643 ガスト、公宮にて

 護衛側の増援が来たことで、決着が着いた。


 明らかに不利と見た襲撃者たちは、散りじりになって逃げだした。


 「クソッ!逃げたぞ!」

 「追え!」


 護衛数人が追いかけてゆく。


 「待て!それ以上、追わなくていい!」


 増援に駆け付けた護衛隊長が、大きな声で言った。


 「それ以上深追いすると、危ないかもしれない!今は、負傷した者たちの救助が先だ!」


 しかし、聞こえていないのか、そのまま追いかけて行ってしまった。


 「クソッ、アイツら、頭に血が上ってやがる……!」


 公宮の中庭。


 たいまつによる灯りが、あたりを照らした。


 そこには負傷して座り込んでいる者たち、そして、それ以上に傷を負って、倒れている者たち、また護衛によって縛られた襲撃者らもいる。


 公爵が、馬車から公宮内に入る瞬間を狙われた。


 ジンの出現で警戒状態ではあったが、襲撃されるという事態までは想定していなかった。


 しかし諜報部隊のほうが、すんでのところで襲撃の情報を掴んだようで、すぐに駆け付けてきたとのことだった。


 護衛隊長は、先に現場にいた護衛に尋ねた。


 「諜報部隊は?」

 「えっと……あれ?」

 「ここに我々が来た時には、見かけなかったが」

 「あっ、えっと……いや、分かりません。さっきまでたしかに……」

 「まあよい。とにかく、捕縛した者たちは傷つけるな」


 その後、被害の報告を聞くと、護衛隊長は縛られている襲撃者たちへ言った。


 「どうして、こんなことをしたのだ?」

 「……」


 襲撃者たちは、顔を下に向けている。


 「こんなことをして、許されると思うのか?」

 「……」

 「首謀者は、この襲撃を企てたリーダーは、誰か?」

 「……」


 下を向いたまま、会話のやり取りをするつもりがなさそうだ。


 「……まあ、ここでは言うまいか」

 「隊長!」


 もう一人、護衛隊長のもとに報告が入った。


 「逃走者はこの先の通りで捕縛いたしました」

 「うむ、ご苦労」

 「どうやらこの国にジンを呼び寄せた首謀者が、ここの公爵だという噂が流れているようです」

 「な、なんだと?」


 護衛隊長は報告を聞くと、襲撃者たちのほうを向いた。


 「それが、この襲撃のきっかけか」

 「……」

 「なんと浅はかな……そんなわけがないだろう!」

 「……なぜ分かる」


 ずっと下を向いていた襲撃者の一人が、顔を上げた。


 「ここの公爵は、最初、ジンの言う通りにしようとしていた……!」

 「はぁ?」

 「俺たちのような下々の人間が知らないと思ったか!ここの公爵は、いざというとき、この国の国民を見殺しにしようとする!」

 「な、なにを言ってるんだ!」

 「そんなヤツが……!」

 「ま、待て、なにを……!」


 護衛隊長と襲撃者との間で、口論が始まった。


 報告をした護衛が、下がる。


 そのままその護衛は中庭の喧噪をそろそろと通り抜け、裏側へ。


 ……へへっ、ちょろいもんだぜ。


 護衛服を纏い、護衛帽を深く被って変装しているガストは、軽く振り返った。


 みんな、中庭に気を取られている。


 襲撃に失敗して裏路地に逃げてきたのを追いかけてきた護衛を、仲間とともに罠にかけ、護衛服を拝借させてもらったのだ。


 ……よし、んじゃ護衛になりすまして忍び込ん、


 ――ドンッ。


 「!!」


 ……や、ヤバい!!


 目の前に誰かいて、ガストは倒れ込んだ。


 「すみません、大丈夫ですか」

 「……!」


 ……待てまて、まだオレは何もしてねえ。ここは護衛になりすまして、


 「す、すみませ……」


 ガストは顔を上げた。


 「う……!!」


 ……こ、コイツ、アノ時の!!


 サロン対抗戦トーナメント決勝戦にて激闘した挙句、オルハンをはるか場外へと吹き飛ばしたその顔が、そこにあった。

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