね」


「ボクはこれかな」

 そういうとコルタはいきなりウェルスのシャツの胸元をひろげる。彼の鎖骨のあたりに赤いあざのようなものがあった。


「キスマーク? いつの間につけたんですか!」

 へへへ、と得意げなコルタ。


「で、アクィラは?」

 え、あの、その。と真っ赤な顔でうろたえるアクィラを捕まえ、コルタが脇腹をくすぐる。ついでに胸まで揉んでいる。

「ほら、吐け。どこで見分けるんだい、アクィラちゃんは」


「ひやーっ、言います、言いますから。……、お、おしりに歯型をつけてあります」

 コルタの手がとまった。パルミュラとルセナも虚ろな眼でアクィラとウェルスを交互に見る。

「お前、大人しそうな顔して一番過激な事をしておるんだのう」

 ぽつりとコルタが呟いた。


 つまり、コルタもアクィラも、すでにマーキング済みというだけの事だった。


「じゃ、そういうことで。先に艦橋ブリッジへ戻りますから」

 そそくさとルセナが席を立つ。

「ちょっと待て。まだ副官の話を聞いていないぞ」

「あ、わたしはいいですから。もう、仕事が忙しいんですよ。誰かさんが働いてくれないから!」

「う。返す言葉もないぞ、副官」


 慌ただしく食堂を出て行くルセナの背中を見送りながら、女たち三人は顔を見合わせた。大きく頷き、ウェルスの方を見る。

「では、ウェルスくん。裸になってもらおうか」

「な、何をするつもりですか?!」

「うん。副官の痕跡を捜そうかなと思ってね」


 止めて下さいーっ!

 食堂にウェルスの悲鳴がこだました。


 ☆


 都市空母の舷側が大きく開き、輸送艦が続々と出航していく。

「へえ、立派な艦隊だな」

「艦長、よだれが垂れてますよ。でも今日は襲っちゃ駄目ですからね」

「分かってるよ、副官。この海域の平和を守るのも『海賊艦シー・グリフォン』の役目だからな。襲わないよ、うちの縄張りではな。ちゃんと金も貰ってるし」

 いろいろと問題がある発言だが、あえてルセナは目をつむった。


「ほー」

 ウェルスは目を瞠って、その艦隊を見詰めていた。

「都市空母同士の交易の現場に立ち会うのは初めてです」

 コルタは操舵装置に予定航路をセットすると彼を振り返った。

「ウェルスくんは向かう先の空母って、どんなのか知ってる?」

 首を振るウェルスに、コルタは説明してくれた。


 大きさは世界的に見れば中型に分類される『フェニキア級』とよばれるサイズだ。古代ニッポンの文化を多く取り入れているのが特徴で、内部に巨大な神社まであるという。

「でもいちばんの特徴は、軍事力かな」

 きちんと整備された軍隊を持ち、士官学校で訓練も行っている。


「きっと最新兵器もたくさんあるんでしょうね。いいなあ」

「ウェルスくん、目付きが艦長に似てきた」

 コルタが笑う。


「でも、止めたほうがいいよ。だってあの武装航空戦隊はここ20年くらい負け知らずの強敵だもの。部隊名はたしか……」


 戦闘姫 (ワルキューレ)。ウェルスはその名前を口の中で呟いた。



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