都市空母 シー・グリフォン
杉浦ヒナタ
第1話 少年は奪われ、搾取される
真っ白な壁に囲まれた部屋の中に、一台の簡易ベッドが据えられている。
「う、うぐうっ」
そこに腰かけた少年が短く呻く。苦痛ではなく、快感を押し殺そうと漏れた声だった。
膝までズボンを下した少年の前には白衣の女性が膝をついている。
「どう、ウェルス。もう出そう?」
まだ少女の面影を残す女性はいたずらっぽく笑う。
左手で少年の内腿をまさぐりつつ、右手は固く屹立したものをゆっくりと上下に擦っている。
寸前まで彼女の口に含まれていたそれは、唾液と彼自身の透明な粘液で濡れていた。白い繊手がその先端を包み込むたびに新たな潤みが湧き出してくる。
「ヴィッカさん、……もう駄目です」
少年が泣きそうな声で言った。
「わかった。じゃあ、この中に出して」
彼女は少年の先端に採集用パックを宛がった。
「ああっ」
その瞬間、少年は声をあげ体を震わせた。
「はい、採れたよ。お疲れさま」
彼女は少年の精液が溜まったパックを目の前に掲げ、満足そうに頷いた。
「じゃあ、次は3日後になるけど……」
そう言うと、ちょっと恥ずかしそうに上目遣いで少年を見た。
「まだもう少し時間あるでしょ。今度はもっと別なやり方で、出してみない?」
☆
この地球からすべての大陸が失われて、およそ三百年が経過した。
人類は一つの都市に匹敵するほどの巨大な空母をいくつも造り、その中で生活している。
その都市空母の中には地上と同じ街並みが再現され、人々は従来と変わらぬ暮らしを続けていた。
ただひとつ変わっていた事がある。
それは、男性の数が女性の1パーセント未満にまで減少したことだった。
都市空母という特殊な環境が原因だという説がある一方で、これは人類が衰退期を迎えたからであるという説もまた有力だった。
人口減少を食い止めるためにも、この少年のような若い男子という存在は貴重なものだった。
ある技術が開発されるまでは。
☆
「いまでも僕みたいな存在は必要なんでしょうか」
荒い息をつき彼女の胸に顔をうずめた少年は、何度目とも分からない問いを発した。
「もちろんだよ。少なくとも私には君が必要だもの」
潤んだ瞳で、彼女は少年を見る。
ウェルス・グリフォン。それが少年の名前だった。
男性の極端な減少によって、直接性交による繁殖行為はほぼ不可能となり、保存した冷凍精液による人工授精が主流となった時期が長く続いた。ウェルスがこうして定期的に精液を採取されているのもその名残といえる。
だが現在、生殖のためには必ずしも男性が必要では無くなっている。
遺伝子操作によって女性の細胞から疑似精子をつくり、それを使って受精・妊娠が可能になったのだ。つまりこの世界を維持するために、男性は必要不可欠ではなくなっていたのだった。
もう一度唇を合わせ、舌を絡め合った後、彼女は下着を身に着け始めた。
「ごめん、何だか思ったより時間取っちゃったね」
その時、艦内に警報が鳴り響いた。
『東B-182ブロックより海賊が侵入。付近の保安要員は直ちに迎撃に移れ。一般市民の方は決して家の外には出ないでください。繰り返します……』
「すぐ近くだけど、大丈夫かな……」
不安げな少年の頭を彼女は撫でた。
「この研究施設にはちゃんと警備員がいるから心配ないよ。様子を聞いて来るからここで待っててね、ウェルス」
そう言って彼女は部屋を出た。
彼女、ヴィッカ・ロイスはこの研究所の新人研究員で、入所以来、彼の世話を受け持っていた。七歳ほど年下の少年を、自分の弟のように可愛がっていた彼女だったが、やがてそれ以上の感情を持つようになった。
これは少年の精液採取という、いわば特殊な作業を繰り返し行う仕事の性質上、やむを得ない事かも知れなかった。
何度か破裂音が響いた。
「爆弾? まさかこんな艦内で」
足音とともに部屋のドアが開いた。
よろめきながら、ヴィッカが姿を見せる。扉にすがり、大きく息をつく。
「逃げて……ウェルス、早く」
そのまま、前のめりに崩れ落ちる。
彼女の白衣の背中には赤い染みが広がっていた。
「ヴィッカさん!」
「……私の事はいい……から、……早く逃げ……」
彼女はがっくりと頭をおとした。
「おっと、こんな所にもいたのか」
銃で武装した女たちが廊下に現れた。侵入してきた海賊達だ。
先頭に立つのは中世風の衣装を着た隻腕の男、などではなく、迷彩柄の戦闘服に身を固めた長身の女だった。30才前後だろう。長い髪を後ろで束ね、日に焼けた精悍な顔で笑う。細められたそれは、獲物を見つけた猛獣の目だ。
「お前、男か。これはいい拾い物だな」
