第7話 少年は機甲師団を夢みる

 いかに艦内とはいっても空気には多くの塩分を含んでいる。

 一見問題なさそうな機械の鎧にも錆びが発生していた。どうやら使用できるものは限られそうだった。


「どうだ、ウェルス。修理できそうか」

 松葉杖を突いているのはアリソンだった。最強の陸戦隊長で、戦場では負傷した事がないという評判なのだが、いかんせん日常での怪我が多い。

 ただ、この艦のクルーの中ではもっとも機械に詳しそうだ。この前は戦闘ヘリの弱点をロケット付き弓矢で攻撃して、見事に撃墜しているくらいだ。今日はそれを見込んで手伝って貰うことにしたのだった。


「難しいですね。けっこう錆びついていてパネルが外れないんです。ちょっとここをハンマーで叩いてみてくれませんか」

 ウェルスは『アームド・スーツ』の背中を指さす。補助動力ユニットが収まっている部分だった。


 アリソンは、装甲を傷めないよう先端が樹脂で覆われたハンマーを手にした。

「ふーん。確かに、よく見ると結構錆びているんだな」

 そう言いながらハンマーを振り上げる。


「軽くでいいですからね。手なんか叩かないでくださいよ」

 ウェルスは慌てて声をかける。

「もちろんだとも、心配性だなウェルスは」

「本当に、本当に大丈夫ですか?」

「くどいなぁ、そんなにしつこいとモテないぞ」

 笑いながら、思いっきりハンマーを振り下ろす。



 アリソンは顔を押えてうずくまっていた。跳ね返ったハンマーで、おでこを強打したのだった。

 涙目でウェルスを見上げる。

「危ないと思ったら、ちゃんと止めてくれよ。君だけが頼りなんだから」

「……すみません、ここまで不器用だとは思いませんでした」


 ☆


 分解してみると、やはりかなりの割合で制御基板がやられている。付着した塩分によって微量な電流が流れ続け、長い年月で部品が破損してしまっているのだ。

「使えるのは、よくて5体か。ま、仕方ないだろうな」

 ウェルスもそこまで期待していた訳ではない。だが、落胆は隠せなかった。

「機甲師団は夢だったか……」


「あとは、このパワードスーツが動くか、だけど」

 背中部分にある、分厚い乗降用ハッチを開けてみる。途端に埃臭い空気が流れだしてきた。思わずむせていると、後ろから声を掛けられた。


 振り返ると、救急箱を手にしたルセナ副官が立っていた。

「どうせ、これが必要かなと思って持ってきました」

「助かったぞ、副官。ウェルスは私のことを置き去りなんだ。ひどいと思わないか」

「これ以上、怪我しないようにという思いやりじゃないですか」

 アリソンの額に、バツのかたちに絆創膏を貼りながらルセナはため息をついた。


「では後は副官に任せる」

 そう言うとアリソン隊長は松葉杖を突きながら、上階へ戻っていった。


「任せられても困るんですが」

 ルセナは手持ちぶさたに、手近のパイプ椅子を引き寄せてウェルスの横に座った。

「もし手伝う事があれば言って下さいね」

 だが、口ほどには手伝う気はなさそうだった。バックパックを開け、中から例の収穫品を取り出した。スイッチを入れ、うにうにと動くそれを嬉しそうに眺めている。


「あの、ルセナさん。何やってるんですか」

 顔を上げた副官は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「これって、ずっと見てると気分が落ち着きませんか」


 この微妙な動きが、自然界にある『1/f 揺らぎ』というものに近いんだと思います、ルセナは自分で言って、深く頷いている。


「だんだん、ルセナさんのことが分からなくなってきました」

 ウェルスは小声で言った。


 なんだか、急に格納庫の闇が深くなった気がした。








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