第2話 海賊は水の惑星を横行する

「失礼を承知で申し上げますが」

 ウェルスは口をへの字に曲げて、艦長を睨みつけた。

「何かね、ウェルス君」

 海賊艦『シー・グリフォン』の艦長、パルミュラは悠然と彼を見下ろしている。


「そんな所で足を広げていると、下着が見えますよ」

「ほう。さすが男の子だな。真っ先に私のパンツに目が行くとは」


 彼女は短めのスカート姿で足を組み、のだ。


「それはもっと近くで見たい、という意味と解釈してよいのかな?」

「よい訳ないでしょ。見苦しいと言っているんです。それに人と話をする時は同じ目線でするものです」

「君は私の母親みたいなことを言うなぁ。きっと偏屈者同士、気が合うと思うぞ」

「どうやら、あなたのお母さまが常識人みたいでほっとしましたよ」


 パルミュラは、むっとした顔で床に降り立った。


 ☆


 人類が大地を失って数百年。それ以前から徐々に兆候は顕れていた。

 地殻変動が相次ぎ、大陸は次第に海中に没していったのだ。各国は一つの都市に匹敵する巨大艦を数多く建造し移住を進めていった。

 一時100億を超えた地球の人口は、最後の大陸となった南極が水没した時点で10分の1までに減っていたと推定される。

 そして今現在、完全な水の惑星になった地球に、いったい何隻の都市空母が存在しているのか知るものはいない。


 そして、その最初のひとりが誰であったのかを記したものはない。

 それだけ同時発生的に、その能力は発現したのだともいえる。


 人々は大地を失った代わりに『飛行能力』を手に入れたのだった。


 ☆


「うちのクルーも半分ほどが能力者だから、まあ平均的ってところかな」

 もはや、その統計をとる機関は存在しなかったが。

「君もなのかい、ウェルス?」

 彼は黙って天井まで浮かび上がった。


『艦長、標的艦を発見しました』

 壁のインターホンから副官ルセナ・デュランの声がした。


「インターホンじゃない。……何ですか、これ」

 壁から突き出した、楽器の先端みたいなものから声が出ているのだ。

伝声管でんせいかんだよ。これは良い物だぞ、何より故障しないからな」


『艦長、さっさと艦橋ブリッジへ上がってください!』

「もう、ルセナは気が短いな。そんなだと老けるのも早いぞ」

『何ですって?』

「いやいや、すぐ上がるよ」


「君も一緒に来るかい、ウェルス」

「分かりました。では、もう服を着てもいいですか、艦長」

『ちょっと。いったい二人で何やってるんですか!』

「ウェルス君。姿が見えないからといって、誤解を招くような冗談は止めてもらおうか。私が副官に怒られるのだからな。怖いんだぞ、あいつは」

『話はあとでしっかり聞かせてもらいますよ、艦長』

 はあっとため息をついてパルミュラは艦長室を出た。


 ☆


 水平線上に黒い点が見えていた。

 航海士のコルタはモニターにそれを拡大する。いつも双眼鏡のような機械式の眼鏡をかけた彼女は、オレンジ色に近いくしゃくしゃの髪をかき上げた。

「大型艦ですね。シラクサクラスというところでしょうか」


 都市空母はその規模によってクラス分けがされている。

 その中で超大型のものは『アレクサンドリア』級。または『コンスタンティノープル』級と呼ばれる。『シラクサ』級、『シーアン』級は並み以上の大型艦の呼称だ。


 これらはそれぞれの艦が東洋由来か西洋由来かによる。ただし厳密なものではなく、さらには自分たちの艦をそう呼んでいる訳ではない。

 あくまでも他の艦を識別するための単なる符号に過ぎなかった。


 これらに比べれば『シー・グリフォン』など、ただの武装艇に過ぎない。

 巨大都市空母の武装ユニットの一部を切り離し、他で奪取した動力ユニットと接続することで独自航行を可能にしたもので、都市空母というより、せいぜい、浮かぶ小要塞というところが正確だろう。


