第12話 海賊には海賊の誇りがある

 水平線の彼方に艦影が見えた。

「アクィラ、モニターに拡大しろ。コルタは現在座標を確認」

 艦長のパルミュラは素早く指示を出す。


 モニターに映し出されたそれは、巨大なフライトデッキと搭載艦のドックを備えた大型の戦闘空母だった。

「こんな海域まで進出して来やがったか」

 彼女は表情を強張らせ、その艦の名を吐き捨てるように呟いた。

「ウルフ・ヴィーキング」


 この『シー・グリフォン』とは長年のライバル関係にあり、直接戦闘に及んだことも何度かある。だが、その手段を択ばない戦い方にはクルーたちも辟易していた。ただただ殺して奪うという、最も原初的な手段をとる連中なのだ。


『ウルフ・ヴィーキング』の艦橋あたりで光が瞬いている。

 ウェルスはパルミュラ艦長を振り返った。


「ああ、あれは光通信だ。かつては点滅の仕方で合図していたのだが」

 モールス信号とかな、そういうと、彼女は通信士のマーキィに受信するよう命じた。通信機のスピーカーから途切れとぎれに声が流れ出す。

「いまでは光に音声信号をのせているんだ。まあこんな風に、海上での通信効率はよくないがな」

 すぐに途切れるのは波で揺れるためだろう。本来、これは主に陸上でしかも比較的近距離で使うものらしい。


 聞き取れた単語をつなぎ合わせてみると、降伏勧告だろうと想像がついた。

「ふん、盗賊どもが」

 そこはお互い様なのだが、パルミュラは相手にしない事に決めたらしい。

「勝手にほざいていろ、戦闘狂」

 彼女が回避命令を出そうとしたその時、一瞬だけ通信が明瞭になった。


『……パルミュラの、ブス…乳牛…』


「ほう。せっかく事を穏便に済ませてやろうと思っていたが」

 パルミュラ艦長の頬がぴくぴく動いた。


「全艦戦闘態勢! あの外道どもを今日こそ海の藻屑にしてやれ!」


 ☆


『ウルフ・ヴィーキング』の戦い方はパターンが決まっている。

 まず雷撃機による魚雷攻撃を加え目標艦の動力部を破壊する。続いて戦闘攻撃機によって艦上の防御システムを沈黙させたうえで接舷し、白兵戦を行うのだ。

 このように艦載機を持っている空母は今では数少ないため、結構効果的な攻撃方法なのだった。


 一方、『シー・グリフォン』の主力兵器は大口径砲だ。対艦攻撃には有効だが、小型の艦載機には向かない。これまで一度ならず痛い目に遭っているのはそのせいだった。


「敵、艦載機出ます!」

 アクィラが声をあげた。

 モニターには今しも発艦する態勢の複葉機が映し出されていた。胴体に大きな魚雷を抱えている。

「では、を使ってみようか」

 パルミュラはウェルスを見た。


「自動迎撃システム、起動!」


 艦内システムオペレータ―のシエルが命令を受け、操作盤の赤い大きなボタンを押し込んだ。

 艦内に振動が伝わる。

 甲板の装甲板が開き、小砲塔がいくつもせり上がってきた。

 ずっと故障したままだったこのシステムを修復したのはウェルスだった。

「君の初陣みたいなものだな。期待しているぞ」

 ウェルスは唇を固く結んだ。


 敵の艦載機は旧式の複葉機をベースにしている。いくら強力なエンジンに換装しているといっても機動力自体は大したことはない。全ての雷撃機は目標の魚雷投下地点にいたる前に撃墜された。

 無傷のまま雷撃機を撃退したシー・グリフォンに、今度は戦闘機が襲い掛かる。大型爆弾を装備しない分だけ軽量な戦闘機は、迎撃システムをすり抜け接近してきた。


 だが、そのパイロットたちはシー・グリフォンの甲板上に異様な姿をしたものを見る事になった。

 人型重戦車、パワードスーツだ。

 その背中に装備したミサイルパックが開く。左右3本ずつ、計6本の超小型ミサイルが白煙を曳きながら戦闘機を自動追尾し、次々に撃墜する。

 残った戦闘機は慌てて撤退を始めた。


「エンジンルーム、聞こえるか」

 パルミュラは伝声管に向けて叫ぶ。

「指令と共にメインエンジン出力30パーセント。さらに10秒後に70まで上げろ!」

 シエルが艦内に警報を出し、加速に備える。


「艦長、主砲の弾丸装填完了。いつでもOKです」

 戦闘副隊長のホイットニーが報告する。

 パルミュラ艦長はにやりと笑った。


「よし。ではウルフ・ヴィーキングの連中に伝えてやれ。艦と一緒に沈みたくなかったら、逃げるのは今のうちだとな」


 ☆


 逃げ出す小型艦には目もくれず、シー・グリフォンは砲撃を続けた。

 やがてウルフ・ヴィーキングの反撃は完全に沈黙した。

「完勝だな、副官」

「だいぶ、弾薬を消費しましたけど」

「それは、まあ仕方ないだろう。世界平和のためだ」

 パルミュラは、炎上しながら海へ沈んでいく戦闘空母を見て腕を組んだ。



「あんなのが普通の海賊だと思われたら困るからな」

 お茶を飲みながら、パルミュラはウェルスに言った。

 やっていることはそんなに変わらない筈だが、物は奪っても人は殺さないのが彼女の矜持なのだ。


「今回はウェルスの修理してくれたシステムやパワードスーツが非常に役に立った。感謝するぞ」

 そこでだ、とパルミュラはウェルスの手を握った。


「今夜はそのご褒美だ。私のこの豊満な肉体を好きにしてもらって構わないぞ」

「いりません、たまにはゆっくり寝させてくださいっ」

 これがウェルスの偽らざる本音だった。日々、誰かが隣にいる夜が続いているのだ。



 海賊艦『シー・グリフォン』がウルフ・ヴィーキングを沈めたという情報はすぐに広まっていき、思わぬ効果を生んだ。


「驚きました。護衛の依頼がきましたよ」

 副官のルセナが一枚の紙を手に、目を丸くしている。

「都市空母間の交易艦隊の護衛だそうですけど、いったい何を考えているんでしょうか。わたしたち、海賊なんですけど」


「まあ、うちは人権に配慮した海賊だからな。だが本音をいえば、高額の報酬をもらうより都市を襲撃する方が楽しいんだけどな」

「根っからの野蛮人ですね、艦長は」

 ウェルスは呆れた。


「あ、でもこれ」

 ルセナが何か言いかけて、航海士のコルタのもとに駆け寄った。

 ふたりは何か頷きあっている。

「……そうだね。ボクもそう思う。これは確かに……」

 二人の視線がウェルスに集中した。

「なんですか?」


「この依頼してきた相手なんですけど、これってウェルスさんがいた都市空母じゃないかと思うんですが」


 ウェルスはひとりの女性の顔を思い浮かべた。



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