◇番外編◇あれからの二人②

元々、慶は酷く声を荒らげたりする方ではない。ただ機嫌が悪くなってくると覿面てきめんにメールの返信が、そっけなくなる。

そしてそれは文章だけに酷く冷たく感じてしまう。


そんな時に詩穂は、まるで知らない他人と話しているような気がする。

知らない場所に知らぬ間に置き去りにされた様な気持ちになってしまうのだ。



でも、これは寧ろ、離れて暮らしていて良いことなのかもしれない。


お互いに相手が目の前にいれば、嫌でも思い返しては、売り言葉に買い言葉で不安やイライラの感情をぶつけてしまうだろうけど、ワンクッション置けることで、頭を冷やして落ち着くことができる。


人と人の距離感は難しいものだなぁと詩穂は思う。それは近ければ近いほど……。

『それとも、わたしが他人と一緒に暮らす感覚をもう忘れているから、余計にそう思うのかもしれない』

何しろ、結婚していた日々よりも、夫が亡くなってからの暮らしの方が長くなってきているのだ。


『慶ちゃんとだって、逢えないことは寂しいけど、こうして離れているからこそ、お互いの嫌な部分を見なくても済んでるのかもしれないし……』


それが良いことか悪いことなのかは、わからない。


一緒に暮らす。夫婦になる、というのは、良い部分も悪い部分も引っ括めて愛して理解を深めながら、家庭を共に作っていくということなのだろうから。


そういう意味では、詩穂は ”家庭” というものに憧れて、見果てぬ夢のように追い続けながら、反面でそれを恐れているのかもしれない。


『わたしはきっと臆病で卑怯なのだ』


もう一度、再婚という形で結婚生活の中に入る自信や気力は、もうない。

息子のことや高齢の父のことなどは勿論、理由としてあるけれど、結局は自分自身に、そこへ飛び込み乗り越える覚悟がないだけだろう。

「もし……もっと若かったら違ったかしら」

ぽつりと小さく放り出した言葉は、一人の部屋の中に消えていった。



暫くは何となくギクシャクしたような空気が続いたけれど、それでも少しずつ、二人のメールの内容は、いつもに戻っていく。


今日の出来事、天気の話、たわいないやり取りが続いていた。

何も無かったかのように……。


それはまるで、触れないようにしていた奥に潜むものへの恐れのようでもあった。

そして、口には出さなくても二人とも、その痛みの存在に気づいているのだった。



それから、一週間後。

慶から

「今週末は話せそうかな?」

とメールがあった。



「あれからの二人③」へ続く

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