「どうします、艦長。襲撃しますか」

 ルセナ副官の丸メガネがきらりと光った。


「当然だろう。据え膳食わぬは女の恥というからな」


 ☆


「今回の襲撃目的はどうします?」

 戦闘隊長のプラットが、巨大な戦斧を片手で振り回しながら言った。彼女は横幅はそんなに無いが、恐ろしく長身だ。

 横で副隊長のホイットニーが迷惑そうに斧から身をかわしている。


「精液供給の目途はついたから艦内物資中心でいこう。我が艦には装飾品を欲しがる軟弱者はいないと思うが、こうして男が手に入ったことだ。こいつの気を引くための贅沢品なら許可するぞ」

(どうしよう、やっぱりエロパンツかな)

(媚薬入りローションとかも欲しいよね)

 乗組員たちはざわめき始めた。


 ウェルスは呻いた。こいつら、欲しがるものがおかしい。


 襲撃には何通りか方法がある。

 まず、魚雷などで目的艦の外壁を破壊し、潜航型強襲揚陸艦で水面下から突入する方法。これは比較的確実だが、使用機材が大掛かりになるという欠点があり、今回のようにエロパンツ(だけではないが)目当ての襲撃に使用するにはコストパフォーマンスが悪すぎる。

 通常の襲撃では、武装した戦闘員が飛行して接近し、艦の開口部から侵入するのが一般的だ。


「強盗と、コソ泥の違いですね」

「言葉が悪いな、ウェルス君。力づくか紳士的かの違いだよ。おっと、私たちは淑女だがな」

 泥棒淑女シー・グリフォン。


「君も襲撃に参加しないかね。これも思い出作りだぞ」

 とんでもないことに誘われた。

「艦長。その艦のなかに僕が逃げ込むことは考えないんですか。探せないでしょ、そうなったら」

「いや。君は必ず帰ってくるさ、私の胸に」

「本当に何かやったんですか、人質虐待で軍法会議にかけますよ」

 ルセナ副官がかんかんに怒っている。


「では、君は置いておこう。君は我々からの貢物を見て、誰に精液を提供するか決めればいい」

「どういうシステムなんですか、この艦は」


 小さいとはいえ、『シー・グリフォン』も自動航行機能くらいは備わっている。航海士のコルタを残し艦橋ブリッジは空になった。

「コルタさんは行かないんですか」

え、と彼女は振り向いた。機械式眼鏡が自動で焦点を合わせている。

「うん。ボクは目が悪いしね。それに、皆みたいに飛べないんだ」

彼女はその場で二、三度飛び跳ねて頭を掻いた。



「き、緊張しちゃうね。二人っきりなんて」

赤い顔でコルタは窓の外に目をやった。

「こほん。ウェルスさんは、もう何回も精液採取の経験があるんですか?」

 ……。

「緊張している女の子がする話題ではないような気がするんだけど」

「あ、ああ。そうですね。ごめんなさいっ」

 コルタは胸を押えて深呼吸している。

「ああ、もうボクってば。落ち着け、落ち着け」


 そして、やっとのことでウェルスに向かい、口を開く。

「よ、よ、よ、よければ、ボクがウェルスさんのせ、せいえ……え?」

 もう一度窓の外に目をやったコルタは勢い込んで窓に顔を近づけた。急速に眼鏡のレンズがせり出してくる。

 彼女の顔色が変わった。


「嘘でしょ……?!」

 慌ててモニターで拡大する。画面中央に映っているのは巨大な戦闘ヘリだった。

「やられた。実戦部隊がいない間に、こっちを攻撃する気だ」

 それは急速に接近してくる。


 コルタはマイクをとると、全艦放送に切り替えた。

『敵襲だ。艦に残るクルーは迎撃態勢をとれ。対空防御だ!」


 艦内に戦闘警報が鳴り響いた。

 



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