女はウェルスの下半身に目をやった。彼はまだ裸のままだった。
「艦長、そろそろ撤収の時間です」
後ろから別の海賊の女が声をかける。
「どうだ、副官。こいつも連れて帰ろう。今日一番の収穫かもしれないぞ」
後ろの女は人差し指で丸眼鏡を直し、首を振った。
「どうでしょうか。こんな杜撰な警備しかしてないんですよ。大して重要視されていない証拠です。それに今更、男なんて」
「まあ、そう言うな。……おい、少年。40秒だけ時間をやる」
女海賊はにやりと笑って言った。
「だから、パンツをはけ」
シャツを着たところで、ウェルスは海賊の銃口がこっちを向いているのに気付いた。
「パンツだけでよかったんだけど」
銃を構えた眼鏡の女海賊が肩をすくめた。冗談を言っている雰囲気ではない。
「……」
彼が抗議する間もなかった。
銃口から硝煙があがり、ウェルスの胸に銃弾が撃ち込まれた。
「あ、ああっ……」
激痛に呻きながら胸を押える。
その指の間から赤い液体が流れ出てくる。ウェルスは意識が遠くなり、床へ倒れ込んだ。
☆
先程までとは違う、狭い古びた部屋でウェルスは目を覚ました。
エンジン音が背中から伝わってくる。
艦底に近いのか、それとも元から小さな艦なのか。
首を曲げ、胸元に目をやる。引き攣れるような痛みが走った。見るとシャツには穴が開いてしまっているが、付着した赤い色は消えていた。胸に残った傷も内臓まで貫通するものではなかった。
「男というやつは麻酔剤に耐性が無いのか。目を覚まさないから心配した」
顔を覗き込んできたのは、眼鏡をかけた海賊の副官だった。クールな口調に、安堵の色が混ざっている。
「自分が銃で撃っておいて。それは、おかしくないですか」
声を出すと胸に響いた。痛みに顔をしかめる。
「でも僕はなんで生きているんですか。撃たれたのに」
副官は首をかしげた。
「ああ、知らなかったのか。私たちが持っているのは殆どが麻酔弾だ」
流れ出した赤い液体が即効性の麻酔剤なのだ。
「この時代、いちばん貴重なのは人的資源だ。そうそう人殺しは出来ないだろう」
「じゃあ、ヴィッカさんも……」
あの女なら、たぶん無事だ。と副官は素っ気なく答えた。
どやどや、と10数人の女海賊が部屋になだれ込んできた。
「へえ、これが男なんだ。初めて生でみたよ」「かわいい。ちょっと触ってもいいかな」「やめろよ。怯えてるじゃないか。お前、顔が怖いんだから」「あ、それちょっと失礼かも」
もう凄まじく、
それを掻き分け、長身の女が前に出てきた。
「やあ、少年。私はこの
そう言うと彼女は右手を差し出した。
ウェルスは恐る恐る、その手を握り返す。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな、少年」
「ウェルス。ウェルス・グリフォンです」
答えた瞬間、なぜか室内がざわめいた。
「本当かい? これは傑作だ」
パルミュラが豪快に笑った。
「教えておいてやるよ。この艦の名前は、『シー・グリフォン』だ」
☆
「そこでウェルス。この艦での、君のお仕事なのだが」
パルミュラ艦長に促され、ルセナ副官がメモを読み上げる。
「その1、ウェルスさんが住んでいた艦から、高額の身代金が支払われるまでの人質。その2、艦内の下働き。古代からの伝統的な言葉でいえば『奴隷』です」
片手をあげ、ウェルスが抗議する。
「普通、人質はもっと大事に扱うものじゃないですか。たしか、いろいろな保護条約とかある筈です」
「何をいう。私の艦では、働かざる者食うべからずだぞ。それに心配するな。そんな条約は批准していないが、一応それなりに人権には配慮してやるつもりだ」
胸を張って、自信満々に曖昧な答えをするパルミュラ艦長だった。
「その3。……でも艦長、これはどうなのでしょう」
副官が赤い顔をして困惑している。
「当然だろう。みな楽しみにしていることだ」
「そう、なんですかね。その3、……て、定期的な、精液の提供、です」
女たちの嬌声があがる中、ウェルスはひとり青い顔で沈黙した。
「方法は問わない。目的は種の保存だからな。人類の大目的に貢献できるんだ。感謝してほしいな、ウェルス」
確かにこんな古そうな艦に遺伝子操作ができる設備があるとも思えない。都市国家の存続という名目で、搾取されるのは彼の精液のようだった。
地球上の海に浮かぶ、他の巨大都市空母とは比較にならないほど小さな
それがウェルスの新しい住処になった。
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