◇番外編◇あれからの二人③
慶からの週末チャットの誘いに詩穂は
「大丈夫だよ」
と返信をした。
正直、そんなに体調は万全というわけではなかったけど、あれからもずっと、どこか腫れ物に触るような雰囲気が二人の間に残っているのが気になっていたから。
◆
約束のチャットの時間、5分前にSkypeを立ち上げると、慶はもう来ていた。
「お待たせね」
「ううん、お疲れ様」
そんな言葉でいつもの様に始まる。
それでもその日は沈黙ばかりが続いた。
「実は……鉄工所を廃業しようかと思ってるんだ」
画面に表示された、廃業の文字。詩穂は、すぐには言葉が出てこない。
元々、経営が苦しいのは知らされていた。
それでも、お父さん亡き後も懸命に守ってきたはずの家業。
「もう、決めたの?」
そう文字を打ち込む。
これは、あたりまえだが詩穂に口を出せる問題ではなかった。
付き合ってはいても婚姻関係にあるわけではない。
事情をある程度わかっていても、あくまでも部外者。
「うん、廃業届けを近いうちに出すつもりだよ。工場の後片付けも少しずつ始めてる」
「実は職探しもしていて介護職に面接に行こうと思ってるよ」
「そっか。お母さんや智ちゃんとも、よく話して決めたことなのね」
「うん、ずっとこの仕事しかしてこなかったし、先行きに不安はあるけど、今は前向きに考えるしかないって」
「うんうん、本当に大変だとは思うけど、応援してるからね」
「ありがとう。詩穂さん」
そんな風にして、その日のチャットは終わった。
◆
もしも……と詩穂は考える。
わたしが再婚という道を選んで慶ちゃんの街で一緒に暮らしたとしたら……ううん、とかぶりを振る。
これからも病院と縁が切れないこの身体で? 老いた父を息子に任せたままで? 遠く離れた知らない街で?
もっと若かったら、もしかしたら違っていた?
でも、何度考えてもやはり、その選択はできなかった。
人にはそれぞれの生き方がある。
でも新型ウイルスなんてものがなければ……と何度思ったことだろう。
籍を入れなくても、こうしてお互いの家族に認められて、数ヶ月に一度の逢瀬を楽しみにして。
若い人たちなら、物足りないと思うのかもしれないけれど、この穏やかな関係で充分幸せだったのに。
新型ウイルスは、たくさんの人々の人生を歪めてしまった。
仕事、生活スタイル、人との距離……。
そして、それは今も続いているのだった。
◆
◆
◆
◆◆そして3年が過ぎ◆◆へ続く
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