◇番外編◇あれからの二人①
『あれから……もう一年になるのね』
詩穂は溜息をついて、胸の中で呟いた。
◆
去年の12月始めに、それも久しぶりに逢うことができて、楽しく二人で時間を過ごしたのに。
なかなか逢えないのは仕方ないことだと詩穂も慶もわかっていたけど、まさかその後すぐに外国からの新型ウイルスが猛威をふるい、生活が一変するようなことになるとは思いもしなかった。
感染者は増えていき、亡くなる人も出てきたことは人々の不安と恐れを掻き立てた。
マスクと除菌アルコールは、みるみる市場から消えていった。
三密(密閉、密集、密接)を避けること。
手洗い、うがいの徹底。
店は閉店し、不要不急の外出以外は自粛、街ゆく人は皆マスクをしている。
詩穂の街も慶の街もそれぞれ地方の田舎町ではあるけど、それでも県としては感染者は出ていたし、お互いに高齢の父や母を抱えているから、より一層気をつけなくてはならない。詩穂自身の持病もある。
尚更、軽はずみな行動はできなかった。
◆
それでも、ここまで先の見えないウイルスとの闘いになるなんて。
マスクと除菌アルコールは数ヵ月後には手に入るようになったものの、生活様式はすっかり変わってしまった。
高齢者や基礎疾患のある人が感染すれば重症化することが多いウイルス。
若い人たちは比較的、軽症だったり無症状で済むことが多いとはいうけれど、後遺症で味覚障害などが長引くこともあるらしいから、決して油断はできない。
何しろ、決定的なワクチンや治療薬はまだなのだ。
マスクはもう、外出時にはかかせない、生活の一部になった。
そもそも、詩穂のような基礎疾患のある人間は外出自体、感染リスクが大きいので、めっきり機会が減った。
持病の為の定期的な受診さえ、細心の注意を払いながらしている。
そんな現実。
◆
二人はやっぱり毎日、連絡を取り合っている。
そういう意味では変わらない。
元々、遠距離だったことと長年の月日は、絆の強さを二人に与えたし、重ねてきた年齢もあるだろう。
お互いを気遣えば気遣うほどに” 逢いたい ” という言葉を口にするのは
けど、だから平気だとか、寂しくないわけではない。
寧ろ、若い人たちよりも共に過ごせる残り時間を嫌でも意識してしまう。
◆
最近、鏡を見る度に詩穂は苦笑しながら呟く。
「次に彼に逢うまでに、わたしはどれだけ歳をとっているのかしら」
自分は加齢に関して、もっと無頓着なつもりでいたけれど、人並みに気にしていたんだと今更ながらに自嘲する。
◆
逢えない日々には慣れていたはずだった。
逢った時の為に、あそこへ行ってみようかとか、ここのお店が美味しそうとか、そういう計画を立てるのも楽しかった。
だけど、こんなにも長い間、逢う予定すら立てられなくて、まったく先行きが見えないことはなかった。
若い時の数年とは違う。
詩穂の思いはどうしてもそこに戻ってくる。
◆
最近は二人とも疲れていた。
家の事、高齢の親のこと、生活のこと……。
疲れはイライラを呼ぶ。
思うように身動きすらできない現状は気持ちをささくれ立たせて、電話での会話も途絶えがちにする。
言っても仕方ないことが増える。
話せば切なくなるだけだから黙る。
そんな日々が続いた。
◆
今週末のオンラインしてのチャットも、出来そうにないことを前日、詩穂が慶にメールで伝えた時も彼からの返事は
「せめて一週間に一度くらいは、ゆっくり話したかったけど……仕方ないね」
ああ、あまり機嫌が良くないんだなとわかった。
『そんなこと言ったってわたしも体調があまり良くなかったりでクタクタなのよ』
『わたしだって話したくないわけじゃないのに……』
泣きたくなるような寂しさと苛立ちをのみこんで
「本当にごめんね」
と返事をする。
お互いに、もどかしい様なギクシャクした日々……。
わかっているはずの気持ちさえも見失いそうなのが詩穂には辛かった。
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「あれからの二人②」へ続く
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